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第一章
東アジア編(1)
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【同物同治】[古代中国]
【導入】中国には「同物同治」という考えがある。これは※₁中医学の薬膳における考え方で、体の中の不調な部分を治すには調子の悪いところと同じものを食べると良いというものだ。例えば肝臓が悪いのならば豚や牛の肝臓(レバー)を、心臓が悪いのなら心臓(ハツ)を、胃が悪いのなら胃(ミノ)を食べれば良いなどといったものだ。これらは中国のみならず、日本においても古来より中国大陸から大きく影響を受けた琉球地域には「マヤーのウシル」と呼ばれるマヤー肉(猫肉)を使った薬膳料理があり、食べた部位ごとに薬効があるらしい。
この考え方は後世のサブカルチャーにも多大な影響を与えている。小説「君の膵臓をたべたい」のヒロイン、山内桜良は作中にて主人公と食事に行った際、自身は膵臓の病気を持っているが、ホルモンを好んで食べることをジョークを交えつつ話すシーンがあるし、そもそもとしてタイトル・内容自体が「同物同治」を1つのメインテーマにしている。漫画「ゴールデンカムイ」に登場する脱獄囚の家永カノ(本名:家永親宣)は「同物同治」を信じきっており、エリザベート=バートリーの如く、若さや美しさに異常な執着を見せながら殺人を繰り返し、その血肉を喰らっていた。もちろんフィクションならともかく、現実世界で行う場合、これらの行為に科学的根拠があるはずもなく、多くの研究においてプラシーボ(思い込み)効果によるものであり、エビデンスは無いと結論付けられている。しかし、それで終わってしまってはとても面白くない。 ここからの記述は「同物同治」や、それに類似した「モノ」における考え方を一部現実的なことを交えながら、オカルト・非科学的視点から研究・考察してみたいという此方の願望によるものであることをどうか理解してほしい。
【本題】まず、この考えは非常に魔術的側面を秘めている。その最たる理由は「類感呪術」に属しているという点だろう。1890年に※₂ジェームズ=フレイザーは自身が発行した「金枝篇」と呼ばれる主に新大陸の未開社会における呪術・神話・信仰に関する集成的研究書の中で、初期魔術の典型である「※₃共感魔術」を「類感呪術(魔術)」と「感染呪術(魔術)」の大きく分けて2つに分類した。今回取り上げる「同物同治」は前者に分類される。「類感呪術」の例を挙げると、てるてる坊主が最もわかりやすいだろう。その概要は「レガリア(象徴)としての太陽である、てるてる坊主を軒先に吊るすことにより、本物の太陽を呼ぶことができる」というものだ。 話を戻すと、「同物同治」における「類感呪術」とは、「似たような症状を引き起こす物質は、その症状を治す力を持っている」という考えによるものであり、これに大いに当てはまっていると言えよう。
次いで補足するとこの考えは、「ホメオパシー」に非常に近いものとなっている。「ホメオパシー」とは、今から200年以上前にドイツ人医師ザムエル=ハーネマンが始めた、「レメディー(治療薬)」と呼ばれる「ある種の水」を含ませた砂糖玉があらゆる病を治療できると称した療法だ。近代的な医薬品や安全な外科手術が開発される以前の、民間療法や伝統療法しか無かった時代に「副作用が無い治療法」として広まった治療法で、かのナチス=ドイツでも推奨された治療法だったが、近代医学が整備されるにつれて排除されていった歴史がある。 「ホメオパシー」が医学界から淘汰された理由は「科学を無視したから」とされている。「レメディー」とは植物や動物組織、鉱物などを水やアルコールで100倍以上にまで稀釈して※₄振盪する作業数十回くり返した水を砂糖玉に染み込ませたもので、※₅希釈操作をその程度に繰り返すと、ほとんど「水以外の成分は残らない」、つまり「ただの水」になってしまい、副作用どころか治療効果もあるはずがなかったのだ。この矛盾を「根拠のない擬似医療」であると痛烈に批判した医療従事者や科学者に対して、「ホメオパシー」の信奉者は「水は記憶を持っている」という説明を行っている。 だが、私が注目したのは「ホメオパシー」に対する医療専門家の批評云々ではなく、同物同治との類似性だ。「ホメオパシー」の原理には「類は類を癒やす(同種療法)」というものがあり、この考えを大雑把に説明すると「病気の症状と同じような症状を健康な人に引き起こす物質を使用すると病気が治る」。玉葱で例えると、「健康な人が包丁で玉葱を切ると目や鼻がヒリヒリして涙や鼻水が出る。これと同じように風邪などで同様の症状があった患者に対して希薄・振盪した玉ねぎ由来の物質を治療に用いる」といった具合である。 卯酉間の違いはあれ、双方は治療法としては概ね同様の原則に基づいており、その中でも「水は記憶を持っている」という点が「同物同治」との関連性に最もよく当てはまる。