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第四節 嵐の予兆は西方より出(いず)る5
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内海アスハーナからの強い風が、水辺の王国サングダールの王都レグザスに吹き付けていた。
天空に輝くの太陽は、広大な空と大地と海に、今、昇ったばかりである。
シァル・ユリジアン大陸最大の大国リタ・メタリカから、フレドリック・ルード連合王国を介したこの国、サングダール王国を統治する王の名はデルファノ二世。
その年まだ36歳の若き王は、元来好戦的な民族であるサングダール人の血を色濃く受け継ぐ、血気盛んな王であった。
アスハーナから響く海鳴りの音が、早朝の光に照らし出される王宮にこだましている。
上質の絹で織られた紅いマントを翻し、サングダール王デルファノ二世が、ゆっくりと王座を立った時、その無骨な眼差しの先に、将軍ガイアと兵士達に取り囲まれるようにして、一人の美しい女性が、その手に封魔の手かせを填められた姿で彼の元へ謁見に訪れていた。
だがそれは、決して彼女が望んでいたことではない。
銀糸のように輝く優美な銀色の髪は、その両脇を顎の線できちんと切りそろえられ、長い後ろ髪は結われてふくよかな胸元に垂らされている。
凛と強く輝く銀水晶の瞳が、臆すことなく真っ直ぐにデルファノ二世の日焼けした鋭利な面持ちのその顔を見つめすえていた。
そんな彼女の透き通るような白い頬に、銀緑の特殊な塗料で描かれている竜の羽根のモチーフ。
それは、内海アスハーナを隔て内陸に向かった山脈の最中にある小国、カシターシュ公国に居住するクスティリン族に在る術者の長たる証であった。
引き結ばれた妖艶な唇と、落ち着き払った鋭い銀水晶の眼差し。
小柄だが、極めて秀麗なクスティリン族の魔法使いマイレイ・カーラ・デルーソフのその姿を目にした瞬間、デルファノ二世は、「ほぉ」とため息をもらし、感心したようにその無骨な指で顎を撫でたのだった。
「これはまた・・・・女魔法使いか・・・・そなた、名は?」
なにやら、不躾な唇でニヤリと笑い、デルファノ二世が腰の剣を鳴らしながらゆっくりとマイレイの前に立つ。
マイレイは、その言語を流暢なサングダール語に変えて、冷静だが鋭い声で答えて言うのだった。
「マイレイ・カーラ・デルーソフ・・・・異国の無粋な王よ、我が弟子達は無事か?あの子らに手出ししようものなら、腕を切り落としてでもこの手かせを外し、末代までそなたの一族を呪ってやろうぞ・・・・」
その言葉に、デルファノ二世は実に愉快そうに一笑した。
「魔性のように美しいそなたにそう言われると、本当にそうなりそうで恐ろしいわ。
安心せい、皆無事だ、そなたが我が銘に従えば、何の手出しもせぬ」
「愚かな王よ、リタ・メタリカに攻め上るつもりなら考え直すがよい。
あの地は、今、魔物の巣窟・・・・それに、かの国には、ロータスの者どもと・・・そして、アーシェの者がいる・・・・攻め上ったところで、賞賛はあるまい」
「その厄介な魔術を使う者どもを、そなたが止めればよいだけの話だ、マイレイとやら・・・一気に王都を陥落させれば、全ては余の意のまま。
拒むでないぞ、そなたの弟子達の命が惜しいならな・・・」
唇をニヤつかせたまま、デルファノ二世は脅すように低くそう言うと、言葉を続けた。
「我が軍には屈強な兵がおる、ロータスさえ封じてしまえば、魔物に弱ったリタ・メタリカの兵など恐れるに足りぬわ。
もし、そなたがロータスを封じることが出来ねば・・・・その時は、そなたのその美しい首も、弟子達もろとも跳ねてやろうぞ、心してかかれ」
茶色の前髪の下でギラリ邪に輝いたデルファノ二世の黒い瞳を、真っ向から睨みつけて、マイレイは、口惜しそうに奥歯を噛み締めた。
その表情に、再び愉快そうに笑うと、デルファノ二世は屈強な肩に羽織ったマントを翻して、王宮中に響き渡る声で高らかに言うのである。
「皆のものよく聞け!全ての兵が整い次第、我が国の軍はリタ・メタリカに攻め上る!ロータスや魔物など恐れるに足りぬ!心してかかれ!武勲を立てたものには褒美を取らす!!」
とたん、王宮中にいた兵士の合間から、自国の王を賛美する轟くような雄たけびが上がった。
「勇敢な王に我らは付き従う、軍神ガーランドに栄光あれ!!」
王宮中に響き渡る兵士達の声の中、マイレイは、蛾美な眉を悔しそうに眉間に寄せて、その銀水晶の瞳をゆっくりと閉じた。
アーシェの者よ・・・そなたなら、必ずやこの愚かな王の首を取ることが出来よう・・・・
アーシェの者よ、そなたに、我が守護者ヤーオの祝福あれ・・・・
その名を棄てし者よ・・・
「ジェスター・ディグ・・・・・・」
