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6.ジャック・オー・ランタン
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今ほど、自分の運動不足、いや、体力の無さを痛感したことはない。
最初、僕は全力で逃げ出した。そう、自分でも驚くくらいに。なのに、駅に向かう道の半分もいかないうちに、息はあがり、足はなんとか歩く程度にまでスピードダウン。
ついには、足は止まって、しゃがみこんだ。
なかなか息が止まらない。そういえば、ここまで全力で走ったのは高校の運動会以来か。くじ引きで決められた徒競走を走らされて、結局最下位。本当に早い奴は、運動会の花のリレーに出るから仕方がないとはいえ、僕なんかよりもっと早い奴いただろう? と思ったのを思い出した。
「はぁ、はぁ、はぁ……んっ……はぁ、はぁ、はぁ……」
僕はゆっくりと立ち上がった。
駅までとぼとぼと歩いていくつもりでいた僕の耳に、タッタッタッと足音が聞こえてきた。こんな時間にランニングしてるんだ、でも、こっち方面? と不思議に思って振り返ると、人影が徐々に近づいてくる。一瞬、街路灯の光が、その人の顔に光を当てた。
「嘘……」
グレーのパーカーにグレーのジャージの山本さん。僕は焦って立ち上がると、再び走り出そうとした。
「あわわわっ!?」
情けない。たったあれだけの距離だというのに、足は疲れて、一歩を踏み出すタイミングで転んでしまった。
「いってぇぇっ……」
「大丈夫かっ!?」
「えっ!?」
僕は、なんでこうも簡単に、山本さんに捕まってしまうのだろうか。
そして、心配そうな顔をしている山本さんを見て、ヤバイって思ってしまった。だって、髪は洗った後なのか、サラサラでシャンプーの匂いするし、顔は走ったからなのか、お酒のせいなのか、うっすらと赤いし、目は真剣で、僕の瞳を覗き込んでくるし、今まで見てきた中で、一番カッコいい。もう、僕、ここで心臓が止まってもいいって思った。
「濱田くん」
「……」
「おい、本当に大丈夫か?」
「は、はいっ」
気が付けば、僕は両肩を捕まれて、身体を前後に揺さぶられていた。
「よかった。怪我とかしてないか?」
転んだ僕の膝のあたりに手を伸ばし、触れようとする山本さん。僕は肩を捕まれてただけでも十分に心臓の鼓動はハイペースになってたのに、足とか、足とか、足とかっ!
「だっ、大丈夫ですっ」
そう言って立ち上がると、思い切り頭を下げて、僕は再び駅のほうに進もうとした。
「ちょっと、待って」
ギュッと腕を捕まれて、強引に振り向かされた。
「えっ」
「濱田くん、玄関に置いてったよね?」
「……」
「置いてったよね」
何を置いてったかは言わない。最初は確認するように、次に断定するように。僕は、否定する気力もなくなってしまっていた。だって、山本さんが、こんな目の前にいて、僕の腕をつかんでて。力なんか、抜けてしまう。
返事をしないことが返事だとばかりに、山本さんは小さく頷くと、僕の肩に手を置いた。
「こんな遅い時間なのに、わざわざ、ありがとう」
そう言って僕の頭をポンポンと叩く。
「バイト帰りだろう? 飯はもう食ったのか?」
「え、あ、えと」
「その顔色だと、まだだろう?ここからじゃ、駅前までもう少しかかるから、家に来なさい。ちょっとしたものでよければ、うちにあるから」
「いや、それは」
「いいから、いいから」
……僕は、山本さんの言葉に逆らえない。まるで、その声に魔力でもあるようで。
「お菓子をもらったから、いたずらはしないから」
楽しそうに笑う山本さんの顔に見惚れた僕は、一瞬遅れて、山本さんの冗談に気づいた。
「えっ!?」
――山本さん、僕にそんなこと、言わないでください。冗談だってわかってても、僕の胸の中は切なくなってしまうんです。
胸の中でそう訴えたけど、当然声にならないそれが、山本さんに伝わるわけもなく。
