やっぱりあなたは無理でした

あや乃

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やっぱりあなたは無理でした

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「侯爵令嬢、フローリア・コーラル、今日をもってお前との婚約を破棄する!」

 大広間に響き渡る声。
 目の前にいるのは私が愛してやまない婚約者。

 ああ、まさかもう一度この言葉を聞くことになるなんて……




 侯爵令嬢フローリア・コーラル。私は今、二周目の人生を生きている。

 17歳だった私は婚約者である第一王子ジュリアン・シルベスターから身に覚えのない罪で婚約を破棄され、馬車で修道院へと向かう途中で何者かの襲撃に遭い崖から転落、命を落とした。

 『もう一度やり直したい』

 消えゆく意識の中で私は愛してやまなかった婚約者を想いながら、そう強く願った……



「……ここは―――?」

 目覚めた私がいたのは自室のベッドの上だった。そして時間が半年前まで巻き戻っている事を知る。

 『これは、神様が与えて下さったチャンスに違いない』

 まだ間に合うかもしれない。この半年間、私は自分の人生を変えるためありとあらゆる努力をした。

 愛する人を取り戻すため、そして死の運命から逃れるために――




「侯爵令嬢、フローリア・コーラル、今日をもってお前との婚約を破棄する!」
「―――っ、殿下……」

 けれど今、二周目の人生でも私はあの時と同じ言葉を聞いている。ざわつく群衆、フローリアに対し嫌悪感を露わにする殿下、涙を流しながら愛しい婚約者を見つめるフローリア。

 一周目の苦い記憶が蘇ってくる。同じ光景、同じ台詞、何もかもが同じ……いや、たった一つだけ違っていた。

 それはジュリアンが向いている方向が私ではないこと。そう、私の目の前にはフローリア、つまり私がいる。頭のてっぺんからつま先まで、悪役令嬢と罵られた侯爵令嬢フローリア・コーラル、その人が。

 ええと、どういうことかというと……

 何の因果か私は、一周目の人生で私から全てを奪い取った子爵令嬢シャルロット・ペッパーとして生まれ変わっていた。意識はフローリアのまま、体はシャルロットとして。

 死の間際、私の中には今までの記憶が走馬灯のように流れ込んでいた。

 「リア」と親しげに私の名前を呼ぶあどけない殿下の笑顔。舞踏会で初めてエスコートしてくれたときの恥ずかしそうな顔――どの記憶にも愛しいジュリアン様がいる。

 『僕の隣に相応しいのは君だ、二人でこの国の未来を担っていこう』

 幼い頃からお慕いし永遠に添い遂げると誓った婚約者は、私ではなくあの子を選んだ。その事実が何よりも私の心を砕いた。

 あの子さえいなければ!!! ……違う、私がフローリアでなければ殿下の寵愛を受けることが出来たのだろうか……

 薄れゆく意識の中でこう思った。

 『どこで歯車が狂ったんだろう』
 『愛されたかった、もう一度ジュリアン様の笑顔が見たかった』
 『私が―――だったら、殿下の最愛になれたのに』



 ――私が、シャルロットだったら――!!!


 
 暗闇にのみ込まれ途切れた意識が戻った時、私はシャルロットになっていた。死に際の最後の願いが聞き届けられたのだろうか。

 シャルロットとして生まれ変わったことを知り、私は歓喜した。

 ああ、神様は私を見ていて下さったのですね……これは不遇の内に人生を終えた私への救済、やり直しのチャンスに違いない! と。

 今ならどんなに望んでも手に入らなかった殿下の心が手に入る。シャルロットとしてならジュリアンに愛して貰える。

 私が本格的に王太子妃としての教育を受け始めた12歳の頃から殿下の態度が急変した。素っ気なくあしらわれ、会う度に嫌みを言われ……年々塩対応が増していき最近では目を合わせてもくれなくなった。

 きっとそのタイミングでシャルロットと出会っていたのだろう。そして以前から好ましく思っていなかったフローリアの存在がとうとう邪魔になった。

 二人がどうやって出会ったのか、惹かれ合ったのかは分からない。けれどジュリアンが王家の慣習に背き、婚約者であるフローリアを切り捨ててでもシャルロットを渇望するほどの何か、今までの価値観が大きく揺らぐきっかけがあったに違いない。

 そう信じて疑わなかった私はいつか訪れるであろうジュリアンとの運命的な出会いを今か今かと待ちわびていた。

 そんなある日、王都を歩いていた私の前にふらっと現れた殿下が一目見るなり私に堕ちてきた。


 あ れ、 運 命 的 な 出 会 い は …… ?