この「記憶」というのが類感呪術における「関連性」と合致するのは言うまでもないだろう。繰り返しにはなるが、「類感呪術」の性質は「似たものは惹かれ合う(類似の法則)」といったものであり、現状を打開するために、「解決策を得る過程を模倣」する呪術のこと。つまり、先の説明から「ホメオパシー」も「同物同治」同様に魔術的側面が強いと言える。 更に補足すると、「ホメオパシー」の希釈振盪(ポテンタイゼーション)という特徴的な過程自体も魔術との関連性が非常に高い。「物質を極限まで薄めることによって絶大な効果が得られる」という「最小投与の法則」は「物質本来の物理的・化学的な作用を排除し、その物質が持つ情報やエッセンス(精髄)、あるいは霊的な力だけを抽出し、強化すること」であり、これは一部の魔術にも共通することである。詳細はここでは省くが、「※₆ホーリズム」な気質を含むことも、神秘思想に結びつけられる要素だろう。
総括すると、「同物同治」も「ホメオパシー」も立派な「※₇ウィッチクラフト」の1つで、「人類の叡智を結集した立派な療法でありながら、シャーマニズムとはまた違う、白魔術の一種に分類することが出来る」といったところだろう。
【注記】私は決して「ホメオパシー」の信奉者ではないし、今記事における政治的意図は微塵もない。それを宣言する為、ここに「ホメオパシー関連事件」にて尊き命を落とした被害者の方々に哀悼の意を記すこととする。
※₁中国にて古代から続く伝統医学。中国医学。
※₂イギリスの社会人類学者。
※₃言葉の類似性・特性・性質に願いを託そうとする呪術・魔術のこと。
※₄ふるい動かすこと。
※₅希釈操作を30回繰り返した場合、もともと存在した物質の濃度は10⁶⁰倍以上希釈されるとのこと。
※₆人間を分割できない1つの統一体として見ること。全体論。
※₇魔術や呪いなど、魔女に関連付けられる知識・技術・信仰の集合のこと。
参考文献:
・ウィキペディア
・コトバンク
・明治大学商学部第45回奨学論文《禁忌から見る世代間コミュニケーションの意義と今後の展望》
・日本医学会《「ホメオパシー」への対応について
・厚生労働省eJIM《ホメオパシー[各種施術・療法-一覧]》
【蠱毒】[古代中国]
【解説】古代中国で横行した呪術の中でも、特に有名なモノの1つ。別名、蠱道・蠱術・※₁巫蠱とも呼ばれる。 やり方は非常にシンプルで、小さな容器に蜈蚣・蝮・蠍などの毒蟲を何匹も閉じ込めて共食いさせ、最後に生き残った毒蟲の最も強い毒素を用いて人を殺める。所謂「某門邪道」の1つである。日本にも伝来し、あまりにも強力な呪術故、非常に恐れられた。
日中両国はこの行為を厳しく取り締まった。例えば、唐の刑法が書かれた「唐律疏議」には「蠱毒を作って人を殺そうとした場合。あるいは殺そうとした場合。これらを教唆した場合。絞首刑に処す」といった旨が書かれており、日本でも奈良時代の757年に制定された「養老律令」にてこれら呪いによる殺人は禁じられていた。
もちろん、科学的根拠はない。
「同物同治」と同じく、蠱毒も後世における日本のサブカルチャーに多大な影響を与えている。 1つ例を挙げると、漫画「犬夜叉」では、本作のラスボスである奈落が、とある洞穴内にて「巫蠱の術」を施し、その中で擬似的な蠱毒を行っていた。
尚、現在これら呪術による殺人は法に触れない限り、不能犯という扱いになるため、「復讐対象を死をもって贖わせたい」のならば非常におすすめな方法となっている。 しかし、「人を呪わば穴二つ」。「呪い返し」には十分注意することを追記する。
※₁巫女が行う呪い等という意味で使われる場合があるが、此方の場合は蠱毒の別名として用いている。
参考文献:
・コトバンク
・ウィキペディア
・維基文庫《唐律疏議/巻第十八 262造畜蠱毒》
・「蠱毒」の話 - 国立情報学研究所 山田俊.著
【丑ノ刻参リ】[日本本土]
【導入】「丑ノ刻参リ」は、日本の呪術として最初に名前が挙げられてもおかしくない呪術の1つだろう。 ざっくりな概要としては、丑の刻(午前2時~2時半頃)に白装束を着て、頭にろうそくを立てて、胸に鏡を付け、対象の頭髪等が入った藁人形を五寸釘で御神木に打ち付ける。これを※₁一週間毎晩繰り返すと、憎い相手に呪いが降りかかり、最終的に死に至る。だが、その光景を他人に見られると効力を失う。といった「黒魔術成分」をふんだんに盛り込んだ、秘匿性の高い呪術だ。
古くから知られた代表的な例としては「平家物語-剣巻-」等に見られる「※₂宇治の橋姫伝説」が挙げられる。 この呪術は何も昔の話だけではなく、令和となった現在においても度々行われている。
呪いの効果については、こちらも「同物同治」同様、※₃プラシーボ効果による自己暗示とされることが多くあり、重篤な場合だと「パラノイア」であると片付けられる場合がある。
