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一章

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戒禍隋《ハイ・カース》から最も遠い距離にいる、グリエマ。固く閉ざした口を開いて、語った。

「禍隋《カース》を葬ったこれで、
お前を終わらせよう」

「いや……あの時とは一味違う魔法だ、
受け取れ」

深紅、黄、白と変色していった数千度にも昇る高温の炎。グリエマの開けた右手の前で蝶のような形を取り、その中心には莫大なエネルギーが乗っかっている。

空気の流れが変わった。それまで繋がりを意識していなかった空気たちが、莫大なエネルギーという異常事態《イレギュラー》により強く繋がりを意識し始める。

轟々と猛る焔。4本の触角のようなものが、徐々に徐々に中心へと集まっていく。色は白。非常に綺麗な白で、純白とも言い換えられる。

「奥義……」

点《・》に炎が集結する。
突き出した腕がブルブルと震える。
熱風が、魂を帯びたような熱さになった。

「やっぱり……あなたは強い、エマさん」

感情の高ぶりから、そんなことを呟いたクロノアは、安心しきったような表情でそこにいる。それでいて心臓はかつてないほど脈を速めていた。

そして。

眩い閃光と、更にすべてを吹き飛ばすような衝撃波と共に、グリエマの魔法が牙を剥く。

「純爆焔砲《ホワイトバーン》!!」

直後、轟く爆音。吹き飛ぶ魔法と反動により後方へ退るグリエマ。
上手く地面に接地した後、すぐに顔を持ち上げた。

風を切り裂き、尚且つ追い風によって速度を魔法は……壁際で、未だに立てない状態でいる戒禍隋《ハイ・カース》に炸裂する。切断された両腕は剣先をグリエマの方に向けて倒れているため、防御の術がない。

その音は、命中を意味した。戒禍隋《ハイ・カース》に……追い打ちとなる一撃を加えられたことを、意味した。

(……やったか?)

死亡フラグのような感想を、心のなかで吐いた。
グリエマもやや警戒したような様子で、出方を窺っている。

しかし、煙が晴れた時。
あまりにもあっけない幕引きだったことを、二人は悟った。

「勝……った、のか」

「みたいです……ね」

動かない戒禍隋《ハイ・カース》。あんな一撃を食らってもなお原型を留めていたことに、一瞬だけ驚く。
しかしもう杞憂はそれまで。足から炭のように崩壊していく戒禍隋《ハイ・カース》を見て、クロノアは緊張の糸を解いた。

(……終わった。勝った。倒した。しかも……!)

「死んでない!!」

言葉の続きを、心の中で語る。胸の高鳴りが、より一層速くなった。
それに伴って呼吸の頻度も多くなった。


(そうだ!!俺は未来を変えたんだ!!
エマさん……ちゃんと生きてる!死んでねぇ!俺は……夢を打ち破った!)

思わず拳を作って天のない天井に突き出してしまう。
グリエマは不審そうにクロノアを見るが、その表情には綻びがある。

「……なんとか倒せましたね。結構……苦労しましたけど!!でもまさか、あの土壇場で目覚めるとは思いませんでしたよ、エマさんっ!」

クロノアは話しやすい距離まで移動してからそう褒めちぎった。

「……そうだな。私自身も驚いている。
贈与《ギフティッド》適用時と同様の動きが、多少ながらも再現できている」

「ギフティッド……?あぁ、神様から贈られた能力、でしたっけ。
エマさんってどんな能力持ってるんですか?」

一瞬顔の動きが止まったグリエマ。再び動き出すと口角をあげて、言った。

──戒禍隋《ハイ・カース》が僅かに動きを見せる。

「あぁ……私の贈与《ギフティッド》は」

光る数多の剣。それは戒禍隋《ハイ・カース》が能力を使用したことを意味する。そしてその数、三×八。つまり二十四個もの剣が、八回の裂傷を発動させようとしていることを意味した。

゛遠隔《ブルーコード》゛

切断されても、神経を繋いだままにできる。常時適用。


グリエマへ向く、切断された腕の剣先。
戒禍隋《ハイ・カース》は、刺し違えることに成功した。






『――――ψοφάω』



瞬間、グリエマの体がズタボロに裂かれた。
体のあらゆる所から血飛沫があがる。
束の間の出来事で目を点にしたクロノアの前に、グリエマは力なく倒れる。

「は」

夢は実現した。
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