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二章
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ダンジョン攻略にかかった時間は十二時間ほど。
人の一日の活動時間よりも少ない時間だ。
ただ、クロノアにとってはその時間が数日……いや数十日間のように思えて仕方がなかった。それほどに濃密な体験や経験をしてきたということである。
ダンジョン内から外を覗いてみると、
辺りは深夜と言えるほどの暗がりに満ち溢れていた。
星が煌めいて地上を僅かに照らしているが、その量が非常に少ないため、
満足に視界を得ることはできない。火などの明かりを確保できる魔法を使うのも手だが、魔法の常時発動は高いランニングコストを必要とするため、あまりお勧めはできない。クロノアはそのことを理解していた。
「……あ、そうだ、エマさんのバッグ……」
ふいに、脳裏によぎった思考。
グリエマがバッグを置いてダンジョンを潜ったことは聞かされていたが、その肝心な場所までは聞かされていなかった。
ダンジョンの入口で見た時は、バッグを背負っていた。
バッグが背になかったのを知ったのは、
ダンジョンに足を踏み入れてからほどなくして。
つまりはダンジョンの入り口と、自分が無いと認知した場所との間に、グリエマのバッグはある。
クロノアはそのことを加味して懸命に探索するが、
バッグは一向に見当たらない。大事な故人の所有物ということで、目をよく凝らして何度も同じ場所に目を通したり、魔法で一時的に火を灯して視界を確保して探索を続行したりと、そうそう諦めることは無かった。
そんな最中《さなか》突如として、クロノアの体に軋むような感覚が走る。
「っ……!! 痛っ……!」
両腕で自身の体を抱きしめるクロノア。
心臓が脈を打つような断続的な痛みが、彼の体を蝕む。
(なんだこれ……? いやまぁ、原因はひとつしかないけど)
『疲労』だ。
ほぼ一日中動き回ったのだから、当然ともいえる体の反応。
むしろよくここまで耐えれたと言える。
もしかすればグリエマの死因にもそんな要素が絡んでいたかもしれないが、今更そんなことを考えても仕方がない。
彼はダンジョンの入り口で座り、身を小さくした。
「ねみぃ…………な」
囁き声が地面に向かって放たれた直後、クロノアのセンサーに何かが引っ掛かる。
「だ、誰だっ!」
慌ててその場で立ち上がり外の方へ視線を向ける。
しかし視線を向けた途端に、その気配は無と化してしまった。まるで元々なかったかのように、スーッと。まるで幽霊のように。
気配……以前であればほぼないに等しかった、第六感ともいえるべき能力。
今のクロノアには、超越者としての力、能力が徐々に定着してきている。
その副産物というべき代物なのかもしれない。
(…………はぁ)
クロノアは力なくダンジョンの内壁に再び背をかける。
その後襲ってきた眠気によって頭を落としそうに
なるが、ギリギリのところで踏みとどまり、首を左右に振って眠気を振り払おうとする。
「眠い……けど、ここで寝るわけに……は……」
極度の疲労。寝まいと思っていたクロノアが意識を落としたのは、十秒と経たないごく僅かな時間の後だった。うとうとして頭を上下に振っていた彼は、そのまま夢の中へと意識を飛ばしていく。
♢♢♢♢
予言を生み出す、夢。どんな原理でそれが起こっているのかはわからないが、確実にそれは起きる。これまでに見てきた結果がその事実を強く証明していた。
クロノアが今見ている夢は、現世《・・》の自宅で知らない誰かと、食を共にしているという極めてシンプルなもの。
普通である。ここのところ彼が見ていた夢と違って、今回はいたって普通の、一般人でも見るようなありきたりな夢。
誰かが喋っている。朧気な声で。それが現実なのか、夢なのかはわからない。
その声は時が進むにつれ、より鮮明なものとなっていく。まるで、意識が元に戻っていくにような、そんな感覚がした。
自分の肩が誰かに揺れている気付く。
(めちゃくちゃ普通な夢だったな、久しぶりだった……って、誰だこの人?)
ぼやける視界にいるその人の輪郭は、うまく掴めない。
ただ、掴む手の感触はかなりごつごつしていた。
「おい、起きろ」
うまく聞き取れなかった音声が漸く鮮明なものと成って耳に届くと、クロノアは大きく目を見開いた。そして屈強な体を持つ男と目が合う。
「あ……え?」
「やっと起きたか。子供がこんなとこで何してる」
青い瞳。鱗のような見た目をした、硬そうな皮膚。年齢は20代後半といったところ。瞳には竜のような縦線が引かれている。
そして、自分と同じく白色の髪を持ったそいつは、自身の顔面を遠ざけて腕を組み、気持ち柔らかめな声で語りかけた。
「何、って…………えっと」
眼球を左右に揺らし、脳みそをフル回転させて、最適な答えを探すクロノア。
(そうか、子供がこんなところにいるのはおかしいことなんだった。でも経緯を素直に話しても、信じてもらえるとは限らないし……第一この人も何してたんだ?今
ダンジョンに入るところなのか、ダンジョンから出てきたところなのか……)
(けど後者だと、この人はあの扉から帰って来た……ってことになるよな)
「おい、どうした。答えられないのか」
その人の声のトーンが下がった。
クロノアは咄嗟に、゛逃げる゛というアクションを取る。
一か八か。成功率は目の前にいるこの男によるだろう。
「おいどうした、少年────」
逃避するクロノアの背中を眉を吊り上げながら見つめていたが、戸惑ったように手を伸ばすだけで、足を動かすなどして後を追うことはなかった。
「……最近の子は走るのが速いな。
魔力量も桁違いだ」
