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≪ さやけし君 ≫
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しおりを挟む「何が不満なんだか。もしや、祓いで稼いで贅沢三昧だったとか」
「まさか。質素な暮らしぶりであったぞ。衣もな。御簾と床の隙間から地味な衣が見えるだけなので、それで老婆だと誤解されたのだろう」
翠子の邸は几帳も屏風も古く、若々しさを連想させるような華やかに彩る調度品もなかった。
「そうですか。じゃあ人嫌いなんですな」
煌仁は微かに口もとを歪める。
「まあ少し、頑なではあるな」
「ええ、とんでもないへそ曲がりですわ。殿下は優しすぎですよ。厳しく言いつけたほうがいいですって」
「篁、姫の前で殿下はやめろ。ますます心を閉ざされてしまう」
「はあ。しかし――」
それではあの女がますます図に乗りますぞとでも言いたいのだろう。篁は眉をひそめ、もごもごと口ごもる。
篁が憤るのも無理はないだろう。あのような頑なな姫は初めてだからなと、煌仁は思う。
煌仁は女の園ともいえる宮中の奥深く、ここ後宮で育った。
母は幼いころに亡くなったが、たくさんの女官に囲まれて大切に育てられてきた。みな優しかった。乳母は厳しかったが、それでも甘かったと思う。
父が東宮から帝になり、新しい妃を迎えてからは憎悪にあてられるようにはなり、いったん臣下に降ったが、それはまた別である。
『何もいりません。一日も早く帰していただきたく思います』
不機嫌さを隠そうともせず、つんと澄まして横を向く翠子が、煌仁の目に新鮮に映った。
「十七歳になるというのに、介添え人がいなく正式な裳着もできず、使用人だけで祝ったそうだ」
かわいそうにと思う。
使用人に愛されて育っただけ幸せかもしれないが、あの古ぼけた邸を見れば、苦労の程がわかる。結婚していてもおかしくない年齢だが、身寄りのない姫では色よい縁談も舞い込みはしないだろう。
あれほど美貌を隠していればなおさらだ。
煌仁は彼女の邸に残った使用人から細かい事情を聞いていた。彼女を心配して櫛やら紅やらと届けに来た使用人と直接会って話をしたのである。
「親も親戚もいない。祓い姫として受け取るわずかな謝礼でぎりぎりの生活をしているらしい。使用人がかわいそうな姫なのだと泣いていた」
ここに来てすぐに、翠子から宮中の唐菓子を添えて心配いらないという文をもらったという話しもそのまま聞かせた。
「自分で食べればいいものを、健気ではないか」
気の毒に思ったのか、篁の口から皮肉は消える。
「そうですか……」
「皆に愛されているようだ。彼女に物の声を聞いてもらった人々が、その後も米や野菜やなんだかんだと届けてくれるらしい」
清らかな目をしていたなと、煌仁は思う。
風に巻き上がった御簾のおかげで、あらわになった姿。まっすぐに見つめ返してきた黒い瞳は宝石のようにきらきらと輝いていた。
穢れの知らない美しい瞳であった。
「ですが、無礼は無礼ですぞ。これを機会に常識というものを」
「まあそういうな。彼女は女官ではない。客だ」
「はあ……」
でも、この国の者なのだから帝にお仕えする身には変わりないではないですかと、心で思うが飲み込んだ。
反論し過ぎては自分こそ不敬になってしまう。
「とにかく姫に希望を託すと決めたのだ。それに唯泉も彼女の力を認めている」
事実ほかに打つ手はないのである。
解決のために声をかけたのは唯泉や祓い姫だけではない。宮中の一大事とあってその後も国中から様々な者が集められた。
中にはいかにも胡散臭い易者や占い師もいて、彼らは様々なことを言う。紅い衣を着せるとよい、西に向かって米粒を撒くとよいなどわけのわからない話もあった。
話を聞く度に唯泉を同席させている。
唯泉はなにを聞いても目をつぶってまったく関心を見せなかったが、ある占い師の『祓い姫なら何かわかるかもしれませぬ』という発言だけには反応を見せた。
瞼を上げて『ああ、彼女がいたか』とつぶやいたのである。
彼女を宮中へ連れてくると、唯泉は自分から祓い姫に会いたいと言ってきた。話し込んでいったというから気に入ったのだろう。
「しかし、二の皇子の衣から感じたのが、愛情とは意外だったな」
「ええ。物の怪の仕業でないと、唯泉と同じ意見でしたね。唯泉から聞いたのでしょうか」
同情はしても、篁は変わらず彼女を信用する気になれないらしい。
「唯泉がそんなに親切な男だと思うか」
図星を突かれた篁は肩を落とす。
「確かに……」
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