音よ届け

古明地 蓮

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始まってしまった日常

音楽の先へ

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「あれほどの美しい音楽をありがとうございました
 唐突ですけど、僕たちのバンドのキーボードをやりませんか?」

諒一の言葉を受け取った水上さんは、迷っていた。
まあ、朝一回あったばかりの男に、バンドに誘われたらびっくりするのは当然だし、迷わなかったらそのほうが怖い。
水上さんは、タッチペンをとって、すごい当たり前だけど忘れていたことを聞いてきた。

「まず、秦野さん以外の二人を紹介して欲しいです
 どういう方々かも知らないので、答えられません」

その言葉を読んで、僕と諒一は顔を見合わせて笑った。
僕に至っては、あとで紹介するなんて言ってたのに、忘れていたんだし。
僕と諒一が笑っていると、横からさっと山縣がタブレットを取り出して、何やら書き出した。

「僕は山縣と言います
 僕らは好位置から三人でバンドを組んでいて、僕はベースをやっています」

と、端的な自己紹介文を水上さんに手渡していた。
水上さんは、すぐにその言葉を読んで、返事を返した。

「うちのクラスの方でしたよね
 秦野さんと仲良くしているところをよく見ました」

と、僕らの行動を観察しているかのようなことを書いていた。
僕たちが一緒にいるところを見られていたって思うと、なんだか恥ずかしくなってしまう。
山縣は、諒一を呼んで、タブレットとタッチペンを渡して、自己紹介を書くように促した。
諒一は、慣れない手つきで操作しながら、自分のことを書いていた。

「僕は諒一です
 このバンドでギターとボーカルをやっています
 これからもよろしくお願いします」

と、何故かこれからも関係があるような書き方をしていた。
水上さんは、諒一の紹介文を読むと、返事を書いた。

「今日の朝に秦野さんとお話ししていた方ですよね
 本当に仲がいいんですね」

と書いてあった。
諒一はそれを読むと、すぐに僕にタブレットを渡した。
何だと思ったけど、どうやら僕にも何か言わせたいらしい。
そういえば、僕がバンドで何をやっているかは伝えてなかったし、いい機会だと思って伝えることにした。

「僕は、このバンドのドラムを担当してる秦野です」

と、端的な一文を書いて渡した。
まあ、これ以上に書く内容が思いつかなかったんだ。
すると、水上さんから、予想していなかった解答が返ってきた。

「じゃあ、皆さんの得意な曲を一曲演奏してもらえませんか
 それに合わせて、軽くピアノを弾いてみて、できるか試したいんです」

僕らはそれを読むと、一瞬顔を見合わせた。
そして、音楽室を見渡すと、どうやらギターもベースもドラムもそろっていた。
全部あるし、やってみようということで、諒一がその言葉を書いた。

「ちょっと待っててください
 準備ができたら手拍子します」

と書いて渡した。
それを見た水上さんは、タブレットの電源を落としてピアノの前に座った。
僕らは、音楽室の備品である楽器たちを、ピアノの周りに集めた。
それから、ギターとベースの軽いチューニングをしたり、ドラムのたたき具合を確認した。
すべてが準備できたことを確認すると、三人で手拍子した。
準備は整った。

と言っても、手拍子からじゃあどうやって音楽に入るか決まらない。
だから、ここは僕の出番だ。
いつものあの曲のリズムで軽く叩きだす。
いつもより少し軽快に、そして少し控えめにした。

いつもなら、すかさず大きな音で入ってくるであろう諒一のギターも控えめだった。
多分、三人とも水上さんに気を遣っているんだ。
水上さんはピアノだから、音をかき消してしまわないように。

すると、突然新しい音が割り込んできた。
単調な音の絡み合いで複雑な音が、ギターの間を割って入ってきた。
それに対抗するように、諒一はギターの音を強くした。
僕と山縣も、いつもより大きめな音で演奏した。
弾ける寸前の、ぎりぎりまとまっている音楽だった。