 こんなにあっさり……余韻も何もあったものじゃない。
 
 彼女さえいれば他に何もいらない……見えない糸で惹かれあう二人、許されないと分かっていても例え国中を敵に回したとしても俺はシャルロットを選ぶ。理性じゃない、本能が求めているんだ―――そんな理屈では計り知れない魂の共鳴を期待していたのに。ファーストコンタクトは喜びよりも戸惑いの方が勝ってしまった。←人はそれをドン引きという

 だって、政略結婚とはいえ婚約者がいる身で将来一国を背負う立場の第一王子がその辺の女にそんな簡単になびきます?

 少なくとも私は幼い頃ジュリアンとの婚約が決まった日から清廉潔白を貫き、異性との接触は必要最低限、醜聞に繋がるような行動は慎むよう常に注意を払ってきた。

 そんな当たり前のことをフル無視しシャルロットに終始デレデレしている殿下のだらしない表情を目の当たりにして、私の中で燃え上がっていた「愛の炎」は全方向から猛烈な勢いで鎮火を始めた。

 けれど幼い頃からお慕いし、死の間際生まれ変わってでも愛されたい、そう強く願った相手なのだからと気を持ち直して翌日以降も様子を見てみたものの……




 ―――うん、むり。

 一か月も経たないうちに答えが出てしまった。これは無理だ。 

 毎日のように姿を現しては愛を囁き去って行く。婚約者がいるとは思えないその振る舞いと、加えて日々子爵家に届くようになった贈り物のダブルコンボで私は疲弊していた。
 
 冷静になって考えてみると、そもそも前提として「婚約者=売約済み」という基本的なことが殿下は理解出来ていない。

 婚約者がいるのだから、たとえ運命だろうが本能だろうが駄目なものはダメ!! ←そもそも二人の出会いには運命どころかきっかけすらない

 そういえば12歳までは私も殿下から沢山の贈り物をいただいていた。あの頃はただ素直に喜んでいただけだったけれど……

 王太子妃としての教育を受け、王家の内部事情を学んだ私には分かる――これは単なる無駄遣いだと。

 昔の贈り物は公の場で必要なものだったり、私的であっても流行りのお菓子、王城の温室で栽培された花といった可愛らしいものだった。

 でも今、部屋中に置かれた山のような贈り物ブツはドレス、宝飾品、靴、絵画、土地(!?)と明らかに私的で高級なものばかり(勿論一切開封はしていない)

 私は国の総資産、財源、年間収支から算出される純利益、人件費・公費・雑費に至るまでありとあらゆるお金の流れを熟知しているので、その知識を応用すれば殿下の私産を算出することだって容易い。自由になる範囲を鑑みてもこの使い方は完全にキャパオーバーだ、どこから費用を捻出しているのか……考えただけで頭が痛くなる。

 知らないままの方が幸せだったかもしれない。ジュリアンがこんなに中身スカスカのボンクラだったなんて……生まれ変わり損ではないかと本気で考えた。

 そもそも人としてなっていない。こんな相手に死ぬ間際まで恋い焦がれていたなんて……恋は盲目、恋は闇……何にせよあの頃の私にこう言いたい。

 目 を 覚 ま し な さ い ! と。

 そんな悶々とした感情を抱えながら半年の時を経て、私は再びこの日を迎えた。

 まさかあの言葉を、シャルロットとして聞くことになるなんて……

 長いようで短い半年間だった、そして第三者目線で見ても殿下の振る舞いは理不尽極まりない。ギャーギャーと喚き、ありもしない話をあたかも真実のようにまくしたてるその姿はもう不快以外の何ものでもなかった。 

 両手を握りしめ、震えるシャルロットに気づいた殿下が庇うように私を抱き寄せる。

「震えているのか? 怖がることはない、すぐにこの恥さらしをお前の視界から消してやる」

 怖いわけではない、怒りで我を忘れそうになるのを必死に抑えているのだ。

「俺の隣に相応しいのはお前だ、二人でこの国の未来を担っていこう」

 一周目の人生ではフローリアにかけられたその言葉を聞いて、私の中で何かがプツッと切れた。
 



「…………やっぱりむり」
「え?」

 私は腰に回されていた殿下の腕を丁寧に引き剥がし、ゆっくりと距離を取った。

「シャルロット?」
「殿下、私のような身分の低い者が婚約者であるフローリア様を差し置いて王太子妃になろうなどと分不相応なことです。そのようなこと、私は望んでおりません」
「急にどうしたんだ、まさか……フローリアに何か言われたのか!?」

 この状況でいつ私がフローリアと話す機会があったというのだろう。テレパシーとか?

