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人間編
一本の電話
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ぷるるるる、と発信音が鳴る。初めて打つ父の電話。いつもは、アプリの無料電話を使っている。だけど最後だけは、しっかりと父に電話をかけたかった。心臓が羽打つ。なんて言えばいいかな。弟が死んじゃって、私が死神になろうとしてて。こんなの信じてもらえないよね。作り話みたいな本当の話を言ったって、真面目な父は信じないだろう。
「もしもし、この番号ひょっとして美咲?」
「………っ」
父と顔を合わせたのは今朝だっていうのに、何十年ぶりに声を聞いた気がした。温かくて、低い、父の声。その声に小さな頃から何度も落ち着かされた。修真が生まれた時、母親と呼ばれる人が出ていった時、料理が上手く作れなかった時、初潮が来たことを躊躇いながら伝えた時。全部、全部、大切な宝物。たとえこの先、どんなに年老いた父親になろうとも私は父を愛し続ける。揺らいでしまった。ありのままの事実を伝えるつもりだったのに、あまりにも父の声が温かかったから。
「…………さい」
私は、ずっと、死神に会った時から抑えていた感情が流れ出した。これからどうすればいい? そんなこと誰も教えてくれなかった。これから先、孤独に異世界を彷徨うとなるとここに立ってられなかった。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいお父さんっっっっ」
私は叫んだ。阿鼻地獄にいるように。報いを電話越しに伝えた。弟を、父の大切な息子を死なせてしまって、ごめんなさい。そう詫びないといけなのに、大切な事実だけをひた隠しにして私は謝る。せめて、私が轢かれてば……。この先、母親にそっくりな女に成長する前に死んでれば、父は幸せだったのだろう。あの忌々しく吐き捨てた母親のように、なる前に死んでおけば……。今日ほど神様を呪った日はなかった。唾なんていくらでも吐く。そのくらい、神様に絶望した。
父の返事が怖かった。責められるのではないか。何があったか聞かれるのではないか。私に失望するのではないか。もう、いっそ弟と死んでしまえば良かった。弟と死んで、未知の世界に彷徨えば良かった。あの時、自分の欲に従わず、大人しく帰ればよかった。あぁ、そうじゃないか。その選択なら一緒に轢かれるどころか、死ぬことすらない。私は馬鹿だ。本なんていつでも買える。それこそ、明日でも良かったはずだ。後悔と後悔と後悔と、恐怖。もう涙は止まらない。嗚咽しか出てこなかった。
そんな私に父は予想外の言葉をかけた。
「美咲はよく頑張ってる。妻が居なくなった時からずっと僕を支えてくれている。何があったか知らないが、僕は美咲を叱ることはできないよ」
その声に、私の涙は枯れ果てた。ようやく、何故電話をかけたのか、何を伝えなければ行けないのか思い出す。一つずつ、身近な時間ではあったが、慎重に言葉にする。
「私ね、行かなければならないところがあるの。そこはね、遠くて、携帯電話も繋がらなくて、当分帰って来れないかもしれない。でも、絶対帰ってくる。修真を取り戻したら、必ず帰ってくる。十年後でも百年後でも、どんなに時間がかかっても必ず戻ってくる。正直、怖いよ。私には未知すぎるし、伝えられた話が本当かもわからない。それでも私は行くよ。修真が、お父さんが好きだから。三人で過ごす時間が、どんな瞬間より輝いているから。だから待ってて。長生きして。私が戻ったら、今度は修真と一緒に誕生日を祝わせて……」
ノイズがかかる。時間切れがそろそろ近付いてきたようだ。父は決して自分の言葉を伝えず、ただずっと私の話を聞いている。あぁ、もう愛おしい。ずっと、続くと思っていた。あと半世紀は何の心配もいらないと思っていた。だから伝え忘れたことが山のようにある。思い出とか、感謝の言葉とか。幸せすぎて、疎かにしてしまった数々が、不幸と一緒に歩いてきた。私は、最後に一言だけ言うことにした。
