雨(3作品掲載)

木霊

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『分かち合い』
土砂降りの雨音が響く商店街で、当然、彼は現れた。濡れた靴底がタイルと擦れる音が徐々に接近してくる。私はその音を背後に瞳を閉じる。靴音が止み、座っている木製の円形ベンチが軋む。午前三時の商店街ストリートは沈黙に占められており、その一角に設置された円形ベンチにて、私と何者かが背越しの関係となる。これでは、夜露の香りによって醸し出される、夜中の商店街に在る醍醐味が失われてしまう。もしも、他人からの無数の視線が差し込まれる日中に私が行動すれば、視線を集めてしまうだろう。そんな存在の私にとって、人の目が皆無である夜中のみが、安らぎと時間を与えてくれる。
「君は帰らないのかい?」
見知らぬ人間より、唐突に浴びせられた質問。ここで無視をすれば、この空間に居座ることが難しくなってしまう。
「そんな気になれなくて。」
仕方なく即興で返答して出方を伺ってみたが、それが上策でないことは明確である。声色からして中年を脱したほどの男であることは間違いない。無闇に対話を展開して興味を深められても困る。こんな夜更けに騒がれることは何としても避けなくてはならない。
「こんな暗いところ、寂しくないかい?」
確かに商店街にはポツポツと灯りが吊るされているだけで、薄暗い。商店街のトタン屋根にはじかれる雨粒の雨音が永遠とこだましている。その反響音が心地良く聞こえたならば、それは充実に相応しいと言えるだろう。私の肌はその冷ややかな雰囲気を感じることはできないが。人の目を一切、気にせずに己の存在を肯定できる唯一の時間。その時間を阻害しているこの背越しの男に不快感を示さないことは難しい。無言で席を立ってこの場を去ることもままならない。
「君は、人々からの視線をだいぶ気にしているようだね。」
不気味にも、心を見透かされているようである。男は言葉を続ける。
「俺もそうさ。だから俺も夜中の遊歩が生き甲斐なわけだ。」
皮肉のつもりだろうか。私の心中を察するならば、今すぐこの場から去ることが、こいつの適切な行動ではないのだろうか。実際、私の心中根底まで理解などできるはずもない。それにも関わらず、ずけずけと寄り添ってこようとするこの男の言動は、陳腐な好奇心に過ぎない。
「確かに、我々のような惨めな者は肩身が狭い。しかし、その状態を打開しようとは思わないか?」
ペラペラと御託を並べやがって。鬱陶しい上にキリがない。
「俺だって、過去には打開しようとしたこともあるよ?でも、勇気がないから、今こうして君と背越しの関係になっている。」
いかなる人間でも、私の立場に立つことは不可能なのである。いや、いかなる人間だからこそ、である。連中は、周囲にこそ、異様な興味を示すくせに、己の存在、行動を見つめようとはしない。その上、異端な物事に対しては、大層、嫌悪の眼差しをむける。しかし、時折この思考が頑固なものと思えてしまうことだって、稀有なことではない。この思考を然りとするか、否とするか、そんな事を己に詰問しているうちに、夜が明けてしまう。
「そろそろ、陽が顔を出しやがる。寝る時間だ。」
背越しの男は、ゆったりと腰をあげて言い捨てた。
「君の考え方は、実に立派なものだ。俺なら、その結論付けの手助けになるかもしれん。」
再び、私の心が震えたようだ。こんなに御託を並べるような輩が、私の思慮に突破口でも開くことなど。私の心中が汲み取られたのだろうか。しかし、その突破口に立つことが、私の終着点でもあることに違いはない。雨の降る夜は、常に同じことを悩み続け、思慮にふけっていた。その答えが背越しに接触を図っていたのだ。思慮を巡らせているうちに、男のタイルをはじく靴音は、遠ざかっている。立ち上がって、振り返った時には、男は商店街から右に伸びる通りに右折していた。私は、ペコペコと音を鳴らしながら、男の丸い背を追いかけた。男が右折した通りを、追って右折すると、そこにある紳士服の店舗前に男は立っていた。ただし、そいつは私と同じマネキンだった。


『濡れる』
