化怪《バケ》〜幽霊騎士に守られて、呪われた私は恋を知る〜

名無し

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むっつりスケベ疑惑

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「ってことで、持って帰ってきたものの…………」

 あの数々のエピソードを聞いた後に、自分の部屋にこのフランス人形を置くのは、なかなか勇気がいった。預かっても良いか、と九重さんに持ちかけた後、彼女は半ば私に押し付けるようにして、部室から飛び出していった。よっぽど手放したかったのだろう。そうして部室に残されたこの人形は、当然九重さんをダッシュで追いかけるようなこともなく、大人しく私のバッグの中に入って、我が家に連れて来られた。

「恋白に任せてしまって良いのですか。俺が持ち帰って母さんに相談した方が………」

 と、吉光が心配そうにしていたものの、私はあえてこの人形を引き取った。というのも、ちゃんと理由がある。

「この人形が幽霊だったら、目隠しさんに食べて貰えば階級が上がるかもしれないよね」

 人形の正体、九重さんの家に続いた不幸の理由が判明しない限り何とも言えないが、霊であれば、私の呪いを解く糧になるかもしれない。最悪万が一のことがあっても、私には目隠しさんがいるし、何とかなるだろう。

 とりあえずは部屋に置いて、1日様子を見て、何か異変が起きるかどうか、だ。私は適当に机の上に人形を座らせると、そそくさと制服に手をかけて、雑にブラザーを脱ぎ捨てながらクローゼットから部屋着を漁った。1番手の届く場所にあったTシャツを取り、ワイシャツのボタンを外していた、その時。

「わっ!」

 突然背後から、誰かに壁に体を押さえつけられた。衝撃で手からTシャツがハラリと落ち、はだけたワイシャツからは無防備にも下着姿が覗く。ただ呆然と、壁ドンされているこの状況を飲み込めないまま、目の前の大きな影を見上げる。

「め、目隠しさん………?」

 私にこんな事をしているのは、紛れも無い、目隠しさんだった。ここ数週間、共に過ごしてきてこんな事をされたのは初めてだ。私が着替える時やトイレの時、お風呂の時は、目隠しさんはちゃんと気遣って、絶対に姿を現さない筈なのに。ただ無言で、私を壁に縫い付ける目隠しさんの思考が読めない。

「ち、ちょっと………!」

 もがいても、ビクともしない力。ふと己の体を見下ろせば、パカーンと晒されたままの下着に、みるみる顔に熱が帯びる。薄暗く狭いクローゼットの中で、徐々に目隠しさんが体を密着させてくる。

「め、目隠しさん!」
「…………!」

 私が声を振り絞って目隠しさんの名を呼ぶと、彼は我に返ったように、呆気なく体を離した。解放された手で、慌ててワイシャツを押さえて下着を隠す。突然の目隠しさんらしくない行動に動揺したまま、真っ赤な顔をそちらに向けるが、何故か目隠しさん本人も、珍しく動揺していた。

「…………?」
「ど、どうしたの………目隠しさん………」
「………いや………、す、すまない………」

 どうして目隠しさんが驚いているのか。彼も彼で状況が飲み込めていないようで、その動揺を隠すように口を片手で覆っている。まるで頭に疑問符が見えてきそうな混乱っぷりに、こちらも責める気が無くなる。そのまま私も何も言えずに、目隠しさんは姿を消してしまったので、私はただただこの行き場のない感情を、ワイシャツを握り締めて誤魔化した。

(………き、気の迷い、かな………?)

 幽霊に性欲は備わっていない、とか言ってたし………、あのクールな目隠しさんが、今更私の着替えを見て変な気を起こすなんて考えにくい。それに、あの動揺っぷりは………。本人もそんな筈じゃなかったとでもいうかのような反応だった。

(わ、忘れよう。うん)

 バクバクとうるさいままの心臓に蓋をして、私はこれ以上、目隠しさんの行動の意味を考えるのをやめた。夢だったんだ。きっと。

 しかし、目隠しさんの謎の行動は、これだけに留まることはなかった。

 それは、お風呂でゆっくりと湯船に浸かりながら、ウトウトとしていた時。

「ひえっ!?」

 バシャン、と自分以外の何かが波を立て、湯が大きく揺れる。またしても壁に体を押さえ付けられて、心地良い眠気も一気に吹き飛ぶ。目の前には、先程のクローゼットでの一件と同じように目隠しさんがいて、彼もまた、ポカンと固まっている。

