不死身の遺言書

未旅kay

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二章.

6話.死人に口無し/7話.無限坂 玲衣

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6話

 風がその存在を薄め、二本の線香から棚引く細い煙は、青空へとかすんで消える。染毬と照望は、NBIの元研究員である蘭子の実家である老舗菓子店を後にして、数十キロ離れた位置にある小規模の墓地にいた。   

 段々に並ぶ墓石は、自然の脅威に晒されても、その無機質性を依然と保っている。

 「本当に……死んでしまうなんて、情けないですわ」

 染毬は亡きNBIの研究員多数と、所長━━ 檻咲おりざき 恭蔵きょうぞうの 墳墓ふんぼの前に立つ。

 「 所長を現在いまうらんでいるか?」

 「全く恨んでいないというわけでは無いけれど、死んだ相手を恨んだところで無駄ですわ。わたくしは、生きていられているだけマシなのかもしれないですわね」

 人間を模された━━非人間的な精巧さを極めた、可憐な横顔。まつ毛は一本一本が長く、肌は艶やかである。 染毬が人間であった時と変わない、金色こんじきの髪が風に吹かれて揺れる。

 「 わたくし……今とあの頃……どちらが綺麗かしら」

 「 現在いまも研究員だった頃も、君は美しいさ」

 自らを綺麗と賞賛するあたりから、染毬らしさが感じられる。しかし、墓石を見つめる染毬の瞳は、物凄く皮肉に満ちていた。

 染毬が人間だった頃、私の目の前で染毬はニンゲンでは無くなった。NBIの所長、最高責任者であった故人━━檻咲 恭蔵によって。

 その時、私は何も出来なかった。視界は四分の一に狭まり、聴覚も僅かしかなかった。高らかと狂い嗤う声。研究室の周囲で鳴り響く銃声に、劣らなかった事が脳裏に焼き付いている。私の忘れてしまいたい記憶の一つだった。いや、忘れてはいけない光景なのかもしれない。

 今は無表情で墓石に掘られた名を見つめている染毬の 心的外傷トラウマは、今でも彼女の心をえぐっているだろう。その記憶を共有する唯一の者が……私だった。

 「 わたくしは科学者。常に己の探究心を追うまで……ですわ」

 染毬の瞳は━━澄んでいた。それが、偽りの 身体カラダであっても、彼女に流れているモノは科学者としての血なのだろう。

 「……染毬」

 私には彼女の片目から大粒の涙が、一粒落ちたのが見えた。しかし、彼女の瞳から涙は流れない。スッと染毬は立ち上がると、私の側に兎のように軽く跳ねて振り返り、表情をほころばせて言葉を放つ。

 「さぁ、 きますわよ。照望!貴方は、 わたくしの試験体なのだから」

 「ああ。お手柔らかにな」

 私と染毬は、転ばぬように慎重に雑草で荒れ放題な石段を降りる。その前方から、黒いハットを深く被った一人の女性が歩いて来た。レースのワンピースに、高いヒールを履いている。 高い身長をより際立たせる程のヒールはつまずきそうになるのではと、疑問を持ちかねない装いだが、その所作は洗練されており、蹌踉よろける事とは無縁だろう。

 「失礼」

 狭い幅の石階段を、私は体の向きを横にしてすれ違う。一瞬、その香りに おぼえがあった為、私は振り返った。しかし、その女性の姿は 何処どこにも無かった。それから、車に戻って私はエンジンをかけながら染毬に問う。

 「先程、石段ですれ違った彼女は死んだ研究員の親族だろうか」

 数秒の間を置いて、染毬は疑問を疑問で返答する。

 「人なんて……いました?」

 「いや、私の気のせいだ……忘れてくれ」

 それから数分経ち染毬は、ど忘れしたコトを思い出したかのように、口を開く。

 「いえ、いましたわ。全身黒のエレガントな女性でしたわね。研究員の親族ではないですわ。 わたくしのデータベースには、全研究員と、その親族の情報がありますけれど該当する情報は微塵も皆無でしたわ」

 「そうか……」

 記憶の末端まったんにある残り を、私は気のせいということで一旦整理した。今すべきことに焦点を当てる為に。 

***



7話

 NBI廃墟は、予想通り閑散としていた。建物内への入り口となる扉は三重に閉ざされており、全てが頑丈なセキュリティーに守られていた。
 だが、分厚く数トンもの扉も今は開放されたまま、その役割を放棄している。
 最後の三つ目の扉のみが、その強固な鉄壁を保っていた。
 無論、狂った探求者の集った廃れた砦への電気供給は尽きている。壁の至る箇所に、断線された電気供給の為の太いコードが、力無く垂れ下がっていた。