「いいえ、誰にも何も。これは私自身の意思です」
「シャルロット……?」
「そもそも私にはジュリアン様にこれほど気にかけていただく理由がございません」
「何を言っているんだ、俺たちは将来を誓い合った仲だろう。恋人を気にかけるのは当然のことで」
「恐れながら、私と殿下の間に過度な接触はなかったと記憶しております」
「ははっ、何を言い出すんだシャルロット。冗談がすぎるぞ」
「いえ、冗談ではございません」
「…………はっ?」

 真剣なシャルロットの表情を見て笑い飛ばそうとしていた殿下の顔色が変わる。

「私は子爵家令嬢、本来なら殿下と並び立つことすら許されない身であることは重々承知しております」
「いや、だが俺とお前は」
「面識はあっても社交場での挨拶、第三者を交えての会話といった節度をわきまえた交流のみで、とても親密な関係と呼べるものではないかと」
「はあ!?」
「私とジュリアン様は今まで数えるほどしか言葉を交わしたことがございません。それはここにいる皆様もご存じの筈です」

 周囲のざわめきが大きくなる。

「悪い冗談はやめてくれシャルロット! 頭がおかしくなる!!」

 元々頭はおかしいと思いますが……何を言われているのか理解出来ないという様子の殿下。

「ではお聞きします。親しくも親密でもない状態でどうやって私とジュリアン様はお互い惹かれあったのでしょう?」
「一体何があったんだシャルロット……そうだ、きっと厄介な呪術でもかけられているに違いない。おい、今すぐ国中の呪術師を呼べ!」
「いいえ、私はいたって正気です。どうでしょう、私の記憶には欠片もないのですが殿下は覚えていらっしゃいますか?」
「当たり前だ! あんなに互いの気持ちを確かめ合っただろう!!? その記憶が無いわけが……」
 
 そこまで言って動きが止まるジュリアン。

「あれ……え、いや待て待て待て。記憶がない……? 馬鹿な、そんな筈が」
「お間違いではございません、少なくとも私には身に覚えがないことですから」

 そう、出会い頭に殿下にドン引き……もとい百年の恋も醒めた私は努力の方向性を変えた。

 「殿下との幸せな未来」から「殿下に依存しない未来」を目指して出来うる限り最大限の努力をした。

 元々中身は侯爵令嬢。教養は申し分なかったので、シャルロットの身体に鞭を打ってマナー全般を叩き込み、いざという時のため一周目の人生では縁のなかった護身術も身につけた。

