勇者ライフ!

わかばひいらぎ

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日常編(単発)

動物園

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 ある日、マルセラは校外学習で動物園に来ていた。一緒に各所を回っていたルイスが腹痛でトイレに行っているので暇つぶしに近くの猿でもみている。ちなみにアリスは逆立ちマラソン部の大会があるため休みだそうだ。
「いいわね……猿は。そうやって人前でも平気でイチャイチャできて、食べ物も貪れて。本当羨ましい限りだわ。私なんてねぇ……」
 マルセラは人差し指で髪もクルクルしながら羨ましそうに猿山を眺める。傍から見るとおばさんみたいだ。
「そろそろ戻ろ、ルイス達も出てくるでしょ」
 鉄の柵から手を離し、トイレがある方に戻ろうとする。すると、どこからともなく話しかけられた。周りには誰もいなにのにただただ謎の声が響いている。
「おーい!おーい!」
「もう!どこの誰よ!」
「ここっすよ!檻の中っすー!」
 どうも右から聞こえる声のヒントを頼りに檻を見ると、体格がアンバランスなバケモノみたいな猿が手を振っていた。しかし、その声や喋り方にはどうも聞き覚えがある。
「あの……もしかしてアインさん?」
「うっす!マルセラさんっすよね!少しの間話し相手になって欲しいっす!」
「それはいいですけど……何してるんですか?」
「見てわかんないっすか?」
「わかんないですよ!」
「猿のバイトっすよ」
「ごめんなさい全然わかんないです」
「ここに来るはずだった猿がとある理由で禁錮六ヶ月なんでその間を埋める契約してるんすよ。でも暑いしつまんないしそろそろここから出たいっすね」
「へぇ……そうなんですね……」
 話の突拍子のなさについていけない。
「それにしてもマルセラさん……スカート短いっすね。いつもそうなんすか?」
「制服は校則で許される限りは短くしたいじゃないですか?まぁ男子に分からないかな」
「わかんないっすね~。でも下着が見えるくらい短くするもんなんすね」
「え!?嘘!?」
 マルセラは慌ててスカートを確認する。が、特に変わったところはない。
「なはは!嘘っすよ嘘!」
 アインは着ぐるみの下で愉快そうに笑うが、マルセラの堪忍袋の緒は切れてしまったようだ。
「死ね!惨めに死ね!このエロクソザル!来い、ベルゼブブ!」
 召喚されたベルゼブブは猛スピードで檻に突撃し衝突した。そのまま檻をぶち壊しアインを遥か彼方に突き飛ばした。
「んあー!ここまでするっすか!?酷いっすー!」
「ふん、出たかったんでしょ。良かったじゃない。ふん!」
 マルセラは頬を膨らませてズカズカとがに股になりながら怒りをあらわにして集合場所へと向かった。ちなみにマルセルも同じような怒り方をする。木と垣根に囲まれたトイレの横にあるベンチに集合の予定だったのだが、後ろを通った時に先に待っていたルイスが他クラスの女子に絡まれているのを見て素早く身を隠した。耳を澄ますと会話が聞こえてくる。
「ねぇルイスくん。何やってるの?今一人?」
「今は一人だけど……人を待ってるんだよ」
「ふ~ん、どのくらい?結構待ってるように見えるけど」
「十分くらい?」
「そんなに待たされてるんだ、可哀想に。……ねぇ、私と一緒に行動しない?」
「えぇ!?貴女と……?」
「そう、だってほら、私可愛いでしょ?悪い話じゃないと思うんだけどな~」
 どうやらルイスはナンパされているようだ。彼女は確か、隣のクラスの女子で面食いだという噂を耳にしたことがある。気弱なイケメンは大変だ。
「でも、貴女のことよく知らないし、待ち人もいるし……」
「……もう焦れったいな!いいから来いよ!」
 とうとう我慢ならなくなった彼女はルイスの腕を強引に掴み無理やり立たせようとする。ひ弱なルイスはその力だけでベンチから腰が浮いてしまう。
「い……嫌だ……貴女とは……」
「いいから早く来い!じゃないと人を呼ぶぞ!」
「うわぁ……誰か……助け……マルセラさん……」
「うわあああ!お、落ちるっすー!」
 二人の小競り合いの現場に突如、一匹の猿が落下してきた。それは、先程の突き飛ばしたアインだった。どうやら吹き飛んだ後世界を一周まわって帰ってきたらしい。
 二人とも視線は上半身がコンクリートに埋まっているアインに向いていた。
「痛いっす……裁縫の針が指先に刺さったくらい痛いっす……」
「だ……誰!?ってか何これ!」
「ん?誰かいるっすか?」
 アインは無理やり地面から体を抜き、血まみれの顔で振り返った。元々上半身が埋まっていた所にはぽっか穴が空いている。
「ひっ!化け物!」
「ゲテモノじゃないっす!」
 なんて微妙な聞き間違いだろう。意味なんかほぼ変わらないのだが。
 そんなアインは体を起こすと、空気摩擦で焼かれたりと様々な衝撃を受けボロボロになっていた猿の着ぐるみが粉々に砕けた。その下は、あろう事か布一枚も着けていなかった。
「きゃー!変態!変人!露出狂ー!」
 全裸で血まみれの男を前にし、恐怖がマックスに達した女子生徒は綺麗なフォームで走って逃げ出した。
「なんで逃げちゃったんすかね~。ん?もう一人いたんすか?」
「あわわわわ……」
 アインが落下してきた時から震えていたルイスに対してついに視線が向けられた。まずい、あの女子生徒ならともかくコイツはまずい。助けに行かねば。しかし、アインは全裸で丸見えだ。さすがに乙女としてそんなものを見るわけにはいかない。仕方ない、ここは……
「お~いルイスくん。大丈夫だった?」
「あっ!マルセラさん!……何してるんですか?」
 マルセラはイブリースを召喚し後ろから目を覆ってもらっている。
「ねぇ何してるの?」
「乙女の尊厳保持よ」
「え?」
「これ以上は聞かないで!後アインさん、そろそろここから出てってくれます?」
「え?俺の○○○○見たくないっすか?」
「見たくねぇよ死ね」
「ひっ!怖いっす……フーリ先輩に助けを……」
「どうでもいいけど、さっきの騒ぎを聞きつけて勇者団の人が来ちゃいますよ?」
「そうっすか!それはまずいっす!」
 これを聞いてアインは巣に戻るように落下して空いた穴に入っていった。
「そこから逃げるんだ」
 こうして、無事にマルセラとルイスはデー……校外学習を終えた。ちなみにアインは器物破損と契約破棄という新たな汚名を着ることになった、裸だけど。
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