【本題】先の「同物同治」の記事を見てもらったのなら分かると思うが、この「丑ノ刻参リ」は「類感呪術」的側面を持っている。「丑ノ刻参リ」における「類感呪術」とは「似たものは惹かれ合う」という性質の下、「藁人形を復讐対象に見立てて、その人形に直接害を与えることで、復讐対象を死に至らしめる」というものだ。 この特性は「※₄ブードゥー人形」をはじめ「ポペット(人形)」を使った魔術と非常に類似している。やり方や過程は違えど、世界中で行われていると言っても過言ではないだろう。
そして、この「丑ノ刻参リ」の興味深いところはそれだけではない。その所以は「丑ノ刻参リ」は「類感呪術」要素を含むモノでありながら「感染呪術」要素を多く含む稀有な例であるという点だ。ここからは「感染呪術」の側面から見た「丑ノ刻参リ」について述べようと思う。
まず、「感染呪術」とは「接触したもの同士に繋がりを見出す呪術(魔術)」のことで、「武器軟膏」が代表例であろう。「武器軟膏」とは17世紀頃の西欧にて広がった軟膏であり、「通常なら薬を傷口に直接塗るが、傷をつけた武器自体に薬を塗る。それにより、通常の方法よりも傷の治癒が早まる」といった治療法だ。 他にも「同物同治」で述べた「ホメオパシー」における「水の記憶」という観点は類感呪術だけでなく、感染呪術にも近い考え方を持っている。それは「一度薬と接触した水は、接触した薬と同様の効能を得ることが出来る」という点を見れば一目瞭然だろう。 話を戻すと、「丑ノ刻参リ」の感染呪術的側面は「頭髪等を入れた藁人形に釘を刺す」という部分にすべてが詰まっている。 先程述べた通り、「対象と密接に関係するモノを用いること」で「感染呪術」は成り立つ。その上で、呪いたい相手の体とも言える部分を用いて呪いを振りかけるのだから、「丑ノ刻参リ」が「感染呪術」の中でも一際夥しい呪力を持つ術とされるのはとても納得できると思う。
※₁期間については諸説あり。
※₂例として挙げているが、あくまで「丑ノ刻参リ」の原型の1つである。
※₃プラシーボ効果の中でも「丑ノ刻参リ」においては、負のプラシーボ(ノーシーボ)効果を指す。
※₄西アフリカの土着信仰とキリスト教が融合した宗教であるブードゥー教の呪術で用いられる人形。
参考資料:
・ウィキペディア
・コトバンク
・國學院大學学術情報リポジトリ《いわゆる「丑の刻参り」の完成:嫉婦・藁人形・呪釘》
【錬丹術(外丹)】[古代中国]
【導入】この記事では題名の通り、「錬丹術(外丹)」について取り上げる。
似たものに「ヘルメス主義」から影響を受けた、「エリクサー(賢者の石)」の製造を1つの目的とする「錬金術」があるが、今回は割愛させてもらう。
「錬丹術」とは、元は「神仙思想」に源流を汲み、4世紀に晋の葛洪が著した「抱朴子」にて紹介された、服用すると不老不死・※₁軽身・超能力をもつ「神仙」になれるとされる「金丹(霊薬・丹薬)」の製造を目指す道士の「長生術」の1つで、いくつかの素材を混合し、加熱することによって不変・永遠の性質を持つ物質を生成させる技術だ。 不老不死は、他に叶うもののない絶対君主にとって、最後の願望であり、古代中国で積極的に製造を試みられた歴史をもつ。 しかし、その殆どは泡沫に散った。
この学問は、近年だと小説「とある魔術の禁書目録」や、ゲーム「ブルーアーカイブ」、漫画「鋼の錬金術師」等に登場したことによって、知名度が飛躍的に向上しただろう。
【本題】この「錬丹術」には大きく分けて2つの種類が存在する。1つ目が「内丹術(内丹道)」と呼ばれるもので「気の操作によって体内に金丹を生み出す技法」のこと。2つ目が「外丹術(外丹道)」と呼ばれ、「自然界の鉱物を金ないし、金と同様の性質を持つとされる物質へと化学変化させる技法」だ。 ここではタイトル通り、「外丹術」を主に取り扱う。
「外丹」とは「金石草木」を服用する「服食」と呼ばれる、古代の「神仙方術」が発展したもので、先にも述べた通り、鉱物を用い、さまざまな物理的・化学的なプロセスを経て「霊薬」を生成することになる。製造方法は2つほどあり、原料の鉱物を釜の中で加熱する「火法」と、鉱物を水溶液や懸濁液にする「水法」がある。
典型的な「金丹」の製造では、名前の由来にもなっている「丹(辰砂・別名-賢者の石-)」を主に用いる。丹とは自然界に存在する「硫化水銀(HgS)」からなる鉱物のことを指す。察しの良い者は気づくだろうが、れっきとした劇物を用いて作ることになる。「硫化水銀」自体の致死性はあまり高くないとされているが、不老不死を実現しようと摂取し続けたことによって「金丹」を服用した古代中国の皇帝が中毒死した事例が数多く存在し、「秦の始皇帝」もそのうちの一人とされている。
※₁自らの身体を軽くして、素早く移動したり、通常では不可能な跳躍や動作を可能にするための鍛錬法。
参考資料:
・ウィキペディア
・コトバンク
・世界史の窓
・東京大学学術機関リポジトリ《「内丹」の技法と思想 - 「悟真篇」の例》
・Nanzan institute for Religion and Culture《内丹と外丹》
・日蓮宗妙覚寺《神仙思想(養成・煉丹術 高橋俊隆)》
