4 / 21
第一部 - 絶望の底で、僕らは出会った
3話 - 進撃の死人
しおりを挟む
「……にしてもアンタのその身体、どうなってんの?」
洞窟を歩きながらニャスカに尋ねられる。そんなの、僕の方が知りたい。けれど声を発せない僕は、顎に手を当てることで一応のリアクションを示す。
「関節をつけたり外したりさ。普通のスケルトンも、身体をそういう風に魔力? で操作するのかな」
確かに。でもそんなこと、これまで考えたこともなかった。この身体で生き残るのに必死だったから。少なくとも、自分の意思で関節を外す骸骨なんて見たことも聞いたこともない。
「ってかあんた、どうやったら死ぬの? 頭蓋骨を砕いたらどうなるのかな?」
(突然怖いことを言い出すな、この人‼︎)
自分の頭が粉々になるなんて、考えるだけで恐ろしくなった。だが、少なくとも頭が地面に落ちたり蹴飛ばされたりする程度ではこの髑髏は割れたりしないらしい。これも、骨を覆っている魔力で守られているからだろうか。
魔力が枯渇したら、ただの骨になるのか? 今まで意識的に考えないようにしてはいたものの、避けては通れない問題だった。
「……ちょっと、なんとか言ったらどうなのさ⁉︎」
これ以上怒らせないよう立ち止まり、考えていたことを端的にまとめて地面に書く。
「なるほどねー……なんだかアタシの身体と同じだ。少し切れたり千切れたりしても、再生してくるみたい。でも、あんまり酷いときは、たぶん回復のためなのかな、いきなり眠くなるんだよね」
どうやらニャスカも似たような仕組みで生きているようで、なんとなく親近感が湧く。同じく、ダンジョンのマナを取り込んでいるのだろう。
「ま、モンスターとか魔法生物のことなんて、全っ然わからないけどさ」
もし彼女が千切れ飛ぶような致命傷を負ったら。仮に彼女が言うような再生の能力があっても、絶対にそんな目には遭わせたくない。
◆
ダンジョンでの戦闘は、思いの外順調に進んだ。ゴブリンやコボルト程度なら、二人の連携で対処できることが分かってきた。そして――
「ちょっと、あのベトベト苦手! なんとかしてよ!」
天井に張り付いているスライムを見つけるなり、ニャスカはすかさず剣を渡して僕の影に隠れる。
彼女をかばうように前に出ると、すれ違うように避けながら核を突き刺す。もはや慣れた手順だった。
「こいつったら、手を突っ込まないと急所に届かないし、すぐ肉を溶かされてしんどいんだよねー。いやぁ、ジル、骨だけのアンタも結構役に立つじゃぁないか~!」
そういって僕の目の前に立った彼女は、ゾンビとは思えない陽気な顔で僕の頭蓋骨をコンコンと小突く。彼女の顔が近づく。
あどけない表情に思わず目を奪われそうになるが、ニャスカはさっさと剣を奪って歩き出してしまう。
彼女の顔は腐ってても、今の僕にはとても眩しく見えた。彼女の背中を慌てて追いかけながら、思う。これってもしかして、僕がずっと憧れていた場面だったんじゃないだろうか……?
(そういえば、初めてまともに名前、呼んでくれたな)
この暗いダンジョンでただ徘徊するだけの人生だったらどうしようと思っていたけれど、まさか、一人の女の子を守りながら洞窟を進んでいくような冒険の機会に恵まれるなんて。まるでお伽話に出てくる、龍を退治してお姫様を救い出して帰るときの、伝説の勇者みたいだ。
彼女の笑顔を、なんとしてでも守り通そう。そう密かに誓いながらまた彼女の前を歩き出すのであった。
◆
第二階層の敵相手にはまず負けようがなくなったことを確認し、階層の終端を目指して探索を進める。
僕たちが「ダンジョン」と呼ぶその洞窟は巨大な地下構造を有している。一定の深度ごとに生息する魔物や風景が大きく異っているが、その終端には必ず階層の守護者がいるのだという。騎士団の遠征時に死亡した僕は、第二階層以降の守護者はまだ見ていなかった。
騎士団の教本で読んだ通り、第二階層の終端の広間で待ち受けていたのはジャイアントバットの群れだった。部屋に入ると重厚な扉が閉まり、それと同時に、数十匹の大蝙蝠が襲いかかってくる。
ダンジョンの蝙蝠は吸血のために噛みついてくるのが普通だが、僕は噛みつかれても一切ダメージを受けない。すぐさま前に出て、冷静に体に張り付いてくる個体を掴んで刺していく。
「ちょっ、こいつら、多すぎ……っ!」
まずい、ニャスカの周りに大勢が群がっている。危ない! とすぐ近寄るが、よくよく見ると彼女もダメージを受けていない。噛みつこうとするが、少しするとキィと鳴いてすぐに離れていってしまう。もしかして、血も腐っていてとても吸えたもんじゃないのだろうか。
聖職者や魔術士が必要な相手のはずだが、今の僕たちにはまったく通じていない。まるで弱点を突かれる側と突く側が逆転したみたいに。そうして、ただ数が多いだけで通常の駆除と変わらない要領で、あっけなく戦闘が終わる。
「なーんか拍子抜けだね」
ニャスカも同様の感想を抱いたようだった。コクコクと頷いて同意する。
「でもさ、アタシが腐ってるってのは自分でも分かるんだけど……その……そんなに臭いかな?」
自分の腕を顔に寄せてスンスンと匂いを嗅ぎながら彼女が言った。
(……やっぱり気にしてたんだ!)