 加えて極力殿下との接点をなくそうと自分から会いに行くことは一切せず、相手からやって来た場合も回避不可避の場面以外は全力で逃げ回った。

 舞踏会でのエスコートをのらりくらりとかわし、お茶の誘いも団体戦に持ち込み、学園内でのエンカウントも避けて常に2人きりにならないよう細心の注意を払った。

 来たる時に備えて……全ては自分とジュリアンの人生を切り離すために。

「いや、そんな筈はない……確かにシャルロットは俺のことを……」

 ぶつぶつ言いながら絶賛混乱中の殿下。まあそうでしょうね。

 少なくとも一周目のシャルロットは王太子妃の座を狙っていた。だからジュリアンと結託して邪魔者であるフローリアの醜聞をでっち上げ、彼女を断罪したのだろう。

 でも今の私は殿下と結ばれたいなどとはこれっぽっちも思っていない。だからジュリアンに媚びを売る必要もフローリアを陥れる理由だってないのだ。

 私は大きく息を吸ってこの半年、いや、一周目の人生から換算すると5年と半年間貯め込んでいたものを一気に吐き出した。

「殿下、これまで数々のご配慮を賜り感謝申し上げます。ですがどれも私には身に余るものですので、全てきっちりとお返しさせていただきます」
「返すって、何を……?」
「お忘れですか? 殿下が国費を流用し毎日のように届けて下さった贅沢品のことです。勿論全て手付かずで保管しておりますのでご安心下さい」
「……な!!?」
「ジュリアン様はご自身が自由に使える資金が湯水のように湧いて出てくるとお思いですか? 国の資産=国民の血税です。それを私利私欲を満たすためだけに垂れ流すなんて……いかがなものかと」
「いや、だからそれは……」
「厳しいことを申し上げますがこれは恥ずべき行為です。あなたは将来一国の王となるお方、その自覚をお持ちですか?」
「……てくれ」
「そのように低い志ではとてもこの国を背負って立つ器とは――」
「もうやめてくれシャルロット!!」

 身勝手な醜聞を晒されて恥ずかしさのあまりその場にへなへなとへたり込むジュリアン。国王と王妃殿下も頭を抱えている。

「何故なんだ……お前は俺のことが好きではなかったのか……?」

 そんな彼を見下ろして、私はきっぱりと言い切った。
  
「あなたは婚約者がいる身でありながら下級貴族に入れあげた挙げ句、あろうことか何の落ち度もないフローリア様を無実の罪で陥れようとした。そんな相手を私がお慕いするとお思いですか?」

 何度人生を繰り返しても、まっぴらごめんだわ!

「謹んでご遠慮いたします。ごきげんよう、殿下」

 深くおじぎをした私は、呆然とするジュリアンを残したまま大広間を後にした。

 去り際、泣き崩れるフローリアの側で膝を折り彼女を抱き留めるラインハルト様の姿が見えた。

*****



 あーーー、すっきりした!

 王城の出口に向かう私の足取りは軽かった。

 かなり大それたことをしてしまったので心臓はまだバクバクいっているけれど、気持ちは驚くほど晴れやかだった。この半年、もとい5年と半年間のわだかまりが全て消えた感じ。

 これからどうしよう。

 衆人観衆の中、第一王子の醜聞を晒すなんて普通なら不敬罪で処罰されてもおかしくはない。でも今回のジュリアンの行動が王家の恥であることは明らかで、しかも公の場でそれを告発されたのだ。たとえ現国王、王妃であっても簡単にシャルロットを裁くことは出来ないだろう。むしろ婚約者であるフローリア共々こちらは被害者なのだから。

 かといってこのまま国に留まるのも得策ではない気がするので周辺諸国にでも移り住んだ方がいいかもしれない。近隣だとインダストリアかフュルンネル、と考えてふと先ほどの光景を思い出した。

 あの人は、二周目の人生でも変わらずフローリアの傍にいてくれた―――隣国フュルンネルの王太子ウィリアムズ・ラインハルト。彼は殿下の友人で、私も昔から親しくしている間柄だ。
 
 一周目の人生で婚約破棄のあと王城から追われたフローリアは監視付きでコーラル邸に幽閉され、その後王都から遠く離れた修道院に送られた。その道すがら何者かの襲撃を受けるのだけど……今思えばあれも殿下の差し金だったのだろう。

 知見を広げるため国を訪れていたラインハルトはその滞在中今回の騒動に巻き込まれた。

 彼は日々泣き暮れる私を案じ、贈り物を手に毎日屋敷を訪れては励ましてくれた。その温かさにどれだけ救われたか分からない。

 修道院行きが決まった日の夜、ラインハルト様は従者もつけず一人で屋敷を訪れてこう言った。

「フローリア嬢、私と共に生きてくれませんか?」

 差し出された手を見つめたまま戸惑う私にラインハルト様は考える時間をくれた。旅立ちの日、表門と裏門にそれぞれ馬車を用意しておく、NOなら表門、YESなら裏門から馬車に乗って欲しい、と。

 結局当日まで決めきれなかった私は、痺れを切らした御者の手によって馬車に押し込められ、表門から出て行った―――

 あの時、自分の意志で裏門を選んでいたら……あなたと共に歩む未来もあったのかもしれない。

 ぎゅっと胸が締め付けられる。こみ上げる思いに蓋をして、大広間から続く長い通路を抜けて渡り廊下へと差し掛かった時、

「シャルロット嬢!」
「…………ラインハルト様?」

 聞き慣れた声に振り向くとそこにはいるはずのないラインハルトの姿があった。

 え、何でここにラインハルト様が? 確か今、彼は泣き崩れるフローリアの盾となって殿下に苦言を呈していた筈なのに……

 まさかこっちに来るなんて。フローリアはどうしたのよ、フローリアは!? あ、もしかしてシャルロットが一周目とは違う行動をしたから……? って私の所為じゃない!

