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第1話
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あの日の、吐息。
私は、煙草を吸っている。
まるで、ダークなヒップに差す、ディスコのサウンド。
地下から上がる。退廃のEDMが、背後で遠ざかる。階段。六段上がる。
振り返る。ファック。
男が、私の尻を見やがった。
さっきしつこく言い寄ってきた野郎だ。
羽振りのよさそうな会社員風のそいつは、私の尻を見て、にたりとした。
「しつけえな」
と呟き、不意に上階から男が通り過ぎる、ビールの入ったそのグラスを奪う。
「ねえ、いいじゃんか」
会社員風のそいつはさらに何か言いかけた、瞬間にビールをぶっかけてやった。
泡がはじける。
「……」
茫然とした馬鹿ッ面を寒々とやり過ごし、そのまま上階に来て、席に掛けてあるレザージャケットを取り、勢いよく店を出る。
夜風が漂うように、空気を少し覚まして、上気した頬を押さえる。
道を少し歩いて、酔いがさめてくると、自販機で、水を買った。
そのまま、歩いた。
いつか星々は、迎え入れるように、私をシンデレラの城へ連れもどすのか。
そんな空想に浸り、思いは募る。
公園に差し掛かる。
すると、人影があった。
ベンチの横の芝生で、踊る少年は、漆黒の世界で、息を弾ませながら、手を空に高々と上げる。
一瞬の後に、バックからカメラを取り出し、構える。
シャッターを切る。
一心不乱に体を暗闇に預けて、語らうように、ステップを踏んで、私を誘惑しているようだ。まるで甘えたような その瞳には、陶酔の陰りがして、すぐに気づいた。
「ビート&ブラック」
止まる。
少年は、ふとこちらに気づいて、顔を向けてくる。
眉は細く、切れ長の目には控えめな二重で、困ったような表情で、小首をかしげる。
「何でしょうか?」
あざとさのない、澄んだ声音。
少し肌寒い夜の空気に吸い込まれて、私は、はっとした。
「ビート&ブラック」
「そうですよ」
「マイケル風の名曲よね」
「そんなことより、お姉さん、俺の写真、後で送ってくれない?」
「いいわよ」
私はスキニージーンズの後ろポケットに、両手を入れて、少年と一緒に公園を歩いた。
「よく踊るの?」
「はい」
「前衛ね。どこの学校?」
「夜間高校ですよ。バレエスクールは、YTバレエカンパニー」
「将来は、やっぱりバレエダンサー?」
「そうですよ。えっと」
「夜月でいいわよ」
「俺は太陽。写真は趣味?」
「違うわよ。一応写真家よ」
「そうなんですね。ブラックコーデ素敵ですね」
太陽の視線が、私の胸元へ行く。
「……」
そのまま歩いて、ベンチに腰掛ける。
たわいのない会話を交わして、アドレスを交換した。
太陽はスケボーに乗って帰っていった。
一瞬引き返し、止まり、こちらを見た。
手を振ってくる。
「気を付けなよ」
外灯の照明の下、切り抜きたくなる、シャッターが間に合わない。
背後からもう1枚とった。
胸が鼓動を打つ。
少し苦しくなって、吐息を漏らし、私も家路を急いだ。
鼻歌。
いつかまだ夢を見ていた頃、シンデレラはもういなかったと感傷に浸る。
あの日の、吐息。
私は、煙草を吸っている。
まるで、ダークなヒップに差す、ディスコのサウンド。
地下から上がる。退廃のEDMが、背後で遠ざかる。階段。六段上がる。
振り返る。ファック。
男が、私の尻を見やがった。
さっきしつこく言い寄ってきた野郎だ。
羽振りのよさそうな会社員風のそいつは、私の尻を見て、にたりとした。
「しつけえな」
と呟き、不意に上階から男が通り過ぎる、ビールの入ったそのグラスを奪う。
「ねえ、いいじゃんか」
会社員風のそいつはさらに何か言いかけた、瞬間にビールをぶっかけてやった。
泡がはじける。
「……」
茫然とした馬鹿ッ面を寒々とやり過ごし、そのまま上階に来て、席に掛けてあるレザージャケットを取り、勢いよく店を出る。
夜風が漂うように、空気を少し覚まして、上気した頬を押さえる。
道を少し歩いて、酔いがさめてくると、自販機で、水を買った。
そのまま、歩いた。
いつか星々は、迎え入れるように、私をシンデレラの城へ連れもどすのか。
そんな空想に浸り、思いは募る。
公園に差し掛かる。
すると、人影があった。
ベンチの横の芝生で、踊る少年は、漆黒の世界で、息を弾ませながら、手を空に高々と上げる。
一瞬の後に、バックからカメラを取り出し、構える。
シャッターを切る。
一心不乱に体を暗闇に預けて、語らうように、ステップを踏んで、私を誘惑しているようだ。まるで甘えたような その瞳には、陶酔の陰りがして、すぐに気づいた。
「ビート&ブラック」
止まる。
少年は、ふとこちらに気づいて、顔を向けてくる。
眉は細く、切れ長の目には控えめな二重で、困ったような表情で、小首をかしげる。
「何でしょうか?」
あざとさのない、澄んだ声音。
少し肌寒い夜の空気に吸い込まれて、私は、はっとした。
「ビート&ブラック」
「そうですよ」
「マイケル風の名曲よね」
「そんなことより、お姉さん、俺の写真、後で送ってくれない?」
「いいわよ」
私はスキニージーンズの後ろポケットに、両手を入れて、少年と一緒に公園を歩いた。
「よく踊るの?」
「はい」
「前衛ね。どこの学校?」
「夜間高校ですよ。バレエスクールは、YTバレエカンパニー」
「将来は、やっぱりバレエダンサー?」
「そうですよ。えっと」
「夜月でいいわよ」
「俺は太陽。写真は趣味?」
「違うわよ。一応写真家よ」
「そうなんですね。ブラックコーデ素敵ですね」
太陽の視線が、私の胸元へ行く。
「……」
そのまま歩いて、ベンチに腰掛ける。
たわいのない会話を交わして、アドレスを交換した。
太陽はスケボーに乗って帰っていった。
一瞬引き返し、止まり、こちらを見た。
手を振ってくる。
「気を付けなよ」
外灯の照明の下、切り抜きたくなる、シャッターが間に合わない。
背後からもう1枚とった。
胸が鼓動を打つ。
少し苦しくなって、吐息を漏らし、私も家路を急いだ。
鼻歌。
いつかまだ夢を見ていた頃、シンデレラはもういなかったと感傷に浸る。
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