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目標への道と...
欠片は戻らない
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みんなで力を合わせながら、一つの目標に向かう。
そんないい状況なのに、どうしても全力で喜べない。
どうしようもないなぁ。
みんなが帰った後の家は、がらんとしてしまった。
僕が一人で座っていても、全然明るくならない。
僕は無力だ。
一人ぼっちの僕は、みんなの残響に浸りながら、カップに水を汲んだ。
カップを持つ手がわずかに震えているのが分かった。
水で満杯になるころには、もう片手では持てなくなってた。
ぎりぎりの力で、コースターの上に乗せた。
手慣れた手つきで、台所の隣にある薬かごから薬を引っ張り出す。
律儀に三種類の薬を数錠ずつ取り出した。
全部掌に載せて、口に投げ込む。
水を口に含んで、一気に飲み干すと、口の中の苦みも甘みも消え失せていた。
椅子にどっかりと座りこんで、部屋の角を見る。
疲れが椅子に座れていくのを感じて、余計に動く気がなくなった。
それでも、やらなければいけないことは、やらないままにできない。
それが、僕の自分に課した縛りだから、今日も遂行する。
台所に立つと、冷蔵庫をおもむろに開けて、中身を確認する。
中にある数少ない材料の中から、昨日作ったご飯の残りを取り出した。
どうせと思って、少しでもおいしくなるようにレンジで温める。
そして、温まったご飯を和室に運んだ。
「ほら、ごはん持ってきたよ」
と言って、僕はご飯を小さな台の上に乗せた。
そして、信心もない手つきで厳かな音を立てた。
それは、布の上に置かれた金属の器、鈴の音だ。
その横に置かれた、若い夫婦の楽しそうな顔。
毎日見ては、毎日涙ぐんでいる。
僕の両親は、ずっと前に亡くなっている。
僕が生まれてすぐに、僕のお父さんはなくなったらしい。
僕の顔も数回しか見れないうちに、病気になってしまったらしい。
あっという間に、しゃべることもできなくなって、息を引き取ったと聞いた。
それから、お母さんは、ずっと無理をしていた。
僕が少し遅く帰ってきても、お母さんは家にいなかった。
帰ってくるのは、いつも今日が終わりを告げる寸前だった。
玄関で帰ってきたお母さんに、いつも抱き着いていた。
その時だけは、お母さんは優しく微笑んでくれた。
それ以外の時は、お母さんの顔を見ることもなかなかできない日々だった。
でも、会うたびに僕から抱き着いて、優しく頭をなでてもらった。
それが、思い出せる中で一番家族として楽しかった時だ。
それ以降は、幸せなんて思える日は一度もなかった。
僕が中学生になるころ、お母さんに異変があった。
いつもみたいに抱き着こうとしても、振り払われるようになった。
頑張ってご飯を作っても、つまらなさそうにしだした。
なんでそうなったのか、当時の僕には全然わからなかった。
だんだんお母さんの様子が悪くなっていった。
次第にご飯を食べる量も減らして、ほとんど絶食に近い状態で過ごしてた。
その異変に気が付いた僕が、お母さんに一言
「大丈夫?」
って聞いたら、お母さんはいつもの笑顔を作って
「大丈夫だよ
心配させてごめんね」
って言った。
僕は、その笑顔に安心した。
あの時に気が付いればって、何年たった今も後悔してる。
次の日
お母さんは線路に飛び込んだ。
学校に行っていて、いつものように授業を受けていた時に、急に先生が飛び込んできた。
そして連れていかれた先に、警察が座っていた。
警察にあったとき、最初僕が何か大変なことをしてしまったんだと思った。
僕が犯罪を犯して、捕まえに来たものだと思った。
だから、とっさに口から
「ごめんなさい」
って言ってしまった。
そのとき、警察官のお兄さんは、お母さんのそれとも違う優しい顔をしていた。
同時に、悲しそうな顔をしていて、僕は困惑したのを覚えている。
周りの警察官と先生は、今にも泣きだしそうな顔をしていた。
警察官は、僕の心を落ち着けようと、少し軽い雑談をしてくれた。
今思えば、その話は全部お母さんに関する話だった。
優しかったお母さんが頭にこびりつくようにしてくれたんだ。
頃合いを見計らってか、警察官が急に真剣な顔で告げた。