ロック系の音楽をやっているときは、普通の状態よりもこういう時の方が何倍も楽しい。
ぎりぎり空中分解しなさそうなところでとどまっていると、急に音楽に巻き込まれるんだ。
その渦の中で演奏していると、無我の状態になって、最高の気分になれる。
でも、これをやるにはバンドのメンバーの結束が何より大事だ。

今日できたばかりのチームのはずなのに、こんなに綺麗にまとまることなんてあるんだろうか。
僕は、小刻みなリズムを作りながら思った。
これまでの三人は、確かに相当一緒に練習してきたから、うまくいくのは当然だ。
とは、まだまだ言えないレベルで、こんなに楽しい状態には入れるのは、相当調子がいいときだけだ。
それなのに、水上さんが入ったとたんに、ここまで別次元の音楽になるなんて。

あくまで僕と山縣は、いつもとそれほど変わらない、謙虚な感じに演奏していた。
けど、あの二人は初めて見るような状態だった。
半分ぐらい狂ってるんじゃないかと思わせるような、人間には到底できなさそうな音を出していた。
すごい大きな音だけど、耳にうるさいと感じさせないで、ハリがあってもほかの音を消さない。
こんな音楽が、僕らのバンドから流れるなんて思っていなかった。

最後に、二人が格好良く止めて、演奏は終わった。
僕らは、誰一人として何か話しだそうとはしなかった。
体感無限もの時間の間、音楽にとらわれていた。
そこで、諒一が僕らの目を覚ますようにギターを弾きならした。
そして、水上さんのタブレットに質問を書いて水上さんに渡した。

「どうでしたか?」

と、それ以上の誘いも譲歩もないその文章を渡した。
水上さんは、一切迷うことなくその質問への答えを書いた。

「水色の美しい音楽でした
 ぜひ参加します」

と、僕らが一番欲しかった答えをもらえた。
けど、時間とは一定に流れてしまい、残酷なものだ。
昼休み終了のチャイムが、僕らの空間を破壊した。
僕らは、授業が終わったら部室に集合する約束した。
当たり前のことだけど、足並みをそろえるために必要なことだった。

それkら、残りの二時間の授業に臨んだ。
そのあとの時間に対する流れ星のような心持になってたけど、どうにか自分を抑え込んだ。
どうせ、頑張っても、だらけていても部活の時間が来る。
だったら頑張ろうって僕に言い聞かせた。

そして、帰りのホームルームが終わった。
本当に長い時間に思えたけど、水上さんと雑談しながら授業を受けていたから、意外とつらくはなかった。
筆談は、先生にばれる危険性がないから、本当に話しやすいんだ。

号令の挨拶によってホームルームが終わったとたん、クラスは騒がしくなった。
僕は、水上さんについてきてもらうように伝えてから教室を出た。
周りに人が多すぎるので、本当は手を引っ張って連れて行ってあげたいんだけど、この教室内じゃ到底できなかった。

教室を出ると、人ごみから無理に出てきた水上さんを見つけた。
僕は水上さんに手招きをして部室まで案内した。
はやる気持ちと、水上さんを置いていかないようにと注意しながら部室に向かった。
そして、部室の扉をあけ放って

「失礼します」

とあいさつした。
すると、暗がりから二人の見知った気がする影が出てきた。
僕が電気をつけると、それは予想通り諒一と山縣だった。

集合した僕らは、水上さんの楽器を探し始めた。
水上さんはキーボードを持っていないので、部室から中古を引っ張り出すことにしたんだ。
昔の先輩たちのものだから、意外と質がいいものが山積みになっている。
その中から、使い勝手がよさそうなのを取り出した。
一応水上さんにこれでいいか聞くと、充分だと答えてくれた。

これで全員の準備が完了した。
そして、新たなメンバーを加えたから、再出発の儀式をした。

四人の手を重ねて、いったん目をつむる。
準備が整った人から目を開けていく。
全員の視線がぶつかった瞬間に、諒一が声を上げる。

「行くぞー!!」

僕と山縣は、その声の返事として

「おー!!」

といって自分を高ぶらせた。
そして、儀式が終わったことと、僕らのこれからに盛大な拍手を送った。

やっとこのバンドが形になった。
これでもう大丈夫だと信じられる。
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