今日も窓の外では、錦糸のような雨が天から地へと落下している。昨日よりは雨脚も速いようだが、私の部屋は二階にあるため、部屋の窓からは、平屋ばかりが群れを成す外の景色が一望できる。並んで歩く赤傘と黄傘、濡れるのを構わず走る業者、一つの傘に身を寄せ合う男女。時期が時期とは言え、今年の雨季には、いい加減にうんざりさせられる。五日連続も雨が降れば、雲が保持する水蒸気も在庫不足を起こしても良さそうなものだ。
十八になる私は雨粒に濡れることができない。いや、濡れてはいけないらしい。母いわく「あんたは雨に濡れたら死んじゃうのよ」と言うわけだが、普通の人間ならば、「何を馬鹿馬鹿しい」と思うのが至極当然のことだ。そう思った当時、五歳の私は、雨降りの白昼に外へ飛び出したのだった。結果から言うと、顔面や腕、脛など雨粒に濡れたあらゆる箇所の皮膚が、蛇皮のごとく硬直し始めたのだった。悲鳴を上げた五歳の私は、家の中に引きずり戻され、翌朝までの記憶は風穴のごとく丸ごと抜けている。それ以来、十三年間、私は雨降りの日は外出を行なっていない。当然、学校も定期的に欠席したし、友人と呼べる存在もできず、落ちこぼれている。それでも何とか自宅学習で高校卒業だけは認定されそうな状況である。
私の奇病に対する病院の対応を気になる人間もいるだろう。私にとって、唯一の肉親である母いわく「病院に行ったら実験体として目を付けられてしまう」らしい。しかし、私にとって、母親の存在や発言は、幼い頃より絶対なのだ。学校でも「体調を崩し易い子供」という名目で扱われているそうだ。
それにしても、ここ数日の曇天は、あまりにも泣き虫がすぎる。これでは、まるで私を軟禁させるような魂胆が存在すると考えても良いのではないか。文句を脳内で循環させている内に、時刻は十五時を回っている。パートに出かけた母が居ない居間を徘徊するのにも、いい加減、苛立ちを覚え始めた頃だ。結局、自室に籠って自問自答することにした。
「そもそも、なぜ雨粒だけが、私の素肌に何かしらの影響を及ぼすのだろうか。」
「水を飲むことも、風呂に入ることはできるのに。」
「確かにそうだ。」
「お前も、もう十八だ。母親に隷属するなど、愚かだと思わないか。」
「業を煮やしたことだって、あっただろう。いや、覚えているはずだ。」
「お前と母親は、決して、水魚の交わりではないはずだ。」
思惟の根底で、何人もの私自身が、母親との乖離をけしかけてくる。渦巻く思惟は、いよいよ濁流と化し、私の心を淀ませ、潤した。くすんだ心は、戸惑っている私の四肢を突き動かした。部屋から突風のように飛び出し、階段を駆け下りて、玄関を目指した。      
玄関の空気は、外の雨によって、湿り気を帯びていた。自制を失った右手は、ドアノブを力強く握りしめると、身体ごとドアを押し開けた。
湿気を纏った外気に包み込まれ、吸い込んだ途端、私は、強烈な目眩いと、倦怠感に襲われ、玄関先で膝をついてしまった。立ち上がるにも、目前はかすみ、焦点は震えた。呼吸は荒くなるが、外気を体内に取り入れれば、取り入れるほど、喉に閉塞感を覚える。ここで私は、初めて後悔の念を抱くことになった。家に戻るにも、その戻り口は、前のめりに膝をつく私の背面に位置している。当然、立ち上がることも出来ない私には、振り向く権利は存在しない。右足を前方、左足を後方にずらし、つま先に体重をかける。すると、意外にも上半身は簡単に持ち上がり、同時に狭まる視野も拡大した。ところが、下半身はもつれた。それどころか、つま先を前方に向けたため、上半身だけが前方へ飛び出してしまった。結果、私の全身は、雨の降りしきるアスファルトに、突っ伏して倒れ込む格好となってしまったわけだ。背に打ちつけられる高速の雨粒は、衣服を濡らし、徐々に皮膚を濡らそうと染み込んでくる。
最初に異変が起きたのは投げ出された右腕だった。右腕の肘より下は、もとよりはだけており、直接に雨粒に濡れていた。既に、皮膚をうつ雨粒の感触もあらず、関節も微動だにしないほどに硬直してしまった。降りしきる雨の下で、うつ伏せたまま全身の筋肉が収縮してゆくような感覚に苛まれる。僅かに伸縮を許される首の筋肉を曲げて右腕へ視線を送る。右腕は雨濡れた皮膚より、銀色の楕円形による集団が浮かび上がり、腕全体を包み込もうとしている。浮き出る楕円形を剥がそうと試みるも、既に左腕も半身すら動向を許されていない。徐々に瞼が鉛と化すように閉じてゆく。昏睡を自覚しながら、私はアスファルトに沈み込むような感覚に堕ちていった。この先の記憶には、モヤがかかり、霞んでいる。
