1年遅れの封化師

プロローグ

縛られる記憶

ある日の帰り道、突然の雨だった。
そんな時、僕は父さんの言葉を思い出す。
「こりゃあ、狐の嫁入りかな。」

「きつね？」幼い頃の僕は首をかしげる。

「奴らは話しの分かる方さ。狸よりも利益のために動くから、それゆえに賢く生きている。」

得意げに話す父を幼少らしからず信じずありえないというふうな顔で聞く僕を抱き上げると遠くを見て父は、ただ僕の頭を撫でるだけだった。
 
目を開けた瞬間、見飽きている古びた木の板の集まりの天井が近づいてくるような衝動に駆られる。今、この何帖あるか分からない様な道場にも自分しかいない現実に息が詰まりそうだった。無言でといっても1人でヒトのいない空間で話している方が滑稽な光景なのかもしれない。

「またこんな所で寝てー！背中痛くなっちゃうよ。」

唐突に声をかけられる。とりあえず、その声に応える。

「しょうがねーじゃん。懐かしいんだよ…あの時を思い出すから。」

俺は人間じゃないそれにーーその少女に。


今でも鮮明に思い出す。あの10年前の無力な自分が頭を真っ白にさせて座り込んでいる。
障子の外をひっきりなしに走る式神達の足音によって全ての音が消え失せていても隣の頬を赤くして泣いている少女のすすり泣くかすれた声だけははっきり聞こえる。
その日、俺は無力だった。

もう1年あったら無力ではなかったのだろうか。

少なからず、1年あれば後悔はしなかっただろう。