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初恋の戦慄き

episode28 月の綺麗な夜に‥

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(えっと‥今日はこれにしようかな。)
深い青色の食器を取り出す。
魚の鱗がモチーフなのだが彼女には人魚を連想させた。
亡き母が集めていた食器の中でも特にお気に入りのシリーズ。
真夏日だった今日にぴったりだと思う。

ーーカチャカチャ
食器を割らないように気を付けながらお茶の準備をしていく。
ふと先ほどの彼の言葉が頭をよぎる。
『そんな顔するな。
俺は昼間みたいに楽しくお前と食事がしたい。仕切り直しだ。』
(色々‥彼は私のこと分かるんだ‥)
前にも髪の毛を切ってくれた時、彼を意識していた事も知られていたのを思い出し頬が熱くなった。
(ダメダメ。今日は逆に怒らせちゃったんだから。彼が楽しんでくれるようにしないと。)
お皿の上の焼きプリンに生クリームを乗せ彼の部屋に向かった。

「来たか」
いつものようにノックをして彼の部屋に入る。
(‥あれ?)
「なんか‥音楽流れてる?」
優雅な音楽がゆっくり流れていた。
「あぁ。お前こういう音楽好きかと思ってかけてみた。好きか?」
スピーカーでかけてくれているようだ。
「うん。歌詞分からないけどいい音楽。」
中国語のような声も所々聞こえてくる。
ぼんやり聞いていると
ーーポンポン
綺麗な音に混じってベットを叩く音がしたのでそちらを見ると自分の隣を叩いている彼が目に入る。
「お前も座れ。
食器はこっちで引き取る。」

その言葉に反応して食器を彼に手渡したのだが‥
(え、座るの?景吾さんの隣に)
と意識してしまい少し躊躇っていると‥
「嫌なのか?」
と聞かれたので
「ん、ううん!全然そんなことない‥です!」
条件反射で隣に座ってしまった。
(どうしよ‥近い)
内心とても焦っている私に対し、彼は今日も美味そうだなとマイペースに夜食を食べ始める。
「これ、紅茶のプリンか?」
「うん。この前のビクトリアケーキに使ったスポンジ敷いてプリンケーキにして。紅茶は景吾さんの好きな茶葉使ったみたの。あの‥美味しい?」
「あぁ。お前から味の感想を聞かれるのは初めてだな。」
ーー甘すぎないのが俺には丁度良い。いつも美味いぞ。
の言葉と共に彼に頭を撫でられた。
「‥っ!」
「はは。まだ慣れないのか?」
「あ!あんまりそういう経験ないんです。」
「そうか。そう緊張するな。
前から気になってたんだが、お茶の食器もお前が選んでるのか?」
こくりと頷く。
「この青いシリーズ好みだ。今日のは初めて見るが‥鱗か?」
「うん!ROYAL Copenhagen  HAVってシリーズなんだけど、私には人魚みたいに見えてお気に入りなの。」
「確かにいつものより青黒くて深海の色に見えるな。」 
「景吾さんにもそう見える‥?」
「あぁ。見える。」
「お母さんが生きてた時以来だな‥」
「ん?」
「あ!なんでもない。」

同じように見えると共感してもらえる人がいると嬉しいなって感じたの。
ーーそれとも、あなたが共感してくれてるから?
いつもは心の中の声が漏れても受け止めてくれるのは屋敷なので新鮮だけど、私の中に留めておきたかった。

「海が本当に好きなんだな。行ったことないんだろ?」
彼がまた話題をくれる。
「子供の頃に1回行ったことあるらしいんだけど、もう覚えてないの。」
「じゃあ、なんで好きなんだ?」
「お母さんがね。好きだったからよく海の話とか写真見せてくれたから。」
「へぇ‥」
「この部屋のカーテンもね。模様替えする時に一緒に替えようと思ったけど、お母さん好きだったからそのままなの。」
「なるほどな。道理でこれだけは年季が入ってると思った。」
「あ!やっぱり分かるよね‥替えます!ごめんなさい。」
いくら気に入ってるとはいえ、新しいものを新調すべきだったと後悔する。

「いや。年季は入ってるが綺麗な色だと思っていた。」
「え‥」
「それにお前の大事ものなんだろ?
お前の事がまた1つ分かった。」

ーー今日は楽しかった。
夏になれば海に行こうな。
私の肩に手を回しながら彼は言った。

綺麗な音と月の光に包まれた夜の話。
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