タイト&レイブ

鏑木ダビデ

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少年時代

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 記憶の中で、少年だった頃、レイジは独りだった。
 誰もいなかった。
 十二歳の頃、両親と死別し、孤児院に入れられた。
 暴力が支配していた。
 生きなければならなかった。
 十二人入る大部屋で、ボスという少年と出会った。
 目が爬虫類のように、飛び出していて、爪を研ぐ癖があった。
 陰険な面持ちは、愚かな頭領気取りの振る舞いと相待って、一言「やめろよ」と言った瞬間に、いじめの標的にされた。レイジが、一番のいじめられっ子を庇った瞬間からだ。
 些細なことだと考えたのは、上履きに、ガムを入れられて、さらに針、さらに、毒虫が入っていた時に、恐怖に変わった。
 やられっぱなしの日々がずっと続いた。
 知力、何よりも知力が必要だった。
 レイジは体が小さかった。
 しかし、正義感が仇となったのだ。
 本を読んだ。
 三棟ある施設の職員室の隣に、図書室がった。
 薄汚れた室内には、寄付された本がインデックスされずに雑然と並んでいる。
 誰も読まない本。
「バリラードバーサス柔術の極意」
 というかびくさい本を手に取る。
 シャワーを浴びる時には、大浴場だ。
 全身あざだらけなのは誤魔化した。
 自傷癖と言い訳をした。
 九割の傷は、いじめ、一割が鍛錬。
 職員から目をつけられるのに時間はかからなかった。
「なぜ?」
 自問自答を繰り返した。
 彼の美貌にあった。
 自覚しない美貌ほど危ういものはない。
 大きな瞳、中世的な体。少女のようなしなやかな上半身。
 何よりも真紅のナマコのような艶かしい唇。
 孤児たちだけではなく職員からも性的虐待を受けるようになった。
 バリラードバーサス柔術は世界三代柔術の一つだ。
 体が小さいというハンデでも、会得できる。
「しなやかな獣拳法」と呼称されている。
 レイジは型の一つ「獅子」を目指した。
 類い稀な洞察力、精神集中の果てに、とある限界を越えると、身につく肉体再生能力。
 極めて神秘的で迷信めいたところがある。
 しかし、実践的だ。
 三段階ある。
 1。
 人のまま獣となる。
 2。
 獣になり超人になる。
 3。
 超人となり神通となる。
 難解だったが、理論をマスターするのにそう長くはかからなかった。
「苦しめば苦しむほどに、人は強くなる」
 そして、
「苦しみ抜いた先に、光がある」
 レイジはよく思いよく考え、答えを見つけようとした。
「自身で答えを見つけよ」
 という文章を、執拗に繰り返し読んだ。
 自殺した両親のことなど考える余地もなかった。
 袋叩きにあった日こそ反省室と呼ばれる真っ暗な三畳の部屋で訓練した。
 職員が見回りに来ると素早く正座をして、超集中し、怒りと屈辱を、闘う力に変えた。
 膝にグッと力を入れて、柔術の全身呼吸法を実践した。
 体細胞の奥の奥まで、空気を入れるイメージで、筋肉を鍛えた。
 じっとしていると、鉄格子の窓から差し込むかすかな月明かりを、目に入れる。
 月を静かに睨みつける。
 柔術特有の幻覚が生じる。
 月が真っ赤に見えると、奥義に近づくのだ。
 全身の血液を沸騰させるイメージをつくる。
 目の毛細血管を破裂寸前まで開き、アドレナリン分泌を促し、細胞の一つ一つに力を注ぎ込む、否、流れ込ませるイメージをつくる。
 レイジは「1」をマスターするのに、約一年かかった。
 常人では、最低十年はかかる。
 やはり「逆境こそ反骨を産む」のだ。
 強くなっていった。
 誰よりも。
 レイジは脱出計画を立てた。冬こそがチャンスだった。
 計画はこうだ。
 まず、大部屋の十人を皆殺しにする秒数は、約20秒。ひとり2秒以内で仕留める。
 柔術の奥義の一つ「獅子の舞」
 指に全血液を集中させて、一気に抜き、硬化させる。
 その時、十本の指は、ライオンの如く強靭になる。
「バリバリと喰らう」
 とマイスターが書いたように、「獅子の舞」は最強に部類される。ただあくまで「1」だ。
 レイジにはまだ瞬間再生能力はなかった。
 そして、ボスは1分かけて切り刻む。
 徹底的に血だるまにしたのち、鍵を部屋ごとぶち抜いて、職員室に侵入する。
 職員二十五人を約1分で仕留める。
 配置は既に頭に叩き込んである。
 パターンを覚え、アルゴリズムを変化させてーこの分析法は、宇宙司令官基礎理論法から得たー一気に無駄のない動きで、血の海にする。
 そこで非常ベルを押して、職員のライターを奪い、部屋に火を点ける。
 全棟を火炎地獄に変えるために、倉庫からストーブ用の灯油を手に入れたら、全棟制御室を目指す。
 所々ぼやを起こして、混乱を助長させる。
 制御室の職員は常駐三人。
 ドアの前に必ず屈強なサイボーグ警備員がいるため、この二体との死闘が積み手前。
 制御室に入ったらー鍵は職員室で手に入れてあるーミッションコンプリート。
 
 レイジは大雪の日に決行した。
 誤算が一つ出た。
 ボスだ。
 25秒でルームメイトを皆殺しにできたが、ボスがその一時間前にやらかして、反省室に入ってしまったのだ。
「仕方がない」
 と気持ちを切り替えた。
 それ以外はうまくいった。
 レイジは自分を天才だと確信した。
 少年らしさは日々の拷問と、燃え盛る憎悪で、完全に消えていた。
 全棟を全焼させて、門に放し飼いしてあるドーベルマンを拳で叩き殺し、脱出する寸前に、左肩に鋭い痛みが走った。
 振り返ると、3階の窓に銃を構える男を発見した。
 全棟は制御室で完全にロックした。
 どうやら、運のいい奴がいたようだ。
 そいつは紛れもなく「ボス」だった。
 ボスは、特別訓練を受けていたらしい。
 すなわち「女」を奢ってもらっていたのだ。
 レイジはふっと鼻で笑う。
 ボスは目を剥いて、歯を鳴らし、顔は怒りと火で膨張していた。
 口が動いた。
「レイジ、いつか、必ず、殺す」
 レイジは撃たれた方の腕を気にせず、大きい砂利石を拾い上げると、「死ね!」と発し、投げた。
 ボスの額に命中した。
 レイジは燃え盛る呪われた家を背に、夜の闇に溶けるように、消えていった。

 



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