・公立大学法人 島根県立大学《道教神仙説の成立について》
【俗信(兆・応・禁・呪)】[日本本土]
【解説】「俗信」とははっきりとした根拠がないが、世間一般に言い伝えられている説のことで、主として近代以前の信仰や呪術、呪い(まじない)が退化、残存し、生じた信仰的※₁心性、※₂慣行を指す。
ここでは民俗学的な視点から見た俗信について取り上げる。
日本の民俗学研究における巨匠、柳田國男は著書「民間伝承論」にて、民俗学における民俗資料を「有形文化(目で見えるもの)」「言語芸術(耳に聞こえるもの)」「心意現象(心で理解するもの)」の大きく3つに分類した。今回取り上げる「俗信」はそのうちの「心意現象」にあたる。 俗信は「兆」「応」「禁」「呪」の4つに分類される。「兆」は「未来のことを推測する基礎となるもの」、「応」は「結果があってはじめて原因・因果を求めるもの」、「禁」は「~をしてはいけないという禁止行為」、「呪」は「災いの兆候やもしくは、災いが起こってから、これを封じようとするもの」を指す。 例えば、「トビが空高く舞えば晴れ」「烏の鳴きが悪いと親が死ぬ」などは「兆」の例であり、「双子栗を食べると双子を生む」「うさぎの肉を食べると※₃ミツ口(兎口)の子を生む」などは「兆」であると共に「禁」であり、先に述べたカラスの例を「親が死んだ。昨日、烏の鳴き方が悪かったせいだ」とすると「応」になり、子供の頃にやってもらったであろう「痛いの痛いの飛んでけー」は「呪」となる。
※₁こころ、精神のありかた。
※₂以前からのならわしとして通常おこなわれること。
※₃先天的に上唇が裂けていること。
参考資料:
・ウィキペディア
・コトバンク
・山梨県身延町《一.俗信、迷信の意義》
・J-Stage《日本民俗学における農村研究の方法とその可能性》
・単位互換-京カレッジポータルサイト《3.民俗学の方法》
・大阪大学学術情報庫OUKA《The University of Osaka Institutional Knowledge Archive : OUKA「動物 の像を撫でるまじない : しぐさへの認識をめぐって」》茶圓直人.著
【サカ歌】[琉球・奄美]
【解説】「サカ歌」とは主に奄美群島(主に徳之島)に伝わる呪詛を込めた「歌(呪詞)」のことで、歌掛けの中で行われ、相手に気づかれずに歌い、相手を貶めるのが目的とのこと。そして「サカ歌」に挑まれたと気づいた時に歌う防衛の歌詞もあるらしく、厄を振り払う際には、返歌に相手の歌を否定したりする内容を込める。
参考資料:
ウィキペディア
鹿児島純心女子短期大学リポジトリ《奄美における伝承的呪詞の表現形態》
洗足学園音楽大学-洗足こども短期大学《奄美とバスクのうた》
【神籬】[日本本土]
【解説】「神籬(ひもろぎ)」とは日本の「アニミズム信仰(神道)」における神霊を迎えるための「依り代(憑坐)」のことで、常緑樹や岩の周囲に玉垣を巡らせて注連縄で囲んだものを指し、「磐座」等が筆頭として名が上がる。現在では一般に「八脚案」を用いて、中央に榊等を立て、麻や紙垂をつけたものを指し、地鎮祭で使われる。
注連縄は「タブーの視覚化」、言い換えると「境界を示す為のもの」として扱われることがあり、「不潔・穢」を避けるために、界を結び、注連縄で囲われた「界の内側」は「聖なる(ハレ)空間や常世」と、「界の外側」は「俗なる(ケ)空間・現世」と見なす。さしずめ、簡易的な「穢無き浄域・聖域」を設け、「二つの異なる世界を結びつける」ための「モノの一種」が「神籬」ということになる。
参考資料:
・ウィキペディア
・コトバンク
・南都経済研究所《伊勢を祀る女性たちの道(倭笠縫邑伝承》
・奈良県《山の辺の道(天理~桜井)》
・名古屋大学学術リポジトリ《穢れと結界に関する一考察「ケガレ」と「ケ」》
・大阪大学学術情報庫OUKA《The University of Osaka Institutional Knowledge Archive : OUKA「装飾 的な紐結びにみる「日本らしさ」の源泉 : 結びと紐に内在する意味の考察」》矢島由佳.著
【道切リ(勧請吊)】[日本本土]
【解説】「神籬」に関連して、「道切リ」についてここでは解説する。「道切リ」とは、村外から村内に通じる道を、その村境において象徴的に切る。即ち遮断する風習。 この「道切リ」の一種で、注連縄を張って、災害の侵入を防いだり、域内の災厄を追い出すことを目的とした「勧請吊(勧請掛け)」というものがあり、これを基準に「村と村外を隔てる境界」とされた。 ちなみに、名前は異なれど「勧請吊」と似た文化は全国各地に存在し、コトバンクを引用した考察にはなるが、どれも「神籬」の説明同様に、「村内を浄域とし、村外を不浄域と設定する」、つまるところ「村を守護するために村境に界を結ぶ」という考えに基づいていると考えられる。
参考資料:
・ウィキペディア
・コトバンク
・関西学院大学リポジトリ《村境の象徴論的意味》八木康幸.著
