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チョコレィト編-修道服を着ているから、修道士なのではない
閑話 向こう見ず
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「まったく、何でショコラが泣いてるんだい?」
「さぁ。俺はどうも、ここの下働きを勧められるくらいには角を立てるのが上手いらしいから、そういうことだろう」
「はん、カッコつけてんじゃないよ」
目をすがめるビスキュイに、ヌガーは肩をすくめて顔を逸らした。彼だって、ショコラを大事に思っているはずなのに。たまの会う機会だとショコラを出迎えに出せば、彼女を泣かせてからやってくる。
なぜそんなにひねくれているのかと、ビスキュイは頭が痛くなる思いだ。
狭い隠し部屋の中、ビスキュイの追及の視線はしばらくその横顔に突き刺さっていたが、ヌガーの図太さというのはそれくらいではびくともしない。憎たらしやつだった。ビスキュイはやがて足を組んで、言葉を変える。
「まったく、それがショコラのため、ほとんど無報酬で働いている男の言い訳かね」
「そういう沙汰を下しただろう。俺はここで仕事を回してもらえない。なら、奉仕活動をするしかないじゃあないか」
「またそうやってけむに巻く。ま、お前が面倒くさい奴なのは知ってるけど、あんまりあの子をいじめるんじゃないよ。普通の女の子になろうと、がんばっているんだから」
「あぁ、わかっている」
「……そういや最近、仕入れ先の商店の店主が変わってね。変に口が回る嫌な奴だから、うちにもそれと張り合える嫌な奴が欲しいと思っているんだ」
「誰のことを言いたいのか、さっぱりだな」
「本気で言ってんのかい?」
ヌガーは返事をせず、机の上に置かれたヨーグルトムースを口に運んだ。ムースは売れ残っても次の日には回せないからと出したのだが、スフレが精魂込めて作ったお菓子を誤魔化しとして口にされるのは腹立たしかった。
ただこの感情の根源にあるものが、目の前のこの男を突き動かすものでもあると、ビスキュイは知っていた。
彼は、ショコラの普通の生活を守るために、ショコラを普通から引きはがしたこの仕事をやっている。
「それで、そのコンディトライ? とやらの情報は掴めそうなのかい?」
コンディトライ。
彼が、この裏ギルドに舞い込む依頼の『手伝い』をする形で調査している、違法貴族のコミュニティだ。
チョコレィトが最期に手を付けたターゲットであり、その拠点と思われる場所へ向かって、彼は死んだ。
「いいや、まったく。しかし、少し前に白森でまた一騒動あったらしい」
「あんたたちじゃなくてかい?」
「あぁ、俺とショコラが騒動を起こした、そのあとだ」
ヌガーの言葉に、ビスキュイはエプロンのポケットに差したケーキナイフの柄を撫でる。
「ショコラの痕跡を追ってきた、コンディトライが関わっていると?」
「その可能性はあるだろう。何しろ、ショコラはあの危なっかしいドレスで、奴らにメッセージを送り続けていたんだからな」
ビスキュイは唸った。
バカバカしい、妄想の類と言うには、この業界にはかつて命だったものが転がりすぎている。復讐なんて、それこそ石ころに躓くくらいの手軽さで起こるだろう。
逆に言えば、そんな復讐のタネという石ころを積極的に掃除する人間もいる。
「……まぁ」
彼女の肌に刻まれてきた皺の数々、経験が、ヌガーの言葉を認めていた。
「アタシの方でも気を付けては見るけどね。チョコレィトすら殺す組織だ、あんたも深入りするんじゃないよ」
「深入り? 深入りっていうのは、正義感とか、そういう余計な感情を仕事に持ち込むやつのすることだ。俺に限って、するはずがないだろう」
「そうかい」
「そうだ」
話は終わりとばかり、ヌガーはムースの隣に置いてあった巾着袋を取って、立ち上がる。ちゃりりと鳴るあの袋の中身は、ほとんどが今回のパートナーの手に渡っているはずなのに、ヌガーが基本的に一回で「二度と一緒に仕事をするか」と言われてしまうのか。ビスキュイにはとんとわからない。