 あの状況で置いてけぼりにされた彼女の心情を思うと申し訳ない気持ちで一杯になる……ごめんなさいフローリア。

「すみません、あなたのことが心配でいてもたってもいられず。ご迷惑でしたか」
「迷惑だなんて、そんな……」

 正直とっても嬉しいです! ただあなたが今心配すべき相手は私ではなくフローリアだと思うんです。

 そういえば……ふと思い返してみると、私は二周目の人生ではシャルロットとしてラインハルトと接点があった。勿論一周目の人生で私はフローリアなので彼女の交友関係を全て熟知している訳ではないけれど、少なくとも公の場で2人が接触していた記憶はなかった。

 でも今はちょっと思い返すだけでもラインハルト様との思い出が次々と蘇ってくる。

 殿下とのエンカウントを避けまくる私を周囲には分からない形でそっとかくまってくれたり、逃げ道を作ってくれたり。

 何かと理由をつけては接触を図ろうとする殿下をうまくあしらいつつ最低限の挨拶で済むように取り計らってくれたり、時には精神的に疲弊した私を気遣って子爵家に差し入れを届けてくれたこともあった。

 ただのクラスメイトにそこまで構わないで欲しい……とちょっと恨めしく思う。そう、私はこの半年間で殿下への恋心が消え失せた代わりにラインハルトへの恋心をMAXまで育ててしまった。

 殿下に蔑ろにされるフローリアを支えながら下級貴族の私なんかにまで気を配ってくれる。殿下の友人というマイナス面を差し引いても余りあるその人柄と抜群のビジュアル、しかも隣国の王子だ。

 ……実はとんでもない性癖でも持ち合わせているんじゃないかと疑わずにはいられないこの無敵感。

 留学中に国内全ての令嬢の心をかっさらったプリンス。帰国する前に何とか繋がりを持とうと目論む令嬢達の間で日々キャットファイトが繰り広げられているという。罪深い方だわ。

 もし許されるなら私だってあの時のことを謝りたい、そして改めてあなたと共に生きたいとこの想いを伝えたい―――でも今の私は子爵令嬢。フローリアの時でさえ無理だったのに(私が死んだから)ぽっと出の下級貴族が望んでいい相手ではない。

 心配そうに私を見つめるラインハルトに精一杯の笑顔を見せて深々と頭を下げる。

「私のような身分の者にまで心を割いていただきありがとうございます。私のことはお気になさらず、フローリア様を支えて差し上げて下さい」
「ですが……」
「もうお会いすることはないと思いますが……どうか、お元気で」

 ああ、無理。これ以上ここにいたら……絶対泣いてしまう。涙を堪えて下を向いたまま最後の言葉を絞り出した私はラインハルトに背を向けて足早にその場を離れる。

 さようなら―――ラインハルト様。



「そういえば、あなたの今の状況をご家族はご存じなんですか? フローリア嬢」
「いえ、両親にはどう話していいか分からなくて………………」

 って―――え? 今、私のことフローリアって呼んだ……?

 驚いて振り返るとラインハルト様が私を見つめて微笑んでいる。

「やっぱりそうだったんですね」
「え……ど、どうして」
「私はずっと前からフローリア嬢、あなたをお慕いしていました」

 どこからどう見てもシャルロットの私をつかまえて、疑いもせずフローリアと呼ぶラインハルト様。

 ていうか今ずっと前からお慕いしていましたって言いました!? 情報量が多すぎて処理速度が全然追いつかない。

「私がジュリアンと親交を深めるきっかけになったのはフローリア嬢でしたね。その時、私の心はあなたに奪われてしまった。既にジュリアンの婚約者だったあなたとの婚姻は望めない……分かっていてもこの想いは止められなかった」

 ラインハルト様……

「それでも構いませんでした。フローリア嬢が幸せならその隣にいるのは私でなくてもいい、あなたの幸せが私自身の幸せなのだと。あなたを傷つける人間はなんぴとたりとも許さない、地の果てまで追いつめてでも必ず息の根を止めてみせる……そう誓っていました」