・大阪経済大学《私の研究と農山村集落の境界儀礼》原田俊丸.著
【導入】中国には「同物同治」という考えがある。これは※₁中医学の薬膳における考え方で、体の中の不調な部分を治すには調子の悪いところと同じものを食べると良いというものだ。例えば肝臓が悪いのならば豚や牛の肝臓(レバー)を、心臓が悪いのなら心臓(ハツ)を、胃が悪いのなら胃(ミノ)を食べれば良いなどといったものだ。これらは中国のみならず、日本においても古来より中国大陸から大きく影響を受けた琉球地域には「マヤーのウシル」と呼ばれるマヤー肉(猫肉)を使った薬膳料理があり、食べた部位ごとに薬効があるらしい。
この考え方は後世のサブカルチャーにも多大な影響を与えている。小説「君の膵臓をたべたい」のヒロイン、山内桜良は作中にて主人公と食事に行った際、自身は膵臓の病気を持っているが、ホルモンを好んで食べることをジョークを交えつつ話すシーンがあるし、そもそもとしてタイトル・内容自体が「同物同治」を1つのメインテーマにしている。漫画「ゴールデンカムイ」に登場する脱獄囚の家永カノ(本名:家永親宣)は「同物同治」を信じきっており、エリザベート=バートリーの如く、若さや美しさに異常な執着を見せながら殺人を繰り返し、その血肉を喰らっていた。もちろんフィクションならともかく、現実世界で行う場合、これらの行為に科学的根拠があるはずもなく、多くの研究においてプラシーボ(思い込み)効果によるものであり、エビデンスは無いと結論付けられている。しかし、それで終わってしまってはとても面白くない。 ここからの記述は「同物同治」や、それに類似した「モノ」における考え方を一部現実的なことを交えながら、オカルト・非科学的視点から研究・考察してみたいという此方の願望によるものであることをどうか理解してほしい。
【本題】まず、この考えは非常に魔術的側面を秘めている。その最たる理由は「類感呪術」に属しているという点だろう。1890年に※₂ジェームズ=フレイザーは自身が発行した「金枝篇」と呼ばれる主に新大陸の未開社会における呪術・神話・信仰に関する集成的研究書の中で、初期魔術の典型である「※₃共感魔術」を「類感呪術(魔術)」と「感染呪術(魔術)」の大きく分けて2つに分類した。今回取り上げる「同物同治」は前者に分類される。「類感呪術」の例を挙げると、てるてる坊主が最もわかりやすいだろう。その概要は「レガリア(象徴)としての太陽である、てるてる坊主を軒先に吊るすことにより、本物の太陽を呼ぶことができる」というものだ。 話を戻すと、「同物同治」における「類感呪術」とは、「似たような症状を引き起こす物質は、その症状を治す力を持っている」という考えによるものであり、これに大いに当てはまっていると言えよう。
次いで補足するとこの考えは、「ホメオパシー」に非常に近いものとなっている。「ホメオパシー」とは、今から200年以上前にドイツ人医師ザムエル=ハーネマンが始めた、「レメディー(治療薬)」と呼ばれる「ある種の水」を含ませた砂糖玉があらゆる病を治療できると称した療法だ。近代的な医薬品や安全な外科手術が開発される以前の、民間療法や伝統療法しか無かった時代に「副作用が無い治療法」として広まった治療法で、かのナチス=ドイツでも推奨された治療法だったが、近代医学が整備されるにつれて排除されていった歴史がある。 「ホメオパシー」が医学界から淘汰された理由は「科学を無視したから」とされている。「レメディー」とは植物や動物組織、鉱物などを水やアルコールで100倍以上にまで稀釈して※₄振盪する作業数十回くり返した水を砂糖玉に染み込ませたもので、※₅希釈操作をその程度に繰り返すと、ほとんど「水以外の成分は残らない」、つまり「ただの水」になってしまい、副作用どころか治療効果もあるはずがなかったのだ。この矛盾を「根拠のない擬似医療」であると痛烈に批判した医療従事者や科学者に対して、「ホメオパシー」の信奉者は「水は記憶を持っている」という説明を行っている。 だが、私が注目したのは「ホメオパシー」に対する医療専門家の批評云々ではなく、同物同治との類似性だ。「ホメオパシー」の原理には「類は類を癒やす(同種療法)」というものがあり、この考えを大雑把に説明すると「病気の症状と同じような症状を健康な人に引き起こす物質を使用すると病気が治る」。玉葱で例えると、「健康な人が包丁で玉葱を切ると目や鼻がヒリヒリして涙や鼻水が出る。これと同じように風邪などで同様の症状があった患者に対して希薄・振盪した玉ねぎ由来の物質を治療に用いる」といった具合である。 卯酉間の違いはあれ、双方は治療法としては概ね同様の原則に基づいており、その中でも「水は記憶を持っている」という点が「同物同治」との関連性に最もよく当てはまる。この「記憶」というのが類感呪術における「関連性」と合致するのは言うまでもないだろう。繰り返しにはなるが、「類感呪術」の性質は「似たものは惹かれ合う(類似の法則)」といったものであり、現状を打開するために、「解決策を得る過程を模倣」する呪術のこと。つまり、先の説明から「ホメオパシー」も「同物同治」同様に魔術的側面が強いと言える。 更に補足すると、「ホメオパシー」の希釈振盪(ポテンタイゼーション)という特徴的な過程自体も魔術との関連性が非常に高い。「物質を極限まで薄めることによって絶大な効果が得られる」という「最小投与の法則」は「物質本来の物理的・化学的な作用を排除し、その物質が持つ情報やエッセンス(精髄)、あるいは霊的な力だけを抽出し、強化すること」であり、これは一部の魔術にも共通することである。詳細はここでは省くが、「※₆ホーリズム」な気質を含むことも、神秘思想に結びつけられる要素だろう。
総括すると、「同物同治」も「ホメオパシー」も立派な「※₇ウィッチクラフト」の1つで、「人類の叡智を結集した立派な療法でありながら、シャーマニズムとはまた違う、白魔術の一種に分類することが出来る」といったところだろう。
【注記】私は決して「ホメオパシー」の信奉者ではないし、今記事における政治的意図は微塵もない。それを宣言する為、ここに「ホメオパシー関連事件」にて尊き命を落とした被害者の方々に哀悼の意を記すこととする。
※₁中国にて古代から続く伝統医学。中国医学。
※₂イギリスの社会人類学者。
※₃言葉の類似性・特性・性質に願いを託そうとする呪術・魔術のこと。
※₄ふるい動かすこと。
※₅希釈操作を30回繰り返した場合、もともと存在した物質の濃度は10⁶⁰倍以上希釈されるとのこと。
※₆人間を分割できない1つの統一体として見ること。全体論。
※₇魔術や呪いなど、魔女に関連付けられる知識・技術・信仰の集合のこと。
参考文献:
・ウィキペディア
・コトバンク
・明治大学商学部第45回奨学論文《禁忌から見る世代間コミュニケーションの意義と今後の展望》
・日本医学会《「ホメオパシー」への対応について
・厚生労働省eJIM《ホメオパシー[各種施術・療法-一覧]》
【蠱毒】[古代中国]
【解説】古代中国で横行した呪術の中でも、特に有名なモノの1つ。別名、蠱道・蠱術・※₁巫蠱とも呼ばれる。 やり方は非常にシンプルで、小さな容器に蜈蚣・蝮・蠍などの毒蟲を何匹も閉じ込めて共食いさせ、最後に生き残った毒蟲の最も強い毒素を用いて人を殺める。所謂「某門邪道」の1つである。日本にも伝来し、あまりにも強力な呪術故、非常に恐れられた。
日中両国はこの行為を厳しく取り締まった。例えば、唐の刑法が書かれた「唐律疏議」には「蠱毒を作って人を殺そうとした場合。あるいは殺そうとした場合。これらを教唆した場合。絞首刑に処す」といった旨が書かれており、日本でも奈良時代の757年に制定された「養老律令」にてこれら呪いによる殺人は禁じられていた。
もちろん、科学的根拠はない。
「同物同治」と同じく、蠱毒も後世における日本のサブカルチャーに多大な影響を与えている。 1つ例を挙げると、漫画「犬夜叉」では、本作のラスボスである奈落が、とある洞穴内にて「巫蠱の術」を施し、その中で擬似的な蠱毒を行っていた。
尚、現在これら呪術による殺人は法に触れない限り、不能犯という扱いになるため、「復讐対象を死をもって贖わせたい」のならば非常におすすめな方法となっている。 しかし、「人を呪わば穴二つ」。「呪い返し」には十分注意することを追記する。
※₁巫女が行う呪い等という意味で使われる場合があるが、此方の場合は蠱毒の別名として用いている。
参考文献:
・コトバンク
・ウィキペディア
・維基文庫《唐律疏議/巻第十八 262造畜蠱毒》
・「蠱毒」の話 - 国立情報学研究所 山田俊.著
【丑ノ刻参リ】[日本本土]
【導入】「丑ノ刻参リ」は、日本の呪術として最初に名前が挙げられてもおかしくない呪術の1つだろう。 ざっくりな概要としては、丑の刻(午前2時~2時半頃)に白装束を着て、頭にろうそくを立てて、胸に鏡を付け、対象の頭髪等が入った藁人形を五寸釘で御神木に打ち付ける。これを※₁一週間毎晩繰り返すと、憎い相手に呪いが降りかかり、最終的に死に至る。だが、その光景を他人に見られると効力を失う。といった「黒魔術成分」をふんだんに盛り込んだ、秘匿性の高い呪術だ。
古くから知られた代表的な例としては「平家物語-剣巻-」等に見られる「※₂宇治の橋姫伝説」が挙げられる。 この呪術は何も昔の話だけではなく、令和となった現在においても度々行われている。
呪いの効果については、こちらも「同物同治」同様、※₃プラシーボ効果による自己暗示とされることが多くあり、重篤な場合だと「パラノイア」であると片付けられる場合がある。
【本題】先の「同物同治」の記事を見てもらったのなら分かると思うが、この「丑ノ刻参リ」は「類感呪術」的側面を持っている。「丑ノ刻参リ」における「類感呪術」とは「似たものは惹かれ合う」という性質の下、「藁人形を復讐対象に見立てて、その人形に直接害を与えることで、復讐対象を死に至らしめる」というものだ。 この特性は「※₄ブードゥー人形」をはじめ「ポペット(人形)」を使った魔術と非常に類似している。やり方や過程は違えど、世界中で行われていると言っても過言ではないだろう。
