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第5話

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 車内で私たちは、音楽を流しながら、滑りゆく景色に酔いしれるように、語り合った。
 それはとりとめのない、とても、とりとめのない、時間が宙を舞って、私たちを飛び越えていった。
 瞬間的な、愛。
 モーションを仕掛ける私はサングラスを外した。
 飛び散る、心の、ウォールアート。
 まるで、名もない色彩の踊り、不意に、太陽が、リズムを取り出し、私の口笛につられた。
 溶け合っていく車窓の外に広がる壁。
 赤と黄色と、静かな青。
 原色の爆発。
 キス。
 そして、太ももを絡めてくる太陽のいじらしい恥じらい。いや、真剣な誘い。
 跳ね上がるようにアップテンポの曲が景色をまわす。
 ぐるぐるぐる。
 昼下がりの田園風景
 車は一軒の古着屋の前で止まった。
「離れて」
 私は、不機嫌さを装って、肘で、太陽を突き放す。
「嫌だ」
 怪しい太陽の日食のようなぎらつく瞳色
「いいから、行くわよ。君が、欲しいって言ったじゃない」
「嘘だよ。俺は、夜月だけを見てたい」
 何て、素敵な言葉だろうかと思って、無表情のまま、強引に押し返し、車を降りる。
 
 古着屋は、ワゴンに色とりどりの服を押し込んで、私たちの冒険を待っている。
「さあ」
 とシンデレラが叫んだ。
 手を取り合って、私たちは笑い合って、服を選ぶ。
 太陽の眼は、まるでその光、存在そのもので、服を照らし、焼けつくすように、手が次々に伸びる。
『ビート&ブラック』
 店内のBGMから流れてくる。
 ステップを踏み始める太陽。
 腹を抱えて笑う私。
 ムーンウォークをして、店内を滑っていく太陽は、まるで私のプリンス。
 そして、ひとしきり選んだあとに、ショーケースに目を止める。
「これ、どうかしら」
 ジョーダンのバスケットシューズ。
 赤と黒の決まったやつ。定番のカラー。
「そう、これだよ、でもちょっと……」
 値札には四万円とある。
「いいわよ、買ってあげるから」
「うそ、やったー!」
 まるで子供の王子様。
 試着する太陽の様子を私は、写真に収めた。
 ほかの客たちが恨めし気な視線を私たちに投げかけてくる。明らかにひそひそと言ってるが、それがどうしたというのだろう。
 
 私たちは、店を出ると、そのまま、郊外をドライブした。
 雰囲気のいいレストランに入った。洋食屋だ。「時星・降り注ぐレストラン」
 品のいい客たち。
 貴婦人。まるで侯爵。
 いったいこの店は何なのだろう。
 と首を傾げたくなった。
 照明は、控えめに、口数も少なく。
 食器の擦れる音が、やたら耳につく。
 ウェイトレスは、時が止まったかのように、静かに滑るように、注文を運んでくる。その腰つきはどこかみだらで、でも品がある。どう品があるのかなど解らない、とにかく所作が行き届いている。ワインを注ぐ手つき、全く無駄のない動作、微かな微笑み。
 見たこともないような料理。嗅いだこともない高貴な香りを立てながら、創作料理が次々に運ばれてくる。
「すごい」
 太陽は、臆することなく料理にがっつく。
 ぷつっとフォークを入れた七面鳥のステーキ。中からあふれ出す河のような油。
「……」
 私は半ば放心して、料理を頬張る。
 ひとしきり食い終わって、デザートのタルトが運ばれてきて、会計を済ませた。
 かなり財布が痛い。
 でも、記念日でもないこんな日が一番幸せと感じて、恋人の横顔に見とれた。
 
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