音よ届け

古明地 蓮

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いつも幸せは最後に訪れて

道の先へ

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あと少しで届くというところで、演奏が終わってしまった。
本当に心惜しいという気持ちが残ってしまったけれど、もう今更どうすることもできない。
現実世界に引き戻された僕は、さっきの疲れとは違う理由で下を向いていた。
でも、いつまでもそうしてはいられないようだった。

ステージの前の方から、諒一の声が響いた。
さっき歌を歌ったばっかりなのに、一切枯れることがなさそうな、あののどで観衆全員に聞こえる大きな声を出していた。

「これで、僕らの演奏は終わりになります
 今日は本当にありがとうございました」

というと、僕らも深く頭を下げた。
頭の上の方から、ものすごい大きさの拍手が聞こえてきた。
こんなに盛大な拍手なんて、ほとんど聞いたことがないし、自分のために慣らされることなんてなかった。
だから、心の中で整理しきれない気持ちがいまにもあふれそうになっていた。

どこまでも鳴り響く拍手
深く頭を下げながら、感謝する僕ら
ただ過ぎていく時間
そのすべてが、初めての経験で、僕にはその本当の姿が分からなかった。

僕らの演奏が見に来てくれた人たちに届いたことなんだろうか。
それとも、ただ頑張っている僕らに向けられただけの拍手なんだろうか。
もしかしたら、諒一の格好いい歌声のためだけの拍手かもしれない。

なんでか、僕の思考回路って、本当に変なんだな。
素直に喜ぼうと思っても、なんでか勝手にネガティブに持ち込んでいってしまう。
それで、一人で抱え込もうとして、勝手に倒れていくばかり。
自分が認められてはいけないんじゃないかって、いちゃいけないんだって思っているのがそもそもおかしいんだろうなぁ。
まあ、もう自分に刻まれた唯一の証だから、仕方ないんだろうけど。

自分が生きることは、ずっと罪なんだって思っていた。
生きちゃいけない存在なんだって、勝手に考え込んでいた。
そう思ってしまったことなんて、いくらでもいいわけができるほどの理由があったけど、それが自分で選んだ道って言われると、つらいものがあった。
存在していたいし、認められたいけど、自分にはそんなことは許されないことなんだって、勝手に縛っていた。
誰にもなれないなんていって、自分を否定していたけど、自分になれるのは自分だけなんだよな。

どうしてこんな簡単なことに気が付かなかったんだろう。
自分は唯一の存在なんだから、もう少しだけ大切に扱ってもいいんじゃないだろうか。
世界で唯一の自分になることができたんだから、誰かになれなくたっていいじゃん。
目指していたものになれなくたって、何度も挫折して、苦しい思いをしてできたのがこの自分なんだ。

それに、こんな大きな拍手で、その数割が僕のことを肯定してくれているんだと思う。
単純に考えても、このうちの四半分は僕への拍手なはずなんだから、それだけでも十分じゃないだろうか。
家族もほとんどいなくて、孤独だった僕を認めてくれる人たちがこんなにいるんだから。
本当に馬鹿な自分だけど、やっと救われた気がし、涙腺が決壊した。
とめどなく流れだした涙を抑えられなくなってしまったけど、それすらも誇りに思えた。

気が付けば、その拍手は少しずつ落ち着いていた。
それにあわせるように、諒一がステージを降りたのに続いていく。
ステージにこぼした涙が、僕がここに生きていた数少ない証になる。
だから、涙を誇りに思うように、幾滴もこぼしながら歩いた。

僕らがステージから降りた後も、拍手は僕らの後を追っていた。
ステージの後ろに隠れた僕らは、何も話さずにただ視線を交わした。
それだけで、今の僕らの交流には十分すぎた。
みんなの思いが手に取るように伝わってきて、それが僕らの団結力を表しているみたいで、うれしかった。

発表が終わってから、数分の間拍手が鳴りやまなかった。
そうして、ようやく拍手が止んだころ、次の演奏するバンドがステージに上っていった。
それを見てから、僕らはかりそめにも顧問をしている先生のもとへと集まった。
今日はよいことも悪いこともやってしまった気がするので、取り敢えず先生に話を伺わなきゃいけないんだ。
面倒くさいことこの上ないけれども。