僕はただ大人しく、甘くて重い痛みを胸に抱えながら、山本さんの後をついていくしかなかった。
最初、僕は全力で逃げ出した。そう、自分でも驚くくらいに。なのに、駅に向かう道の半分もいかないうちに、息はあがり、足はなんとか歩く程度にまでスピードダウン。
ついには、足は止まって、しゃがみこんだ。
なかなか息が止まらない。そういえば、ここまで全力で走ったのは高校の運動会以来か。くじ引きで決められた徒競走を走らされて、結局最下位。本当に早い奴は、運動会の花のリレーに出るから仕方がないとはいえ、僕なんかよりもっと早い奴いただろう? と思ったのを思い出した。
「はぁ、はぁ、はぁ……んっ……はぁ、はぁ、はぁ……」
僕はゆっくりと立ち上がった。
駅までとぼとぼと歩いていくつもりでいた僕の耳に、タッタッタッと足音が聞こえてきた。こんな時間にランニングしてるんだ、でも、こっち方面? と不思議に思って振り返ると、人影が徐々に近づいてくる。一瞬、街路灯の光が、その人の顔に光を当てた。
「嘘……」
グレーのパーカーにグレーのジャージの山本さん。僕は焦って立ち上がると、再び走り出そうとした。
「あわわわっ!?」
情けない。たったあれだけの距離だというのに、足は疲れて、一歩を踏み出すタイミングで転んでしまった。
「いってぇぇっ……」
「大丈夫かっ!?」
「えっ!?」
僕は、なんでこうも簡単に、山本さんに捕まってしまうのだろうか。
そして、心配そうな顔をしている山本さんを見て、ヤバイって思ってしまった。だって、髪は洗った後なのか、サラサラでシャンプーの匂いするし、顔は走ったからなのか、お酒のせいなのか、うっすらと赤いし、目は真剣で、僕の瞳を覗き込んでくるし、今まで見てきた中で、一番カッコいい。もう、僕、ここで心臓が止まってもいいって思った。
「濱田くん」
「……」
「おい、本当に大丈夫か?」
「は、はいっ」
気が付けば、僕は両肩を捕まれて、身体を前後に揺さぶられていた。
「よかった。怪我とかしてないか?」
転んだ僕の膝のあたりに手を伸ばし、触れようとする山本さん。僕は肩を捕まれてただけでも十分に心臓の鼓動はハイペースになってたのに、足とか、足とか、足とかっ!
「だっ、大丈夫ですっ」
そう言って立ち上がると、思い切り頭を下げて、僕は再び駅のほうに進もうとした。
「ちょっと、待って」
ギュッと腕を捕まれて、強引に振り向かされた。
「えっ」
「濱田くん、玄関に置いてったよね?」
「……」
「置いてったよね」
何を置いてったかは言わない。最初は確認するように、次に断定するように。僕は、否定する気力もなくなってしまっていた。だって、山本さんが、こんな目の前にいて、僕の腕をつかんでて。力なんか、抜けてしまう。
返事をしないことが返事だとばかりに、山本さんは小さく頷くと、僕の肩に手を置いた。
「こんな遅い時間なのに、わざわざ、ありがとう」
そう言って僕の頭をポンポンと叩く。
「バイト帰りだろう? 飯はもう食ったのか?」
「え、あ、えと」
「その顔色だと、まだだろう?ここからじゃ、駅前までもう少しかかるから、家に来なさい。ちょっとしたものでよければ、うちにあるから」
「いや、それは」
「いいから、いいから」
……僕は、山本さんの言葉に逆らえない。まるで、その声に魔力でもあるようで。
「お菓子をもらったから、いたずらはしないから」
楽しそうに笑う山本さんの顔に見惚れた僕は、一瞬遅れて、山本さんの冗談に気づいた。
「えっ!?」
――山本さん、僕にそんなこと、言わないでください。冗談だってわかってても、僕の胸の中は切なくなってしまうんです。
胸の中でそう訴えたけど、当然声にならないそれが、山本さんに伝わるわけもなく。
僕はただ大人しく、甘くて重い痛みを胸に抱えながら、山本さんの後をついていくしかなかった。
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