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入学編
二話 剛
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「とまぁ、力がすべてと言ってもいい学校だ」
「ちなみに俺は桂坂《かつらざか》という。以降一年このクラスを担任することになる」
二十代後半と言ったところの、老いてもいない若くもいなさそうな教師が、そう言い放った。一見ひょろそうに見えるその体躯も、よく見れば質のいい筋肉で覆われていることが分かる。この学園に適した教師、といったところだ。
「せんせー? 私そんなの聞いてないんだけど!」
クラスの女子が、先生に向かって問いを投げかける。
髪をクルクルと回し、薄化粧を顔面に施した如何にも陽キャのような生徒だ。
「そりゃ、言ってないからな。毎年この時間になるまでは新入生には公表しないようにと命じられているんだ」
「それって、詐欺じゃ――」
ある行列があり、その行列の先頭の付近に横入りするように、桂坂はその生徒の話を遮った。
「給料いいし、自分に合った職業だったからどんな命令でも喜んで聞くんけどな。ちなみに、この学校の教員が認めた場合のみ、戦闘が許可される。逆に言えばそれ以外で戦闘を行った場合はそれなりの罰が下る。その点は注意しろ」
淡々と説明を続けていく教師は、理解しているかいないかなど念頭にすらおいておらず、様々なものを配ったり回収したりで生徒のことは一切考えていなかった。
先生がした話は、学園のルール。
この学園では期末試験、普段の授業などでこの島を使った大規模な戦闘が行われるとのことだ。
その詳細はまだ語られていないが、兎にも角にも戦能力、格闘能力が重要であり、そしてそれを鍛え上げる施設なんかもあるらしい。
そして話の最後で配られた、携帯用通信機『ネイアパス』。
電話、メッセージ、etc。この島でなら無制限で使える専用の機械。
西道は受け取ったものを耳周りに引っ掛け、電源と思わしきものを指先で圧迫した。すると、未来館の溢れるものが目に飛び込んできた。
「おい、何だよこれ! すげぇー!!
近未来だぜ近未来!」
クラスメイトの一人が、席を立ち大声でそう話した。席は、西道の左上。
桂坂が注意を促すと、「さーせん!」という声と共に着席した。
(……いや、気持ちはわかるぞ。だって、目の前にこんなのあったら、ワクワクするに決まってんだろ? 操作もしやすいし、普通に便利っぽいしな)
西道は自分の指を視界に映るパネルに乗せ、切り替わる映像に胸を高鳴らせた。
『メッセージ』と表記のあるものを指で押すと、『メッセージを読み込んでいます……』という表示からすぐに『相手がいません』という表示に切り替わった。
(いや、意味は分かるけど……なんか、見てて悲しくなってくる文章だな)
その後と色々と操作してみて、大体の扱い方を理解した西道は目のピントを調節して周囲にいる人間の観察を始めた。
――映像は見えない。本人のみ視認可能なのか。
傍から見るとシュールだなという疑問は心の内にしまい、首を振り視線を動かしてクラスメイトを見ていく中で、西道の目についた生徒が一人、すぐ近くに座っていた。
昨日、船上にて西道に屈辱を味わわせるといった人物。
視線が一致するのを避けるためにすぐに視線を別の生徒に移すも、その後こちらに向いた視線を感じた西道は頭を抱えることとなった。
「あなたが同じクラスとはね。
こっちとしては好都合だけど」
ホームルームが終わるなり、すぐに詰めてきた生徒は、先ほど目が合いそうになった奴だった。そして、西道はホームルーム中に配られていた座席表のプリントを見ているので名前をすでにインプットしている。
「……神藤」
「知ってたのね、私の名前。少し危機感を覚えたわ」
西道の心をナイフの如く抉りにかかる、神藤の罵倒。
「別にそれぐらいはいいだろ。顔は覚えてたし、配られた座席表からたまたま見えたんだよ、あんたの名前が」
西道がそう言うと、神藤は嫌な笑みを見せつけて、ねっとりとした口調で話しながら、自分のカバンを手に取った。
「奇遇ね。私もたまたま、視界に飛び込んできたのよ。あなたの名前が。……西道君、よね。またあとで会いましょう」
「…………だっる」
神藤は、通学のカバンを肩にかけるとすぐに教室から出ていった。
その歩み方は堂々したものを感じられ、窓から吹いてくる風も彼女を応援しているかのように見えるほどだった。
西道が彼女のいない教室内で心境を吐露していると、ある一人の生徒が歩み寄ってくる。
「大変だな、お前!」
腰に手を当てている。手は西道の一.五倍ほどはありそうだった。
「あ~、っと、名前、何だっけ?」
「剛強《ごうつよし》、だ!ほら、ここだよここ!」
いかにも熱血そうな生徒が、西道に声をかけた後手にぐちゃぐちゃに納まっていた座席表を広げ、自分の座席を指で差した。
「あ……っと、さっきのホームルーム中に
席立ち上がってたやつか」
「あ、いや、あれは驚くだろ!?電源押したらいきなり未来感溢れるものがよ!」
迫力のある顔で、剛は声を弾ませて声を張り上げた。
「あれは確かに俺も驚いた。こんなの都内でもめったに見ないぞ」
「だよなだよな!?いやー、この学園選んで正解だったぜ! ……に……を……れるしな!」
(…………?)