 「染毬。無限坂 玲衣が、中に入るのは可能なのだろうか」

 「照望……そうね。玲衣だったら、入り口以外から入る方法は五万と分かっているでしょうね。でも、玲衣を捜す上で入り口から侵入することが最も利己的であり、効率的なのは事実ですわ」

 閉ざされた三つ目の扉。数トンある金属の塊に、染毬はその華奢きゃしゃな胴から伸びた腕の小さい てのひらをかざす。コレが人によって生み出された無機物なのかと思うと、目を疑ってしまうほどにヒトの腕そのものだった。

 「染毬……電気が通っていないんだが副所長の権限で開く方法は……」


 ━━ドカン。

 あるか?と訊ねる前に染毬の掌から、空気を震わせ空間を歪めるが如く振動波が放たれ、扉に大穴を開けた。

 大層破壊的で、物理的な副所長権限だ。

 「さぁ、行きますわ」

 「……喜んで」

 数室の研究室の壁がひび割れ、朽ち果てている。光源となるものは、外壁を覆う鉄柵に取り付けられたブルーシートの隙間から漏れる日差し程度だ。

 「わたくし記憶データベースによれば、五階建てなのですわ」

 「正確な情報を手に入れられなかったのか?」

 「国が非人道的な研究組織の情報を、簡単に得られるようにすると思うのかしら?」

 「以前、ハッキングを容易く、こなしていたと思うのだが?」

 「相手が相手でしょう。警視庁だとそれこそ、バレたら面倒なのよ。それに、私の分野外…………っ!」

 唐突に私と染毬は口を閉じ、歩みを止めた。

 二階、三階と続く非常階段の入り口が見えたのだ。その上へと続く階段の、所々にある赤黒いシミに冷静な思いで視線を向ける。

 「出来ることなら……この先の全てのフロアーを調べることは避けたいものだ」

 「珍しく同意見ですわ」

 染毬の眼球の中心にある瞳孔が、その白目の全ての割合を支配するように広がり包む。私はその様相に、利便性に優れた能力である一方で、「こんな薄暗い場所で、他人が見たらホラーだな」と苦笑いした。

 「床や壁が分厚いせいで、ワンフロアー分までをるのが限界ですわね」

 染毬は、赤外線を利用した温度の違いを識別できるサーモグラフィによる玲衣の捜索を始めた。確かに、体温のない生命体など存在するまい。ましてや、ヒトは哺乳類である限りは、恒温動物の為に自身の体温を一定に保とうとするだろう。

 「一応、下からだけじゃなく見渡せる限りはフロアーごとに、非常階段の入り口で試してみるけれど」

 「分かっている。期待はするが、頼りにはしない。総一郎も言っていたが、現場で何かを得るには足で探せってな」

 私は知り合いの刑事デカの言葉を引用した。

 「……古いですわね」

 『総一郎……、古いそうだ。最新式アンドロイドメカ少女にとっては、古いそうだ』

 二階、三階、四階。全て、染毬による赤外線サーモグラフィを通した透視による捜索を終えた。人間とおぼしき温度差による人影は見つからなかった。

 私と染毬二人の、玲衣がいると予想した大本命の場所である研究室の存在したフロアーに到達することになった。

 「もしも、此方こちらに玲衣がいなかったら、捜索は振り出しに戻ることを覚悟しないといけないかもしれないですわね」

 「弱気な発言はお前らしくないんじゃないか━━天才少女」

 「まぁ、ヒトの考え方なんて……科学者には分からないですわ」

 非常階段と廊下を遮る扉を見つめながら、染毬は『はぁーー』と溜息を吐いた。

 少し時間を経て、私は染毬をかたわらに置いて外れかけたドアノブを捻り上げた。
 NBIの廃れた壁を覆い隠すブルーシートの隙間や、穴の空いた天井から真南に上がる太陽が最上階五階を比較的明るめに照らしている。