記憶が再開されたとき、私は何処とも検討のつかない水中を漂っていた。

ここまでの物語は、生まれながらに「魚」として生きる私の人間に対する羨望が生み出した妄想の物語だったのか、本当に「人間」から魚へ変貌した私による事実の物語だろうか。



『どちらが異常?』
だいぶ、雨脚が早くなり始めたようだ。家までは、半キロメートルほどの距離が残っている。これ以上、濡れたままで走ることは、明日の体調に関わるに違いない。仕方なく私は、道端にあった屋根の下で、雨上がりを待つことにした。私が雨宿りの場としたのは、空き地の入り口に設置されたトタン製の簡易的な門であった。空き地と言っても、いわゆるスクラップ置き場であり、空き地には様々な種類の鉄屑が散乱し、積み上げられている。自動車の右前フロントドア、赤茶色に錆びた鉄パイプ、重なった数メートル四方の鉄板など、入り口から軽く見渡しただけでも、実に興味を惹かれる光景である。実際、この空き地がスクラップ置き場と化したのは、二十年ほど昔の話で、その以前は、だだっ広い空き地であった。その空き地の所有者は、近所の子供たちであり、幼少期は常に友人たちと、その空き地にたむろしていた。戦中の軍人が、この鉄屑の塊を見渡せば、歓喜するだろうが、高度経済成長の最中に生きる我々からすれば、過去の遺物、残骸である。しかし、時間が経過するにつれ、その光景にも飽き飽きしてくるものだ。トタン製の門に貼り付けられた、尋ね人や求人広告の張り紙も見飽きてしまった。突然、私の記憶が無意識にくすぐられた。幼い頃に、この空き地で遊んだこと、野球をしてヒットを連発したこと、チャンバラごっこで脳天から出血したこと、中々に雑多な思い出が懐旧される。そして新たに、空き地に関する数多の記憶の奥より、また一つ、記憶が湧き上がってきた。この空き地の右奥には、一軒の小屋が存在していたはずだ。幼少期には、用具入れと思い込み、内部に入ったことは無かったが、今思えば、この空き地に用具入れなど不要なのではないだろうか。ふと、幼い好奇心が灯った。
私は、雨濡れることも忘れて、散乱する鉄屑を飛び越えながら、空き地の奥へと侵入した。そして、記憶の隅から引っ張り出されたその小屋は、今も存在していた。
白樺の板を接合した小屋の壁には、不気味にも、傷は一つ付着していなかったが、板同士の接合部分は、ススで黒ずんでいる。小屋の中は、鉄屑の焼却施設があるのだろうか。それにしては建物自体が小さすぎる。小屋は縦幅五メートル、横幅七メートル、奥行き十メートルほどの長方形をしている。昔、本で見た焼却場とは、非常に巨大な溶鉱炉やクレーンが設備されているものだった。こんな空き地隅の小屋に、そんなものが設備されているとは考えられない。ダメもとで小屋の扉に手をかけてみると、予想に反して鉄製の扉は横へ滑り、開放されてしまった。予想外の展開により、私の心は好奇心を忘れ、冷静さを取り戻した。それと同時に、全身を濡らす雨粒の感覚と湿った大気の匂いが私を包んだ。
私は反射的に小屋の内側に踏み入った。見かけによらず、小屋の中は無臭だったが、辺りには、やはり鉄屑が散乱している。
「閉めてくれよ、湿気が入るじゃないか。」
好奇心を取り戻そうとする私の脳内に、男の声が響いた。飛び上がって、小屋内を何度も見回すが、動くものは確認出来ない。
「早く、閉めろってば。ほら、早く。」
男のダミ声が、今度は小屋全体に響く。間違いなく人間が居る。狼狽えつつも、扉を滑らせて閉じた。小屋には窓がついていないため、扉を閉めると暗闇へ閉ざされる。先の不可視な空間で、見知らぬ男と二人きりなど、ごめんである。
「すぐ出ます。失礼。」