僕は慌てて首と手を横に振って否定する。しかし生憎、今の僕には嗅覚というものが無かった。だから何の根拠も無いけれど、気にしてるのならとにかく否定しておく。他に証言者はいないことだし、ここはとにかく安心してもらおう。
「まぁ、楽に進めるからいっか!」
彼女はあまり細かいことを気にしない性格なようで、とにかく気まずくなってほしくない僕にとっては有り難かった。
蝙蝠達が巣くっていた広間の奥にも、重厚な存在感のある扉が据え付けられている。ここを通過すれば、第三階層になるはずだ。
「ほら、剣よこして!」
ニャスカに剣を預ける。ここまで来ても、まだ信頼しきってはもらえないらしい。騎士として誓いを立てた自分としては不本意だが、おとなしく剣を渡しておく。
今はまだ頼りないかもしれない。でも、いつか必ず彼女の本当の騎士として側に立とう――そう、心に誓う。
決意を新たに、第三階層への扉に手をかけた。
洞窟を歩きながらニャスカに尋ねられる。そんなの、僕の方が知りたい。けれど声を発せない僕は、顎に手を当てることで一応のリアクションを示す。
「関節をつけたり外したりさ。普通のスケルトンも、身体をそういう風に魔力? で操作するのかな」
確かに。でもそんなこと、これまで考えたこともなかった。この身体で生き残るのに必死だったから。少なくとも、自分の意思で関節を外す骸骨なんて見たことも聞いたこともない。
「ってかあんた、どうやったら死ぬの? 頭蓋骨を砕いたらどうなるのかな?」
(突然怖いことを言い出すな、この人‼︎)
自分の頭が粉々になるなんて、考えるだけで恐ろしくなった。だが、少なくとも頭が地面に落ちたり蹴飛ばされたりする程度ではこの髑髏は割れたりしないらしい。これも、骨を覆っている魔力で守られているからだろうか。
魔力が枯渇したら、ただの骨になるのか? 今まで意識的に考えないようにしてはいたものの、避けては通れない問題だった。
「……ちょっと、なんとか言ったらどうなのさ⁉︎」
これ以上怒らせないよう立ち止まり、考えていたことを端的にまとめて地面に書く。
「なるほどねー……なんだかアタシの身体と同じだ。少し切れたり千切れたりしても、再生してくるみたい。でも、あんまり酷いときは、たぶん回復のためなのかな、いきなり眠くなるんだよね」
どうやらニャスカも似たような仕組みで生きているようで、なんとなく親近感が湧く。同じく、ダンジョンのマナを取り込んでいるのだろう。
「ま、モンスターとか魔法生物のことなんて、全っ然わからないけどさ」
もし彼女が千切れ飛ぶような致命傷を負ったら。仮に彼女が言うような再生の能力があっても、絶対にそんな目には遭わせたくない。
◆
ダンジョンでの戦闘は、思いの外順調に進んだ。ゴブリンやコボルト程度なら、二人の連携で対処できることが分かってきた。そして――
「ちょっと、あのベトベト苦手! なんとかしてよ!」
天井に張り付いているスライムを見つけるなり、ニャスカはすかさず剣を渡して僕の影に隠れる。
彼女をかばうように前に出ると、すれ違うように避けながら核を突き刺す。もはや慣れた手順だった。
「こいつったら、手を突っ込まないと急所に届かないし、すぐ肉を溶かされてしんどいんだよねー。いやぁ、ジル、骨だけのアンタも結構役に立つじゃぁないか~!」
そういって僕の目の前に立った彼女は、ゾンビとは思えない陽気な顔で僕の頭蓋骨をコンコンと小突く。彼女の顔が近づく。
あどけない表情に思わず目を奪われそうになるが、ニャスカはさっさと剣を奪って歩き出してしまう。
彼女の顔は腐ってても、今の僕にはとても眩しく見えた。彼女の背中を慌てて追いかけながら、思う。これってもしかして、僕がずっと憧れていた場面だったんじゃないだろうか……?
