エテルノ・レガーメ

りくあ

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第14章︰ルカソワレーヴェ

第122話

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「…変だな。」

近くでヴェラの声が聞こえ、閉じていた目を開いた。前方に果てしなく長い橋が伸び、その先は深い霧に覆われている。橋の下には底の見えない谷があり、後ろを振り返ると前方と同じように橋が伸びていた。
ギルドの自室で朝を迎えた僕達は、ヴェラの魔法でレジデンスにある彼女の部屋へ転移した。しかし、その予定を狂わされるまさかの事態が起きていた。

「ここは…レジデンスの前に架かってる橋の上?僕達、ヴェラの部屋に行くはずだったよね?」
「そのはずだったんだが…結界が変えられている可能性があるな。…ルカ。あっちに向かって歩いてみなさい。」
「え?うん…わかった…。」

言われた通り、彼女が指をさした方へ歩き出した。しばらく歩き進めると、前方にこちらを向いて立っているヴェラの姿が現れた。

「あれ?ヴェラ?なんでそこにいるの?」
「やはり戻されたか。…となると、作り直す必要があるな。」

彼女は小声で何やら呟きながら、首にかけていたネックレスを外し始めた。

「ね、ねぇ…何が何だかよく分からないんだけど…。」
「時間が惜しい。説明は移動をしながらするわ。」
「え?どこに行くの!?ちょっと待ってよヴェラ…!」

彼女の話によると、僕達2人がレジデンスを離れた後、残った幹部達が結界を新たに作り直したらしい。そのせいで、結界を通る為に身につけていたネックレスが機能しなくなり、そのネックレスも新しく作り直す必要があるそうだ。
5つの属性の力を秘めた水晶の欠片を集める事で、新たなネックレスを作る事が出来る。まずは1つ目の欠片を求め、水の都ラーズ二ェにやって来た。



「いい加減、お前も転移魔法を覚えなさい。発動すら出来ないようではルナ以下だぞ。」
「元々吸血鬼だったヴェラやルナと一緒にしないでよ…!人が暮らしてる所で吸血鬼の力は使わない方がいいと思って、わざとしてなかっただけだし…」
「…そう。なら今後は期待出来るわね。」
「ぅ…。」

先程から街の中を歩き回っているが、前を歩く彼女は一体どこを目指しているのだろうか。集める材料の話は聞いたものの、この街にあるという瑞水晶(みずすいしょう)の欠片がどこにあるのかは聞かされていなかった。

「ところで…さっきからずっと歩いてるけど、どこに向かってるの?」
「…さぁ?」
「さ、さぁ…って!」
「お姉様…!」

後ろから女の人の声が聞こえ、歩みを止めて後ろを振り返った。

「レミリア!」

僕達2人の後ろには、エーリ学院上級吸血鬼のレミリアマーリオが立っていた。彼女はヴェラに気付いて声をかけたようだが、名前を呼んだ僕の方を見て不思議そうな表情を浮かべた。

「あなたは…。ルナ…じゃないわよね…?」
「あ…えっと…」
「レミリア。こいつはルナの双子の兄、ルカよ。」
「は、初めましてレミリア…!よろしくね。」
「そう…お兄さんなのね~。ルナと似てたから、勘違いしてしまったわ~。」
「お前は学院要請でここに来たのか?」
「そうなんです~。」
「1人で来たの?」
「いいえ~。さっきまで一緒にいたのだけれど、今は別行動をしていて…」
「おーいレミリー!」

遠くの方から声が聞こえ、1人の青年が手を振りながら走ってやって来た。彼はエーリ学院中級吸血鬼のアレクセイルージだ。

「アレク!どうしてここに!?」
「ん?…あれ!?ルナ!?なんで…って、よー見たらルナちゃうな…。」
「彼、ルナのお兄さんなんですって~。」
「は、初めまして…!僕、ルカって言います。」
「へ~ルナに兄ちゃんがいたなんて知らんかったわ~!それにしてもそっくりやなぁ…生き写しみたいや~。」
「双子だからな。似ていて当たり前だ。」
「ところでお姉様は、何しにこの街にいらしたの~?」
「瑞水晶の欠片を探しに来た。そういえば、お前はこの街の出身だったな。どこにあるか知らないか?」 
「瑞水晶?うーん…聞いた事ないわねぇ~。」
「水晶なら、洞窟っぽい所にありそうやない?」
「この辺りに洞窟はないわよ~?」
「えー!ほんなら…」
「あ、あの…2人共!あれこれ考えるより、街の人に聞いてみた方がいいんじゃないかな?」
「それもそうやな!この辺に住んでる人なら、誰か知ってるかもしれんし。」
「ならモルの所に行きましょう~。人と接する事が多いから、話を聞いた事あるかもしれないわ~。」
「なら、案内を頼む。」
「わかりました~。」

