100均で始まる恋もある2

三森のらん

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1.酒のつまみ

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 一人で暮らすには、ひどく広くて寂しい我が家。
 疲れ果てて玄関ドアを開けても、誰も「おかえり」と迎え入れてくれるわけでもない。だから俺は、いつも通りにドアを開けると、無言でリビングに向かう。

 真っ暗な部屋で、壁際のスイッチを入れる。俺はジャケットを脱ぐと、鞄と一緒にソファに放り投げた。そしてダイニングキッチンのテーブルに、百均で買った酒のつまみの入っているレジ袋とコンビニで買ってきた弁当の入ってるレジ袋、その二つを置いた。

 世の中は春で、花見だの、入学式だの、新入社員だのと、新しい何かを始めようとしている希望や幸せに溢れた言葉が飛び交っている。しかし、俺の心の中は、ずっと冬のままだ。あの八年前の春から、ずっと。
 ネクタイを緩めると、弁当をレンジに放り込んでタイマーをセットした。俺はその間に、玄関そばの和室に向かった。

 部屋の灯りを点けると、すぐに目に入るのは、部屋の片隅にある少し小さめの仏壇。俺はその前に正座をすると、すぐにロウソクに火を灯し、線香に火を点けた。
 チーン、というりんの冴えた音が部屋の中を響く。俺は手を合わせながら小さく「ただいま」と呟いた。目の前には八年前に死んだ妻のさおりと娘の静流しずるの嬉しそうな笑顔の写真。幼稚園の入園式で撮った二人の笑顔が、今は自分の胸を締め付ける。

 さおりと静流が死んだのは、ランドセルを買いに3人で近くのショッピングモールに向かった日のことだった。まだ夏の暑さが残る九月。駐車場からショッピングモールへ向かう道。横断歩道を渡ろうとしている二人に、大きなワゴンがスピードも落とさずに突っ込んできた。
 いまだに俺の耳に残るさおりの叫ぶ声。

「しずるっ!」

 目を閉じれば、二人が倒れている姿が目に浮かぶ。
 軋む思いをそのままに、ロウソクを消すとその部屋を後にした。

 レンジで温めた弁当には、さすがに食い飽きる。
 時折、隣の家の逆井さんがおすそ分けといって、煮物や漬物を分けてくれるが、一人では食いきれなくて、申し訳なく思いながらも、時々廃棄してしまっている。今日みたいに遅くなった日は、余計に食欲もわかず、弁当だけでも残してしまう。

 そして、つい、ビールとつまみで、ごまかしてしまう。
 毎日ではないが、残業で遅くなった日は、駅ビルの百均でつまみを買っては帰るようになっている。部下たちが飲みに行こうと誘ってくれることもあるにはあるが、あまり人と騒ぐのは得意ではないせいか、つい断ってしまう。
 誰かと騒ぐくらいなら、家で一人、静かに飲んでいたいのだ。

 今日は、俺の好きなかわはぎと、ミックスナッツ、焼き鳥の缶詰。
 冷蔵庫から缶ビールを取り出して、プルトップを開けると、一気に流し込む。のどごしを味わうなんてのは、心に余裕がある人間がすることだ。俺はただ単純に酔えればいい。

「ぷはぁぁぁっ」

 大きく息を吐きながら、テーブルに缶を置き、手に伝わる缶の冷たさを実感する。

『パパ、ほどほどにしてね』
『フフフ、しずるの言う通りよ』

 居もしない二人の声が、勝手に脳内で再生される。
 そしてそれが、俺は一人だ、というのを嫌なくらいに実感する。

「……かわはぎ、うめぇな……」

 俺の言葉は、肌寒いダイニングキッチンに、寂しく響いた。

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