タイト&レイブ

鏑木ダビデ

文字の大きさ
上 下
9 / 19

クルミ殺し

しおりを挟む
 殺伐とした夕日が、血の雨を降らせるように、雲が彼方の山を行く、赤く染まる街並みを、見下ろすように、鎮座する山、栗鼠原市の祭り、「クルミ殺し祭」。
 夏を迎えて、レイジとリン、それにコウとナツメは、一緒に祭りに行くことになった。
 最初は、まるで秘密をなめ合う恋人のように愛し合っていたコウとナツメ、それをある種優雅な気持ちで見守っていたレイジとリン。
 大学で起きた殺人事件は、無いことになった。
 准教授の宮田が、宇宙技術を使って、消したのだ。
 コウは力に酔いしれた。
 今まで痛めつけてきた同級生を片っ端から殺していった。
 力の衝動の中で、レイジが、殺し方を教え、リンが証拠を消していった。
 レイジは、リンが何者なのかを調べて、力を貸すことに決めた。
 血と宿命の道をコウは走り始めた。
 彼を救ったのは、誰でもない、そうナツメだった。
 コウは肩がぶつかったチンピラに首根っこを掴まれた。
「コウ、自制しろ」
 とレイジが言った。
 コウは、口元に笑みを浮かべて、チンピラが「ああ、てめえ、いい女を連れてんな」
 と言ったところで、軽く平手で打った。
 チンピラは面食らって、あまりの屈辱にどすを出そうとした。
 どすをさっと出すと、「誰か、やばい、警察を」と祭りの見物人から悲鳴が上がる。
 レイジは、チンピラの眼を見た。
 コウはレイジの制止をきかず、人差し指で、チンピラの額を目にも止まらない速さで打った。
 チンピラは、鼻血をぶっと出して、その場にうつぶせに倒れた。
 一気に歓声が上がり、リンが「あーあ」と言って、「逃げるわよ」と言って走り出した。
 コウはナツメの手を引いた。
「おもしろい! コウ、最高!」
 ナツメはそう言って、笑う。
 人だかりから無数のチンピラが姿を現す。
 レイジは、巧みに顔を隠し、人だかりに紛れ込む、リンが通りの向こうから、「いいわよ。私は忘れて」と言った。
 すると、ぷつっと何かが切れる感覚が見物人全員におこり、人だかりは解けて、元通りに、歩く。
 レイジは、三人と別れて、独りで、細い路地に入った。
 通りを見た。
 目を細めて、子細に通りを観察する。
 影。
 影を探す。
 夕日は落ちようとしていた。
 路地の隙間から、何事もなく祭りの屋台を楽しむ人々の頭上に、いっせいに灯りが点いた。
 大通りを走るように電灯がばっと流れて、レイジは煙草に火を点け、太陽の落ちる方角を見た。
 山がある。
 視線は、路地にある旗に行く。
「無限ハート」
 何かを暗示するように、白い生地に赤いハートと無限のマーク。
 一瞬、得も言われぬなつかしさを感じた。
 すぐ視線を戻して、通りをまたじっと見た。あるいは、ぼんやりと時々瞳孔を開いて。
 すっすっと行く、流れ、笑い声、嬌声、騒めき、祭りの音に、レイジの心臓は高鳴る。否、静まる。
 その時だった。
 見たことのある人物がいた。
 女と老人の間に顔だけが覗き込むように見えた。
 レイジははっと息を止めた。
 ターゲットは、「王浄太郎」、しかし、違う。
 隙ができた。
 バクトだった。
 息をのむ。
 心臓が早鐘のようになり、レイジは、仕事を忘れた。
 眼が合う。
 さっと隠れた。
 バクトは薄く微笑んだ。
 すぐに、また見た。
 もういなかった。
 王浄太郎は現れなかった。
 リンに連絡を取る。
 リンから渡された、奥歯。
 ぐっとその銀歯を噛んだ。
 すると念話が起こった。
「リン、いない」
「レイジ、山に向かって」
「ああ、わかった」
 レイジは、すっと大通りに出て、黒い革ジャンのポケットに手を突っ込み、人込みをすり抜けて、山に向かった。
 通りで倒れているさっきのチンピラに目を止めるものはいない。