先生のところに集まると、どうしてか先生は泣いていた。
そんなこともお構いなしに、諒一は先生に言った。

「何かお話をいただけますか」

すると、先生は目にハンカチを当てながら言った。

「本当に君たちの演奏はすごかったよ
 高校生の演奏で、ここまで感動させられるものがあるなんて、信じられないぐらいだよ
 もうちょっと、泣いちゃってるから、言葉にできない部分が多いけど」

というと、先生は目を覆っていたハンカチを取って、空を仰ぎながら続けた。

「君たちの演奏は、普通の高校生の演奏とは一味違うものがあったよ
 大人の演奏のように、確固とした意志が見えるし、音楽に対する愛が見える
 そして、観客を自分たちの世界に引き込んでしまう演奏力は、大人でも難しいと思うぐらいすごいことだよ」

その言葉を聞きながら、僕はまた泣いていた。
さっきの拍手と違って、面と向かって自分の演奏をほめられると、恥ずかし気持ちもするけど、やっぱりうれしい。
すごい単純って言われるかもしれないけど、自分にはこの嬉しさっていうのが、価値のあるものだった。
初めての経験で、本当に自分を認めてもらえるっていう、貴重な経験だと思う。
普通の人にとっては普通かもしれないけど、自分にはできなかったことだ。

周りも見ると、意外にも諒一や山縣も泣いていた。
それを見て、自分だけじゃないんだって思って、ほっとした。
でも一番びっくりしたのは、水上さんが泣いていたことだった。
水上さんには言葉が届かないんだから、何に水上さんは泣いているんだろうか。
この雰囲気から泣いているんだとしたら、なんだか申し訳ない気がしてしまう。

それからも、先生の話は少しだけ続いた。
結局少しだけだけど、アンコールに答えたことをとがめられた。
もともと僕らの発表時間は、かなり長い方だったのに、アンコールまで答えたから、次のバンドに影響が出てしまった。
しかも、一曲を除いて報告していた曲と違うっていうことをやってしまったので、それも文句を言われた。
それでも、特に僕らの演奏がよかったおかげで、あんまり先生もいちゃもんを付ける気はなかったらしい。
だから、その程度で話は済んだ。

それで、今僕は楽器を一人で運んでいる。
なんでこうなっているかというと、僕が自分で全部の楽器を運ぶって言ってしまったんだ。
まあ、これも予定していたことなんだけど、演奏した後の楽器運びはやるつもりでいたんだ。
とある準備をするために

正直、一人で全部の楽器を運ぶのは、かなりつらかった。
ギターにドラムにベースにキーボードの四つと言っても、ドラムだけはいろいろな楽器が入っているから、それだけでも大変だった。
わざわざ運ぶところから自分一人にしなくてもよかったんじゃないかって思ったけど、やっぱり駄目だった。
自分への戒めと計画を完遂させるためには絶対に必要なことなんだ。
だから、この仕事は自戒として終えなければならないって言い聞かせて、全部運んだ。

ステージ裏と部室を何往復しただろうか。
五往復ぐらいしたときに、ようやく全部楽器を運び込むことができた。
まあ、四人でやって一気に終わったんだから、五回でできても問題はないけど、やっぱり体が悲鳴を上げている。
それでも、終ってしまえばこっちのものだ。

最後に、部室にあるものをセットした。
それは、僕が演奏中にとっておいた録音を流すための機械だ。
丁度『涙色のさよなら』のところだけ録音されているから、その部分だけループするようにセットして置いた。
これがどんな意味を持っているのか、多分諒一にだけは伝わるはずなんだ。
あいつにだけ伝わっていれば、もう自分には十分なんだ。

録音の再生準備が整うと、『涙色のさよなら』とともに僕は部室を出た。
部室ではこれから永遠にあの曲が流れ続けているんだろう。
そうして、諒一がそれを止めた時に、どんな顔をするんだろう。
あいつらしくなく、泣いたりするかもね
そう思うと、ちょっとだけあいつのことが恋しくなってきた。

その思いを振り払うように、自分の教室に向かって走り始めた...
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