「君のお母さんは、線路に飛び込んで死にました」
と。
僕は何にも言えなくなった。
言葉は頭に入っていったのに、それが処理できなかった。
すると、隣にいた警察官が、無慈悲にも僕に現実を突きつけた。
それは、僕のお母さんが死んだ、時間と場所、その他の情報をすべて突きつけた。
それを言っている間、全員が泣いていた。
ただ一人僕だけが、涙が虚空に溶かされたように泣いていなかった。
心の中が砂漠になったみたいで、全然動じなかった。
全部を読み終えた警察官は、僕の様子を見てすぐに、僕の心境を察知したみたいだった。
僕の頭の上に手を置くと、警察官特有の声で
「実感がわかないよね
焦らずにじっくりと受け止めていこう
ね」
と、言ってくれた。
僕は、半ば放心状態のまま
「はい...」
と返事をした。
それから、数十秒間の間、警察官は僕の頭をなでてくれた。
僕の頭は、警察官の手の動きに合わせて軽く動き続けた。
先生は横から、僕の様子を怪訝そうな表情で見ていた。
それから、僕は警察官に付き添ってもらいながら、母の遺体と遺品の確認を行った。
無残に切り分けられた母の体。
そのすべてがそろっていることを僕の前で確認した。
また、母の所持していた荷物から、この遺体が本当に母のものなのか確認した。
その後も、母の情報の整理などが行われた。
もちろんその比重に終わらないことも多々あったけど、日中のすべての時間をそのために使わされた。
いつの間にか、隣にいたはずの先生はいなくなっていた。
大体のことが終わると、一時帰宅させられた。
僕は、玄関の戸を開けると、いつものように
「ただいま」
と、お母さんにあいさつした。
本当にその瞬間までお母さんがいると思っていたんだ。
返事がないことに気が付いて、焦って廊下に上がると、お母さんの姿を探し出した。
荷物を放り出して、家中のありとあらゆるところを探した。
キッチンから寝室、お風呂にトイレなど、いるはずのお母さんを探した。
ありったけの力を振り絞って、全部の部屋を何回も探してから、ようやく気が付いた。
お母さんはもう死んだんだと。
初めて実感がわいた。
お母さんがいないという真実に、ようやく気が付いた。
あの母はお母さん以外の何者でもないと。
そして、初めてお母さんのことで泣いた。
その瞬間まで、一切気がつかなったんだ。
警察官はお母さんと呼んだけど、頭の中で母に変換して、お母さん以外の何者かだと認識していた。
だから、死んだのは母であってお母さんではないと誤認していた。
膝立ちの姿勢で、椅子に肘を立ててその上に頭を置いてひとしきり泣いた。
いつか涙が枯れるだろうと思ってたけど、全然そんなことはなかった。
延々と僕は椅子のクッションを濡らし続けた。
ずっと泣いているうちに、とうとうのどが渇き始めた。
コップに水を汲んで、口に水を注ぎこんだ。
その水は、ほのかに涙の味がした。
三十分以上泣いてから、やっと心が落ち着き始めた。
それは、多分すごい単純なな生理的欲求が、悲しみに打ち勝ったから。
ぐ~
と、僕のおなかが鳴った。
まあ、結局あの朝ごはん以来一回も何かを食べていないんだから、おなかが減っても当然だった。
僕は、自分の荷物の中から、母に用意してもらったお弁当を取り出した。
それは、冷凍食品とかを簡単に詰め合わせてくれたものだったけど、それが僕にとって唯一の母の味だった。
お弁当を開けると、さっき放り投げたせいか、ぐちゃぐちゃになっていた。
ご飯の上におかずが乗っていたり、いろんなおかず同士が混ざり合っていた。
もしかしたらこういうお弁当があるのかもしれないと思わせるレベルだった。
お母さんが作ってくれたお弁当と、お母さんの姿の両方がぐちゃぐちゃになった。
しかも、お母さんのお弁当は、僕の手でぐちゃぐちゃにしたんだ。
もしかしたら、お母さんを間接的に殺したのも僕なのかもしれない。
それは、容易には自分の頭で否定できない文章だった。
でも、一瞬で頭の隅に追い払われた。
「いただきます」
最後のお母さんの味を味わう時に、いらない感情は用意したくない。
とにかく全力で楽しんで、頭と舌に覚えこませようと思った。
だから、いつもよりも時間をかけて、じっくりと味わった。
食べるごとにうまみを出すご飯。
ご飯と一緒に食べると予想されて、丁度いい量に調整されたおかず。
口直し用の甘酸っぱいミカン。