「もし、生まれ変わってもお父さんの娘でいたいな」
「はい、時間切れ」
死神は、容赦なく私たちの電話を遮った。
「もしもし、この番号ひょっとして美咲?」
「………っ」
父と顔を合わせたのは今朝だっていうのに、何十年ぶりに声を聞いた気がした。温かくて、低い、父の声。その声に小さな頃から何度も落ち着かされた。修真が生まれた時、母親と呼ばれる人が出ていった時、料理が上手く作れなかった時、初潮が来たことを躊躇いながら伝えた時。全部、全部、大切な宝物。たとえこの先、どんなに年老いた父親になろうとも私は父を愛し続ける。揺らいでしまった。ありのままの事実を伝えるつもりだったのに、あまりにも父の声が温かかったから。
「…………さい」
私は、ずっと、死神に会った時から抑えていた感情が流れ出した。これからどうすればいい? そんなこと誰も教えてくれなかった。これから先、孤独に異世界を彷徨うとなるとここに立ってられなかった。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいお父さんっっっっ」
私は叫んだ。阿鼻地獄にいるように。報いを電話越しに伝えた。弟を、父の大切な息子を死なせてしまって、ごめんなさい。そう詫びないといけなのに、大切な事実だけをひた隠しにして私は謝る。せめて、私が轢かれてば……。この先、母親にそっくりな女に成長する前に死んでれば、父は幸せだったのだろう。あの忌々しく吐き捨てた母親のように、なる前に死んでおけば……。今日ほど神様を呪った日はなかった。唾なんていくらでも吐く。そのくらい、神様に絶望した。
父の返事が怖かった。責められるのではないか。何があったか聞かれるのではないか。私に失望するのではないか。もう、いっそ弟と死んでしまえば良かった。弟と死んで、未知の世界に彷徨えば良かった。あの時、自分の欲に従わず、大人しく帰ればよかった。あぁ、そうじゃないか。その選択なら一緒に轢かれるどころか、死ぬことすらない。私は馬鹿だ。本なんていつでも買える。それこそ、明日でも良かったはずだ。後悔と後悔と後悔と、恐怖。もう涙は止まらない。嗚咽しか出てこなかった。
そんな私に父は予想外の言葉をかけた。
「美咲はよく頑張ってる。妻が居なくなった時からずっと僕を支えてくれている。何があったか知らないが、僕は美咲を叱ることはできないよ」
その声に、私の涙は枯れ果てた。ようやく、何故電話をかけたのか、何を伝えなければ行けないのか思い出す。一つずつ、身近な時間ではあったが、慎重に言葉にする。
「私ね、行かなければならないところがあるの。そこはね、遠くて、携帯電話も繋がらなくて、当分帰って来れないかもしれない。でも、絶対帰ってくる。修真を取り戻したら、必ず帰ってくる。十年後でも百年後でも、どんなに時間がかかっても必ず戻ってくる。正直、怖いよ。私には未知すぎるし、伝えられた話が本当かもわからない。それでも私は行くよ。修真が、お父さんが好きだから。三人で過ごす時間が、どんな瞬間より輝いているから。だから待ってて。長生きして。私が戻ったら、今度は修真と一緒に誕生日を祝わせて……」
ノイズがかかる。時間切れがそろそろ近付いてきたようだ。父は決して自分の言葉を伝えず、ただずっと私の話を聞いている。あぁ、もう愛おしい。ずっと、続くと思っていた。あと半世紀は何の心配もいらないと思っていた。だから伝え忘れたことが山のようにある。思い出とか、感謝の言葉とか。幸せすぎて、疎かにしてしまった数々が、不幸と一緒に歩いてきた。私は、最後に一言だけ言うことにした。
「もし、生まれ変わってもお父さんの娘でいたいな」
「はい、時間切れ」
死神は、容赦なく私たちの電話を遮った。
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