かしこまって、私が逃げ出そうとした途端、目前が真っ白に染まった。何かが爆発したのだと思うと、尻餅を着いてしまった。瞳孔を絞ってまばたきを繰り返すと、すぐに小屋内を暖かい光が包んだことがわかった。照明は天井に吊られていた。正面を見上げると、ロボットが直立している。まさに絵に描いたようなロボットである。全身を、くすんだ銀色の長方形と正方形のみで形成された身体。銀色の長方形の胴体には何も付いていないが、正方形の頭部には、赤い丸ランプが目の位置に二つ、口の位置は縦二列のマス目が配置されている。本当に、真っ先に思い浮かばれる典型的なロボットである。しかし、腕は、手首までは銀色の筒状なのだが、手首より先に付いている手のひらは、するりとした細い指が生えており、手のみが人間さながらの形状である。
考えてみれば、室内の暗転前には、こんなロボットは居なかったはずだ。居れば気がつくに決まっている。この小屋に近づいてから、奇怪な出来事の連続である。いい加減にして外へ出なければ、奇怪さに取り込まれてしまいそうだ。
「おかえり、私の工房へ。」
目と鼻の先で、先ほども響いたあの声がする。間違いなく、このロボットから発せられている音に違いない。しかし、いかにもお手製のロボットスーツで、しかもこんな旧式のロボットを模倣するとは、中身には時代遅れの男が入っているに決まっている。
「渾身の着ぐるみを蔑ろにして悪いね。それじゃ。」
「出られないさ。僕に着いてこなきゃ。」
発言を遮られた苛立ちと、こんな阿呆の相手をしていることの馬鹿馬鹿しさが交錯し、私は無言で小屋の出入り口に手をかけた。ところが、いくら引っ張っても、出入り口は根が生えたかのように動じない。
「だから、言っているのに。着いてこいと。」
おそらく、恐怖の色を滲ませる私の顔面を見て、中身の男はニヤついているに違いない。
「君がこの小屋に関心を持って入ってきたのは、当然だよ。君もそろそろなんだ。でも、決して恥じることじゃないさ。君は、私の想像を超えてくれた。」
一体、この偽ロボットは如何なる妄想をめぐらせて語りかけているのだろうか。こうなれば、この阿呆を警察に突き出してやることにしよう。きっと、共に行動すれば、奇行に走るに違いないだろう。そうすれば証言を獲得して、私はコイツを突き出すことができる。そのためには、コイツの妄想に付き合うしかないわけだ。
「わかったよ、着いていくよ。」
「‥物分かりがいい。意外と言ったら失礼かな。」
僅かな沈黙が気にはなるが、背を向けた偽ロボットに着いて行く事にした。
偽ロボットに着いていくと、小屋の最奥で停止した。我々の目の前には、アルミ製で灰色の壁が立っている。偽ロボットが壁を弄ると、平坦だった壁から数センチの棒が突出し、その棒を捻ると、壁が床へ吸い込まれて、縦二メートルほど、横一メートルほどの新たな入り口が現れた。何も言わずに、中へ進む偽ロボットを追うと、後ろの壁が床からせりあがり、中の空間は暗闇に閉ざされた。暗黒とは、何にせよ、人の不安を駆り立てるものだ。まして、得体の知れない気狂いと一緒となる不安は恐怖へ変貌する。恐怖が顔を出した途端、私の視界はあかりに包まれた。瞼を何度か上下させると、暗黒の空間の正体が、どこかへと続く廊下だとわかった。隣にいた偽ロボットは、雨粒の垂れるような足音をたてて再び歩み始めた。足元を見ると、スニーカーが水で濡れている。水を弾きながらも着いていくと、急に偽ロボットが語りかけてきた。
「もう、六年になるね。」
決して、返答してはならないと、私の直感が告げている。コイツと会話をすれば、何か飲み込まれてしまうような感覚に陥りそうだ。自覚していない恐怖ゆえであろうか。
廊下を進むと、突き当たりに到着した。しかし、その突き当たりの壁には、取手の着いた扉が嵌め込まれている。偽ロボットが取手を捻ると、その扉は轟々と音をたてて開いた。開くと同時に、奥から焼却した生ゴミの臭気のような、例えようのない悪臭が鼻をついた。その悪臭が鼻口に触れた途端、視界は激しく揺れ、思わず廊下の壁に背をついてしまった。脳に送られる血液を促す脈が、頭の中で響いている。うなだれる私は、次の瞬間、下腹部に剣山で突かれたような痛みを感じた。