先頭を歩くレミリアの案内で、宿屋を経営しているモルの元へ向かう事になった。

「ねぇアレク。アレクはどうしてこの街にいるの?」
「ん?レミリーと一緒に学要をしに来たんやで?」

学要とは、エーリ学院に依頼された学院要請の略称だ。学要は上級吸血鬼のみに任されるもので、ルナが幹部になった頃、彼はまだ中級吸血鬼のはずだった。

「あれ?アレクは中級吸血鬼じゃ…」
「つい最近、昇級試験があってな?ようやく上級吸血鬼になれたんやで~。」
「そうなんだ!おめでとうアレク!」
「ありがとなールナ!…あ。悪い悪い…ルカやったな…。」
「あ、ううん!大丈夫、気にしてないよ。」

僕は半分だけ嘘をついた。ルナと呼ばれても別に構わないとは思っているが、彼女の名前が出る度に胸が締め付けられる。出来る事なら、苦しい思いはしたくない。

「あなたとは初めて会ったのに、私達の事をよく知ってるのね~?」
「ルナから話を聞いてたんだ…!みんなの事、いつも楽しそうに話してたよ。」
「なールカ。ルナは行方不明なんやろ?どこに行ったか知らんのか?」
「それは…」
「私達にも分からない。だが、幹部全員でルナを探しているから心配はいらない。」

彼女は嘘をついた。ルナがいない理由を知っているのに、知らないフリをした。幹部が探しているというのも、真っ赤な嘘だ。



「着いたわ~。ここにモルが居るはずよ~。」

レミリアの友達であるモルは、家族で宿屋を経営している。以前ルナ達がこの宿へ来た事を思い出し、何故だかそれが懐かしく感じた。

「レミリーいらっしゃい!あ、アレク!久しぶりだね~元気だった?」
「もちろん元気やで!モルも元気そうやなぁ。」
「あはは。元気だけが取り柄だからね~。えっと…確か、ルナだったよね?ルナも元気そうでよかった!」
「あ…僕は…」
「再会を懐かしんでいる所悪いが、本題に入ってもいいか?」
「そうだったわ…ごめんなさいお姉様。私達、モルに聞きたい事があって来たのよ~。」
「聞きたい事?何でも聞いていいよ!」

僕達は彼女に、探している水晶について知っている事がないかを尋ねた。

「うーん…瑞水晶…。前にお客さんから聞いた事があるような…。」
「本当!?」
「お願いやモル!何とか思い出して!」

アレクは両手を合わせ、神に祈りを捧げるようなポーズをしていた。一方モルは水晶の話を必死に思い出そうと、両手で頭を抱えている。

「うーん…………あ!思い出した!」
「どんな話だ?」
「普通の水晶と違って、綺麗に澄んだ水の中で…何とかっていう物質が固まって作られるって言ってた…と思う…。」
「随分曖昧な話やなぁ…。」
「他には何か思い出せない?」
「んー…確か…その物質は、流れのない水中の底に溜まるんだって言ってた。それで…ラーズ二ェで流れのない綺麗な水がある場所と言ったら、ダムくらいだね~って話をしたんだよ!」
「ダム?」
「街の北に、水を貯めておく施設があるのよ~。」
「けど今は…ダムへの立ち入りが規制されてるらしいで?」
「え、そうなの!?」
「これはまた面倒な事になったな…。」
「ねぇモル~空いている部屋はあるかしら~?」
「あるよー。2部屋でいい?」
「ありがとう~。今後どうするかは、部屋で休みながら話しましょう~?」
「そうだな。」
「じゃー部屋を案内するね!」



「悪いな。お前達まで巻き込んでしまって。」

用意された2つの部屋の内、片方の部屋に集合した僕達は今後の予定について話し合う事にした。

「そんな事ないわ~。お姉様のお役に立てて嬉しいですし~。」
「俺等に出来る事があるなら、なんでもしますんで!気にせんといて下さい!」
「それは嬉しいけど…2人は学要をする為にこの街に来たんでしょ?邪魔しちゃ悪いよ…。」
「あー…実は俺等の依頼も、ダムに行かんとあかんのよね~。」