どれをとっても、すごいといえるものはないかもしれない。
でも、その一つ一つが僕にとっては大切な記憶になった。
いや、記憶だけになってしまったんだ。
ご飯を食べ終わると、お弁当を流しの上に置いて、椅子に座った。
そして、学校から借りてきた本を取り出して、読み始めようとしてから、はたと気が付いた。
僕のお弁当を洗ってくれる人はもういない。
僕は、いやいや流しの前に立たされた。
お弁当新井だけは、母に任せていた仕事の一つだ。
お弁当は、自分で洗うのはなぜか気が乗らなくて、疲れているであろう母に、頼み込んだ。
まあ、昨日もおとといも自分で洗えって言われたけど。
自分のお弁当を洗いながら、リビングの方に視線を飛ばした。
頭の中で、自分がいるはずだった場所を予想して、その場所を見た。
そうしてみて、少しだけ母の気持ちに近づけた気がする。
ちょっとだけませた気持ちになった。
それから、僕はお風呂を沸かして入った。
でも、なんだかゆったりつかる気分にならなくて、さっさと出て布団に入ってしまった。
布団の中でも、ひたすらに一つのことを考えた。
僕がお母さんを殺したんじゃないかって。
それからの数日のことはもう思い出せない。
あまりに忙しすぎたから、自分でも何をしているのかわからなかった。
でも、周りの人が優しかったおかげで、誰かに騙されることもなかった。
僕は今日もお母さんに問いかける。
僕があなたを殺したんですかと。
答えなんて帰ってこないから、僕はお母さんのためにご飯を用意して、ご機嫌を取る。
僕は、自分のごはんを隣のテーブルに並べて、さっさと食べた。
今じゃ食べる量も減ってしまって、食べるのにかかる時間は大幅に減った。
こんな僕をお母さんが見ていたら、怒っていたんだろうなぁ。
僕は、お母さんと自分の分のご飯を片付けに、元の部屋に戻った。
これが、僕にとっての贖罪だと言い聞かせながら、今日も償いを終える。
そして、何事もなかったかのようにすべて洗い流すんだ。
僕は、適当にお風呂に入ったけど、すぐに上がってしまった。
あんまり長風呂する気に慣れなくなってしまったんだ。
それから、就寝前の薬を服用すると、僕は布団にもぐった。
もうお母さんには言えないことが積み重なってしまった。
こんな僕でも許してくれるかな。
そんないい状況なのに、どうしても全力で喜べない。
どうしようもないなぁ。
みんなが帰った後の家は、がらんとしてしまった。
僕が一人で座っていても、全然明るくならない。
僕は無力だ。
一人ぼっちの僕は、みんなの残響に浸りながら、カップに水を汲んだ。
カップを持つ手がわずかに震えているのが分かった。
水で満杯になるころには、もう片手では持てなくなってた。
ぎりぎりの力で、コースターの上に乗せた。
手慣れた手つきで、台所の隣にある薬かごから薬を引っ張り出す。
律儀に三種類の薬を数錠ずつ取り出した。
全部掌に載せて、口に投げ込む。
水を口に含んで、一気に飲み干すと、口の中の苦みも甘みも消え失せていた。
椅子にどっかりと座りこんで、部屋の角を見る。
疲れが椅子に座れていくのを感じて、余計に動く気がなくなった。
それでも、やらなければいけないことは、やらないままにできない。
それが、僕の自分に課した縛りだから、今日も遂行する。
台所に立つと、冷蔵庫をおもむろに開けて、中身を確認する。
中にある数少ない材料の中から、昨日作ったご飯の残りを取り出した。
どうせと思って、少しでもおいしくなるようにレンジで温める。
そして、温まったご飯を和室に運んだ。
「ほら、ごはん持ってきたよ」
と言って、僕はご飯を小さな台の上に乗せた。
そして、信心もない手つきで厳かな音を立てた。
それは、布の上に置かれた金属の器、鈴の音だ。
その横に置かれた、若い夫婦の楽しそうな顔。
毎日見ては、毎日涙ぐんでいる。
僕の両親は、ずっと前に亡くなっている。
僕が生まれてすぐに、僕のお父さんはなくなったらしい。
僕の顔も数回しか見れないうちに、病気になってしまったらしい。
あっという間に、しゃべることもできなくなって、息を引き取ったと聞いた。
それから、お母さんは、ずっと無理をしていた。
僕が少し遅く帰ってきても、お母さんは家にいなかった。
帰ってくるのは、いつも今日が終わりを告げる寸前だった。
玄関で帰ってきたお母さんに、いつも抱き着いていた。