目を開くと、そこは天井から一本の灯りの吊るされた正方形の空間で、私は壁に張りつけられているようだ。両手を左右に伸ばされ、両足は揃えられ、手首と足首にそれぞれ鉄輪が嵌められている。まるでカカシのような体勢で拘束されている私の姿は、どれほど滑稽な見かけだろうか。全ての状況がつかめない今、声を出そうにも出すことができない。動転して気がついていなかったが、正面の壁の隅には扉がついている。その扉に気がついた途端、その扉が開いて奥からヤツが現れた。しかも、扉の奥からは、先程の異臭が侵入してくる。偽ロボットの姿を見ると同時に、私はわめいてやろうと思い立ったが、口元の自由が利かない。いや、僅かでも動いているのに感覚が無いと言う方が相応しい。麻痺状態と考えて間違いなさそうだ。
「君の言いたいことはわかる。みんなそうさ。みんな、僕を覚えていない。どいつもこいつも、変質者呼ばわりで、心外だよ。でも、僕は、そんなみんなを無下に扱わないよ。だって、僕はみんなの第二の生みの親だから。」
偽ロボットの中身の男は、精神異常をきたしていると見て間違いないだろう。薬物による錯乱、それとも自己陶酔の現れ、何にせよ異常者として世間に突き出してやろう。
「HM14、君がここに来た日を、もちろん僕は覚えているよ。君は 自分に自信が持てないと言って、生まれ変わりたい とも言っていた。ありふれた理由だったけど、僕は手厚く施してやった。あれから、六年。君は何も覚えていない。でも、それは当然さ、みんな忘れていく。大体、一週間でね。」
次から次へと、理解できない内容を連ねられた上で、悪臭も鼻を突く。耳鳴りもしてきた。いい加減、こんな危機的状況で、じっとしている私ではない。全力で両手首を震わせてみた。
「まだ、抵抗するか。いいさ、思い出させよう。さっきも言った通り、六年前に君は[人間再構築師]である僕の元を訪れてきた。自分に自信を取り戻すために、君は僕に改造を請願してきた。だから僕は、この部屋で君を作り直した。頭部から脳を取り出して、電極を挿入して、外部からの電導を可能とした。その上で、君の全身を一度、解体して、丁寧に血抜きして、骨を同型状の強化セラミックに入れ替えて、皮と筋肉を接合して再形成した。よって、君は僕の手術によって、いわゆる人間とロボットのハーフである[ヒュロイド]になったわけだ。思い出してくれたかな。」
私は嘔吐した。戯言にしても、想像してはいけなかった。この私が、人間とロボットのハーフなど、SFが過ぎる。ヒュロイドなど聞いたことも無い。
「君の脳内に設置した電極は、私が流す[情緒安定周波]を受信して、君の心に安らぎを与えたはずだ。でも、通常、五年で、脳内に挿入した電極が腐ってしまう。その時にヒュロイドは、自動的に地上の小屋に辿り着くようになっているが、君は六年も耐えた。これは最長記録だよ。」
私が人間である証拠は、無数に存在する。昨晩も風呂場で私は鼻血を出した。血抜きとやらを施行したのならば、出血などありえないはずだ。すると、ソイツはどこからか、片手サイズで黒塗りの円盤を持ち出して、自分の正方形の頭にあてた。
「君が見た血は、ヒュロイド専用の燃料的なものさ。ヒュロイドにとって、血中の鉄分は毒なのさ。それに、今時のロボットなどに使用する動力源なぞ、陳腐なものに過ぎない。油などもってのほかだ。それに、ヒュロイドの人口はまだまだ少ない。世間にヒュロイドの存在が露呈するには、まだ早い。時期尚早さ。僕のような[人間再構築師]の存在を目に留める酔狂な連中にしか、ヒュロイドは相応しくない。」
あの円盤上の何かで、私の思考を読み取ったというのか。
「そう、読み取った。」
こんなことが現実なはずがない。
「いいや、現実さ。俗世間に君は存在しているのさ、ヒュロイドとして。」
一体、ヒュロイドと言う存在が、この世の中に蔓延っているのだろうか。
「君は、HM14だ。つまり十四人目のヒュロイドさ。まあ、前の十三人は、みんな脳内の電極を入れ替える手術に失敗して死んじゃったけど。でも、君の電極は完璧に取り替えてみせるさ。成功すれば、隣の部屋に死体を積む必要もないわけだ。全く、一回バラバラにしたからか、死後五日もすれば、死体が分裂してしまうのさ。困ったものだ。夏だからかなぁ。それじゃあ、そろそろ始めようか。」



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