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1 転生するなら俺がよかった
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きいい、とタイヤが甲高い音をたてる。
フロントガラスの前方には男が立っている。
男は手にしたスマートフォンから顔を上げ、狭い路地の真ん中でこちらを見つめている。
男のきょとんとした顔が、みるみるアップになっていく。
(あー、俺の人生終わった)
ブレーキを思い切り踏んづけながら、榛名恭弥(はるな きょうや)は投げやりになっていた。
ろくにいいことがなかった恭弥の人生は、この日最低値を更新したばかりだった。
そしてこれから、その記録をさらに破って、恭弥は人殺しになるらしい。
もうすぐ轢いてしまう。
一方通行の細道のせいで、ハンドルを切って避けることもできない。
(なんで死ぬのが俺じゃなくて赤の他人なんだよ。転生するならここは俺だろ)
最後の一コンマが永遠のように長く感じる。
鈍い衝撃と真っ赤なフロントガラスを予感して、恭弥は目をぎゅっと閉じた。
だが、待っていた音は鳴らなかった。
こわごわと目を開けると、男がドアガラスからひょっこりと恭弥の方を覗き込んでいた。
ブレーキが間に合ったのか、それとも男が避けたのかはわからないが、間一髪のところで轢かなくて済んだらしい。
ようやく我に返った恭弥は、窓を下げて怒鳴った。
「おい、あぶねぇだろ!」
男は胡散臭い笑顔を向けてきた。
「ごめんごめん、君があんまり昔の恋人に似てたから。見惚れちゃった」
どう聞いても嘘としか思えない、軽薄な声だった。
「は?」
唖然とする恭弥に、男は続けた。
「お詫びにぼくのうちへご招待するよ」
尻上がりのイントネーションで言う、一人称のぼくがまた胡散臭い。
(変な人だ)
自分をナンパしてくる男に、恭弥は初めて遭遇した。
(かかわらない方がいい)
「あの、そういうのいいんで」
恭弥は窓を静かに閉めようとした。男は隙間に手を入れてきた。
「遠慮しなくていいから。あと、これは単なる偶然なんだけど、ぼくさ、今迷子なんだよ」
「それで道の真ん中に突っ立ってたのかよ」
たしかにこのあたりは入り組んでいる。初めて来る人が方向感覚を失うのはよくあることだ。
似たような戸建ての家が無数に並んでいるせいで、某マップアプリを駆使しても、迷うときは迷う。
「ご招待ついでに、ぼくのうちまで乗せていってくれないか?」
「それが目的か……」
恭弥は少しほっとした。
話し方が思わせぶりなだけで、実際に恭弥をどうこうしようとするつもりはなさそうだ。たぶん。
「困ってんなら変な言い方しないで、最初からそう言いなよ。まあ、正直に言われたって連れてかないけど」
「いい車だなぁ。質実剛健って感じ?」
「適当に褒めてなんとかしようとすんじゃねぇ。ってか、俺一応仕事中だし。見てわかるだろ」
恭弥は作業服の袖口をひっぱって見せた。
「この車も、俺のじゃないから。勝手に私用じゃ使えねぇの。悪いな」
男は顔の前でぱんと手を合わせてきた。
「交番まででもいいから。ね? 頼むよ、このままじゃお兄さん遭難死しちゃう」
「こんな都内の市街地で遭難死したらニュースになるよ」
しかも一人称がお兄さんになっている。
このまま問答を続ける面倒さが勝って、恭弥はため息交じりにドアを開けた。
「いいよ。どうせもう会社ないし、乗って」
フロントガラスの前方には男が立っている。
男は手にしたスマートフォンから顔を上げ、狭い路地の真ん中でこちらを見つめている。
男のきょとんとした顔が、みるみるアップになっていく。
(あー、俺の人生終わった)
ブレーキを思い切り踏んづけながら、榛名恭弥(はるな きょうや)は投げやりになっていた。
ろくにいいことがなかった恭弥の人生は、この日最低値を更新したばかりだった。
そしてこれから、その記録をさらに破って、恭弥は人殺しになるらしい。
もうすぐ轢いてしまう。
一方通行の細道のせいで、ハンドルを切って避けることもできない。
(なんで死ぬのが俺じゃなくて赤の他人なんだよ。転生するならここは俺だろ)
最後の一コンマが永遠のように長く感じる。
鈍い衝撃と真っ赤なフロントガラスを予感して、恭弥は目をぎゅっと閉じた。
だが、待っていた音は鳴らなかった。
こわごわと目を開けると、男がドアガラスからひょっこりと恭弥の方を覗き込んでいた。
ブレーキが間に合ったのか、それとも男が避けたのかはわからないが、間一髪のところで轢かなくて済んだらしい。
ようやく我に返った恭弥は、窓を下げて怒鳴った。
「おい、あぶねぇだろ!」
男は胡散臭い笑顔を向けてきた。
「ごめんごめん、君があんまり昔の恋人に似てたから。見惚れちゃった」
どう聞いても嘘としか思えない、軽薄な声だった。
「は?」
唖然とする恭弥に、男は続けた。
「お詫びにぼくのうちへご招待するよ」
尻上がりのイントネーションで言う、一人称のぼくがまた胡散臭い。
(変な人だ)
自分をナンパしてくる男に、恭弥は初めて遭遇した。
(かかわらない方がいい)
「あの、そういうのいいんで」
恭弥は窓を静かに閉めようとした。男は隙間に手を入れてきた。
「遠慮しなくていいから。あと、これは単なる偶然なんだけど、ぼくさ、今迷子なんだよ」
「それで道の真ん中に突っ立ってたのかよ」
たしかにこのあたりは入り組んでいる。初めて来る人が方向感覚を失うのはよくあることだ。
似たような戸建ての家が無数に並んでいるせいで、某マップアプリを駆使しても、迷うときは迷う。
「ご招待ついでに、ぼくのうちまで乗せていってくれないか?」
「それが目的か……」
恭弥は少しほっとした。
話し方が思わせぶりなだけで、実際に恭弥をどうこうしようとするつもりはなさそうだ。たぶん。
「困ってんなら変な言い方しないで、最初からそう言いなよ。まあ、正直に言われたって連れてかないけど」
「いい車だなぁ。質実剛健って感じ?」
「適当に褒めてなんとかしようとすんじゃねぇ。ってか、俺一応仕事中だし。見てわかるだろ」
恭弥は作業服の袖口をひっぱって見せた。
「この車も、俺のじゃないから。勝手に私用じゃ使えねぇの。悪いな」
男は顔の前でぱんと手を合わせてきた。
「交番まででもいいから。ね? 頼むよ、このままじゃお兄さん遭難死しちゃう」
「こんな都内の市街地で遭難死したらニュースになるよ」
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このまま問答を続ける面倒さが勝って、恭弥はため息交じりにドアを開けた。
「いいよ。どうせもう会社ないし、乗って」
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