βがコンプレックスな俺はなんとしてもΩになりたい

蟹江カルマ

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15 嫌いじゃないんだ

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 先にシャワーを使って、寝室に入った。

「お先に」
「はーい」

 入れ替わりでサノユーが風呂場に消えていった。
 今夜は間違えないように、ダブルベッドではなく、小さな方のベッドにもぐりこむ。
 会社の女性社員に悪口を言われたり、自己開発をサノユーに見られて恥をかいたりと、今日もいろいろなことがありすぎた。
 横たわった瞬間、今夜も強烈な眠気に襲われた。もともと寝つきはいい方だが、ここ二日は特にそうだ。
 すう、と大きく息を吸ったが最後、俺は深い眠りに落ちた。

『ねえ、朝くん』

 暗い意識の向こう側から、サノユーのやわらかい声がした。
 それが夢だったのか現実だったのか、よくわからない。
 
『最近ちょっと優しくなったし、ああやって僕のこと待ってたし。ほんとに脈がないのかなぁって、思っちゃうじゃん』

 手のひららしきものが、さらさらと俺の頭を撫でた。俺はいい気分になった。
 
『期待しちゃ、ダメなのかなぁ』

 手のひらはそのまま俺の首筋に下りた。
 
『咬みたいよ』

 切ない声だった。
 
『ほんとは、今にでも……』
 
 目を開けると、サノユーの姿はなかった。ちゃんと自分のベッドの中で、静かに寝入っている。
 夢だったんだろうか。首筋にはたしかに手のひらの熱が残っているのだが。
 俺は暗闇の中で、しばらくじっとしていた。
 
 いつもの朝が巡ってくる。
 
「さすがにチーズトーストは飽きちゃった。今朝はフレンチトーストにしたよ、たまにはいいでしょ」

 サノユーはフライ返しを手に言った。
 五年間、こんな間違い探しのような、同じような日々を繰り返してきた。
 サノユーは朝ごはんを用意してくれて、会社が俺より近いからと、皿も洗ってくれる。
 そうして変わらず、俺を好きでいてくれる。
 
「俺は毎日だって一向に飽きないが、お前のフレンチトーストも嫌いじゃない」
「そう」
 
 サノユーはいとおしそうに目を細めた。
 
『期待しちゃ、ダメなのかなぁ』
 
 夢と現実の間で聞いた、サノユーの切ない声が、ふいによみがえってきた。
 
「お前のことも」

 俺は思わず付け足していた。
 
「……お前のことも、嫌いじゃないんだ」
 
 サノユーは皿を手に振り返った。きょとんとした顔をしている。
 
「朝くん」
「時間をくれ。たぶん、俺の身体と同じぐらい、心の方も時間がかかる」
 
 サノユーは皿を静かにテーブルに置いた。
 そしていきなりがばっと俺を抱きしめた。
 
「付き合うの、考えてくれるんだ? うれしい、夢みたい」

 サノユーの頬が俺の顔に擦りつく。
 手加減なく、ぎゅうぎゅうと腕に力をこめてくる。

「朝くん、大好き」
「こら、時間がかかるって言ってるだろうが! 苦しい!」

 あまりの息苦しさに、俺は手をばたつかせた。

「あ……ごめん。もっとすごいことしてるから、大丈夫かと思った」

 サノユーは申し訳なさそうに言って力を緩めた。
 
「今夜も頼んだぞ。早く帰ってきてくれよ」

 俺はぼそっとつぶやいた。

「なるべく頑張る」

 サノユーは俺のおでこにキスをした。
 
 
 
 プレゼンを終え、ひとり部屋を片づけて会議室から出ると、桜田さんと廊下ですれ違った。
 入れ替わりに部屋を使うようで、準備のためか、やはり桜田さんはひとりだった。
 桜田さんはばつが悪そうに頭を下げた。
 
「どうも」

 俺はにっこりと笑った。

「どうも。ああ、昨日のことは気にしなくて大丈夫だから」

 桜田さんは俯いた。
 
「本当にすみませんでした」
「いやいや。もういいんだ」

 桜田さんがほっとしたところに、俺はいたずら心を起こして、付け加えた。

「だって俺、いつかオメガになるんだから」
「は?」

 突然の爆弾投下だ。オメガは顔を上げ、ぽかんとした。
 その顔が面白くて、俺はくくっと笑った。
 
「なれると決まったわけじゃないけどね」
「え、でも、それって」
「俺にはそういう関係のアルファがいるってことさ」

 セックスする仲にあるのは嘘ではないのだし、いつかはサノユーと本当に付き合うことになるかもしれない。
 その考えは俺を心強くした。
 俺はけっして、いらないベータなんかじゃない。
 
「そう、なんですね……?」
 
 桜田さんは目を白黒させている。
 ベータのくせに、なんでアルファと。
 そう混乱している桜田さんの心の声が聞こえてくるようだ。

「昨日いっしょだったベータの彼女には悪いが、そういうわけで、やっぱり付き合うのは無理だ。彼女にはそう伝えてほしい。それじゃ」

 俺はなんだか愉快な気分で、さっそうとその場を後にした。
 



 短めの残業を終え、急いで帰宅する。玄関のドアを開けると、

「おかえり」

 約束通り、早く帰ってきてくれたサノユーがリビングから出てきた。 

「ごはんどうする?」
「そんなの、あとだ」
「すっごい前のめりじゃん」

 サノユーは苦笑して、ごく自然に俺の腰に両手を回した。
 オメガの扱いに慣れている空気が漂ってきて、少しもやっとする。
 そのオメガとサノユーは、もう五年も前に別れているのに。

「今夜は僕がお尻してあげるからね」
「わかってるけど、お前の言い方、なんかすけべだな」

 ばかばかしいやきもちを追いやりながら、俺は言った。

「アルファの男の子はみんなそうですぅ」
「まあ、ベータの男もそうかもしらんが。とにかく、始める前にシャワーだけ行かせろ」
「僕はもう浴びたから、朝くんどうぞ」

 俺は呆れた。

「お前だって用意周到じゃないか。まあ、助かるがな」

 シャワーのあと、髪を乾かしているとサノユーが洗面所に入ってくる。
 
「ねえ、まだ?」

 甘えたように言って、俺のうしろに立った。

「寝ぐせになると面倒なんだよ。お前はいつでもぼわぼわだけど」
「明日はお休みなんだから別によくない? まあ、待つけど」
「なら、もうちょっと離れてくれ。近い。焦げるぞ」
「わかった」

 サノユーは口をとがらせると、ほんとうにちょっとだけ離れた。
 ぶうんと大きな音を立ててドライヤーが止まる。
 
「終わったよ」
「うん。じゃ、つかまってて」
「うぉっ、おい」
 
 サノユーは問答無用で俺を掬い上げて横抱きにすると、寝室に連行した。
 
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