運命に抗う傀儡王子は自身の命を顧みない

シロクチ

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14周りを温かく照らす太陽のような

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「あにうえの洗礼式?」
「ええ、エリエスは今年十歳となりましたから。その式に出席するための、衣装を決めなければならないのですよ」
「規定に沿ったものであれば何でも良いと、前々から言っているのですけどね」

 十歳となった子どもが教会で受ける洗礼式は、この国の一員として正式に認められるための重要な儀式となる。これを受けなければ国民として認められず、あらゆる権利が得られない。例えば庶民であれば結婚も家を持つこともできず、就職も難しい。洗礼式を受けていない人への給金の支払い義務が無く、庇護者がいなければ普通に生活することもままならない。これが貴族となると、主だったところでは爵位を継ぐことができなくなる。
 
 洗礼式に出席する際の格好には規定があり、顔や手以外の肌を出してはならない、衣装は白を基本色とし他の色は刺繍など一部のみ可、ただし王家の青は使用してはならない等、これを貴族庶民問わず守らなければならない。

「母上の好きなようにしてくださってかまいませんよ」
「まあ、では本当に好きにしてしまいますよ?」

 エリアス兄上とリリエラーデ様の気安い掛け合いを見ていると、どうしてか言い知れぬ感情がこみ上げてくる。ふたりはまるで物語にでてくるような、とても仲の良い親子のように見えた。その光景をなぜか見ていられなくて、テーブルに用意されていた湯気の立つお茶を見遣った。
 
 そのお茶は紅茶ではなく、見たこともない透き通った緑色をしていた。ふたりとも特に疑問に思っていないようだったので、お茶は緑色のこれが普通なのだろう。一口飲んでみる。……苦い。前世では紅茶だってストレートで飲んでいたのだし、特に苦みが苦手なわけではなかったはずだが。紅茶とは違う独特の苦みは、幼子の舌には少々強すぎたようだ。
 口直しにお菓子のケーキを口にする。お菓子は黄色い生地に表面が茶色のシンプルなケーキだった。こちらは普段口にするものよりもったりしているけれど、はちみつだろう甘さが舌に広がって思わず顔がほころぶ。なるほど緑色のお茶に会う味だ。

 そうして茶菓子を楽しんでいると、エリエス兄上と会話をしていたリリエラーデ様が、ふいに僕の方に視線をうつした。

「あら、アトラエル様、お茶がお口に合いませんでしたでしょうか」
「あ、えっと少しにがくて……」

 一口目以降減っていないのがばれてしまった。けっして苦手なわけではない、ないのだが。

「ああ、僕は飲み慣れてしまったから。気が付かなくてごめんよ、アトラエル」
「いえ、はじめてのお茶なのでびっくりしてしまっただけで、きらいではないです」
「そうですわね。まだこのお茶は少し早かったかもしれませんわ」

 僕を気遣うような言葉をくれるふたりに気恥ずかしくなってしまって、話題を少しでも変えたくて先ほどから気になっていたことを尋ねてみた。

「それにしてもこのお茶の色はめずらしいですね。こんなにきれいな緑色なんて」
「そうでございましょう。こちらは私の生まれ育った領地で生産している茶葉からできているのです。元々はお隣の国が主な生産国なのですけれど、物は流れてきますから食文化は特に似ておりますのよ」

 アルミ領の隣といえば東に位置するンノキ国か。

 そもそもンノキを国と呼んで良いものか疑問が残る。というのもンノキ国は数ある小国を総称したものだからだ。なんでもかつては一人の王をいただく国だったそうだが、王が崩御してから後継問題で荒れたらしい。力を持った家が次々に玉座を欲し、それぞれが王を名乗ってそれまで治めていた土地を国とした。そうしてできた小国どうしで領土の奪い合いが頻発していて、勢力図がしょっちゅう変わるらしいのだ。
 
 そういった経緯もあって、その小国とサンスベリ王国の隣接する領とで細々と物のやり取りはしていても公式には交流がなかった。

「このお菓子もはじめてたべました。これもその、おとなりの?」
「いいえアトラエル様。こちらは我が領で親しまれている菓子ですわ。ただ、今お召し上がりいただいたのは材料を変えておりまして、小麦ではなく米粉をつかっております」

 なにやら食に、いやお菓子にこだわりのある方なのだろうか。説明がやけに具体的だ。

「そうだったのですね。とてもおいしかったです」
「うふふ、私の自信作ですのよ。アトラエル様にお気に召していただいてうれしゅうございます」

 まさかのリリエラーデ様お手製。それにしても貴族の女性が、それも側妃という身分でありながら自らお菓子を作るとは。その行動力も表情も性格も貴族らしくはない。でも周りを温かく照らす太陽のような方はぼくには眩しく映った。
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