何かに潰されているときのような声を、西道は耳で拾うことができなかった。
もう一度聞くのも野暮だと思った西道は別の話題を展開し始める。
「……あ、そういえば、さっき言ってた大変だなってどういうことだ?」
「あぁ、そういえば言ったな!」
教室には10人ほど生徒が残っている。それらのほとんどが、友達と話したり笑いあったりと、大体が人と関わりがあるものだった。しかし、その中に一人、誰とも話さず、ただ机に体を預けているだけの生徒がいた。
「あいつ……どこかで……」
既視感《デジャヴ》を覚えその女生徒を見つめる中、
隣にいる剛が何かを思い出したように「あっ!」と声を上げた。
「思い出したぜ。さっきの、学園長の娘なんだよ。何かあれば親に連絡が行っちまうらしいから、誰も手が出せないだとよ。ルックスはいいんだけどな」
(まぁ確かに顔は、な)
神藤の少し色の落ちた赤髪は、陽光によってきらきらと反射していた。
そんな船上での景色を思い出した西道は、首を横に数回振ってそのことを記憶から抹消しようと努める。
(駄目だ……まぁ確かに俺の好みではある。が、それはあくまで外見に限った話だ)
――――あの性格は、正直きつい。もう関わりたくないレベルできつい。
西道は、好きなものと嫌いなものの区別をはっきりつけるタイプだ。嫌いな人には嫌な態度は取るし、好きなやつに対しては基本ノリがよく、自分から率先して話題も出す。しかし神藤に関しては判断しかねている西道であった。
「ちなみに俺は桂坂《かつらざか》という。以降一年このクラスを担任することになる」
二十代後半と言ったところの、老いてもいない若くもいなさそうな教師が、そう言い放った。一見ひょろそうに見えるその体躯も、よく見れば質のいい筋肉で覆われていることが分かる。この学園に適した教師、といったところだ。
「せんせー? 私そんなの聞いてないんだけど!」
クラスの女子が、先生に向かって問いを投げかける。
髪をクルクルと回し、薄化粧を顔面に施した如何にも陽キャのような生徒だ。
「そりゃ、言ってないからな。毎年この時間になるまでは新入生には公表しないようにと命じられているんだ」
「それって、詐欺じゃ――」
ある行列があり、その行列の先頭の付近に横入りするように、桂坂はその生徒の話を遮った。
「給料いいし、自分に合った職業だったからどんな命令でも喜んで聞くんけどな。ちなみに、この学校の教員が認めた場合のみ、戦闘が許可される。逆に言えばそれ以外で戦闘を行った場合はそれなりの罰が下る。その点は注意しろ」
淡々と説明を続けていく教師は、理解しているかいないかなど念頭にすらおいておらず、様々なものを配ったり回収したりで生徒のことは一切考えていなかった。
先生がした話は、学園のルール。
この学園では期末試験、普段の授業などでこの島を使った大規模な戦闘が行われるとのことだ。
その詳細はまだ語られていないが、兎にも角にも戦能力、格闘能力が重要であり、そしてそれを鍛え上げる施設なんかもあるらしい。
そして話の最後で配られた、携帯用通信機『ネイアパス』。
電話、メッセージ、etc。この島でなら無制限で使える専用の機械。
西道は受け取ったものを耳周りに引っ掛け、電源と思わしきものを指先で圧迫した。すると、未来館の溢れるものが目に飛び込んできた。
「おい、何だよこれ! すげぇー!!