 ―――って、あれ? ちょっと雲行きが……

「ですが半年前から、私の心の中に突然シャルロット嬢が住みつき、寝ても覚めても彼女のことが頭から離れなくなった」

 半年前って……私が彼女として生まれ変わった時期とぴったり合う。

「最初は戸惑いました。あなたに身も心も捧げると誓った私があんな可愛さだけが取り柄の傲慢で小賢しい女に惹かれるなんて。断罪にも等しい裏切り行為です」

 すごい言われようだわシャルロット。今は私な訳だから……ちょっと複雑。ていうか、ラインハルト様キャラ違いすぎませんか? いつもの物腰柔らかで誰にでも優しいプリンスどこいった??

「ですがシャルロット嬢と接している内に彼女の言動の端々にフローリア嬢を感じるようになったんです」
「シャルロットさんの中に私を……?」
「はい、まずフローリア嬢の口調はとても丁寧で特に語尾、声のトーンに凛とした特徴があります」
「声のトーン……」

 確かに、私は彼女のふりをしていた訳ではないので仕草や話し方を寄せる努力は全くしていなかった。でもそれだけで私と分かるものだろうか?

「次に姿勢ですがその美しさは群を抜いています。耳・肩・骨盤・膝・くるぶしが一直線上に並び横から見たときに背骨が緩やかなS字カーブを描く完璧な立ち姿、加えてお辞儀は常に45度の最敬礼でいついかなる時もその形を崩しません。敬意と礼節を重んじる彼女らしい所作です」

 …………ん?

「あとこれは無意識だと思うのですが、フローリア嬢には話す時中心窩を見つめる癖があるんです。対人マナーとしては理想的ですが少し気がかりでもあります。あの瞳に見つめられると誰もが虜になってしまう……次から次へと湧いて出る勘違いした虫ども男たちを潰すのが大変なので」

 …………んん?

「あとは……ああ、短時間ではとても語り切れません。フローリア嬢のことは性格や好み、仕草、癖、骨格に至るまで全て私の中枢に刻み込まれていますから」

 ……ええと。

「あなたの心根を私が見間違える筈がない……この半年の間接していて確信しました。姿形は違ってもシャルロット嬢、あなたこそがフローリアなのだと」
「ラインハルト様……」

 ちょっと思っていたのと違うというか……一つ間違えば犯罪スレスレの言動とフローリアへのどす黒い執着に狂気を……もとい突っ込みどころはあるけれど、彼の想いは素直に嬉しかった。

 それにジュリアンのお陰で耐性がついたのであれに比べれば多少執着されようが個人情報を隅々まで握られていようが何てことはない、とさえ思えてくる。

 私はまた盲目の世界にいるのかもしれない……でもこれは幸せな盲目だ。

「私はもうじき祖国に帰ります、ですがジュリアンの側にあなたを置いて行くことは出来ない」

 その後に続く言葉を私は知っている……

「フローリア嬢、私と共に生きてくれませんか?」

 ああ、まさかもう一度この言葉を聞けるなんて……勿論、私の答えは決まっている。

「ラインハルト様、私――」

 そう言いかけた瞬間、目の前の視界が歪んだ。

「フローリア!」

 遠のく意識の中で、脳内に私を呼ぶラインハルトの声が響いた。

*****

「―――ここは」
「フローリア、良かった……」

 目を覚ました私はラインハルトの腕の中にいた。

「ラインハルト様……?」
「急に倒れたんです。どこか痛みや違和感はありませんか?」
「はい……大丈夫です」

 ラインハルト様に支えられながらゆっくり立ち上がる。と、すぐに違和感を覚えた。何だかいつもより目線が高いような……左右を見回すと、その動きに応じて見慣れた長い髪が揺れる。

 え、シャルロットの髪はピンク色のはず…………っ!?

