100均で始まる恋もある

三森のらん

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9.酒のつまみ、再び

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 崇さんが連れてきてくれたのは、駅のそばにあった雑居ビルの地下。ちょっと古い感じのスナックが並ぶ中、一番奥にあった紺色の暖簾の下がっている古い小料理屋。金曜日の夜なだけに、カウンターはおじさんたちが占領している。たぶん、女将さん目当てなのだろう。ぽっちゃりとして優しそうな雰囲気の和服姿の女将さんに話しかけている姿が目につく。店の中は混んではいたものの、タイミングよく入口近くのテーブル席に座ることが出来た。

「崇さん、色ろんなお店、知ってるんですね」

 壁にはいくつもの手書きのメニューが貼られてる。キョロキョロと店の中を見回す僕。そんな僕を見ながら、崇さんはクスクス笑う。

「色んなってほどじゃないよ。今日はテルくんの試験が終わった慰労会みたいなもんだから。実はここ、魚料理が結構旨いんだよ」

 嬉しそうに笑いながら崇さんはメニューを僕に見せると、女将さんに向かって手をあげた。
 とりあえず、と言って、僕たちの目の前にはビールの小瓶と小さなグラス、枝豆が置かれる。崇さんがグラスに注ごうとするのを、僕がやんわりと「やります」と言うと、崇さんは「そうか?」と言って、嬉しそうに小瓶を渡した。
 周囲の騒めきとは相反して、僕たちの間に会話はなく、だけど、なんとなく、心地よい雰囲気に、自然と口元が綻ぶ。

「それじゃ、テルくん、お疲れ様」
「あ、はい、ありがとうございます」

 カチン、とグラスのぶつかる音。僕は一気にビールを飲み干した。

「ぷはっ」 
「おお、やるねぇ」

 優しく笑いながら、崇さんもグラスに口をつけた。

「ちょっと、久しぶりだったんで」
「ん? 何、禁酒してたの?」
「え、いや、そういう訳ではないんですが」

 崇さんがもう一度、僕のグラスにビールを注ごうとした時、女将さんが、頼んでいた料理を持ってきた。刺身や煮物、サラダといった定番の料理の他に、僕が食べたことがないと言ったマグロの頬肉のステーキまで。

「和風の居酒屋さんなのに、こんな小洒落た料理まで出てくるなんて、びっくりです」

 まるでお肉みたいで、ついつい箸が進んでしまう。そんな僕をニコニコと微笑みながら、僕を見つめる崇さんの瞳は、とても優しい。気が付けば、テーブルの上は、空いた器だらけになっていた。そろそろお会計をして、店を出なくちゃいけないかな、と思っていた時。

「はい、これ、よかったら食べてみて」

 突然、女将さんがにっこりと微笑みながら、何やら炒飯らしきものが盛られた小さなお皿が2枚、目の前に置いた。

「え?」

 僕も崇さんも驚いて、女将さんの顔を見上げた。

「うちの人が、試作品だって言うんだけど、ちょっと多めに作っちゃったの。他のお客さんにも出してるから、気にせず食べてみて」

 女将さんのいう『うちの人』というのは、板前さんのことなんだろう。チラリとカウンターの中の板前さんの姿に目を向けると、小さく頭を下げられてしまった。

「え、いいんですか?」

 周囲を見渡すと、僕たち以外にも同じような小皿をもらっているお客さんがいた。それは梅干しとじゃこの焼き飯で、微かに醤油の香ばしい香りが、すでにお腹がいっぱいになってた僕の食欲を刺激した。

「どうぞ、どうぞ」

 たぶん、小さなお皿だったこともあるだろう。僕はペロリと完食してしまった。

「よく食ったな」
「はい、なんか、お腹いっぱいだったのに、美味しくて食べちゃいました」

 そういう崇さんの小皿も、すでに空っぽ。満腹になった僕たちは店を出ることにした。崇さんが自然と自分の財布と取りだして、会計を済ませてしまう。

「ありがとうございました」

 女将さんの声を背中に聞きながら、僕たちは店を後にした。
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