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第一節 開戦の調べ11

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 混乱と混迷と、怒号と悲鳴が溢れるサーディナの街は、サングダ―ル軍が放った火によって轟々と唸りを上げて燃え盛っている。

 全身に矢を受けて、石畳に倒れ伏したサーディナ提督軍の兵士達、逃げ惑う庶民達の合間を、サングダ―ル軍の騎馬が怒涛の如く駆け抜けていく。
 逃げ惑う人々すら背後から切りつけて、異国からの侵略者達は、まるで盗賊か海賊であるかのように略奪の限りを尽くしていた。

「なんと言うことを・・・・・!!」

 その光景を目の当たりにし、晴れ渡る空の色を映した大きな紺碧色の瞳が、心根からの怒りを宿して爛と輝いた。
 家屋が焼ける匂いと、敵味方問わず、この戦乱で死んだ者たちの血の匂いと死臭が、海風に乗ってつんとその鼻をつく。

 片手で軍馬の手綱を握ったまま、利き手でしなやかな腰に履かれたレイピアを抜き払い、艶やかな紺碧の巻き髪を揺らしながら、リタ・メタリカの王女リーヤティアは、躊躇うことも臆すこともなく、疾走する騎馬を駆って一気に戦乱の街に飛び込んで行ったのである。

 「私は、リタ・メタリカの第一王女リーヤティア!!我が国を侵す不貞な輩よ!
この私が相手になります!!かかって参れ――――っ!!」

 勇ましいリーヤの声が、盛んに刃を交える提督軍とサングダ―ル軍の怒号の中に響き渡った。
 けたたましい軍馬の馬蹄が響き渡り、片手にレイピアを構えたまま、緋色のマント翻すリーヤの元へ、容赦ない白刃が振り下ろされてくる。

 器用に手綱を操って、湧き上がる怒気に秀麗な顔を歪めたリーヤが、しなやかにその手首を翻した。
 煌く閃光の斬撃が、死臭の漂う虚空を切り裂いて、無粋にも彼女に刃を向けた兵士の首を兜ごと宙に撥ね飛ばす。
 両断された頚動脈から、まるで噴水のように鮮血が吹き上がり、空を舞った生首が鈍い音を上げて石畳に転がった。

 サングダ―ル語の怒号が飛び交い、真正面から疾走して来る一騎の軍馬が、リーヤに向かって豪速でその刃を振りかざす。
 強風の中に凛と立つ花のように、紺碧色の眼差しを強く鋭く煌かせ、瞬時にその太刀筋を見極めると、リーヤは、すれ違い様、迫る豪剣を真っ向から弾き返したのである。
 甲高い金属音と青白い火花が海風に舞い飛び、瞬時に馬頭を巡らせて異国の兵士が、刃をかざして再びリーヤの元へと迫った。

 「ハッ!」と短い声を上げて馬腹を蹴ると、臆すこともない澄んだ紺碧色の瞳が、諸刃の如き鋭利な輝きを宿して、真っ向から迫り来る無粋な兵を睨み据える。

 轟く海鳴りと死臭の漂う虚空に、閃光の帯を引く鋭利な白刃が翻った。
 レイピアを持つリーヤの腕に鈍い衝撃が走り、次の瞬間、傍らを行き過ぎた騎馬から敵兵の体が転げ落ち、もんどりうって石畳に叩きつけられる。

 その体を追うように、宙を舞っていた生首が紅の帯を引きながら落下すると、地面の上で小さく跳ねた。
 血のりの着いた剣を振るうと、リーヤは、それこそ高貴な姫君とは思えぬほどの厳しい顔つきしながら、片手で器用に手綱を操り、素早く馬頭を巡らせたのである。

 「お見事!」

 その時、鋭敏なリーヤの聴覚に、どこか愉快そうな女性の声が響いてきて、彼女は、咄嗟にそちらを振り返る・・・・
 するとそこに、いつの間にやら馬を立てていたのは、エストラルダの美麗なアストラ剣士、ラレンシェイであったのだ。

 そんな彼女の元にも、無粋な異国の兵士たちが容赦なく刃を向けてくる。
 利き手に構えた鋼の剣がしなやかに翻り、鋭利で迅速な閃光の弧が虚空を二分すると、次の瞬間、侵略者たちの首が血の帯を引いて宙に撥ね上がった。
 同時に、ラレンシェイの騎馬の後輪から、慌てふためいた様子で、魔法使い見習の少年ウィルタールが石畳に飛び降りてくる。

 「姫!ご無事で何よりでした!!」

 明るい茶色の髪を弾ませて、彼は、急いでリーヤの騎馬へと駆け寄っていく。
 しかし、そんな彼を目掛けて、敵兵の刃が唸りを上げた。

「あ!?」

「ウィルト!」

 驚愕して、リーヤが思わずその名を叫んだ時だった。
 辺りに甲高い金属音が響き渡り、素早く騎馬を飛び降りたラレンシェイの豪剣が、ウィルタールに迫った白刃を真っ向から弾き返したのである。

「これだから戦場慣れしてない奴は困るのだ!おい!見習い!自分の置かれている状況をよく把握しから行動しろ!!わかったか!?」

 その突然の出来事に、恐怖で身を強張らせてしまったウィルタールに向かって、ラレンシェイは、どこか呆れたような、どこか怒ったような口調でそう言った。

 前で剣を構え、ラレンシェイは、厳しい顔つきをしてそんな彼の傍らに立った。
 太陽の切っ先に照らし出される見事な紅の髪が、たゆたうように虚空に棚引いている。

「あ・・・有難うございます・・・・!」

 反感を抱きながらも、ウィルタールは、その機敏で洗練された彼女の物腰に感服して、素直に礼の言葉を述べたのだった。

「大丈夫ですか!?ウィルト!?」

 どこか焦ったような顔つきをして、リーヤもまた、機敏な仕草で騎馬を飛び降りると、緋色のマントと長い巻き髪を揺らしながら、ウィルタールの傍らに駆け込んでくる。

 そんな二人の果敢で勇猛な姿に、ウィルタールは、自分に対して一抹の情けなさを感じながらも、にわかに、そのあどけない顔を凛と強く引き締めたのだった。
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