わからないのだが、もしかしたらこの、理屈っぽいくせに自分のことはわかっていないふりをするあたりが、腹立たしいのかもしれない。
「さぁ。俺はどうも、ここの下働きを勧められるくらいには角を立てるのが上手いらしいから、そういうことだろう」
「はん、カッコつけてんじゃないよ」
目をすがめるビスキュイに、ヌガーは肩をすくめて顔を逸らした。彼だって、ショコラを大事に思っているはずなのに。たまの会う機会だとショコラを出迎えに出せば、彼女を泣かせてからやってくる。
なぜそんなにひねくれているのかと、ビスキュイは頭が痛くなる思いだ。
狭い隠し部屋の中、ビスキュイの追及の視線はしばらくその横顔に突き刺さっていたが、ヌガーの図太さというのはそれくらいではびくともしない。憎たらしやつだった。ビスキュイはやがて足を組んで、言葉を変える。
「まったく、それがショコラのため、ほとんど無報酬で働いている男の言い訳かね」
「そういう沙汰を下しただろう。俺はここで仕事を回してもらえない。なら、奉仕活動をするしかないじゃあないか」
「またそうやってけむに巻く。ま、お前が面倒くさい奴なのは知ってるけど、あんまりあの子をいじめるんじゃないよ。普通の女の子になろうと、がんばっているんだから」
「あぁ、わかっている」
「……そういや最近、仕入れ先の商店の店主が変わってね。変に口が回る嫌な奴だから、うちにもそれと張り合える嫌な奴が欲しいと思っているんだ」
「誰のことを言いたいのか、さっぱりだな」
「本気で言ってんのかい?」
ヌガーは返事をせず、机の上に置かれたヨーグルトムースを口に運んだ。ムースは売れ残っても次の日には回せないからと出したのだが、スフレが精魂込めて作ったお菓子を誤魔化しとして口にされるのは腹立たしかった。
ただこの感情の根源にあるものが、目の前のこの男を突き動かすものでもあると、ビスキュイは知っていた。
彼は、ショコラの普通の生活を守るために、ショコラを普通から引きはがしたこの仕事をやっている。
「それで、そのコンディトライ? とやらの情報は掴めそうなのかい?」
コンディトライ。
彼が、この裏ギルドに舞い込む依頼の『手伝い』をする形で調査している、違法貴族のコミュニティだ。
チョコレィトが最期に手を付けたターゲットであり、その拠点と思われる場所へ向かって、彼は死んだ。
「いいや、まったく。しかし、少し前に白森でまた一騒動あったらしい」
「あんたたちじゃなくてかい?」
「あぁ、俺とショコラが騒動を起こした、そのあとだ」
ヌガーの言葉に、ビスキュイはエプロンのポケットに差したケーキナイフの柄を撫でる。
「ショコラの痕跡を追ってきた、コンディトライが関わっていると?」
「その可能性はあるだろう。何しろ、ショコラはあの危なっかしいドレスで、奴らにメッセージを送り続けていたんだからな」
ビスキュイは唸った。
バカバカしい、妄想の類と言うには、この業界にはかつて命だったものが転がりすぎている。復讐なんて、それこそ石ころに躓くくらいの手軽さで起こるだろう。
逆に言えば、そんな復讐のタネという石ころを積極的に掃除する人間もいる。
「……まぁ」
彼女の肌に刻まれてきた皺の数々、経験が、ヌガーの言葉を認めていた。
「アタシの方でも気を付けては見るけどね。チョコレィトすら殺す組織だ、あんたも深入りするんじゃないよ」
「深入り? 深入りっていうのは、正義感とか、そういう余計な感情を仕事に持ち込むやつのすることだ。俺に限って、するはずがないだろう」
「そうかい」
「そうだ」
話は終わりとばかり、ヌガーはムースの隣に置いてあった巾着袋を取って、立ち上がる。ちゃりりと鳴るあの袋の中身は、ほとんどが今回のパートナーの手に渡っているはずなのに、ヌガーが基本的に一回で「二度と一緒に仕事をするか」と言われてしまうのか。ビスキュイにはとんとわからない。
わからないのだが、もしかしたらこの、理屈っぽいくせに自分のことはわかっていないふりをするあたりが、腹立たしいのかもしれない。
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