勇者ライフ!

わかばひいらぎ

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日常編(単発)

一年を振り返りたい

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 ある日、クライブは腎臓博物館に寄った帰りに仲睦まじく歩いているフーリとルイスにばったり出会った。
「お、クライブじゃん。偶然だな」
「クライブさんお久しぶりです!」
「フーリにルイスくん。お出かけか?」
「うん。腎臓博物館に行くんだ」
「あー……やめといた方がいいと思うぞ」
「何で?」
「あそこ客の腎臓を半ば無理矢理に摘出しようとしてくるんだよ」
「ホントですか!?行こうフー兄さん!」
「なんでその話聞いて行く気になるんだよ」
 走って行こうとするルイスのマフラーをフーリが掴んで行く手を阻んだ。
「そういやさ、この寒いのにお前は全然厚着してねぇな」
 クライブはいつも通り紺のワイシャツ一枚だ。
「俺は氷結魔法使いだからな。寒さは感じないんだ」
「なにそれ超便利じゃん」
「その分お前らは大変だよな。マフラーとかいちいち買わなきゃなんだし」
「あ、僕のマフラーは買ったんじゃないんだ。ヒナタから貰ったの、これ」
「へー。ヒナタ結構手先器用なんだな。これは……鹿かトナカイが描かれてるのか?」
「これギガンテウスオオツノジカっていうらしいぞ」
「ごめん知らねぇやそれ。で、ルイスくんのはどこで買ったんだ?普通のよりだいぶボリューミーだけど」 
「これはマルセラさんから貰ったんですよ。よく分かんないけど、この前『はいっ!』って急に渡されて。誕生日でもないのに」
「あ~なるほど……。そこに描かれてるのは狐か?」
「これハートらしいです」
「ふぅ~ん……愛されてるんだな」
 こうしてクライブは二人と別れた。

 続いて、クライブが自販機のお釣りに小銭が一枚多いことを気にしていると、その近くをマルセルとマルセラが通った。
「あっ!クライブだ!」
「お久しぶりですクライブさん」
「ん?マルセルとマルセラちゃん?こりゃまた偶然だな」
「だね~。クライブは町中の小銭集めてるの?」
「そんなチンケなことしねぇよ。っていうか、マルセルも防寒具着けてないんだ」
「うん。僕は肌を露出してる部分を炎魔法で焼いてるんだ」
「熱そう。焦げねぇの?」
「焦げる前に治癒してるから」
「魔法の力を上手く活用してるな。マルセラちゃんはマフラーも手袋もして用意周到だね。……ちなみに聞くけど、その防寒具は買ったの?」
「はい、マフラーは近所のショッピングモールで。で……手袋は……その……買ってもらいました」
「へぇー。マルセルから?」
「いえ、お兄ちゃんじゃなくて……その……ルイスくん、からです……」
「へぇールイスくんから、成程」
「あっ!誤解されてるかもしれませんが違くて!ルイスくんが私の事好きとかじゃなくて!私がルイスくんにプレゼントしたお返しで、どうしてもって!」
 マルセラは急に饒舌になる。この話してる時目の焦点があってなんてめちゃめちゃ怖かったです。蛇足だけど、マルセラの手袋はハート柄だった。
「これは……愛だな」
「クライブなんか言った?」
「いや。ってか止めちゃって悪かったな。どっか行くはずだったんだろ?」
「うん。腎臓博物館に行こっかな~って」
「やめといた方がいいと思うけどな」
 こうして、クライブはフーリの時と同じように二人を説得して別れた。
 ちなみに、「なんだよ、惚気話かよ」と思ったそこのあなた。大丈夫です、ちゃんと面白くしてみせます。

 続いて、帰路の途中にある公園から罵声が聞こえてきた。気になって木々の間から覗きみると、公園の中でリーダーに必死の形相で掴みかかっている秘書さんの姿が見えた。何やら喧嘩をしてるようだ。
「離せ!離せよ!」
「ダメですリーダー!今回ばかりは許しませんよ!」
「許してくれー!替え玉ひとつ奢ってやるから!」
「そんなクソみたいな物で心が揺らぐわけないでしょ!私に押し付けた仕事、全部お返しします!」
「嫌だー!年末くらい休ませろ!」
「てめぇは年中休んでんだろうが!」
「秘書さん、大変なんだな」
 公園で争ういい大人を尻目に、クライブは帰宅を急いだ。

 少し進むと河原があり、そこに人影があった。よく見ると知っている顔だ。
「ん……あれ?アイン?」
「あっ!クライブさんじゃないっすか!お久しぶりっす!」
「久しぶり……って、お前この時期に短パンとタンクトップかよ」
「うっす!もうこれくらいしか衣服がないっす!」
「悲しいな。お前逃げてる最中なんか」
「うっす!……ん!これは勇者の気配!ちょっと逃げるっす!さようならっすー!」
 強引にアインは逃げてしまった。
「俺も一応勇者なんだけどな」
 そうクライブが悲しそうに呟くと、背後から誰かが駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。その誰かが話しかけてくる。
「はぁ……はぁ……すいません、勇者団憲兵部の者ですが」
 そこには、金髪で短髪の、憲兵と言うよりヤンキーみたいな勇者がいた。
「この辺に変なやつ居ませんでしたか?」
「変なやつ……」
 クライブの頭の中には、いい歳して公園でじゃれつく大人や、防寒のために体を焼くやつ、人の腎臓を摘出しようとしてくるやつなどが次々とフラッシュバックした。しかし、面倒事に巻き込まれたくないので知らないフリをした。
「そうですか……」
「おーいイクス。居た?」
「居ない。エクスの方は?」
「こっちも居なかった。あとね、本部から連絡。管轄外だけど僕らもここに来て欲しいってさ」
「どこ……腎臓博物館?」
「じゃ、行こっか」
「行こっかじゃねぇよ。なんでこんな所に」
「腎臓が盗まれそうなんだって」
「めんどくせぇっつうか、なんかぱっとしないなぁ」
「成果をあげれば昇進間違えなし。給料ももちろんアップ!」
「おら行くぞ。それじゃ、ご協力ありがとうございました」
 二人は車で行ってしまった。
「……あそこそんなに流行ってんのか?」
 先程現れた憲兵イクス、御歳二十五歳。彼の欲望の向く先は常に金である。
 色々あったが、クライブはめんどくせぇから考えることをやめ再び歩み始めた。