「な………….」
「ま、また!?」

 こちらも入浴中であった為、当然無防備な格好をしており、みるみる顔に熱が集中していく。これは逆上せたからなどではなく、確実に目隠しさんに裸を見られた羞恥心によるものだ。

「目隠しさん、一体何してるの!!」

 私の非難を他所に、目隠しさんは右手を私の手首から離し、今度はこちらの首に向かって伸ばしてきた。一体何をするつもりか知らないが、一向に消える気配のない彼に、いよいよ恥ずかしさが限界に達した私は、きゃー!とお手本のような悲鳴を上げた。するとそれに弾かれるように目隠しさんが体を離し、スッとその姿を消す。

「どうしたの恋白!!」

 入れ替わるように、悲鳴を聞いたお母さんが駆け付けてくれて、何事かと扉を開け浴室に入ってきた。悲鳴の理由を聞かれたものの、母親は霊感が全く無い為、幽霊の存在を信じていない。ここで「目隠しさんが」と言ったところで、寝落ちかけて夢でも見たのか、と逆に呆れられるだけだ。

「む………虫がいて………」
「虫ィ?そんな事で騒がないでよ」

 ビックリしたわー、と颯爽と去っていくお母さんの背中をボーッと見つめながら、私は騒ぎ立てる心臓を落ち着かせるのに必死だった。学校から帰ってきた後の出来事といい、今の風呂場での出来事といい、やはり今日の目隠しさんは変だ。今までしなかったような事をしてくるし、距離感も近すぎる。それに………。

(なんか………、目隠しさん自身も混乱してるように見えた………)

 まるで目隠しさんの意思じゃない、とでもいうような反応。でも目の前にいた目隠しさんは、紛れも無く本人だった。そっくりな誰かとか、目隠しさんに成り変わった誰か、なんてのも考えにくい。

「………なんなの~………」

 考えても考えても分からない目隠しさんの行動に、頭が沸騰しそうだ。忘れようとしても蘇ってくる記憶。何とか振り払おうとして、肩まで湯船に浸かってみるが、ますます全身が沸騰しそうになって慌ててお風呂から上がった。

(見られた………よね………?)

 脱衣所で、鏡に映る自分の姿をチェックする。最近ちょっと太り気味なんだけど、なんか思われたかな………、なんて考えて、また慌てて思考を掻き消し、忘れるように乱暴にパジャマを掴んだ。忘れろ!忘れろ!あれは目隠しさんの本意じゃない!

 きっと何か、そう、目隠しさんも寝ぼけてたとか、何かを間違えてああなったとか、多分そんな感じだ!多分!

 先程のお風呂での出来事が気まずいのか、部屋に戻ってきても目隠しさんは姿を現さない。でも私も、今出てこられても気まずいだけだし変に意識してしまいそうなので、有り難かった。起きてても何か落ち着かないし、さっきの事を思い出してしまうしでソワソワして仕方なかったので、今日はさっさと寝てしまおう。部屋の電気を消し、ベッドに潜り込む。無理矢理寝てしまえば、朝にはきっと忘れてる。

 そうして、まだ眠たくないしいつもより早い時間ではあったが、私は眠る体勢に入っていた。ギュッと目を閉じて、数えたことのない羊を数えてみたりする。静まり返った部屋には壁に掛けられた時計の秒針の音だけが響いていて、いつもなら気にならないその音も何だか大きく聞こえて耳障りだ。

(寝ろ………、寝ろ………、眠たくなれ…………)

 そう考えれば考えるほど、逆にどんどん目が冴えていくような気がする。この時の私は、目隠しさんとの出来事にすっかり意識を持っていかれて、九重さんから預かった人形のことなど、これっぽっちも考えていなかった。

 ギシ………、とベッドが軋む音。無理矢理眠ろうとする私の横で、マットレスが何かの重みを受けて沈む。私1人分の体重じゃない。まるで何か、もう1人がこのベッドに乗ってきたような………。

「……………っ!?」

 ゆっくりと目を開けると、私の上には目隠しさんがいて、ぱさり、と彼の綺麗な長い銀髪が、私の胸元に落ちた。覆い被さる彼を見上げながら、私はただ、石像のように固まったまま、考えることも、息を吸うことも奪われたのだ。
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