 反射的に振り向いた私の目に飛び込んできたのは透明なガラスに映り込む自分の姿。そこには一周目の人生で私だったフローリアがいた。

「わたし―――」
「戻ったんです、元のあなたに」
「元の……わたしに」

 突然の急展開に実感が湧かないまま視線を下に落とすと指先からじわじわと熱が伝わってくるのを感じた。

「……んですね」
「フローリア?」
「私、元に戻ったんですね。もう一度……偽りの姿ではなくフローリアとして生きることが……」

 言葉にすると自分の現状をよりリアルに感じ、気づけば涙が溢れていた。

「あなたを愛することが出来るんですね」
「—―っ、フローリア!」

 ラインハルト様が私をギュッと抱きしめる。

「もう一度言います。私と共に生きてくれますか? フローリア」
「……はい」

 彼の温もりを感じながら、私はフローリアとして生きられる喜びをかみしめた。

*****

 翌日、王都内は大広間で放心状態の殿下の傍らでフローリアだったシャルロットが元に戻り、大歓喜の殿下が再び求婚、こっぴどくフラれたという話題で持ちきりだった。

「あの時は本当にごめんなさい!」

 地面に頭が付きそうな勢いで頭を下げるシャルロットさん。私は王城内の中庭で彼女と会っていた。

「頭を上げて下さいシャルロットさん」
「でも……」
「あなたとしてこの半年間を生きた私には分かります。この一連の状況を作り出したのは他でもない殿下、責任の所在は彼にあります」
「でも、私は一周目の人生で……」
「それはもう謝罪していただきました。それに……私も昨日まであなたの姿で好き勝手に振る舞ってしまいましたし、それでおあいこです」
「フローリア様……」

 一周目の人生で私がこの世を去った後、殿下のごり押しで王太子妃となったシャルロット。でも幸せだったのは子供を授かるまでの1年間だけだったと話してくれた。

 生まれた子供が姫君だったことで周囲からの失望と後継者を望む声が膨れ上がり、暫くして王城内に新しく離宮が建てられ、若くて美しい側室が何人も迎え入れられた。

 母として王太子妃としての責務に追われるシャルロットとは対照的に、彼女に対して女性としての魅力を感じなくなった殿下は離宮に入り浸り何人もの側室たちと関係を持ち始めた。

 どうやらジュリアンは自分を最優先にして貰えないと分かった途端に熱が冷める性格らしい。そういえば私への態度が急に冷たくなったのも王太子妃としての教育が始まった頃だったものね。

 殿下の寵愛を失い、周囲からは圧力を受け、側室の中からいつ第一王子を身ごもる勝ち組が出てもおかしくない状況……精神をすり減らし心も体も疲弊した彼女は、それから間もなく王城のベランダから飛び降り自ら命を絶ったという。

「その時思ったんです。私、生まれ変わるならフローリア様になりたいって」
「え、私に?」

 愛する人を奪われ、その愛する人からも疎まれて惨めに死んでいった私に?

「だってこの世からいなくなったあともあんなに想い続けて貰えるなんて、これ以上の幸せってないじゃないですか!」
「ええと、それはどういう……?」
「あ、そっか。フローリア様はご存じないですよね」

 フローリアがこの世を去ったあとラインハルトは隣国に帰国、弟である第二王子に王位継承権を譲り補佐のポストに就いた直後、生涯伴侶は娶らないと宣言した。

「ラインハルト様がそんなことを……」
「はい、ラインハルト様は一国の王太子という立場を捨ててまで自らの愛を貫いたんです」

 そんなラインハルトの一貫した態度とブレない姿勢が、シャルロットの目にはとても好ましく映ったという。

 フローリアに生まれ変わったと知った時、シャルロットは飛び上がって喜んだ。

 さあ、溺愛生活の始まりだ! ところが蓋を開けてみればラインハルトの挙動がおかしい。一周目と違い何故か私よりもシャルロットのことを気にしているような……?

 最初は気のせいだと思った。でも日に日にラインハルトのシャルロットに対する好感度ゲージが増えていき、対照的にフローリアへの溺愛ゲージが減っていく。2ヶ月経つ頃にはもう目に見えて分かるようになった。

 どういうこと……? 一周目と二周目のラインハルトは別人、もしくは別人格? いやいや一周目ではバレなかっただけで実はラインハルトも目移りの激しい好色男だったっていう可能性も……と疑心暗鬼になりそうだったけどそれは違った。

 あの日、一周目の人生ではシャルロットとしてフローリアの断罪を見送った日。

 シャルロットの行動が以前とは違っていて驚いたけど、ラインハルトは変わらずフローリアの傍にいてくれた。

 ああ、やっぱり彼の一番はフローリアなんだ! そう思った。けれど、ラインハルトの視線は、殿下に溜まっていた不平不満を吐き出しすっきりした表情で立ち去るシャルロットに向けられていた。