近未来だぜ近未来!」
クラスメイトの一人が、席を立ち大声でそう話した。席は、西道の左上。
桂坂が注意を促すと、「さーせん!」という声と共に着席した。
(……いや、気持ちはわかるぞ。だって、目の前にこんなのあったら、ワクワクするに決まってんだろ? 操作もしやすいし、普通に便利っぽいしな)
西道は自分の指を視界に映るパネルに乗せ、切り替わる映像に胸を高鳴らせた。
『メッセージ』と表記のあるものを指で押すと、『メッセージを読み込んでいます……』という表示からすぐに『相手がいません』という表示に切り替わった。
(いや、意味は分かるけど……なんか、見てて悲しくなってくる文章だな)
その後と色々と操作してみて、大体の扱い方を理解した西道は目のピントを調節して周囲にいる人間の観察を始めた。
――映像は見えない。本人のみ視認可能なのか。
傍から見るとシュールだなという疑問は心の内にしまい、首を振り視線を動かしてクラスメイトを見ていく中で、西道の目についた生徒が一人、すぐ近くに座っていた。
昨日、船上にて西道に屈辱を味わわせるといった人物。
視線が一致するのを避けるためにすぐに視線を別の生徒に移すも、その後こちらに向いた視線を感じた西道は頭を抱えることとなった。
「あなたが同じクラスとはね。
こっちとしては好都合だけど」
ホームルームが終わるなり、すぐに詰めてきた生徒は、先ほど目が合いそうになった奴だった。そして、西道はホームルーム中に配られていた座席表のプリントを見ているので名前をすでにインプットしている。
「……神藤」
「知ってたのね、私の名前。少し危機感を覚えたわ」
西道の心をナイフの如く抉りにかかる、神藤の罵倒。
「別にそれぐらいはいいだろ。顔は覚えてたし、配られた座席表からたまたま見えたんだよ、あんたの名前が」
西道がそう言うと、神藤は嫌な笑みを見せつけて、ねっとりとした口調で話しながら、自分のカバンを手に取った。
「奇遇ね。私もたまたま、視界に飛び込んできたのよ。あなたの名前が。……西道君、よね。またあとで会いましょう」
「…………だっる」
神藤は、通学のカバンを肩にかけるとすぐに教室から出ていった。
その歩み方は堂々したものを感じられ、窓から吹いてくる風も彼女を応援しているかのように見えるほどだった。
西道が彼女のいない教室内で心境を吐露していると、ある一人の生徒が歩み寄ってくる。
「大変だな、お前!」
腰に手を当てている。手は西道の一.五倍ほどはありそうだった。
「あ~、っと、名前、何だっけ?」
「剛強《ごうつよし》、だ!ほら、ここだよここ!」
いかにも熱血そうな生徒が、西道に声をかけた後手にぐちゃぐちゃに納まっていた座席表を広げ、自分の座席を指で差した。
「あ……っと、さっきのホームルーム中に
席立ち上がってたやつか」
「あ、いや、あれは驚くだろ!?電源押したらいきなり未来感溢れるものがよ!」
迫力のある顔で、剛は声を弾ませて声を張り上げた。
「あれは確かに俺も驚いた。こんなの都内でもめったに見ないぞ」
「だよなだよな!?いやー、この学園選んで正解だったぜ! ……に……を……れるしな!」
(…………?)
何かに潰されているときのような声を、西道は耳で拾うことができなかった。
もう一度聞くのも野暮だと思った西道は別の話題を展開し始める。
「……あ、そういえば、さっき言ってた大変だなってどういうことだ?」
「あぁ、そういえば言ったな!」
教室には10人ほど生徒が残っている。それらのほとんどが、友達と話したり笑いあったりと、大体が人と関わりがあるものだった。しかし、その中に一人、誰とも話さず、ただ机に体を預けているだけの生徒がいた。
「あいつ……どこかで……」
既視感《デジャヴ》を覚えその女生徒を見つめる中、
隣にいる剛が何かを思い出したように「あっ!」と声を上げた。
「思い出したぜ。さっきの、学園長の娘なんだよ。何かあれば親に連絡が行っちまうらしいから、誰も手が出せないだとよ。ルックスはいいんだけどな」
(まぁ確かに顔は、な)
神藤の少し色の落ちた赤髪は、陽光によってきらきらと反射していた。
そんな船上での景色を思い出した西道は、首を横に数回振ってそのことを記憶から抹消しようと努める。
(駄目だ……まぁ確かに俺の好みではある。が、それはあくまで外見に限った話だ)
――――あの性格は、正直きつい。もう関わりたくないレベルできつい。
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