神在(いず)る大陸の物語~月闇の戦記~【第三章】

坂田 零

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第三節 混迷の暁に騒乱はいずる12

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 だが、強風に凛と立つ花のように強く果敢な姫君は、晴れ渡る空の色を映した紺碧色の両眼を閃かせると、虚空を振動させるほどの熱波を帯びる朱き刃を、迅速で頭上に掲げたのであった。

 ジェスターは、『ザイン(神炎)』なら闇の炎を打ち消せると言っていた・・・・
 それならば・・・もう一度あの炎を出現させれば、この闇の炎も驚異ではないと言う事だ・・・・

 闇の爆炎が眼前に迫る。

 リーヤの掲げた【無の三日月】の朱き刀身が唸りを上げ、空を両断するが如く一気に下方へと振り下ろされる。
 強く脈打つ光の刃が眩いばかりに発光すると、灼熱の波動が虚空にさざめき、朱き刃の鋭い切っ先が指し示す地面から、轟音と共に紅蓮の業火が立ち上ったのだった。

「そう簡単に、この首は取らせません!!」

 そんな豪語に呼応するように、朱と金に揺らめく凄まじい爆炎が、石畳を砕きながら、眼前に差し迫った闇の業火を真っ向から飲み込んでいく。

 激しい破裂音を響かせて、砕け散った石畳の破片が辺りに降り注ぐと、留まる所を知らない紅蓮の業火が、ギルトルクの肢体を焼き尽くさんと豪速で迸った。

 一瞬、目を剥いたギルトルクが、紫のローブを翻し咄嗟に横に飛び退いた。
 間一髪とは正にこのことだ・・・・
 金色のその瞳が、ぎらりと閃光の如く閃いた。

『鍵たる者よ・・・私はどうやら、そなたを少し甘く見すぎたようだ・・・・』

 屈強で無骨な手に握られた青銅色の嘆きの剣が、地獄の爆炎を宿して構え直される。
 刹那、唸りを上げる青銅色の鋭い刀身が空を二分し、燃え立つ黒炎を上げる重厚な斬撃が、リーヤの首を狙って豪速でまかり飛んだ。

 空気を熱く振動させる朱き光の刃が、今、火花を散して、真っ向からその豪剣を受け止める
 彼女の腕に伝わる重いその衝撃。

 だが・・・・

 何故だろう、エトワーム・オリアでジェスターと刃を交えた時ほどの痺れは感じない。
 その時、彼女の脳裏に、ふと閃いた・・・あの三日月型の閃光も、もしかすると、この刃を振うだけで出現させることができるのではないか?

 艶やかな紺碧色の長い巻き髪が虚空に乱舞し、後方に飛び退いたリーヤの手が、刹那も置かずに虚空に翻る。
 炎の如き熱を帯びる朱(あか)き刃が、虚空に鋭い閃光の帯を描いて唸りを上げた。
 だが、その斬撃は直接ギルトルクを狙った物ではない。

 ただ、虚空を両断しただけである・・・・しかし・・・・

 行き過ぎた朱き光の刃の残光が、虚空に不規則な波動を生み出すと、彼女の予想した通り、それは柄の無い三日月型の刃に変わり果てたのである。

 炎の如き熱を帯びる湾曲した鋭利な残光は、唸るように宙を両断し、虚空を震わせて、そのままギルトルクに向かって豪速でまかり飛ぶ。

 『!?』

 咄嗟にジェン・アーガンを構え直したギルトルクが、その肢体を闇の黒炎で包み込むが、一瞬の差で遅い。
紫色のローブが虚空に揺れる。
 次の瞬間、熱き波動を巻き起こす鋭利な三日月型の閃光が、不規則に虚空を振動させながら、ギルトルクの屈強な左肩を、深く抉るように引き裂いたのだった。

『ぐはっ・・・・!!』

 金色の両眼が見開かれ、数歩後退した彼の無骨な顔に、露骨な怒り露になる。
 引き裂かれた肩をかばうでもなく、瞬時にその爪先で地面を蹴り、黒い焔を飛び散らした青銅色の鋭利な刀身が、リーヤに向かって豪速で翻った。

 屈強な体にそぐわぬ俊足が、紫色のローブを棚引かせながら、一瞬にして彼女の目の前に踊り出る。
 まだ【無の三日月】を構え直していないリーヤが、驚愕で大きくその瞳を見開いた。