 肩に置かれていた手がわずかに離れる……思わず顔を上げた私の目に映ったのは、私には一度も見せてくれなかった愛情に満ちた眼差し。それはラインハルトが一周目の人生でフローリアに向けていた表情そのものだった。

 私の視線に気づいたラインハルトがこちらに顔を向ける。一瞬切なげに瞳が揺れ、でも次の瞬間それは決意と決別の表情に変わった。
 
「申し訳ありませんフローリア……いえ、シャルロット嬢」

 そう言ってフローリアの元から離れ、シャルロットの後を追うラインハルト。でもそれはシャルロットの中にフローリアがいることを確信していたから……彼のフローリアに対する想いは一周目のそれと何も変わっていなかった。

「生まれ変わっても、姿形が違っても迷わず愛して貰えるなんてフローリア様は本当に幸せ者ですよ」
「シャルロットさん……」

「あ、ラインハルト様」
「え?」

 彼女の声に振り向くとこちらに向かって歩いてくるラインハルト様の姿が見えた。じゃあ邪魔者はこの辺で、と入れ替わりにその場を去っていくシャルロットさん。

「すみません、お邪魔でしたか」
「いえ、全く。シャルロットさんにはお伝えしたのですが、彼女には私の友人として同行していただくことにしました」
「ああ、それは良い判断だと思います。このまま自国に留まっても彼女にとっては色々と肩身が狭いでしょうし」
『リアの不安分子になりそうな駒は手元に置いた方が都合がいいですしね』

 うん、後半は聞かなかったことにしよう。

 殿下はというと、ある意味一度に二人の令嬢にフラれたショックで魂が抜けた状態のまま王城の自室に幽閉された。

 今後は査問委員会の下厳しい尋問にかけられたのち王家直属の更生部隊による矯正が行われ、それでも一国の王としての適性がないと判断された場合は王位剥奪となる。ジュリアン様の下には優秀な弟王子が二人いるのでその可能性も大いにありうるだろう。

 国王と王妃から改めて謝罪された私は、王妃からこんな話を聞いた。

「ジュリアンは昔からあなたのことが好きだったの。でも王妃教育が始まって急に会えなくなったことで寂しさの余り想いの方向性がズレていってしまったのね」

 ―誰よりも君が好き。でも僕に構ってくれないならもういらない―

 自分勝手にも程がある……けれど殿下の真意を聞かされても驚くほど心に響かなかった。その時、私の中にはもうジュリアンに対して何の感情も残っていないのだと改めて気づかされた。

 城門をくぐったところでふと振り返る。

 慣れ親しんだ場内の中庭で幼いころの殿下と私の笑い合う姿が見えた。思い出の中のジュリアンが私に気づき「リア」と呼んで手を振る。

 それに応えるように手を振り返した私は小さく呟いた。

 ―――さようなら、ジュリアン様。

*****

「どうかしましたか、リア」
「—―え?」

 フュルンネルへの旅立ちの日。少しセンチメンタルになっていた私はウィリアムズ様の声で我に返った。
 
「いえ、何でもありませんわウィリアムズ様」
「ウィル」
「え?」
「そろそろウィルと呼んでいただけませんか、リア。私たちはこれから生涯を共にするのですから誰よりも近い存在でいたいのです」
「は、はい……ですが私、殿下のことも愛称でお呼びしたことがないので」
「では私が初めてというわけですね」
「え? ええ、まあ……」
「それは光栄です。さあ、遠慮なくどうぞ」

 微笑んでいるのに有無を言わせない圧を感じ、私は勇気を振り絞って口を開いた。

「そ、それでは…………ウィ、ウィル(上目づかい)」
「—――っ(ドスッ)」←撃ちぬかれた音


「あの~、いちゃいちゃしてると出発の時間に間に合いませんよ!」

 遠くから手を振るシャルロットさんの姿が見えた。いちゃいちゃ……第三者からツッコミが入ると途端に恥ずかしくなってお互いもじもじしてしまう。

「……いきましょうか」
「え、ええ」

 ウィルが私の手を取る。それに応えるように手を握り返し馬車へと向かって歩き出した。

 こうして私は一周目の人生では叶えられなかった【愛する人から愛される】というささやかな願いを、二周目の人生でようやく叶えることが出来たのです。
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