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◆ふたりの警察官
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「それで、人が倒れていたというのは?」
右崎に促され、警察官は苦笑いを浮かべた。
「ああ、すみません。まず、殺人ではありませんよ。男性は亡くなってはいませんし、事件性があるのかどうかもまだわかっていなくて」
なんとも微妙な言い方である。
念のため右崎は復唱した。
「その先で、鋭利な刃物で刺された状態で、男性が倒れていた?」
「ええ、そういうことです」
鋭利な刃物で刺されているのに事件性がないとは、一体どんな場合かと右崎が首を傾げると、アキラがなにかを思い出したように「あっ」と声を上げた。
「そういえば昨夜の救急車が来ていましたね」
右崎もサイレンの音を聞いている。居合わせた客と『近そうですね』と話をしながら外を振り返り、なにげなく時計を見たのだった。あれは――。
「確か昨夜の十時過ぎ」と声に出すと、警察官が「ああ、多分それですよ」と答えた。
だが記憶にあるのはそれだけだ。
救急車でなく消防車のサイレンであればもっと気にしたに違いないが。
「巡回中の警察官がたまたまうずくまっている人物を見つけたんですよ」
傷を負った男性は、建物の間に隠れるように座り込んでいたという。まるで自ら隠れているようにも見えたらしい。
「あいにくこの路地には防犯カメラがありませんのでね。いつから倒れていたか時間ははっきりしないのですが。夕方六時頃見かけた気がするという通行人もいまして」
季節は秋。日も短くなっている。闇に紛れてしまい、誰にも気づかれなくても不思議はないだろう。
「昨日、おふたりがこの店に来たときはいかがです? しゃがみこんだ男性を見てはいませんか?」
最初に答えたのはアキラだ。
「僕が来たのは五時半頃ですけど、北側の大通りから来たんでわかりません」
右崎は腕を組んで考え込んだが。
「わたしは四時頃かな、まだ明るいうちでしたけど……」
結局なにも思い出せずかぶりを振る。
「うーん。気づかなかったですね」
礼を言った年かさの警察官がふいに「あの薔薇ですが」と言った。
「素敵な薔薇ですね。見せてもらってもいいですか?」
彼が指をさすのは、店の奥の壁に掛けてあるシンボリックな額縁。薄暗い店内で、深紅の薔薇がスポットライトを浴びている。
「どうぞ」
右崎がうなずくと、ふたりの警察官はそれぞれ首を回し店内を見ながら、店の最奥へと進んでいく。
そして額縁の前に行くと、中に飾られている深紅の薔薇を繁々と観察しはじめた。
屈んでみたり見る角度を変え、何事か小声で囁き合い、丹念に見ている。
その様子を見ていた右崎とアキラはなに言いたげに視線を見合わせ、右崎は眉をひそめた。
(いくらなんでも熱心すぎやしないか)
あれではまるで、事件の痕跡でも探っているかのようだ。
右崎に促され、警察官は苦笑いを浮かべた。
「ああ、すみません。まず、殺人ではありませんよ。男性は亡くなってはいませんし、事件性があるのかどうかもまだわかっていなくて」
なんとも微妙な言い方である。
念のため右崎は復唱した。
「その先で、鋭利な刃物で刺された状態で、男性が倒れていた?」
「ええ、そういうことです」
鋭利な刃物で刺されているのに事件性がないとは、一体どんな場合かと右崎が首を傾げると、アキラがなにかを思い出したように「あっ」と声を上げた。
「そういえば昨夜の救急車が来ていましたね」
右崎もサイレンの音を聞いている。居合わせた客と『近そうですね』と話をしながら外を振り返り、なにげなく時計を見たのだった。あれは――。
「確か昨夜の十時過ぎ」と声に出すと、警察官が「ああ、多分それですよ」と答えた。
だが記憶にあるのはそれだけだ。
救急車でなく消防車のサイレンであればもっと気にしたに違いないが。
「巡回中の警察官がたまたまうずくまっている人物を見つけたんですよ」
傷を負った男性は、建物の間に隠れるように座り込んでいたという。まるで自ら隠れているようにも見えたらしい。
「あいにくこの路地には防犯カメラがありませんのでね。いつから倒れていたか時間ははっきりしないのですが。夕方六時頃見かけた気がするという通行人もいまして」
季節は秋。日も短くなっている。闇に紛れてしまい、誰にも気づかれなくても不思議はないだろう。
「昨日、おふたりがこの店に来たときはいかがです? しゃがみこんだ男性を見てはいませんか?」
最初に答えたのはアキラだ。
「僕が来たのは五時半頃ですけど、北側の大通りから来たんでわかりません」
右崎は腕を組んで考え込んだが。
「わたしは四時頃かな、まだ明るいうちでしたけど……」
結局なにも思い出せずかぶりを振る。
「うーん。気づかなかったですね」
礼を言った年かさの警察官がふいに「あの薔薇ですが」と言った。
「素敵な薔薇ですね。見せてもらってもいいですか?」
彼が指をさすのは、店の奥の壁に掛けてあるシンボリックな額縁。薄暗い店内で、深紅の薔薇がスポットライトを浴びている。
「どうぞ」
右崎がうなずくと、ふたりの警察官はそれぞれ首を回し店内を見ながら、店の最奥へと進んでいく。
そして額縁の前に行くと、中に飾られている深紅の薔薇を繁々と観察しはじめた。
屈んでみたり見る角度を変え、何事か小声で囁き合い、丹念に見ている。
その様子を見ていた右崎とアキラはなに言いたげに視線を見合わせ、右崎は眉をひそめた。
(いくらなんでも熱心すぎやしないか)
あれではまるで、事件の痕跡でも探っているかのようだ。
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