「・・・・あ!?」

 紺碧色の長い巻き髪が跳ねるように揺れ、素早く後方に飛び退くが、やはり僅かな差で間に合わない。
 先程、ジェスターがかけた守りの炎の効力は、既に切れている。

 刹那、黒炎を上げる重い斬撃の切っ先が、緋色のマントを羽織るリーヤの左肩を捕え、そのまま、綺麗な胸元までを容赦なく斜めに薙ぎ払ったのだった。

「っ!!?」

 悲鳴すら上げられぬ焼け付くような強烈な痛みが、リーヤの全身を駆け抜けていく。
 晴れ渡る空の色を映す紺碧色の両眼が、殊更大きく見開かれた。
 緋色のマントと共に、弾け飛んだ紅の鮮血が虚空を舞う。
 余り激痛に平衡を崩すしなやかなその体。

 痛みに霞んだ視界に、二撃目の一閃が黒炎を上げて迫り来る。

 その時だった・・・・

 後方に倒れ行くリーヤの体が、大きな腕に抱き止められると、甲高い金属音が辺りにこだまし、黒炎を上げる青銅色の鋭利な刃が、金色の刃によって一瞬にして虚空に弾き返されたのである。

「上出来だ」

 そう言ったのは、他でもない、先程からずっと彼女の戦いぶりを眺めていた、アーシェ一族の魔法剣士ジェスターであった。

 脈打つように走る激痛にその秀麗な顔をしかめ、リーヤは、僅かな声すら上げらぬまま、苦痛に歪んだ紺碧の瞳で、そんなジェスターの端正な顔を仰ぎ見る。
 燃え盛る炎の如き鮮やかな緑玉の瞳が、揺るぎない冷静さを持って、蒼白になった彼女の顔を顧みた。

 その身に纏われた紅蓮の炎の色を映し、若獅子の鬣の如き見事な栗色の髪が、煌びやかな朱に輝いている。
 胸元の傷から吹き出した紅の鮮血が、みるみる彼女の衣服を染め上げて、彼女を抱えるジェスターの袖をも紅く染めていった。

「立てるか?」

「・・・・大丈夫です、立てます」

 激痛の中にあっても、凛とした強さを失わない彼女の声が、小さくそう答えた。
 その言葉に、彼の腕が彼女の体から離れた。
 ふらつく足元でゆっくりとその場に立ち、リーヤは、秀麗なその顔をしかめたまま、片手で傷を強く押さえる。

 そんな彼女の視界の中で、ふわりと、ジェスターの纏う濃紺の衣の長い裾が虚空に舞った。
 金色の大剣を前で構え、ゆっくりとした歩調で眼前のギルトルクに歩み寄る彼の端正な顔が、どこか凶悪で冷酷なあの表情へと打ち変わる。

『さぁ、覚悟を決めろ・・・・・・・・・おまえの行き先は、地獄(ゲヘナ)だ』

 低く鋭くそう言ったジェスターの俊足が、一気にギルトルクの元へと走り込んでいく。
 紅蓮の炎を纏う柔軟な肢体が舞うように跳躍し、翻った金色の鋭利な閃光の弧が、ジェン・アーガンを構え直したギルトルクに向かって迅速で翻る。

 金色の刃から舞い散る深紅の焔。
 爛々と輝く鮮やかで美しい緑玉の瞳。
 ギルトルクの金色の瞳が何かを確信したように、何ゆえが、愉快そうに微笑(わら)った。

『やはり、そなたは・・・・』

 重い衝撃と共に金と青の激しい火花が虚空に舞い飛び、青銅色の魔剣が、真っ向から妖剣アクトレイドスの重く鋭い斬撃を受け止める。

『ゼル・・・・・!!』

 無骨な顔を嬉々とさせたギルトルクの豪腕が、アクトレイドスの金色の刃を後方に押し返した。
 濃紺の衣の裾が揺れ、野を駈ける獣の如きジェスターの肢体が僅かばかり後方に飛び退くと、間髪入れずに、その両足の柔軟なばねで叩くように石畳を蹴った。

 ギルトルクの視界から、一瞬にして、火炎を纏う【古の主君】の姿が消え失せる。
 紫色のローブを翻し、咄嗟に背後を振り返った瞬間、軽く身を捻り空中で体制を立て直したジェスターが、金色の閃光を散すアクトレイドスの斬撃を、豪速でその頭上へと振り下ろしたのだった。

『!?』

 甲高い金属音が辺りに響き渡り、素早く翳した青銅色の刀身が、烈火の如き金色の刃を寸前のところで受け止める。
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