薔薇と少年

白亜凛

文字の大きさ
上 下
21 / 25
◆執事と薔薇

5

しおりを挟む
「ふぅん……」
 アキラは、ぼんやりとうないた。
「さぁ、もう先に帰っていいぞ。気をつけてな。今日は色々あって俺も疲れた、適当にしてあがるよ」

 もう一杯だけ飲むかとボトルを手にすると「ちょうだい」とアキラがグラスを取って差し出した。

「マスター、僕さ、本当は今日が二十歳の誕生日なんだ。十二時過ぎたしもう飲んでもいいよね」
「え? なにお前、四月生まれって言ってなかった?」
 記憶違いかと思ったがそんなはずはない。
 念のため雇うバイトは二十歳過ぎと決めている。アキラにも条件として伝えたはずだ。

「うん。あれは嘘、本当は十月生まれ」
「なんだよ、どういう嘘なんだ。おかしな奴だな」
 あっけらかんとアキラは言うが、嘘までついてしたいバイトでもないだろうにと思う。

「ウイスキーでいいのか?」
「うん」
 呆れながらグラスに丸い氷を入れウイスキーを注ぐ。
 飲み慣れないだろうと少しだけ入れて水割りにして渡した。
「はいどうぞ」
「サンキュー」
 右崎の気遣いなど必要なかったらしい、アキラはクイッと勢いよく飲む。

「それでさあ、マスター宛に預かってる手紙があるんだ」
 アキラはそう言うと、いつの間にバッグから取り出していたのか、封筒を差し出した。

「手紙? 誰から?」
「読めばわかるよ。と言っても僕は読んでないから中味はわからないけど、名前は書いてあると思う」

 受け取った右崎は指先の感触にハッとして封筒を裏返した。
 これは――。

 手紙は赤いシーリングワックスで封印してあった。
 右崎の記憶にある限り、中世のヨーロッパのようなそんな封印をする人はひとりしかいない。

「まさか……」
 残念なことにペーパーナイフはない。慌てて引き出しから取り出したハサミを手に取り、片方をナイフ代わりにして封を開ける。

 中には便箋が一枚。
 ゴクリを喉を鳴らし、震える指先でそれを開く。

 懐かしい字だった。
 ガラスペンで書いたのだろう。美しく流れるような文字に、泣きそうになる。

【亮一、久しぶり。
 この手紙を受け取ったということは、亮が二十歳になったのね。
 亮には二十歳になったら『執事のシャルール』を訪ねて 右崎亮一というマスターにこの手紙を渡すように遺言したの。
 亮はあなたと離婚したときに、お腹の中にいた、あなたの子よ。

 早いうちに離婚届を出したお陰で、自動的にあなたの戸籍に入ることはなかったけど、あなたの子。
 嘘だと思うなら鑑定でもしてみるといいわ。
 余命ひと月と知って、この手紙を書きました。
 私が死んだら、亮一は天涯孤独になってしまうの。なにかあったら、どうか力になってあげて。
 お願いします。

 さようなら亮一
 小夜】
しおりを挟む

処理中です...