 「……赤外線サーモグラフィーには相変わらず何も…………っ!」

 「染毬!……静かに!」

 私は染毬の口元に片手を伸ばし、彼女の発声を制した。

 「なぁ、何か聞こえないか?」

 「何かとは何ですわ……!」

 染毬が何かを感じ取ったかのように、アルファベットを発し始める。

 「オー、エヌ、アイ、アイ、ティー、ワイ、エー、エヌ。……エイチ、アイ、エス、エー、エス、アイ、ビー、ユー、アール、アイ。……モールス信号!!」

 「染毬……、私も無限坂 玲衣を知っていたようだ。私は、彼と会話をしたことがある」

 私と玲衣は、互いに隔離された空間の中でモールス信号を利用し会話をしていた。それの殆どが、玲衣からの一方的な発信だったが、私が何かしなくても不思議なことに会話が成立していた。モールス信号を玲衣は声帯によって、私に発信してきていた。

 要するに無限坂 玲衣はNBIにいたのだ。

 「染毬、玲衣の収容されていた研究室に案内してくれ」

 「照望の研究室の隣なのだけれど……そんなこと言っても分かるわけないですわね。貴方、ずっと培養槽か実験室にしかいなかったから、自身のいた場所の位置なんて…………此処ここですわ」

 話しながら染毬は、非常口から六番目の研究室の前でその足取りを止めた。この自動扉の中に無限坂 玲衣がいれば、目的は達成される。
 私は蘭子から手に入れたカードキーを、認証パネルに重ね研究室内に入った。入る瞬間、染毬は小声で私に囁く。

 「一応言っておくのだけれど、この室内に玲衣の姿はサーモグラフィーで映らなかったですわ」

 いなかったにしても収穫の一つや二つあるだろう。それにモールス信号の録音されたものが流されていたのだとしたら、我々の捜索そのものが、玲衣の想定範疇であることが分かる。案の定、開いた扉の先には人影一つ目視できなかった。

 「……困ったですわ。玲衣はあらかじわたくしたちが来ることが分かったうえで、逃亡したのだとしたら……本当に厄介極まりないですわ」

━━ガタン

 「はっ!」

 廊下からコンクリート板の倒れる音がした。それに合わせて、染毬は後ろに下がり廊下に出て音の響いた方角に方向転換する。私は黙って壁際の床に残る白濁とした液体を見る。他に何かあるはずだ。

 私は思索にふけっていると、背後の侵入口である入り口の閉まる機械音がした。

 「これだから、研究者ってやつは」

 声変わりの済んでいない透き通った、少女のような声がした。

 「あれから既に五年です。……お兄ちゃん」

 扉横のき出しになった開閉レバーを下げ、強制的に二人っきりの空間を作り出した張本人━━無限坂 玲衣が無表情で語りかけてくる。髪は所々に白髪はくはつが目立ち、鎖骨の辺りまで伸びた髪が垂れ下がっている。

 「会うのは初めてか……玲衣」

 「僕は、あの頃に貴方の全てを知っているけどね。涼川照望お兄ちゃん」

 私は、その痩せ細った体に心を追い詰められた人間のさまを見た。

 「ねぇ、お兄ちゃんと僕とでは、孤独という点において共通点があると思うんだ。死ねないお兄ちゃんに僕は…………同情するよ。だからさぁーー、お兄ちゃんも僕に同情してくれないかな?」

 確かに狂っている。感動の再会的な感情でも生まれているのだろうか。……違う。玲衣の狂者性には、何か違和感いわかんを感じる。

 「サーモグラフィは、そこらへんに落ちてた遮蔽パネルで、なんとか出来たんだぁーー。まぁ、王色 染毬も昔のような冷酷さが抜けたよね。冷酷さと共に、人間としての身体までくしちゃったけど……本当にザマアだよ」

 「よく話すな……お前」

 「コレでも……この五年間、一言も人と会話なんて……していないさ」

 前髪が時々口に入りそうになりながら、その度に頭を傾ける。玲衣は嬉しそうに私に話し続ける。このまま、玲衣に姿をくらました経緯を聞こうとしたところで、玲衣には全てお見通しだろう。

 「……うん。そういう所だよ。流石さすがお兄ちゃん。……数百年生きているだけあるね」

 「私たちが此処に来ることも全て分かっていたんだろ?」
 
 「うん。全部全部……分かっていたよ。僕は僕で、ここに来るまで結構苦労したんだ。車に乗せてもらったり、女の人に襲われそうになったり。まぁ、適当に作った睡眠薬を飲んでもらったんだけれど。だから、未遂。ついでに、記憶も一部消したから全く問題無し!」

