タイト&レイブ

鏑木ダビデ

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ガールプレイ

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 日常の外に広がる光景。
 猫とステップを踊ることを夢見てきた。
 何段目かの階段を上がって、買い物に向かう。
 足音を感じながら、一歩一歩、踏み外さないように、転ばないように。
 通りすがりの猫に、そっと視線を送ることが、何よりも好きだった。
 この日常の中で、解放される瞬間は、買い物だけ。
 夕方の道を、歩きながら、暮れかかる太陽と、月が顔を出す、交差する時間のはざまで、夢を見る、まるで、足音さえ、消えるように、そっと、ステップを感じるように。
 息をすることが、大きく深呼吸をして、世界の表を感じることが、月を支配する陰りに抵抗する一つの手段、そんな甘い考えを抱きながら、記憶した買い物をこなしていく。
 王浄太郎の好きなキンメダイ、酒のつまみのナッツ類、王の下着、反吐が出るような気分で、思わず、指でつまみたくなるが、同時に感じる何とも言えない背徳感に埋め込まれた脳内チップ、コードの痛みが、ずきっと前頭葉に走るようだ。
 腕時計で時間を確認する。
 月子の人生は、エンプティ、でも、今を生きているという実感がないわけではない。帰り道のステップを軽くスキップする。
 鼻歌。
 どこまでも清らかな乙女は、視線で、語る、目に映るものが、穢れたと信じる肉体に反作用を起こして、夕日に、憎しみを感じる。
 私に待つものは、暗い月だけ。
 宵が近づいて、足取りは重くなる。

 女が現れる。
 王の眼は色めき立つ。
 インターファンを押す女。
 白装束の女。
 清楚なブラウスにカーディガンを羽織って、ひざ下のスカートを履いている。
 少し顎を引いて、物憂げに染まる頬まで見て取れる。
 最高コードの防衛システムを敷いている。
 宇宙ブラインド技術を駆使しても、突破できない王の家は、スケルトン技術で、女の乳房さえ丸裸にできる。
 腰に下げたバッグには、ペンとスケッチブックが入っている。
 いい体だ。
 顔認識システムが、紅潮する頬と朱に染まった唇を識別する。
 ショーツは白い。
 黄ばんだ部位まで、はっきり見える。
 王の頬が、きっと上がって、武器はもっていないことを確認すると、きっとファンだと確信した。
 通してやるか。
 王は、もう一度インターフォンが押されると、独自の判断で、門をあげた。
 時計を確認して、月子の帰りを計算した。
 王は、さっと棚から粉を取り出す。睡眠性の媚薬で、その所作は迅速で正確だった、
 今、夜の仕事に向けて、コーヒーを入れるところだったが、ちょっと、遊んでやるかと考えて、コーヒーにではなくマカロンに粉を入れた。
 視認してすり替えられないように、青いマカロンに粉を混入した。
 手慣れた作業だ。
 女が門をくぐった。
 玄関に来た。
 多くのオブジェは、戦闘用のロボットだったが、いざとなれば、こんな小娘一ひねりだ。
 しかし、王のようなタイプを騙すのは意外に難しい。
 女を解析すれば、非力な握力まで見て取れるから、経験による油断があだとなるのだ。
 王は玄関まで足を運んで、「ようこそ」と言った。
 フレンドリーにふるまえば、見事に、やれる。
 そして、月子が帰ってくれば、三人で楽しめる。
 女が「ファンです」と言って、中に入ってきた。
 いい匂いだ。
 こいつにチップを入れて、改造してやろうかと誘惑されるほどの美貌だ。
 
 「私、王様の大ファンなんです」
 女が笑った。
「そうですか、あなたのようにお美しい女性に、そう言っていただけると光栄です」
「ふふ、嬉しいです」
 女が白い歯を見せて、異常に、興奮を覚えた。
「今日はどういったご用件です?」
「はい、サインが欲しくて。でも、通していただけるなんて、夢のようです」
「まあまあ、当然です。ファンの方をお通しするのは、楽しんですよ。何よりも、熱心なあなたのような瞳をした女性は、歓迎します」
「ありがとうございます」
「お上手と言いたげな目ですが、素敵だ。今度、デッサンモデルになってくれますか?」
「本当ですか?」
 女の顔がとろんとしてくる、女はマカロンを一個食べ終わった。
 かじる仕草が、何ともいえず、いやらしい。
 女の名前は、『ミナミ』と言った。
「ミナミさん。サインをしましょう」
「はい」
 ミナミは、スケッチブックを取り出して、王に手渡す、あえて、ミナミの手に触れて、感触を確かめる。
 ミナミが一瞬びくっとなるのを見て取ると、スケッチブックを受け取って、さらさらっと書いてやる。
 すっと、手渡して、ニコッと笑ってみせる。
 ミナミが、うんっという吐息を漏らす。
 いい表情だ。
 これなら、一度犯せば、肉欲の奴隷にできると踏んだ。
 ミナミが呼吸を乱し始める。
「ちょっと、トイレに」
「ええ、いいですよ」
 そして、ミナミが席を外す。
 王は、後姿をじっと見つめて、腰に目を止めると、じゅるッと唇をなめた。
 ミナミが帰ってくる。
「王様」
「……」
 生理反応が消えている。経験で解る。
 王は、かっと目を見開いた。
 そして、急いで、灰皿の横のライターを持とうとした。
 その手を素早くミナミがつかんだ。
「王様」
 女の眼がとろんというのを通り越して、真っ赤になっている。
「なぜ、泣く?」
 王の顔がこわばる。
 ライターにはロボットを動かすスイッチがある。
「抱きしめて」
 ミナミはそっと呟いて、立ち上がると、スカートのホックを外して、ショーツになった。
 おかしい。おかしいぞ。
 急性反応ではないと判断したが、もしかして、トイレで、おなったのか?
 王は、ニヤッとした。
 こんな女初めてだ。
 俺のトイレでおなったのか!
「いいだろう」
「王浄太郎」
「あ?」
 ミナミが王に胸をもませながら、そう言った。
「つぶしたんだよ」
「あ?」
「マカロンは、味がない」
「なんだと!」
 スパッ!
 電光のような速さで、ミナミは、恥部から、何かを取り出して、王の脇腹を切った。ブラインド返しの特殊ナイフだ。血が出ない暗部の急所だ。このナイフには、生体遅操加工が施されている。これでロボットは動作しない。
 ミナミは、無表情に、王の顔を持った。そして、おしりの穴から、電子レーザーペンを取りだして、見るもすさまじい速さで、王の頭部を切った。
 死にながら生きている王に施術する。
「お楽しみは終わりです」
 とミナミは言った。
 時間にして、三十分。
 完璧な手術。
 前頭葉からチップを取り出して、焼き切った頭蓋骨は、レーザーの照射で血は出ない。
 ミナミは、見事な手さばきで、頭蓋骨を再び焼き付ける。
「手術成功」
 と言って、スケッチブックに言葉を殴りがいた。
 そのまま、堂々と玄関から、そろえた靴を、履いて、出ていった。
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