その時だけは、お母さんは優しく微笑んでくれた。
それ以外の時は、お母さんの顔を見ることもなかなかできない日々だった。
でも、会うたびに僕から抱き着いて、優しく頭をなでてもらった。
それが、思い出せる中で一番家族として楽しかった時だ。
それ以降は、幸せなんて思える日は一度もなかった。
僕が中学生になるころ、お母さんに異変があった。
いつもみたいに抱き着こうとしても、振り払われるようになった。
頑張ってご飯を作っても、つまらなさそうにしだした。
なんでそうなったのか、当時の僕には全然わからなかった。
だんだんお母さんの様子が悪くなっていった。
次第にご飯を食べる量も減らして、ほとんど絶食に近い状態で過ごしてた。
その異変に気が付いた僕が、お母さんに一言
「大丈夫?」
って聞いたら、お母さんはいつもの笑顔を作って
「大丈夫だよ
心配させてごめんね」
って言った。
僕は、その笑顔に安心した。
あの時に気が付いればって、何年たった今も後悔してる。
次の日
お母さんは線路に飛び込んだ。
学校に行っていて、いつものように授業を受けていた時に、急に先生が飛び込んできた。
そして連れていかれた先に、警察が座っていた。
警察にあったとき、最初僕が何か大変なことをしてしまったんだと思った。
僕が犯罪を犯して、捕まえに来たものだと思った。
だから、とっさに口から
「ごめんなさい」
って言ってしまった。
そのとき、警察官のお兄さんは、お母さんのそれとも違う優しい顔をしていた。
同時に、悲しそうな顔をしていて、僕は困惑したのを覚えている。
周りの警察官と先生は、今にも泣きだしそうな顔をしていた。
警察官は、僕の心を落ち着けようと、少し軽い雑談をしてくれた。
今思えば、その話は全部お母さんに関する話だった。
優しかったお母さんが頭にこびりつくようにしてくれたんだ。
頃合いを見計らってか、警察官が急に真剣な顔で告げた。
「君のお母さんは、線路に飛び込んで死にました」
と。
僕は何にも言えなくなった。
言葉は頭に入っていったのに、それが処理できなかった。
すると、隣にいた警察官が、無慈悲にも僕に現実を突きつけた。
それは、僕のお母さんが死んだ、時間と場所、その他の情報をすべて突きつけた。
それを言っている間、全員が泣いていた。
ただ一人僕だけが、涙が虚空に溶かされたように泣いていなかった。
心の中が砂漠になったみたいで、全然動じなかった。
全部を読み終えた警察官は、僕の様子を見てすぐに、僕の心境を察知したみたいだった。
僕の頭の上に手を置くと、警察官特有の声で
「実感がわかないよね
焦らずにじっくりと受け止めていこう
ね」
と、言ってくれた。
僕は、半ば放心状態のまま
「はい...」
と返事をした。
それから、数十秒間の間、警察官は僕の頭をなでてくれた。
僕の頭は、警察官の手の動きに合わせて軽く動き続けた。
先生は横から、僕の様子を怪訝そうな表情で見ていた。
それから、僕は警察官に付き添ってもらいながら、母の遺体と遺品の確認を行った。
無残に切り分けられた母の体。
そのすべてがそろっていることを僕の前で確認した。
また、母の所持していた荷物から、この遺体が本当に母のものなのか確認した。
その後も、母の情報の整理などが行われた。
もちろんその比重に終わらないことも多々あったけど、日中のすべての時間をそのために使わされた。
いつの間にか、隣にいたはずの先生はいなくなっていた。
大体のことが終わると、一時帰宅させられた。
僕は、玄関の戸を開けると、いつものように
「ただいま」
と、お母さんにあいさつした。
本当にその瞬間までお母さんがいると思っていたんだ。
返事がないことに気が付いて、焦って廊下に上がると、お母さんの姿を探し出した。
荷物を放り出して、家中のありとあらゆるところを探した。
キッチンから寝室、お風呂にトイレなど、いるはずのお母さんを探した。
ありったけの力を振り絞って、全部の部屋を何回も探してから、ようやく気が付いた。
お母さんはもう死んだんだと。
初めて実感がわいた。
お母さんがいないという真実に、ようやく気が付いた。
あの母はお母さん以外の何者でもないと。
そして、初めてお母さんのことで泣いた。
その瞬間まで、一切気がつかなったんだ。
警察官はお母さんと呼んだけど、頭の中で母に変換して、お母さん以外の何者かだと認識していた。