(そういえば、初めてまともに名前、呼んでくれたな)
この暗いダンジョンでただ徘徊するだけの人生だったらどうしようと思っていたけれど、まさか、一人の女の子を守りながら洞窟を進んでいくような冒険の機会に恵まれるなんて。まるでお伽話に出てくる、龍を退治してお姫様を救い出して帰るときの、伝説の勇者みたいだ。
彼女の笑顔を、なんとしてでも守り通そう。そう密かに誓いながらまた彼女の前を歩き出すのであった。
◆
第二階層の敵相手にはまず負けようがなくなったことを確認し、階層の終端を目指して探索を進める。
僕たちが「ダンジョン」と呼ぶその洞窟は巨大な地下構造を有している。一定の深度ごとに生息する魔物や風景が大きく異っているが、その終端には必ず階層の守護者がいるのだという。騎士団の遠征時に死亡した僕は、第二階層以降の守護者はまだ見ていなかった。
騎士団の教本で読んだ通り、第二階層の終端の広間で待ち受けていたのはジャイアントバットの群れだった。部屋に入ると重厚な扉が閉まり、それと同時に、数十匹の大蝙蝠が襲いかかってくる。
ダンジョンの蝙蝠は吸血のために噛みついてくるのが普通だが、僕は噛みつかれても一切ダメージを受けない。すぐさま前に出て、冷静に体に張り付いてくる個体を掴んで刺していく。
「ちょっ、こいつら、多すぎ……っ!」
まずい、ニャスカの周りに大勢が群がっている。危ない! とすぐ近寄るが、よくよく見ると彼女もダメージを受けていない。噛みつこうとするが、少しするとキィと鳴いてすぐに離れていってしまう。もしかして、血も腐っていてとても吸えたもんじゃないのだろうか。
聖職者や魔術士が必要な相手のはずだが、今の僕たちにはまったく通じていない。まるで弱点を突かれる側と突く側が逆転したみたいに。そうして、ただ数が多いだけで通常の駆除と変わらない要領で、あっけなく戦闘が終わる。
「なーんか拍子抜けだね」
ニャスカも同様の感想を抱いたようだった。コクコクと頷いて同意する。
「でもさ、アタシが腐ってるってのは自分でも分かるんだけど……その……そんなに臭いかな?」
自分の腕を顔に寄せてスンスンと匂いを嗅ぎながら彼女が言った。
(……やっぱり気にしてたんだ!)
僕は慌てて首と手を横に振って否定する。しかし生憎、今の僕には嗅覚というものが無かった。だから何の根拠も無いけれど、気にしてるのならとにかく否定しておく。他に証言者はいないことだし、ここはとにかく安心してもらおう。
「まぁ、楽に進めるからいっか!」
彼女はあまり細かいことを気にしない性格なようで、とにかく気まずくなってほしくない僕にとっては有り難かった。
蝙蝠達が巣くっていた広間の奥にも、重厚な存在感のある扉が据え付けられている。ここを通過すれば、第三階層になるはずだ。
「ほら、剣よこして!」
ニャスカに剣を預ける。ここまで来ても、まだ信頼しきってはもらえないらしい。騎士として誓いを立てた自分としては不本意だが、おとなしく剣を渡しておく。
今はまだ頼りないかもしれない。でも、いつか必ず彼女の本当の騎士として側に立とう――そう、心に誓う。
決意を新たに、第三階層への扉に手をかけた。
3
あなたにおすすめの小説
女帝の遺志(第二部)-篠崎沙也加と女子プロレスラーたちの物語
kazu106
大衆娯楽
勢いを増す、ブレバリーズ女子部と、直美。
率いる沙也加は、自信の夢であった帝プロマット参戦を直美に託し、本格的に動き出す。
一方、不振にあえぐ男子部にあって唯一、気を吐こうとする修平。
己を見つめ直すために、女子部への入部を決意する。
が、そこでは現実を知らされ、苦難の道を歩むことになる。
志桜里らの励ましを受けつつ、ひたすら練習をつづける。
遂に直美の帝プロ参戦が、現実なものとなる。
その壮行試合、沙也加はなんと、直美の相手に修平を選んだのであった。
しかし同時に、ブレバリーズには暗い影もまた、歩み寄って来ていた。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる