黙示録の警鐘

菖蒲士

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奇鐘展決編

第一話 光る螢に口はない

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 箇、私は断じて悪魔では無い。



 箇、私は絶対の天使である。



 箇、私は七つの喇叭吹き。



 箇、私は七つの禍そのもの。



 「エミリアの黙示録」



 「Велесова книга」より。



 1.



 ひっきりなしに鳴き叫ぶ、寒蝉の大合唱とともに髙島實は目を覚ます。



 七月二十二日なつやすみぜんじつ。大暑真っ只中。暦の正確さというモノの偉大さを改めて実感させてくれる良き日。

 だから外(學校)へ行く気が一向に起きない。

 

 ―――近年の地球温暖化とやらは本当かもしれない。外へ出たら灼熱地獄が至れり尽くせりに接待してくれるというのが目に見えている。

 かと言って経済活動をはじめとした営みを行うのであれば、屋内という城塞都市での籠城生活は当然長くは保たないだろう。

 それを分かってはいるのだが、依然外へは出たくはない。

 「はぁ~っ」と。髙島は溜息を吐く。



 「猫型ロボットがポッケから不思議な道具を出して解決なんて、現実には無いもんなぁ~」

 そんな願望を胸の内に秘め、スローロリスのように身体を起き上がらせる。

 すると、途端に溢れ出す欠伸。身体はまだまだ寝足りないようだ。



 半覚醒ねおき状態を解除するため、部屋のカーテンを開けて、洗面台で顔を洗う。

 そのまま、制服である学ランに着替えていると、

 ピンポーン。と玄関のチャイムが鳴る。

 「はぁーい」と、扉を開けると、



 「おはようございます」

 セーラー服を着た銀髪ロングの少女。エレナ=シュタイナーが、ニコニコしながら屹立しており、その左腕にはビニール袋に入った大きな長葱が携えられていた。



 「おはよ⋯⋯朝飯か?」

 「はい。一緒に食べましょ♪」

 「⋯⋯こうなった理由は覚えていないが、隣人であり幼馴染であるエレナと朝ご飯を食べる事が、いつの間にか日常になっていた。 そして今日は、俺が飯当番なのだ」

 「⋯⋯。何故なにゆえ、何時ものルーティンを誰かさんに説明しているのです? ⋯⋯連日の酷暑によって、髙島さんのおつむは涅槃にでも行ってしまったのでしょうか?」

 エレナは背伸びをしながら、土耳古石ターコイズのような瞳で高島を心配そうに打ち守る。

 それもお巫山戯無しの、バカ真面目な顔で。



 「⋯⋯失礼な。決して沸いてる訳じゃないの。氣分だぁよ」

 「本当なのです?」

 「ああ。間違いなく」

 「しっかりなさっているのなら良かったのです」



 中に戻ると、台所にて素麺をさっと茹で、麺汁とチューブ山葵を冷蔵庫から引っ張り出す。

 忘れちゃいけない。薬味の茗荷。それを慣れた手つきで千切り。

 エレナからの頂き物である深谷ねぎも贅沢に切り、

 汁と水を目分量でミックスし、氷を二つトッピングする。

 最後に全て食卓に並べて完成。

 題して、素麺.数種の薬味を添えて~。

 唯の素麺でも、ミシュラン西洋料理店のコースメニューみたいに言えば映えるかも⋯⋯なんて勿論、勝手な偏見。

 畢竟、素麺が別の物へと変わるわけがない。素麺は素麺なのだ。



 髙島がエレナが座る正面席に腰を掛けた所で、双方は両手を合わせる。

 「「頂きます」」と。



 他愛無い談笑はせず、麺を啜る以外の音が存在しないリビングで双方は黙々と食べ進める。

 両者の箸が手元を離れた時、⋯⋯朝食に終止符が打たれる。

 「「ご馳走様でした」」と。




 2.




 少なからず、億劫な氣持ちというのは誰にでも存在するが、髙島實にとってそれは今だった。

 土休日を挟んで、月曜だけの登校(午前帰り)なんてのは一種のハラスメントだろうと不満を露呈する。學校が嫌いとか、そういうのでは無く、単にを見出せないから。

 が、そんなモノは当然の如く意味を成さない。

 抵抗するだけ無駄というやつ。



 「⋯⋯うちの高校は終業式が遅いらしいな…。なんで先週から夏休みにしないのかね。しかも水曜、午前帰りってさぁ」

 リモコンで冷房を切りながら、髙島は呟く。

 「何か理由がお有りなのかもしれませんよ。⋯⋯それに、先週からだと夏休みが余りにも長くなってしまいます」

 「そうかねぇ~」



 部屋に立て掛けてあるアナログ時計で時刻を確認すると、八時〇五分。



 気分上げてこ。と、鼻歌を歌いながら高島は余裕綽々に玄関のドアノブを捻る。

 

 扉を開けると、感取するのは想像以上のモノ。

 麗なんて甚だしい程の日射が揺蕩うことなく、一切合切に顔を打つ。

 眩しいというか、ヒリヒリと痛い。

 それに伴う熱も、これまた尋常ではない。

 此処はゲヘナかナニカですか?

 と、神とやらに直接クエスチョンを投げかけてみたくなる。

 

 「髙島さんは先に行っていて下さい。⋯⋯自室に忘れものをしてしまったので。多分、後で追いつきますから」

 「おう、遅刻すんなよ」

 「はぁ~い♪」

 

 施錠を確認し、高島はアパートの階段を降りる。

 

 公道に出ると、暑さがより顕著となった。

 その証拠に進行方向では、夏の風物詩である道路のユラユラ、所謂『陽炎』と水溜り牴牾として名高い『逃げ水』が確認できる。ムンムンとした熱気が体中を東奔西走駆け巡り、終いには額から汗が止まらないのだ。

 先週同様、登校中は避暑地オアシスであるガード下が救いとなりそうだ。




 3.




 現在時刻.八時二〇分(スマホにて確認)。

 いざガード下に辿り着くと、予想的中。涼しいとまではいかないかもだが、熱気に包まれた周辺より遥かに過ごしやすい。

 これには髙島も御満悦の表情。

 唯、この人の往来が少ない隧道トンネル?は、全長が一〇メートル程しか無いことは残念。

 まだ學校までの道程であると、しみじみと感じさせるのだから。



 そんな、短い休憩ポイントを惜しみながら前進していると⋯⋯。



 「ねぇ⋯⋯」と、壁側から声を掛けられた。



 思わず立ち止まり、甲高い声がした方を向くと、家電量販店だか家具量販店でしか見たことがない大きな段ボール箱があり、『津軽のおいしいりんご』という文言が書かれている。

 そこに入っていたのは、

 捨て猫?

 捨て犬?

 など、ありきたりという表現は適切では無いのだが、そういう『モノ』ではなかった。



 ひょっこりと顔を出してきたのは、麦わら帽子を深く被った可愛らしい白髪ショートの外國人?の女の子。

 声の主は彼女のようだ。

 

 「⋯⋯ホームレス少女、將又乞食の少女⋯⋯なのか?」

 「うーうっ⋯⋯、全然違うんだよぉっ。それに、ここに着いたのはそんなに前じゃなかったハズだよぉ!」

 少女は気色ばんだ表情でムッとする。

 

 「⋯⋯そんなことはどーでも良いんだよぅ」

 「―――。」

 「⋯⋯とりあえず、喉がとっても渇いてるんだよ」

 「―――。」

 「お水でも良いんだよ。何か飲めるものを持ってないかな?」

 ⋯⋯彼女の事情なんてのは一切不明だが、日射病で倒れられたらたまったもんじゃない。なんというのか、『見殺しにした』みたいな感覚に苛まれることが目に見える氣がする。

 

 「⋯⋯分かった」

 髙島は未開封のペットボトルを取り出し、キャップを外して、少女に手渡す。

 「これで良いか?」

 「うん。 ⋯⋯じゃっ、いただきま~す♪」



 少女はか細い両手でペットボトルを嬉々として受け取ると、無我夢中で飲み始めた。



 ペットボトルの水が空になると、

 「助けてくれてどーもありがとね」

 と、少女は感謝を述べる。

 

 「私はマリヤ、『白魯西亞ベラルーシ』出身なんだよ」

 マリヤと名乗る少女は高島に対して、ご丁寧に頭をしっかりと下げる。

 「何時までの付き合いかはわかんないけど、よろしくね♪ おにーさん」

 

 「⋯⋯ところで、マリヤはどーしてこんなところにいるんだ?」

 「ん~? ああっ⋯⋯ マリヤを助けてくれた御礼に、おにーさんにだけ特別に教えたーげる」

 勿体振るようにそう言うと、マリヤは段ボール箱から出てきた。

 キトンというのだろうか、シルクのような布をワンピースのように身に纏っている。身長はエレナより少し小さい一三〇センチ位。年齢はおおよそ小学校低学年程に見える。



 「マリヤはね、聖彼得堡サンクトペテルブルクの教会から一人で逃げて来たんだよ」

 

 (⋯⋯!?)

 

 彼女の言葉に髙島は驚倒、とまではいかずと

も驚いた。

 理由は熟考せずとも明白だろう。

 日本の遥か西。それも欧州の一國(魯西亞の西端都市)からたった一人で来たと言ったから。

 勿論、通常の渡航(旅行等を目的に)で日本に来たと言うのなら別に何とも思わない。

 だが、マリヤは『逃げてきた』と言った。

 そして何より、彼女はこんな所にたった一人でいたのだ。

 彼女の事情は全くもって不明だが、訳ありなのはまず間違い無いだろう。

 

 「此処って中國チャイナだよね?」

 「⋯⋯⋯どうして、そう思ったんだ?」 

 「⋯⋯ん~?、漢字があっちこっちで散見出来るからかな」

 「⋯⋯」

 「私の炯眼に狂いはないと思うんだ♪」

 「⋯⋯とっても利発な推理だとは思う。けどね、中國ではないかな」

 「⋯⋯⋯⋯⋯じゃっ、じゃあどこなの?」

 マリヤは怪訝に思ったのか。それを華奢な身体で精一杯アピールする。

 「世界最大規模の人口(約一五〇〇万人)を抱え込る、日本國の帝都たるの端くれだよ」

 高島がそう言うと、マリヤは「惜しかったぁっー」と悔しそうに右拳を握り締めた後、数秒間笑顔を見せたかと思ったら、今度は「ほんとうなの!?」と、情緒を速やかに変えてみせる。

 

 「そげに直ぐに判明するであろう、くだらない嘘はつかないんですよ」

 「ん~。そーなのかー」 

 

 「ていうか、お前は今日本語でペラペラ話してるだろ? さっきのは冗談ってことかよ?」

 「⋯⋯⋯あっ『コレ』? マリヤは別に冗談を言ってるじゃないよ。ちゃんと真剣なんだよおっ」

 「じゃあっなんだよ?」

 「⋯⋯んっ~『超心理学パラサイコロジー』の用語では異言ゼノグロッシアってやつ」

 「ん?」

 「なんだかよくわからないんだけど、マリヤは『学習したことが無くても、他言語を自由に話す』ことが出来るんだぁっ♪」

 「⋯⋯⋯訊いちゃあれかもだが、『霊感商法』とかその類いでは?」

 すると、マリヤは首を大きく横に振る。

 「んーん。違うんだよ。ホントーのはなし。騙しているわけじゃないんだよぉ」



「⋯⋯⋯じゃあ、仮に本当だったとして超心理学っていっているのだから、とかその類なのか?」

 髙島は彼女の『それ』を、真摯には全く捉えないものの、オカルト好きの友人から培った知識を用いて、若干真面目に考察してみる。

 「⋯⋯んにゅっ~? 専門外の事はマリヤにはよくわからないんだよ。聞いたことをそのまま垂れ流してるだけだからね~」

 マリヤはやおらに首を傾げる。

 なにいってんだ? 此奴みたいに。

 

「⋯⋯誰かからの受け売りってことか?」

 「言伝ともいうんだよ。 ⋯⋯魯西亞の『輔祭さん』、まあ端的に『神父さん』からなんだけどね」

 少女は続けて、「でもね遷化されたんだ。半年くらい前にね」と、悲しそうな顔で告げる。意味は分からなかったが雰囲気で、髙島は何となく察した。

 

 「ごめん。不謹慎だったな⋯⋯」

 「⋯⋯全然、氣にしないで欲しいんだよ。口に出したのは私なんだから」




 「⋯⋯⋯そーいえば、おにーさんは制服? を着てるんだね。 ⋯⋯これから學校なのかな?」

 

 ぺたんと、段ボールに座り込んだマリヤの言葉に、髙島はハッとし「⋯⋯そうだぁ。通学途中だったっ!」と、スマホで時間を確認すると、八時四四分。

 もう完全登校時間タイムリミットである五〇分まで、時間が微塵も無い。
 もしも、仮に遅刻だったとして(ほぼというか確定なのだが)、人助けしてて遅れてしました~、って凡庸な言い訳をしたら、それは果たして通用するのだろうか? 
 いいや、人を誂っているのかってうちの怖い生徒指導の先公にこっ酷く怒られる(断定)だろう。

 

 でも、幸いなことに、髙島はまだボッチではない。エレナが、まだ通学路である此処にまで到達していないからだ。

 赤信号、皆で渡ればなんとかっていうし。   

 ⋯⋯ならば彼女を避暑地ここで待つのが吉かなと。髙島は開き直ってみる。

 

 「⋯⋯⋯俺はこれから學校なんだが、マリヤはどうするんだ?」

 「⋯⋯そのことなんだけどね、マリヤは『ニコライ堂』に行きたいんだよ」

 「ニコライ堂?」

 「うん。日本の正教オーソドックスにおける大聖堂はニコライ堂唯一つなんだよ~」

 「どうして、そこに行きたいんだ?」

 「⋯⋯詳細は省くけど『エクソシストさん』は基本的に大聖堂にしか居ないからね」

 「⋯⋯エクソシストってキリスト教の、所謂悪魔祓いのヤツ?」

 髙島の言葉にマリヤは目を丸くして。

 「おーおーっ! 日本の人なのによく知ってるんだね~。 ⋯⋯でも、おにーさんが言ってるエクソシストさんは多分旧教カトリックのものであって、正教のでは無いと思うんだよね」

 「⋯⋯⋯ん? 旧教のとは違うのか」

 「うん。祓うのは『悪魔さん』じゃないの。『天使さん』なんだよぉ」

 「⋯⋯なんで天使を祓う必要があるんだ?」 

 「⋯⋯⋯簡潔に説明すると、私達にとってはねっ『悪魔さん』よりも、ずっとずっと恐ろしいからなんだよね」

 

 「⋯⋯⋯神様の裁きや天誅⋯⋯祝福を実行するのはそれに付き従う『天使さん』だと決まっている。それは黙示録エミリアにもキチンと記されている既定事項なの⋯⋯」



 そう言うと、

 外方を向くというのだろうか?

 不意に、少女は隧道の外に視線をずらした。

 「マリヤはね、神父さんみたいに神様にも聖人様にも⋯⋯付き従うことは叶わなかった。⋯⋯⋯そもそもの存在自体がそれら全てに背反するから」

 

 苦笑しながら、マリヤは左手でゆっくりと帽子に触れる。

 何処か哀愁の漂う、そのような様子で。

 「それにっ、えらいひとたちが決めた事だからね」と続ける。

 「何を?」と髙島が問うと、ミステリアスな少女は静かに俯いて十秒程黙りだんまりをキメた。



 4.



 一分位経っただろうか。顔を上げ、口を開いたマリヤが放った第一声は「お腹すいたぁ」だった。

 

 欲求に忠実な彼女は髙島の方に目を向ける。

 「食べ物持ってない?」とでも言いたげに。

 勿論、高島の答えは決まっている。

 回答、そんな物を持っているハズがない。帰り際にコンビニで弁当を買おうと考えていた。

 

 「持ってるでしょ」

 「持ってないと言ったら?」

 「嘘つきぃ、頂戴よぉっっ」

 少女はか細い左手を此方に突き出す。

 「日本のマンマは美味しいって聞いたんだよぅ~」

 「じゃあ弁当箱に形似てるし、筆箱でも齧り付いてみるか?」

 「絶対に嫌!」



  

 (⋯⋯⋯!?)

 刹那、ナニカを感じたのか、マリヤは反射の如く素早く高島に向けて伸ばした左手を引っ込めた。

 

 「⋯⋯⋯っんっ!?」

 途端に血相を一変させ、唐紅の液体が彼女の両鼻から溢れ出した。

 高島が「大丈夫か?」と聞いても、少女は明瞭に息を乱して「来てるっ!来てるうっ!来てるっ!来てるっ!来てるんだよっ!!!」と、興奮した様子で連呼するだけだった。

  

 それに呼応するかのように近づいてくる、緩徐な跫音が隧道中に響き渡った。

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