そして、この「丑ノ刻参リ」の興味深いところはそれだけではない。その所以は「丑ノ刻参リ」は「類感呪術」要素を含むモノでありながら「感染呪術」要素を多く含む稀有な例であるという点だ。ここからは「感染呪術」の側面から見た「丑ノ刻参リ」について述べようと思う。
まず、「感染呪術」とは「接触したもの同士に繋がりを見出す呪術(魔術)」のことで、「武器軟膏」が代表例であろう。「武器軟膏」とは17世紀頃の西欧にて広がった軟膏であり、「通常なら薬を傷口に直接塗るが、傷をつけた武器自体に薬を塗る。それにより、通常の方法よりも傷の治癒が早まる」といった治療法だ。 他にも「同物同治」で述べた「ホメオパシー」における「水の記憶」という観点は類感呪術だけでなく、感染呪術にも近い考え方を持っている。それは「一度薬と接触した水は、接触した薬と同様の効能を得ることが出来る」という点を見れば一目瞭然だろう。 話を戻すと、「丑ノ刻参リ」の感染呪術的側面は「頭髪等を入れた藁人形に釘を刺す」という部分にすべてが詰まっている。 先程述べた通り、「対象と密接に関係するモノを用いること」で「感染呪術」は成り立つ。その上で、呪いたい相手の体とも言える部分を用いて呪いを振りかけるのだから、「丑ノ刻参リ」が「感染呪術」の中でも一際夥しい呪力を持つ術とされるのはとても納得できると思う。
※₁期間については諸説あり。
※₂例として挙げているが、あくまで「丑ノ刻参リ」の原型の1つである。
※₃プラシーボ効果の中でも「丑ノ刻参リ」においては、負のプラシーボ(ノーシーボ)効果を指す。
※₄西アフリカの土着信仰とキリスト教が融合した宗教であるブードゥー教の呪術で用いられる人形。
参考資料:
・ウィキペディア
・コトバンク
・國學院大學学術情報リポジトリ《いわゆる「丑の刻参り」の完成:嫉婦・藁人形・呪釘》
【錬丹術(外丹)】[古代中国]
【導入】この記事では題名の通り、「錬丹術(外丹)」について取り上げる。
似たものに「ヘルメス主義」から影響を受けた、「エリクサー(賢者の石)」の製造を1つの目的とする「錬金術」があるが、今回は割愛させてもらう。
「錬丹術」とは、元は「神仙思想」に源流を汲み、4世紀に晋の葛洪が著した「抱朴子」にて紹介された、服用すると不老不死・※₁軽身・超能力をもつ「神仙」になれるとされる「金丹(霊薬・丹薬)」の製造を目指す道士の「長生術」の1つで、いくつかの素材を混合し、加熱することによって不変・永遠の性質を持つ物質を生成させる技術だ。 不老不死は、他に叶うもののない絶対君主にとって、最後の願望であり、古代中国で積極的に製造を試みられた歴史をもつ。 しかし、その殆どは泡沫に散った。
この学問は、近年だと小説「とある魔術の禁書目録」や、ゲーム「ブルーアーカイブ」、漫画「鋼の錬金術師」等に登場したことによって、知名度が飛躍的に向上しただろう。
【本題】この「錬丹術」には大きく分けて2つの種類が存在する。1つ目が「内丹術(内丹道)」と呼ばれるもので「気の操作によって体内に金丹を生み出す技法」のこと。2つ目が「外丹術(外丹道)」と呼ばれ、「自然界の鉱物を金ないし、金と同様の性質を持つとされる物質へと化学変化させる技法」だ。 ここではタイトル通り、「外丹術」を主に取り扱う。
「外丹」とは「金石草木」を服用する「服食」と呼ばれる、古代の「神仙方術」が発展したもので、先にも述べた通り、鉱物を用い、さまざまな物理的・化学的なプロセスを経て「霊薬」を生成することになる。製造方法は2つほどあり、原料の鉱物を釜の中で加熱する「火法」と、鉱物を水溶液や懸濁液にする「水法」がある。
典型的な「金丹」の製造では、名前の由来にもなっている「丹(辰砂・別名-賢者の石-)」を主に用いる。丹とは自然界に存在する「硫化水銀(HgS)」からなる鉱物のことを指す。察しの良い者は気づくだろうが、れっきとした劇物を用いて作ることになる。「硫化水銀」自体の致死性はあまり高くないとされているが、不老不死を実現しようと摂取し続けたことによって「金丹」を服用した古代中国の皇帝が中毒死した事例が数多く存在し、「秦の始皇帝」もそのうちの一人とされている。
※₁自らの身体を軽くして、素早く移動したり、通常では不可能な跳躍や動作を可能にするための鍛錬法。
参考資料:
・ウィキペディア
・コトバンク
・世界史の窓
・東京大学学術機関リポジトリ《「内丹」の技法と思想 - 「悟真篇」の例》
・Nanzan institute for Religion and Culture《内丹と外丹》
・日蓮宗妙覚寺《神仙思想(養成・煉丹術 高橋俊隆)》
・公立大学法人 島根県立大学《道教神仙説の成立について》
【俗信(兆・応・禁・呪)】[日本本土]
