醜い屍達の上より

始動甘言

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-1 and half year

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 「ンーーーー!!ンンーーーーー!!!」
 「なんだこの男は」
 私が祭壇に着くとそこで一人の男が縄で縛られて倒れていた。
 「ああ、教祖様。これが今回のになります」
 なるほど、『冗』を生み出すのか。
 ここの祭壇では『箱埋め』という方法で『冗』を生み出す。資材コンテナほどの大きさの中に人を入れ、圧死させる。もし生きていれば『冗』の誕生、というシンプルな方法だ。これをやっているのだから、流石の私でも止めようがない。なぜか、止めたら年だけ食った面倒な奴らに不信感を募らせる。故に成り行きにすべて任せている。
 「前にいた神子はどうした?」
 「・・・・・数日前に」
 「そうか」
 神子であろうと所詮は人だ、絞り尽くせば死が待っている。まあここの神子なんて毎回決められた信者を消耗品の如く箱に入れているだけなんだが。
 (家畜で生み出せれば楽なものを・・・)
 『冗』は人からしか作れない。豚でも牛でもダメだ、そこら辺で餌を探す鳩ですら『冗』にはなれない。昔は『冗』は人の救われた姿と吹聴して教祖に成り上がろうとした者もいたが、結果はそこの彼と同じくになってもらった。
 「む」
 祭壇の近くに何やら色々なものが置かれている。
 「これはなんだ?」
 「コイツの持ち物らしいです。なんでも例の爪男に操られていたとか――――――――」
 「バカが」
 私はその信者の股間を蹴り上げる。流石にトーでは蹴らないが、少し強めに蹴らせてもらった。
 「外部の人間よそものを神子に仕立て上げる信者がどこにいる?私たちは救済の為に同胞を神子にしているのだ!これではヤクザと変わらないだろうが!」
 「は、はひ――――――!!!」
 股間を抑え前のめりになる信者にさらに膝蹴りを食らわせる。いい感触だ、これは鳩尾に入ったな。それを証明するように信者は膝立ちになり嘔吐する。ビチャリと薄黄色の液体が危うく足にかかりそうになる。
 「貴様・・・・私情で動いたというのか・・・・?」
 「い、いえブッ!!」
 私は土下座の態勢のままの信者の頭を踏みつける。
 「なら!なぜ!謝ら!ない!礼儀を!知らん!のか!貴様は!」
 という奇妙な体験をしながら私は手加減無しに踏み続ける。吐しゃ物の中に血が混じり、赤黒い液体が地面をジワリジワリと侵食する。
 「――――!!―――――!!――――!!」
 信者は何かを言っているが、歯が折れているのだろう、音としては聞こえていても言葉としては受け取れなかった。酷い不協和音だ、聞くに堪えない。
 顔を上げるとそこには縄に縛られた男がジッとこちらを見ていた。何が起きたか分かっていないその顔に思わず吹き出してしまう。
 「ああ、すまないすまない。これは余興じゃなくてな。躾だよ、ただの躾。うちの宗教と外のヤクザを同じモノとして見てたからな。許してほしい」
 男は目を見開いたまま固まっていた。む、説明が悪かっただろうか。まあいいか。
 「おい」
 手を叩くとどこからともなく別の信者がやってきた。
 「このアホをアイツと同じ箱の中に入れろ」
 「はッ!」
 しっかりした返事をしたが手が震えているのが見える。惜しいことをした、このはもっといい場面で使いたかったんだがな。
 「教祖様」
 また別の信者が現れた。
 「今度は何だ」
 「例のトールマンなんですが、いかが致しますか」
 ああ、そうだったそうだった。今回はそれが目的だったんだ。
 「発信機は」
 「付けてあります」
 「ふむ・・・・」
 報告書によればこのトールマンは『冗』の意思を持った珍しい個体、だそうだ。しかもどこかの嬢といい仲らしい。ここまで進化するとは、うちの内部で何か怪しい動きがあったか?いや、それはない。どの報告にも別段変わった様子がなかった。もしや別の宗教が関わっているの可能性があるのかもしれない。
 (勘が鈍ってきたか?いや、この場所の実態はおおよそ当たっていたからそんなことは無いはずだ)
 私は数回首を回して答えを導き出す。
 「女を抱き締める前に女を殺せ。そしてその後の監察結果を報告しろ」
 「はっ!」
 別の信者は早足で祭壇から去った。いい動きをしているのだから最後まで放置しておこう。ただしいい結果になるように協力はするがな。その時祭壇の奥からギィーッという音が聞こえてきた。
 「教祖様」
 「なんだ」
 「入れ終わりました」
 「そうか。下がっていい」
 「はっ!」
 そうしてもう一人の教祖も祭壇から消えた。
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 一人汚れた祭壇に立ち、これからどうするかを考える。
 (あのトールマンが出来たのは偶然ではない。考える個体は『冗』の根本的信念から逸脱している)
 今回の件も考えて一度他の派閥を見に行った方がいいかもしれない。そう思い、私もまた他のものと同じように祭壇を離れた。