 しばらく進むと小雨が降ってきた。周囲の人は鞄を傘にするなどして小走りに去って行く。そんな中、バス停で雨宿りしている青年がいる。その目の細さには見覚えがあった。
「あ、アウルじゃん」
「あっ!クライブさん!お久しぶりです!」
 アウルは目を輝かせて(瞳見えないけど)クライブの手を取ってきた。
「なんだよ。そんな嬉しいか?」
「魔物以外の生き物みるの久しぶりで。わぁ凄い!クライブさんの手めっちゃ冷たいですね!氷結魔法使いだからですか?切って指持って帰りたい……」
「こっわお前。他人に生き物って呼ばれたの初めてだわ」
 迫ってきたアウルをよく見ると、髪や服が濡れているようだった。きっと緊急の雨宿りだったのだろう。
「なぁアウル。これからどうするんだ?」
「本当は家で魔物の血を飲む予定だったんですけど、この村雨が止むまで待つつもりです」
「なんで飲むんだよそんなもの」
「教授に『甘くて苦い、恋のような味だ』って言われたらなんか興味でちゃって」
「分かった。その件については触れないでやる。じゃあほら、お前は寒いだろ。その辺の飯屋にでも行こうぜ!」
「是非ご一緒します!」
 彼らは雨が弱まったタイミングで、近くにあったレストラン『虎渭伝トライデン』に駆け込んだ。
「いや~クライブさん悪いですね。ゴチになっちゃって」
「アウルお前……無害そうな顔してなかなかゲスいこと言いやがる」
「ははは!褒めないでくださいよ!」
「褒めてねぇんだけどな」
 料理を注文して暫く待っていると、店の扉が勢いよく開いた。
「さっむ~!急に雨とかなんだよこの野郎ぶっ殺すぞ!」
「フー兄さん落ち着いて!雨は殺せないよ!」
「くっそ……腹いせにクライブに奢らせようかな……あ、クライブいる……」
「全部聞こえてたぞ。どうせ奢ってもらうならマルセルに頼めよ。あいつ金持ちだろ」
 そうクライブがそう言うと、開けっ放しの扉から誰かがまた飛び込んできた。
「火が消える!寒い!死ぬ!」
「だから言ったじゃん。手袋ぐらいしなって」
「手袋代が勿体ないよ……」
「ケチね~」
 兄妹仲良く入ってきたのはマルセルとマルセラだ。
「あっ!噂をすればマルセルだ!」
「フーリにルイス!それにクライブも!あ、アウルだ」
「なんで僕の時だけそんなリアクション薄いんですか!」
「なんか凄い偶然!ね?マルセラさん」
「私!?偶然よね、そう偶然。ルイスくんがいるなんて偶然……」
「運命だよ……ボソッ」
「フー兄さんなんか言った?」
「言った」
「なんて?」
「鶏唐揚げ一個増量中」
「そんな長くなかったよ絶対!ねーなんて言ったのフー兄さん?」
 フーリに縋るルイスを背に、マルセラは顔を赤くしていた。なんだコイツら、クソが。
「にしてもこんな奇跡が起こるんだな」
「ですね!僕が雨宿りしてたからこその奇跡ですよ!」
「何お前が得意げになってんだよ」
「他にも誰か来たりして」
 そんなふうにアウルが冗談めかして言うと、実際に扉の向こうから罵声が聞こえてくる。
「おい待て!この野郎!今回ばっかりは許さないですよ!」
「ぎゃー!今日の秘書怖ー!」
「あいつらまだやってたのかよ」
 続けて声が聞こえてくる。
「勇者の香りが充満してるっすー!どこ逃げればいいんすか俺ー!」
「おいエクス!なんかよく分かんないけどあいつ五月蝿いから追うぞ!」
「普通に迷惑だしね~。もっと速くしてイクス!」
「ふざけんな!人におぶられといて命令すんじゃねぇ!」
「アイン……あいつまだ逃げてたのかよ」
 クライブは今日一日を思い返すと、自分を取り巻く人達と次々出会えた日であったと思う。逃亡中の二人には不憫だが、この出会いに感謝することにしよう。
「よーし。じゃあ大体知り合いが揃ったってことで、皆で乾杯でもするか!」
「お!クライブノリいいね!」
「みんなグラス持ったか?行くぞ……」
「「かんぱーい!」」
 こうして、年末彼らは楽しくパーティを楽しんだのであった。皆、良いお年を!


「……あれ?そう言えば大事な人を忘れてる気がする」
「クライブなんか言った?」
「うーん……なんでもない。気のせいだ」
「そっか……ひぃっ!」
「なんだよ急に震えて。マルセル風邪か?」
「そんなことないと思うんだけどな~」
 だが、マルセルやその他の皆は気づいていなかった。虎渭伝の天井が一部ズレていることに……そこから注ぐの視線に……。
「ひひひ……マルセルくん可愛いなぁ……。いつ襲おう……でもあの女マルセラが邪魔だなぁ……」
 レヴェル、貴女も良いお年を。
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