だから、死んだのは母であってお母さんではないと誤認していた。
膝立ちの姿勢で、椅子に肘を立ててその上に頭を置いてひとしきり泣いた。
いつか涙が枯れるだろうと思ってたけど、全然そんなことはなかった。
延々と僕は椅子のクッションを濡らし続けた。
ずっと泣いているうちに、とうとうのどが渇き始めた。
コップに水を汲んで、口に水を注ぎこんだ。
その水は、ほのかに涙の味がした。
三十分以上泣いてから、やっと心が落ち着き始めた。
それは、多分すごい単純なな生理的欲求が、悲しみに打ち勝ったから。
ぐ~
と、僕のおなかが鳴った。
まあ、結局あの朝ごはん以来一回も何かを食べていないんだから、おなかが減っても当然だった。
僕は、自分の荷物の中から、母に用意してもらったお弁当を取り出した。
それは、冷凍食品とかを簡単に詰め合わせてくれたものだったけど、それが僕にとって唯一の母の味だった。
お弁当を開けると、さっき放り投げたせいか、ぐちゃぐちゃになっていた。
ご飯の上におかずが乗っていたり、いろんなおかず同士が混ざり合っていた。
もしかしたらこういうお弁当があるのかもしれないと思わせるレベルだった。
お母さんが作ってくれたお弁当と、お母さんの姿の両方がぐちゃぐちゃになった。
しかも、お母さんのお弁当は、僕の手でぐちゃぐちゃにしたんだ。
もしかしたら、お母さんを間接的に殺したのも僕なのかもしれない。
それは、容易には自分の頭で否定できない文章だった。
でも、一瞬で頭の隅に追い払われた。
「いただきます」
最後のお母さんの味を味わう時に、いらない感情は用意したくない。
とにかく全力で楽しんで、頭と舌に覚えこませようと思った。
だから、いつもよりも時間をかけて、じっくりと味わった。
食べるごとにうまみを出すご飯。
ご飯と一緒に食べると予想されて、丁度いい量に調整されたおかず。
口直し用の甘酸っぱいミカン。
どれをとっても、すごいといえるものはないかもしれない。
でも、その一つ一つが僕にとっては大切な記憶になった。
いや、記憶だけになってしまったんだ。
ご飯を食べ終わると、お弁当を流しの上に置いて、椅子に座った。
そして、学校から借りてきた本を取り出して、読み始めようとしてから、はたと気が付いた。
僕のお弁当を洗ってくれる人はもういない。
僕は、いやいや流しの前に立たされた。
お弁当新井だけは、母に任せていた仕事の一つだ。
お弁当は、自分で洗うのはなぜか気が乗らなくて、疲れているであろう母に、頼み込んだ。
まあ、昨日もおとといも自分で洗えって言われたけど。
自分のお弁当を洗いながら、リビングの方に視線を飛ばした。
頭の中で、自分がいるはずだった場所を予想して、その場所を見た。
そうしてみて、少しだけ母の気持ちに近づけた気がする。
ちょっとだけませた気持ちになった。
それから、僕はお風呂を沸かして入った。
でも、なんだかゆったりつかる気分にならなくて、さっさと出て布団に入ってしまった。
布団の中でも、ひたすらに一つのことを考えた。
僕がお母さんを殺したんじゃないかって。
それからの数日のことはもう思い出せない。
あまりに忙しすぎたから、自分でも何をしているのかわからなかった。
でも、周りの人が優しかったおかげで、誰かに騙されることもなかった。
僕は今日もお母さんに問いかける。
僕があなたを殺したんですかと。
答えなんて帰ってこないから、僕はお母さんのためにご飯を用意して、ご機嫌を取る。
僕は、自分のごはんを隣のテーブルに並べて、さっさと食べた。
今じゃ食べる量も減ってしまって、食べるのにかかる時間は大幅に減った。
こんな僕をお母さんが見ていたら、怒っていたんだろうなぁ。
僕は、お母さんと自分の分のご飯を片付けに、元の部屋に戻った。
これが、僕にとっての贖罪だと言い聞かせながら、今日も償いを終える。
そして、何事もなかったかのようにすべて洗い流すんだ。
僕は、適当にお風呂に入ったけど、すぐに上がってしまった。
あんまり長風呂する気に慣れなくなってしまったんだ。
それから、就寝前の薬を服用すると、僕は布団にもぐった。
もうお母さんには言えないことが積み重なってしまった。
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