――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 「んーーーーー!!んーーーーーーーーーーーーー!!」
 男の歪む顔を見て、心底同情する。爪男に操られてしまえば最早どうしようもない。男は最後の最後に正気に戻ったのだろう。覚えているかどうかは分からないが、自分の家族を既に手にかけているはず。
 血生臭くなって気絶している同僚を彼よりも奥の場所に置いておく。コイツは確かにアホだった。他人を無意味に挑発するわ、綺麗な女の信者に手を付けるわ。今回のことだって実は他に似たようなことを何度もやらかしている。上司も同じタイプだったから安心してたのだろう、流石にあの教祖は頭が回ったわけだ。というか教祖を舐めすぎだろ、コイツ。バラバラになった派閥をまとめずに全てを同じ勢力として均しているのはこの人の存在があってこそだろ。まあボコされている時には思わずガッツポーズしたくなったけどね。
 同僚だったアホに唾を吐き、入り口に戻る。
 「んーーーーーーーーーー!!んーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
 入口近くにいた男に目を向ける。何か言いたそうだな。助けてか、いい話があるか。どちらにしても聞く気にはならない。まだ祭壇には教祖がいるからだ、ここで何かしようもなら先程の二の舞になるだろう。
 「んんーーーーーーーーー!!んんんーーーーーーーーー!!」
 なんだよ、五月蠅いな。そんなに叫んだところで意味がないってば。思わず教祖と同じように蹴ろうと思って、男の視線に気が付いた。振り返ると男の視線の先には男の持ち物であるカメラがあった。
 「・・・・・・・欲しいのか」
 男は頷く。
 チラリと教祖を見ると何かを真剣に考えている。
 もう一人の信者は祭壇の下にいることと立っている教祖に視線が向いている。
 いけないことも無いが、どうするか。
 「・・・・・・・出世払いな」
 男は目を見開き、強くうんうんと頷いた。
 (久しぶりだな、人目を見ながら何かするの)
 内心、そろそろこの宗教限界だなと思っていた。お偉いさんはほとんど仕事してないし、雑用も雑用で家畜みたいに扱われる。いつからかそんなものを見て、ああ道を間違えたなと分かってしまった。
 カメラはあっさりと取れた。マジでこっち見てない。
 カメラの電源をONにする。すると色々な動画があった。おそらくあの男の画像だろう、女と子供の動画が大量に残されている。
 (へぇ、今時珍しい)
 ここまで家族思いの男が爪男に操られたのだ。運が悪いというしかない。
 (・・・・・・・・・・・・!!)
 一つ、気色の悪い動画があった。誰かが誰かに殴られている動画だ、画面がブレすぎていて静止画では分からない。だが心当たりはある。思わず消去の捜査をしてなかったことにする。
 (・・・・・・・・・・・・)
 我ながらお人よしだと思う。こんなことをしているからお偉方にはなれないのだ。
 「・・・・・・・・・・・・・・・」
 先程とは打って変わって、男は暴れなくなった。その目からは感謝の念が溢れている。
 (知らぬが仏ってことかよ)
 こんな今わの際でも仏様は男に手を差し伸べてはくれない。生きるも地獄なら死ぬのも地獄ってところだろう。
 (そういえば)
 回空堂の教えには極楽浄土に行けるみたいな文言が無かったことを思い出す。
 (普通こういうとこなら書くよな。そっちの方が客引きによさそうだし)
 でも無いものはない。男にカメラを投げつけて踵を返す。丁度教祖が何かを言い終えるところだった。
 「んん!!んん!!」
 後ろから何か聞こえてきたが聞かないことにして入り口を閉じた。幸せな記憶の中で死ねるのだ、男にとっては幸せなのだろう。
 (さて、報告するか)
 「教祖様」
 「なんだ」
 「入れ終わりました」
 「そうか。下がっていい」
 「はっ!」
 そう言って祭壇をさっさと降りる。
 (早く帰って寝よ)
 そういえば最近見たい映画があったことを思い出したけど、妙な疲労感に襲われてそそくさと家に帰った。
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