 山の境内に入った。
「リスの社」
 何か不穏な風が吹いている。
 夏の生ぬるいやつとも違う、どこが血の臭いさえ含んだそれは、レイジの額を洗い、人だかり、大勢の群衆の中で、どよめきと興奮に、神社は、包まれて、レイジは、じっとその祠を見た。
 左右に石造。
 右に狐の騎士、左の鳥人間。
 木々が、不気味な音をたてはじめる。
 ぎしり、ざざ、不意に強い風が吹いた。
 帽子を飛ばされた少女が、大きな嬌声を上げる。
「ああ、あああ、ははははっは」
「ひひひひ、うははっはは」
「おお、ううおおおおお」
 人々が悲鳴を上げ始める。
 レイジは息をのんだ。
 何かが始まる。
 奥歯を噛む。
 返事はなかった。
 どど、どどどどど、
 かがり火が点いた。
 そして、「はい、リスの神の登場です!」
 と宮司が言った。
 カンっと石を鳴らした。
 レイジは、狐の騎士の方を見て、驚愕した。
 口が動いた。
「待っていたよ」
 と狐の像は言った。
 奥歯を噛んだ。
「違うよ、レイジ」
 と狐の像は言った。
 反射的に革ジャンの懐に手を入れた。
 危険な何か、きわめてやばいことが起きる。
 百年に一度の聖人像のお目見えときかされていた。
 どうでもいい儀式だとリンは言っていたが、思えば甘かった。
 リンが、宇宙警察機構アークの反乱分子「宮田」の首を取るため、栗神大学に潜入しているとか、はっきり言ってどうでもいいことだと思っていた。
 表面上はそうだったのだが、奥にある何か、そうバクト、あいつを再び見つけて、うずいた。今この瞬間、確信した。
「俺の信条は……」
 そう呟いて、止めた。
 リンにはめられた。そう確信した。
 時すでに遅しとはこのことだ。
「神のリスをよろしくね」
 と狐の像は言って、片目をつぶった。
 カナブンが飛んできた。
 レイジの肩に止まった。
「レイジ、久しぶり」
 とカナブンが言った。
 甘く柔らかい声だった。
 木々が一斉に叫んだ。
「さあ、さあ、復活!」
 一体なんだっていうんだ。
 祠の上部には、「無限ハート」の徴。
 すさまじい音がして、祠の鉄格子が動いた。
「おなーりー」
 と宮司が言った。
「まっていたわあ!」
 と一人の女が自身の胸をもみ始めた。
 服を脱ぎ始める女たち。
 横の男は勃起している。
 サバト。
 違う。
 皆、女も男も、祠しか見ていない。
 レイジも体が反応し始めた。
 ぐっとこらえて、革ジャンの下のリボルバーの引き金に指を置き、待った。
 なにが出てくる?
 なにが、一体何が!
 ああ、といっせいに群衆が声を上げた。
 老若男女が「いくううううう!」
 と叫んだ。
 レイジは、拳銃を出した。
 顕れる。
 その聖人像は、栗鼠の像だった。
 身長130センチくらい、純白のマント、コケティッシュな顔。
 引き金を引く指を止めた。
「神乃リスさま!」
 と群衆がいななくように笑った。
 狂気だ。
 レイジは、よろよろとなって、凄まじい精神感応にその場にうずくまり、吐いた。
 そこからは覚えていない。
 ただ逃げたことは確かだ。
 気が付いたら、リンがいた。そしてコウとナツメも。
「何やらせんだよ、リン」
 とレイジは吐き捨てるように言うと、リンはため息をついて、
「やつは?」
「こねーよ、はめたのか」
「……」
「答えろ!」
「……」
「あれはなんだ?」
「いいわ、教えてあげる」
 聴いた。
 もう戻れない。
 戦慄が全身を駆け巡り、思い出した。
 第四次宇宙大戦。
 中心に立ってしまったと知って、レイジは、ベッドから起き上がり、壁に拳を叩きつけた。

 
しおりを挟む

処理中です...