男は寂しそうな瞳で姿が見えなくなるほどまで様子を見たあと、振り上げた手を重力に従わせた。
人の一日の活動時間よりも少ない時間だ。
ただ、クロノアにとってはその時間が数日……いや数十日間のように思えて仕方がなかった。それほどに濃密な体験や経験をしてきたということである。
ダンジョン内から外を覗いてみると、
辺りは深夜と言えるほどの暗がりに満ち溢れていた。
星が煌めいて地上を僅かに照らしているが、その量が非常に少ないため、
満足に視界を得ることはできない。火などの明かりを確保できる魔法を使うのも手だが、魔法の常時発動は高いランニングコストを必要とするため、あまりお勧めはできない。クロノアはそのことを理解していた。
「……あ、そうだ、エマさんのバッグ……」
ふいに、脳裏によぎった思考。
グリエマがバッグを置いてダンジョンを潜ったことは聞かされていたが、その肝心な場所までは聞かされていなかった。
ダンジョンの入口で見た時は、バッグを背負っていた。
バッグが背になかったのを知ったのは、
ダンジョンに足を踏み入れてからほどなくして。
つまりはダンジョンの入り口と、自分が無いと認知した場所との間に、グリエマのバッグはある。
クロノアはそのことを加味して懸命に探索するが、
バッグは一向に見当たらない。大事な故人の所有物ということで、目をよく凝らして何度も同じ場所に目を通したり、魔法で一時的に火を灯して視界を確保して探索を続行したりと、そうそう諦めることは無かった。
そんな最中《さなか》突如として、クロノアの体に軋むような感覚が走る。
「っ……!! 痛っ……!」
両腕で自身の体を抱きしめるクロノア。
心臓が脈を打つような断続的な痛みが、彼の体を蝕む。
(なんだこれ……? いやまぁ、原因はひとつしかないけど)
『疲労』だ。
ほぼ一日中動き回ったのだから、当然ともいえる体の反応。
むしろよくここまで耐えれたと言える。
もしかすればグリエマの死因にもそんな要素が絡んでいたかもしれないが、今更そんなことを考えても仕方がない。
彼はダンジョンの入り口で座り、身を小さくした。
「ねみぃ…………な」
囁き声が地面に向かって放たれた直後、クロノアのセンサーに何かが引っ掛かる。
「だ、誰だっ!」
慌ててその場で立ち上がり外の方へ視線を向ける。
しかし視線を向けた途端に、その気配は無と化してしまった。まるで元々なかったかのように、スーッと。まるで幽霊のように。
気配……以前であればほぼないに等しかった、第六感ともいえるべき能力。
今のクロノアには、超越者としての力、能力が徐々に定着してきている。
その副産物というべき代物なのかもしれない。
(…………はぁ)
クロノアは力なくダンジョンの内壁に再び背をかける。
その後襲ってきた眠気によって頭を落としそうに
なるが、ギリギリのところで踏みとどまり、首を左右に振って眠気を振り払おうとする。
「眠い……けど、ここで寝るわけに……は……」
極度の疲労。寝まいと思っていたクロノアが意識を落としたのは、十秒と経たないごく僅かな時間の後だった。うとうとして頭を上下に振っていた彼は、そのまま夢の中へと意識を飛ばしていく。
♢♢♢♢
予言を生み出す、夢。どんな原理でそれが起こっているのかはわからないが、確実にそれは起きる。これまでに見てきた結果がその事実を強く証明していた。
クロノアが今見ている夢は、現世《・・》の自宅で知らない誰かと、食を共にしているという極めてシンプルなもの。
普通である。ここのところ彼が見ていた夢と違って、今回はいたって普通の、一般人でも見るようなありきたりな夢。
誰かが喋っている。朧気な声で。それが現実なのか、夢なのかはわからない。
その声は時が進むにつれ、より鮮明なものとなっていく。まるで、意識が元に戻っていくにような、そんな感覚がした。
自分の肩が誰かに揺れている気付く。
(めちゃくちゃ普通な夢だったな、久しぶりだった……って、誰だこの人?)
ぼやける視界にいるその人の輪郭は、うまく掴めない。
ただ、掴む手の感触はかなりごつごつしていた。
「おい、起きろ」
うまく聞き取れなかった音声が漸く鮮明なものと成って耳に届くと、クロノアは大きく目を見開いた。そして屈強な体を持つ男と目が合う。
「あ……え?」
「やっと起きたか。子供がこんなとこで何してる」
青い瞳。鱗のような見た目をした、硬そうな皮膚。年齢は20代後半といったところ。瞳には竜のような縦線が引かれている。
そして、自分と同じく白色の髪を持ったそいつは、自身の顔面を遠ざけて腕を組み、気持ち柔らかめな声で語りかけた。
「何、って…………えっと」
眼球を左右に揺らし、脳みそをフル回転させて、最適な答えを探すクロノア。
(そうか、子供がこんなところにいるのはおかしいことなんだった。でも経緯を素直に話しても、信じてもらえるとは限らないし……第一この人も何してたんだ?今
ダンジョンに入るところなのか、ダンジョンから出てきたところなのか……)
(けど後者だと、この人はあの扉から帰って来た……ってことになるよな)
「おい、どうした。答えられないのか」
その人の声のトーンが下がった。
クロノアは咄嗟に、゛逃げる゛というアクションを取る。
一か八か。成功率は目の前にいるこの男によるだろう。
「おいどうした、少年────」
逃避するクロノアの背中を眉を吊り上げながら見つめていたが、戸惑ったように手を伸ばすだけで、足を動かすなどして後を追うことはなかった。
「……最近の子は走るのが速いな。
魔力量も桁違いだ」
男は寂しそうな瞳で姿が見えなくなるほどまで様子を見たあと、振り上げた手を重力に従わせた。
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