祓い姫 ~祓い姫とさやけし君~

白亜凛

文字の大きさ
10 / 56
≪ さやけし君 ≫

しおりを挟む

「何が不満なんだか。もしや、祓いで稼いで贅沢三昧だったとか」

「まさか。質素な暮らしぶりであったぞ。衣もな。御簾と床の隙間から地味な衣が見えるだけなので、それで老婆だと誤解されたのだろう」

 翠子の邸は几帳も屏風も古く、若々しさを連想させるような華やかに彩る調度品もなかった。

「そうですか。じゃあ人嫌いなんですな」

 煌仁は微かに口もとを歪める。
「まあ少し、頑なではあるな」

「ええ、とんでもないへそ曲がりですわ。殿下は優しすぎですよ。厳しく言いつけたほうがいいですって」

「篁、姫の前で殿下はやめろ。ますます心を閉ざされてしまう」

「はあ。しかし――」
 それではあの女がますます図に乗りますぞとでも言いたいのだろう。篁は眉をひそめ、もごもごと口ごもる。

 篁が憤るのも無理はないだろう。あのような頑なな姫は初めてだからなと、煌仁は思う。
 煌仁は女の園ともいえる宮中の奥深く、ここ後宮で育った。

 母は幼いころに亡くなったが、たくさんの女官に囲まれて大切に育てられてきた。みな優しかった。乳母は厳しかったが、それでも甘かったと思う。
 父が東宮から帝になり、新しい妃を迎えてからは憎悪にあてられるようにはなり、いったん臣下に降ったが、それはまた別である。

『何もいりません。一日も早く帰していただきたく思います』
 不機嫌さを隠そうともせず、つんと澄まして横を向く翠子が、煌仁の目に新鮮に映った。

「十七歳になるというのに、介添え人がいなく正式な裳着もできず、使用人だけで祝ったそうだ」

 かわいそうにと思う。
 使用人に愛されて育っただけ幸せかもしれないが、あの古ぼけた邸を見れば、苦労の程がわかる。結婚していてもおかしくない年齢だが、身寄りのない姫では色よい縁談も舞い込みはしないだろう。
 あれほど美貌を隠していればなおさらだ。

 煌仁は彼女の邸に残った使用人から細かい事情を聞いていた。彼女を心配して櫛やら紅やらと届けに来た使用人と直接会って話をしたのである。

「親も親戚もいない。祓い姫として受け取るわずかな謝礼でぎりぎりの生活をしているらしい。使用人がかわいそうな姫なのだと泣いていた」

 ここに来てすぐに、翠子から宮中の唐菓子を添えて心配いらないという文をもらったという話しもそのまま聞かせた。

「自分で食べればいいものを、健気ではないか」

 気の毒に思ったのか、篁の口から皮肉は消える。
「そうですか……」

「皆に愛されているようだ。彼女に物の声を聞いてもらった人々が、その後も米や野菜やなんだかんだと届けてくれるらしい」

 清らかな目をしていたなと、煌仁は思う。
 風に巻き上がった御簾のおかげで、あらわになった姿。まっすぐに見つめ返してきた黒い瞳は宝石のようにきらきらと輝いていた。
 穢れの知らない美しい瞳であった。

「ですが、無礼は無礼ですぞ。これを機会に常識というものを」
「まあそういうな。彼女は女官ではない。客だ」

「はあ……」
 でも、この国の者なのだから帝にお仕えする身には変わりないではないですかと、心で思うが飲み込んだ。
 反論し過ぎては自分こそ不敬になってしまう。

「とにかく姫に希望を託すと決めたのだ。それに唯泉も彼女の力を認めている」

 事実ほかに打つ手はないのである。
 解決のために声をかけたのは唯泉や祓い姫だけではない。宮中の一大事とあってその後も国中から様々な者が集められた。

 中にはいかにも胡散臭い易者や占い師もいて、彼らは様々なことを言う。紅い衣を着せるとよい、西に向かって米粒を撒くとよいなどわけのわからない話もあった。

 話を聞く度に唯泉を同席させている。
 唯泉はなにを聞いても目をつぶってまったく関心を見せなかったが、ある占い師の『祓い姫なら何かわかるかもしれませぬ』という発言だけには反応を見せた。
 瞼を上げて『ああ、彼女がいたか』とつぶやいたのである。

 彼女を宮中へ連れてくると、唯泉は自分から祓い姫に会いたいと言ってきた。話し込んでいったというから気に入ったのだろう。

「しかし、二の皇子の衣から感じたのが、愛情とは意外だったな」
「ええ。物の怪の仕業でないと、唯泉と同じ意見でしたね。唯泉から聞いたのでしょうか」

 同情はしても、篁は変わらず彼女を信用する気になれないらしい。

「唯泉がそんなに親切な男だと思うか」

 図星を突かれた篁は肩を落とす。
「確かに……」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです

沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!

香死妃(かしひ)は香りに埋もれて謎を解く 

液体猫
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞受賞しました(^_^)/  香を操り、死者の想いを知る一族がいる。そう囁かれたのは、ずっと昔の話だった。今ではその一族の生き残りすら見ず、誰もが彼ら、彼女たちの存在を忘れてしまっていた。  ある日のこと、一人の侍女が急死した。原因は不明で、解決されないまま月日が流れていき……  その事件を解決するために一人の青年が動き出す。その過程で出会った少女──香 麗然《コウ レイラン》──は、忘れ去られた一族の者だったと知った。  香 麗然《コウ レイラン》が後宮に現れた瞬間、事態は動いていく。  彼女は香りに秘められた事件を解決。ついでに、ぶっきらぼうな青年兵、幼い妃など。数多の人々を無自覚に誑かしていった。  テンパると田舎娘丸出しになる香 麗然《コウ レイラン》と謎だらけの青年兵がダッグを組み、数々の事件に挑んでいく。  後宮の闇、そして人々の想いを描く、後宮恋愛ミステリーです。  シリアス成分が少し多めとなっています。

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

【完結】こっち向いて!少尉さん - My girl, you are my sweetest! - 

文野さと@書籍化・コミカライズ
恋愛
今日もアンは広い背中を追いかける。 美しい近衛士官のレイルダー少尉。彼の視界に入りたくて、アンはいつも背伸びをするのだ。 彼はいつも自分とは違うところを見ている。 でも、それがなんだというのか。 「大好き」は誰にも止められない! いつか自分を見てもらいたくて、今日もアンは心の中で呼びかけるのだ。 「こっち向いて! 少尉さん」 ※30話くらいの予定。イメージイラストはバツ様です。掲載の許可はいただいております。 物語の最後の方に戦闘描写があります。

後宮祓いの巫女は、鬼将軍に嫁ぐことになりました

由香
キャラ文芸
後宮で怪異を祓う下級巫女・紗月は、ある日突然、「鬼」と噂される将軍・玄耀の妻になれと命じられる。 それは愛のない政略結婚―― 人ならざる力を持つ将軍を、巫女の力で制御するための契約だった。 後宮の思惑に翻弄されながらも、二人は「契約」ではなく「選んだ縁」として、共に生きる道を選ぶ――。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】

iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。 小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

処理中です...