彼は荷物の中から1枚の紙を取り出すと、それを僕に手渡した。学院要請と書かれた紙には、ダム湖の水質汚染の原因を究明して欲しいという依頼内容が記されていた。

「それでさっき、ダムへ行ったのだけど…追い返されちゃったのよね~。」
「一体何の目的で、ダムなんかの立ち入りを規制している?」
「俺が街の人から聞いた話では…遊んでいた子供がダム湖で溺れて、その捜索をしてる所らしいですわ。捜索の邪魔をされないように、規制されてるんやと思います。」
「なるほどな…。学院要請で来たお前達ですら追い返されるのなら、当然私達も無理だろうな。」
「うーん…どうしたらいいのかなぁ…。」
「捜索が終わるまで、待つしかないでしょうね~。」
「…そうだルカ!一緒に温泉入らへん?」
「え?いや…僕は…」
「そんな事言わへんで入ろ!広い風呂に1人は寂しいもんやで~?」
「行って来なさいルカ。」
「え?でも…」
「急いでどうにかなる問題じゃないわ。何か方法がないか、考える時間が必要だ。…血を吸われたいのなら残ってもいいわよ?」
「い、行こうアレク!」
「よっしゃ行こう!」

僕達は逃げるようにして部屋を出ると、隣の部屋に荷物を置いて浴場へと向かった。



「はぁ~。生き返るわぁ~。」

浴槽に入った彼の周りからお湯が溢れ出し、白く濁った熱い湯が石造りの床に大きく広がった。

「アレクって結構身体を鍛えてるんだね…すごいなぁ…。」
「そうかー?まぁ、斧を振るには力がいるからなぁ!」
「僕も剣くらい振れるようにならなきゃ…。」
「なんやルカも戦うんか?ルシュ様の付き人かと思っとったわ。」
「つ、付き人じゃないよ!」
「なら…幹部なんか?」 
「幹部でも…ないけど…。」
「付き人じゃなくて幹部でもないなら…ルカって一体何者なんや?」
「僕は…。」

今の自分は、エーリ学院の生徒でもなければヴェラのように幹部だった訳でも無い。一体自分は何者なのか、それは僕自身が1番知りたい謎だった。

「ま、なんでもええけど…どっちでもないんやったら、剣なんか振る必要あらへんで?危なくなったら、俺等が守ったるから!」
「…。」
「ルカ?」
「あ…ごめんアレク。僕先に上がるね。」
「え!もう上がるん!?」
「ちょっとのぼせたみたいで…!大した事ないから、部屋で休んでるよ。アレクはゆっくり入ってていいから!」

その場に居づらくなった僕は、脱衣所に逃げ込んで着替えを済ませ、足早に廊下を歩き出した。

「そこのお方!お待ちください!」

後ろの方で大きな声が聞こえ、その声に驚いて後ろを振り返った。亜麻色の長髪の男性がこちらに歩み寄り、僕の前で立ち止まった。

「ぼ、僕…ですか?」
「はい。これを拾ったのですが、あなたの物ではありませんか?」

彼の手には、アスルフロルの髪飾りが握られていた。急いで着替えを済ませたせいで、落としていた事に全く気づかなかった。

「あ!僕のです!すみません気づかなくて…」
「そうでしたか。持ち主が見つかってよかったです。」
「とても大切な物なので助かりました。ありがとうございます。」

僕は彼に向かってお辞儀をすると、差し出された髪飾りを受け取った。

「それ…アスルフロルですよね?」
「そうですけど…それがどうかしましたか?」
「あ、いえ…以前、それと似た物を身に付けている方とお会いした事があるので…。」
「え!?どこでですか?」
「この街の中央にある広場です。その日は建国記念の祭りの日だったので、よく覚えています。」
「建国記念のお祭り…。」

僕は記憶を遡り、ルナ達がこの街へ来た時の事を思い出していた。
彼女は建国記念の祭りに参加し、突然声をかけてきた変わった男性と踊りを踊っていた。その人は、今僕の目の前にいる優しい口調の青年と、声がとてもよく似ている。

「まさか、あの時の…」
「え?」
「コウ様。そろそろ参りませんとお時間が…。」

離れた場所に立っていた黒い服の男性が彼に近づき、会話に割り込んできた。

「うん…わかった。何か困った事があったら、これを持って城へいらして下さい。何かと役に立つでしょう。」

彼は懐から細長い木の板を取り出すと、僕の手を取り少々強引にそれを握らせた。

「え?これは…」
「では私はこれで。お先に失礼します。」
「あ、ちょっと…!」

1人廊下に取り残された僕は、何が何だかわからずにしばらくの間その場に立ち尽くしていた。
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