 全知全能は私を見ながら楽しそうに、話し続ける。まるで、長年の友人の如く。玲衣は私の目の前で、なんの躊躇も無しに話しながら這いつくばり下半身を床に擦り始めた。

 「僕は染毬てんさいの言うように……要塞癖なのかもしれないっ。一番此処が居心地がいいんだ。うぐっ……どんなに隈無くまなく身体を調べられていても、世界とは遮断された……この空間が好きなんだよっ……あああぁ」

 快楽に顔を歪ませ身体を痙攣させる玲衣を見ながら私は思う。全知全能━━無限坂 玲衣、意図せずに、無限の根源を知り、無の境地に達してしまった人間の末路がコレで良いのかと。
 玲衣がこれ程に私に心を開いている理由は分からない。無理矢理にでも、玲衣を担ぎ上げて連れ去っても、目的は達成されるだろう。
 だが、玲衣自身の抱える闇を晴らしてやれないのでは無意味ではないのだろうか。出来ることなら、玲衣の心の奥底にある表面には出さないモノを満たしてやりたいと、私は思ってならない。

 私がこの研究機関から自由になった時に目の前にあったモノは、やはり孤独であった。
 しかし、私の支えとなる存在が横にいた。それから、守りたい人も現れた。今でも生に対する孤独から、消滅したいと時々思うことがあるが、それでもれを悲しむ人がいる限りは生きて行かなければいけないと。
 これは、義務だ。世界に存在する理由など義務でも、些細なことでも良いのだ。

 顔を快楽に溺らせながら、玲衣が私の下半身に抱きついてきた。すがるように。

 「ねぇ、お兄ちゃん。僕は全てを知っているよ。だから、お兄ちゃんのことだって、気持ちよくさせれるよ。ねぇねぇ。お兄ちゃん、一緒に暮らそうよ。お兄ちゃんとなら、僕が死ぬまで楽しく暮らさせてあげるからさぁーー」

 あぁ、そういうことか。私はやっと分かった。何故、玲衣がこの廃れた研究室を再開の場所に選んだのか。それは、決して私と暮らしたいわけでも無いのだ。その目が訴えている。研究動物だった私だからこそ、玲衣の気持ちは痛いほどに理解できた。

「違うんじゃないのか。玲衣、お前が本当に会いたいと思っている相手は、私じゃあないだろう」

 私は、ポケットの中にある御守りを取り出した。手作りで、不恰好だが想いの詰まった気持ちを。私は玲衣の手に掴ませた。

 「あっ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ!」

 声にならない息を漏らしながら、玲衣は、その御守りをゆっくり私から受け取る。大切そうに両手で握り、身体を丸めた。

 「ねぇ…………お兄ちゃん。コレ……どこで手に入れたの?」

 「彼女から……」

 「蘭子は生きてるのかぁああ!!」

 私の言葉を最後まで聞かずに、玲衣は膝から崩れ落ちた。そして、うめき声を上げながら床を見つめた。

 「……そっかあぁ。蘭子は生きてたのかぁ」

 「元気に実家の菓子屋で働いている」

 「……本当にっ本当に本当に……良かった」

 玲衣は、安堵に涙を流しながら上体を起こして視線を私に向けた。今までの狂った形相はそこには無かった。玲衣は安堵したように、息をゆっくりと吐く。

 ━━ズカーーン。

 「そうよ。彼女は元気だわ」

 染毬は、入り口を枠ごと破壊し、話に入ってきた。

 「彼女も貴方を心配していたわ」

 「染毬……玲衣は」

 「蘭子さんの安否確認をしたかっただけなのですわね?」

 玲衣は肯定も否定もせずに黙って御守りを見つめていた。

 「玲衣、何故、分からなかったんだ?」

 「僕は、彼女にだけは能力を意地でも使いたくは無かったんだ。あの頃、毎日毎日、同じ日々を繰り返す中で彼女だけは、僕の世界を潤す唯一の存在だったから」

 全ては鶴ヶ峰 蘭子の生死の有無を知りたいがためだったのだ。それがどんなに些細な事であっても、玲衣にとって何よりも大事なことだった。『何故能力を使わなかったのか』という質問を思いついた瞬間に、玲衣はそれに答えて始める。

「僕は……決して彼女について、能力でだけは知りたく無かったんだ。だって……それで、蘭子の身に何かあったとしたら、僕は自分の全知全能を疑うしかないから。疑うことしか出来ないから」