【解説】「俗信」とははっきりとした根拠がないが、世間一般に言い伝えられている説のことで、主として近代以前の信仰や呪術、呪い(まじない)が退化、残存し、生じた信仰的※₁心性、※₂慣行を指す。
ここでは民俗学的な視点から見た俗信について取り上げる。
日本の民俗学研究における巨匠、柳田國男は著書「民間伝承論」にて、民俗学における民俗資料を「有形文化(目で見えるもの)」「言語芸術(耳に聞こえるもの)」「心意現象(心で理解するもの)」の大きく3つに分類した。今回取り上げる「俗信」はそのうちの「心意現象」にあたる。 俗信は「兆」「応」「禁」「呪」の4つに分類される。「兆」は「未来のことを推測する基礎となるもの」、「応」は「結果があってはじめて原因・因果を求めるもの」、「禁」は「~をしてはいけないという禁止行為」、「呪」は「災いの兆候やもしくは、災いが起こってから、これを封じようとするもの」を指す。 例えば、「トビが空高く舞えば晴れ」「烏の鳴きが悪いと親が死ぬ」などは「兆」の例であり、「双子栗を食べると双子を生む」「うさぎの肉を食べると※₃ミツ口(兎口)の子を生む」などは「兆」であると共に「禁」であり、先に述べたカラスの例を「親が死んだ。昨日、烏の鳴き方が悪かったせいだ」とすると「応」になり、子供の頃にやってもらったであろう「痛いの痛いの飛んでけー」は「呪」となる。
※₁こころ、精神のありかた。
※₂以前からのならわしとして通常おこなわれること。
※₃先天的に上唇が裂けていること。
参考資料:
・ウィキペディア
・コトバンク
・山梨県身延町《一.俗信、迷信の意義》
・J-Stage《日本民俗学における農村研究の方法とその可能性》
・単位互換-京カレッジポータルサイト《3.民俗学の方法》
・大阪大学学術情報庫OUKA《The University of Osaka Institutional Knowledge Archive : OUKA「動物 の像を撫でるまじない : しぐさへの認識をめぐって」》茶圓直人.著
【サカ歌】[琉球・奄美]
【解説】「サカ歌」とは主に奄美群島(主に徳之島)に伝わる呪詛を込めた「歌(呪詞)」のことで、歌掛けの中で行われ、相手に気づかれずに歌い、相手を貶めるのが目的とのこと。そして「サカ歌」に挑まれたと気づいた時に歌う防衛の歌詞もあるらしく、厄を振り払う際には、返歌に相手の歌を否定したりする内容を込める。
参考資料:
ウィキペディア
鹿児島純心女子短期大学リポジトリ《奄美における伝承的呪詞の表現形態》
洗足学園音楽大学-洗足こども短期大学《奄美とバスクのうた》
【神籬】[日本本土]
【解説】「神籬(ひもろぎ)」とは日本の「アニミズム信仰(神道)」における神霊を迎えるための「依り代(憑坐)」のことで、常緑樹や岩の周囲に玉垣を巡らせて注連縄で囲んだものを指し、「磐座」等が筆頭として名が上がる。現在では一般に「八脚案」を用いて、中央に榊等を立て、麻や紙垂をつけたものを指し、地鎮祭で使われる。
注連縄は「タブーの視覚化」、言い換えると「境界を示す為のもの」として扱われることがあり、「不潔・穢」を避けるために、界を結び、注連縄で囲われた「界の内側」は「聖なる(ハレ)空間や常世」と、「界の外側」は「俗なる(ケ)空間・現世」と見なす。さしずめ、簡易的な「穢無き浄域・聖域」を設け、「二つの異なる世界を結びつける」ための「モノの一種」が「神籬」ということになる。
参考資料:
・ウィキペディア
・コトバンク
・南都経済研究所《伊勢を祀る女性たちの道(倭笠縫邑伝承》
・奈良県《山の辺の道(天理~桜井)》
・名古屋大学学術リポジトリ《穢れと結界に関する一考察「ケガレ」と「ケ」》
・大阪大学学術情報庫OUKA《The University of Osaka Institutional Knowledge Archive : OUKA「装飾 的な紐結びにみる「日本らしさ」の源泉 : 結びと紐に内在する意味の考察」》矢島由佳.著
【道切リ(勧請吊)】[日本本土]
【解説】「神籬」に関連して、「道切リ」についてここでは解説する。「道切リ」とは、村外から村内に通じる道を、その村境において象徴的に切る。即ち遮断する風習。 この「道切リ」の一種で、注連縄を張って、災害の侵入を防いだり、域内の災厄を追い出すことを目的とした「勧請吊(勧請掛け)」というものがあり、これを基準に「村と村外を隔てる境界」とされた。 ちなみに、名前は異なれど「勧請吊」と似た文化は全国各地に存在し、コトバンクを引用した考察にはなるが、どれも「神籬」の説明同様に、「村内を浄域とし、村外を不浄域と設定する」、つまるところ「村を守護するために村境に界を結ぶ」という考えに基づいていると考えられる。
参考資料:
・ウィキペディア
・コトバンク
・関西学院大学リポジトリ《村境の象徴論的意味》八木康幸.著
・大阪経済大学《私の研究と農山村集落の境界儀礼》原田俊丸.著
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