神在(いず)る大陸の物語~月闇の戦記~【第三章】

坂田 零

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第四節 蒼き疾風の咆哮4

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 スターレットの雅で秀麗なその顔に、ふと、凛とした強い表情が表れてくる。

「そうだな・・・・ラレンシェイ・・・・私は、ロータスの大魔法使いであったな・・・・」

 そう呟いたスターレットの深紅の瞳が、今、鋭く大きく見開かれた。
 びゅぅんと甲高い音を上げて吹き荒んだ蒼き疾風が、優美に輝く蒼銀の髪を虚空に乱舞させ、その下で、禍々しくも神々しい深紅の両眼が、閃光の如き鋭さで発光する。

 その肢体から止めどなく吹き上がる、凄まじいばかりの蒼きオーラと、鋭利な咆哮を上げる烈風。

「許せラレンシェイ!そのなたの体に、傷をつけることになるかもしれぬ!!」

 弾けるように湧き上がる蒼きオーラが、轟音を上げてその輝きを増していく。
 血染めのローブが千切れんばかり虚空に棚引き、最高まで高められたその魔力が、蒼銀のヴェールを作り上げ、彼の肢体をそのまま覆い尽くしていく。
 周囲の空気がざわめき、細い音を立てて走る閃光の雨。

『古に眠りし怒りの精霊 我は呼ばわう 其が力・・・・・』

 その呪文が何の呪文であるか、レイノーラは瞬時に察知して、性悪なその表情を、にわかに驚愕の表情へと変貌させた。

『馬鹿な!そなた!?この女の体がどうなっても良いと言うのか!?』

 暗黒の黒炎を纏った美しき女妖が、咄嗟に数歩後退りする。
 今、眼前で、深紅の瞳を爛々と煌かせ、蒼銀の閃光を纏うロータスの大魔法使いが紡がんとしているその呪文は、竜狩人(ドラグン・モルデ)の扱う呪文より更に強力な、大魔法使いの名を持つ者にしか扱うことの出来ない、特有呪文と呼ばれる最強の呪文である。

 この呪文の前では、結界の役割を果たす闇の黒炎すら無力だ。
 それを知っているレイノーラは、思わず、その場から逃げおおせようと、その身を異空間へ投げ出さんとした。

 刹那、地面から吹き上がった激しい蒼銀の旋風が、そんな彼女の行く手を阻み、その肢体ごと取り囲んでしまったのである。

『なにっ!?』

 深き青のドレスと見事な紅の髪が、渦を巻く旋風の中で千切れんばかりに乱舞する。

『我 大魔法使い(ラージ・ウァスラム)の名において  引き裂く光 破壊の風  ここに解放する・・・』
  
 スターレットが纏う蒼銀の疾風が、今、目が眩むほどに眩く神々しいばかりの凄まじい光の帯を宿していく。

『 アルガード・ハンザーダ(来たれ崩壊の嵐) 』

 その唇が、遂に最後まで呪文を口にした、次の瞬間、彼を囲んでいた蒼銀の光が轟音と共に分散し、たゆたうように虚空に舞い上がると、にわかに頭上に掲げられた右腕に、その全てが一瞬にして集結する。

 彼の足元からは、弾ける閃光を伴う凄まじい爆風が巻き起こり、雅な大魔法使いの優美な蒼銀の髪を、激しく宙に乱舞させていた。

 頭上に振りかざしていた腕を、ふわりと眼前に振り下ろすと、巻き上がった爆風が、凄まじい勢いで蒼銀の光を飲み込み、その眼前に、巨大な閃光の竜巻を作り上げたのだった。

 それは、激しく発光しながら空気を捩じ曲げ、蒼き光の曲線を描いて、レイノーラの元へと豪速でまかり飛んだのである。

『あ・・・・あぁぁ――――っ!!?』

 天地を揺るがす衝撃が、切り立つ断崖全体をぐらりと震わせる。
 その全てを埋め尽くさんばかりの激しい光と爆風が、轟音と共に周囲の山々をも振動させ、膨れ上がる閃光の竜巻は、レイノーラの体までを飲み込んでいくのだった。

 幾筋もの光の矢が、まるで生き物であるかのように、深き谷と小高い山々の合間に飛び交い、それは絡み合うようにして、縦横無尽に、流星にも似た閃光の雨を降らせる。

 地面が脈打つような激しい魔力の脈動が、岩も木々も、天空さえも揺るがせて眼前の山までをも飲み込むと、眩い閃光が辺りに伸び上がった。

 それは、にわかに虚空で砕け散り、まるで、砂山が崩れるが如くその巨大な山の一つを、一瞬にして崩壊させたのである。

 黄色い霧の如き砂塵が舞い上がり、それこそ滝が流れ落ちるように深い渓谷へと崩れ落ちていく、木々と岩と土の群れ・・・・・

 スターレットの足元がぐらりと揺らぎ、その大地に亀裂が走る。
 呪文の効力をまともに受けたこの場所もまた、まもなく崩壊するのだろう。
 乱舞する蒼銀の前髪の下で、禍々しくも神々しく輝く深紅の瞳が、鋭く細められる。
 レイノーラの・・・・いや、ラレンシェイの居るだろう場所へ赴かねばならない。

 標は既に彼女の身に纏わせている。
 呪文を放つ寸前、レイノーラの動きを奪ったあの旋風は、何を隠そう、『シャム・ルーガ(守りの風)』と呼ばれる護身の呪文であったのだ。

 緩やかに鎮まり行く閃光と爆風の最中、その身に纏う蒼き疾風が甲高い咆哮を上げ、ロータスの大魔法使いの雅な姿は、一瞬にしてそこから掻き消されていった。

 同時に、今まで彼の体があった断崖の先端は、轟音を上げながら深き谷底へと崩れ落ちていったのである。
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