 「今までの行為は、虚言であり、私に情を抱かせて、私と暮らすことになれば、彼女の情報を得られると思っていたのだろう?でも、蘭子さんにNBIとは一切関わりを持って欲しくはない。してや、NBIと彼女を繋いでしまう存在である自分自身が彼女に対してコンタクトを取るべきではないと。そして、狂人を演じたわけだな」

 「お兄ちゃん……何年も世界から隔離された僕は……狂人だよ。研究動物として僕は、人間らしさを喪失してしまったのだから」

 涙を流す姿は、特殊能力者でも無く、ただの無慈悲な現実を嘆く子供だった。私は、玲衣を抱きしめて頭を撫でた。

 「大切な人だからこそ……その能力で間接的にでも、触れたくは無かったんだろ。自分を世界から隔離した。その原因で━━」

 「……うん。うん!」

 「その気持ちを抱けるのなら、玲衣……お前は狂人なんかじゃあないさ」

 玲衣のすすり泣く声が閑散としていた廃れた研究室に響いた。

***

 後部座席に玲衣を座らせ、助手席の染毬は京都の街並みを眺めていた。流れ過ぎ去る人の波を不機嫌そうに染毬は見た。

 「ねぇ、お兄ちゃん。僕、何度かお兄ちゃんが死ぬ方法を考えてみたんだけど。残念ながら……」

 「まぁ、いいさ。いつかその時が来るだろう」

 「当たり前ですわ!わたくしを含めた天才集団が……いえ、わたくしだけが天才で、他は凡人どもでしたわ。照望を調べ尽くし殺し尽くしたのにも関わらず生きているのだから!」

 「二度も僕に騙された癖に……ププ」

 「照望!玲衣をひざまずかせなさい!」

 「運転中ですよーー。……天才サマ」

 「照望のくせにぃ!この英国被れぇ!」

 「お兄ちゃんも大変だねー」

 感情的になる染毬を見て、私と玲衣は笑った。

 「よし!玲衣。到着したぞ」

 一台の車が、京都で人気の銘菓を売る老舗菓子屋の前に止まった。玲衣が、小刻みに震え始めた。異常に伸びた前髪は研究室で切り落とし、汚れた両手も綺麗にした。玲衣は、緊張して顔を真っ赤にする。

 「全知全能ぅーー、かーわーいーいーですわ。これぞ、男の娘の本領かしら?」

 「うるさーーいっ!マッドサイエンティスト!」

 染毬は緊張をほぐす為に冗談を言うが、昔の彼女からは想像しづらい優しさを感じた。

 「それじゃあ、行ってくる!」

 「私は、とりあえず、総一郎に電話で報告をする」

 「分かってる。それじゃあ……行ってくる!」

 私は玲衣の背中を、パシリと叩いた。玲衣は頷き駆け出し、襖障子を勢いよく開いた。開き、閉まるまでの瞬間に口を塞ぎ感極まる蘭子が涙を浮かべる姿が見えた。

 「これから、どうするつもりですわ?」

 車内の窓から顔を出して、染毬は私に問う。

 「考えるまでもないさ。出来ることなら二人の意思を聞いてから、警視庁に許可を得るつもりだが、もしも拒否してきたら揺すりをかけるつもりだ」

 「総一郎なら、その心配はする必要ないと思うですわ」

 「まぁな」

 ***

  私と染毬が京都から帰宅して、一週間が過ぎた。

 元廃ビルの私の家、兼仕事場に中ぐらいの段ボールが二つ送られてきた。その事を元気よく日和が報告する為、声をかけてくる。

 「照望さん!いつものお届け物です!」

 「ああ」

 中段ボール二個を軽々と持ち上げた染毬が、二階入り口から現れた。

 「何故かわたくしの部屋に送られて来たのだけれど」

 「玲衣のやつ……意地悪ぶって、染毬の住んでいる場所に向けて、いつものを送ったのか」

 「全知全能、絶賛発動中なのかしら」

 中段ボールを器用に開くと、私と染毬、その横で日和と一階から上がってきた清香がその中身を覗く。

 「玲衣は……元気らしいですわ」

 「そうだな」

 箱一杯に色彩豊かで多種多様な金平糖と、和菓子が詰め込まれていた。その銘菓に負けないくらいに、目を惹いた一枚の写真。

 とても楽しそうに、お揃いの作務衣さむえを身にまとう玲衣と蘭子が働いている姿が写っていた。

 「照望さん、ステキな写真だと思います」

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