か細く紡がれたその声が、開け放たれた王宮の窓から吹き付ける風に舞い、兵士達の雄たけびの中にかき消されていった。
内海アスハーナからの強い風が、水辺の王国サングダールの王都レグザスに吹き付けていた。
天空に輝くの太陽は、広大な空と大地と海に、今、昇ったばかりである。
シァル・ユリジアン大陸最大の大国リタ・メタリカから、フレドリック・ルード連合王国を介したこの国、サングダール王国を統治する王の名はデルファノ二世。
その年まだ36歳の若き王は、元来好戦的な民族であるサングダール人の血を色濃く受け継ぐ、血気盛んな王であった。
アスハーナから響く海鳴りの音が、早朝の光に照らし出される王宮にこだましている。
上質の絹で織られた紅いマントを翻し、サングダール王デルファノ二世が、ゆっくりと王座を立った時、その無骨な眼差しの先に、将軍ガイアと兵士達に取り囲まれるようにして、一人の美しい女性が、その手に封魔の手かせを填められた姿で彼の元へ謁見に訪れていた。
だがそれは、決して彼女が望んでいたことではない。
銀糸のように輝く優美な銀色の髪は、その両脇を顎の線できちんと切りそろえられ、長い後ろ髪は結われてふくよかな胸元に垂らされている。
凛と強く輝く銀水晶の瞳が、臆すことなく真っ直ぐにデルファノ二世の日焼けした鋭利な面持ちのその顔を見つめすえていた。
そんな彼女の透き通るような白い頬に、銀緑の特殊な塗料で描かれている竜の羽根のモチーフ。
それは、内海アスハーナを隔て内陸に向かった山脈の最中にある小国、カシターシュ公国に居住するクスティリン族に在る術者の長たる証であった。
引き結ばれた妖艶な唇と、落ち着き払った鋭い銀水晶の眼差し。
小柄だが、極めて秀麗なクスティリン族の魔法使いマイレイ・カーラ・デルーソフのその姿を目にした瞬間、デルファノ二世は、「ほぉ」とため息をもらし、感心したようにその無骨な指で顎を撫でたのだった。
「これはまた・・・・女魔法使いか・・・・そなた、名は?」
なにやら、不躾な唇でニヤリと笑い、デルファノ二世が腰の剣を鳴らしながらゆっくりとマイレイの前に立つ。
マイレイは、その言語を流暢なサングダール語に変えて、冷静だが鋭い声で答えて言うのだった。
「マイレイ・カーラ・デルーソフ・・・・異国の無粋な王よ、我が弟子達は無事か?あの子らに手出ししようものなら、腕を切り落としてでもこの手かせを外し、末代までそなたの一族を呪ってやろうぞ・・・・」
その言葉に、デルファノ二世は実に愉快そうに一笑した。
「魔性のように美しいそなたにそう言われると、本当にそうなりそうで恐ろしいわ。
安心せい、皆無事だ、そなたが我が銘に従えば、何の手出しもせぬ」
「愚かな王よ、リタ・メタリカに攻め上るつもりなら考え直すがよい。
あの地は、今、魔物の巣窟・・・・それに、かの国には、ロータスの者どもと・・・そして、アーシェの者がいる・・・・攻め上ったところで、賞賛はあるまい」
「その厄介な魔術を使う者どもを、そなたが止めればよいだけの話だ、マイレイとやら・・・一気に王都を陥落させれば、全ては余の意のまま。
拒むでないぞ、そなたの弟子達の命が惜しいならな・・・」
唇をニヤつかせたまま、デルファノ二世は脅すように低くそう言うと、言葉を続けた。
「我が軍には屈強な兵がおる、ロータスさえ封じてしまえば、魔物に弱ったリタ・メタリカの兵など恐れるに足りぬわ。
もし、そなたがロータスを封じることが出来ねば・・・・その時は、そなたのその美しい首も、弟子達もろとも跳ねてやろうぞ、心してかかれ」
茶色の前髪の下でギラリ邪に輝いたデルファノ二世の黒い瞳を、真っ向から睨みつけて、マイレイは、口惜しそうに奥歯を噛み締めた。
その表情に、再び愉快そうに笑うと、デルファノ二世は屈強な肩に羽織ったマントを翻して、王宮中に響き渡る声で高らかに言うのである。
「皆のものよく聞け!全ての兵が整い次第、我が国の軍はリタ・メタリカに攻め上る!ロータスや魔物など恐れるに足りぬ!心してかかれ!武勲を立てたものには褒美を取らす!!」
とたん、王宮中にいた兵士の合間から、自国の王を賛美する轟くような雄たけびが上がった。
「勇敢な王に我らは付き従う、軍神ガーランドに栄光あれ!!」
王宮中に響き渡る兵士達の声の中、マイレイは、蛾美な眉を悔しそうに眉間に寄せて、その銀水晶の瞳をゆっくりと閉じた。
アーシェの者よ・・・そなたなら、必ずやこの愚かな王の首を取ることが出来よう・・・・
アーシェの者よ、そなたに、我が守護者ヤーオの祝福あれ・・・・
その名を棄てし者よ・・・
「ジェスター・ディグ・・・・・・」
か細く紡がれたその声が、開け放たれた王宮の窓から吹き付ける風に舞い、兵士達の雄たけびの中にかき消されていった。
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