神在(いず)る大陸の物語~月闇の戦記~【第一章】

坂田 零

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第二節 白銀の守り手 青珠(せいじゅ)の守り手4

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                  *
 カルダタス山脈を囲む広大で深い森に、不穏を伝える風の精霊の声がこだましている。
 その木々の合間からもれる金色の木漏れ日が、光に透けると鮮やかな藍色に輝く美しい黒髪を照らし出していた。
 その前髪の下の綺麗な額に煌く、青い華の紋章。
 緑に萌える木々の葉を、山脈から吹き降ろしてくる冷たい風が揺らし、古木の合間に出現し始めた嘆きの精霊の悲痛な声と重なりあって森の最中へと響き渡っていた。

『リューイ・・・此処にも嘆きの精霊が・・・・・』

 古の言語を使い、どこか鋭い声色で、足音もたてずに傍らを歩く青い豹にそう言うと、彼女は、凛と輝く紅色の両眼を揺れる前髪の下で鋭く細めた。
 鋭く引き締められた、秀麗でどこか甘い色香が漂う綺麗な顔立ち。

 女性らしくなだらかに引き締まった細い腰には、まるで青玉(サファイア)のように輝く弓が下げられている。
 彼女の額に刻まれた青く輝く華の紋章は、彼女が、このシァル・ユリジアン大陸に点在する妖精の森の一つ、青珠(せいじゅ)の森の守り手である証であった。

 その美しさにはそぐわぬ、勇ましい男装にしなやかな体を包み込み、彼女は、ただ、鋭い眼差しで、真っ直ぐに森の古木に揺らめき立つ嘆きの精霊の悲壮な姿を見つめていた。
 高く結われた、藍にも見える艶やかな黒髪が、木々を渡る冷たい風に緩やかに揺れている。
 リューイと呼ばれた青い豹は、僅かに金色の瞳を彼女に向けると、口を開かぬまま答えて言うのだった。

『・・・・間違いないな・・・・【魔王の種】を持ち去った者は、此処に来たはずだ・・・・』

『忌々しい魔物が・・・!【魔王の種】だけじゃなく、【息吹(アビ・リクォト)】まで持ち去って・・・・!早く取り返さないと、レイルが死んでしまう!』

 そう言った彼女の秀麗な顔に、不意に激しい怒りの表情が浮かび上がった。

『怒りにほたされるなレダ・・・・冷静さを欠くと魔物の思うつぼだ』

 感情を露にした美しき青珠の守り手、レダ・アイリアスを制すると、彼女と同じ青珠の森の守り手である青き魔豹リューインダイルは、ふと、何かに気が付いて鋭い爪を持つ四本の足を止めたのだった。

『・・・・リューイ?どうしたの?』

 揺れながら藍に輝く前髪の下で、怪訝そうに綺麗な眉を寄せ、レダは、そんなリューインダイルを鮮やかな紅色の眼差しで顧みた。
 青珠の森の青き魔豹は、その首をゆっくりと南の方角に向けながら、呟くように言うのだった。

『魔法を司る者が・・・近づいてきている・・・・・・』

 リューインダイルがそう言い終わらぬうちに、レダは、藍に輝く黒髪を疾風に翻し、秀麗な顔を厳(いかめ)しく歪め、森に茂る低い木々を軽やかに飛び越えてリューインダイルの視線の先へと俊足で走り込んで行ってしまったのである。

『待て!レダ!!』

 リューインダイルは、慌ててそんな彼女の背中を追い、緑に萌える木々の合間を疾走したのである。


      *
 冷たい風が吹き降ろす深い森の最中を、速度を落とした黒毛の騎馬が、倒木を飛び越えてカルダタスの高峰に近づいていた。
 カルダタスの蒼い峰を渡る風の精霊が、ざわりと、何者かの気配が近づいてくることを知らせる高い警告の声を上げる。 
 黒毛の騎馬の手綱を取る、白銀の森の守り手、魔法剣士シルバ・ガイは、急速に迫って来る、殺気立つ見知らぬ気配に、本来なら穏やかな印象を与える精悍で整った顔を、不意に鋭く歪めたのだった。
 深き地中に眠る紫水晶のような右目が、閃光の如く閃めいた。
 彼は、利き手で腰の鞘から神々しく白銀に輝く魔剣を抜き払う。

『シルバ!誰かが来る!』

そんな彼の背後で、サリオが、何かに気付いたように声を上げた。

『サリオ、君は隠れていろ、ラウドを頼む』

『あ!待って!私も行く!』

『駄目だ!!いいと言うまで出てくるな!!』

 いつになく鋭い口調でそう言い放つと、シルバは、純白のマントを翻し、躊躇いもせずに疾走する騎馬の上から、草の香りが萌えたつ地面へと飛び降りたのだった。 

『シルバ――――!!』

 どこか不安そうなサリオの声が、愛馬の馬締の音と共に遠ざかっていく。
 その声に振り返ることもせず、シルバは、鋭く閃く紫水晶の視線を、素早く周囲に走らせた。
山脈から吹き付ける冷たい風に、彼の羽織った純白のマントが翻り、その長い黒髪が踊るように虚空に乱舞する。
 柄に銀竜の見事な彫り物が施された『ジェン・ドラグナ(銀竜の角)』と言う名の白銀の魔剣を構えると、マントの下の広い胸元に、不意に眩い銀色の輝きが灯った。

 その光と共に、二匹の竜の美しい彫り物を施された白銀の鎧が、彼の体を守るかのように一瞬にしてそこに出現する。
 聖剣と呼ばれるジェン・ドラグナを扱う者だけが纏うことの出来る、この白銀の鎧は、その昔、妖精達の手により銀竜の鱗から作り出されたと言われ、それは、人の扱う武器など到底突き通すことも出来ない、軽く強固な鎧であった。
 それが彼の体を覆ったということは、そこに、明らかな殺気を持って彼に危害を加えんとする何者かがいるという証・・・・。 

 紫水晶の鋭い両眼が、背後を振り返った瞬間、びゅうんという鋭利な音と共に、森の木々の合間から青く輝く二本の閃光の矢が、彼の心臓を目掛けて豪速で飛来したのである。
 彼の手にある白銀の剣が、にわかに銀色の触手のような光を揺らめき立たせた。
 鈍い音が虚空を揺らし、彼の眼前に出現した銀色の結界が、その閃光を一瞬にして防いでしまう。

 結界に阻まれた青い閃光は、水音を立てて千々に砕けると、太陽の光を受けて虹色に輝きながら虚空に弾け飛んだ。
 次の瞬間、黒豹のように柔軟でしなやかな彼の肢体は、倒木を飛び越えるようにして、青き閃光が飛んできた方向に疾走している。
 びゅうんと空を薙ぐ鋭い音がこだまして、複雑に点在する森の木々の合間を、真っ直ぐにシルバだけを狙って放たれる閃光の矢。
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