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第8章:迷走
第94話
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「うーん…。」
「なんだ?急に唸り出して。」
朝食を食べ終えて部屋に戻るフランに、俺は問いを投げかけた。
「最近、ステラ様からの手紙が来ないんだ。もしかして…!ステラ様の身に何か起きたんじゃ…!?」
「おい待て早まるな。」
奴は来た道を引き返そうと、身体を回転させた。踏み出そうとする足を止め、部屋の方向へ身体を向き直す。
「だって変だよ!一日くらい遅れる日はあったけど、もう3日も来てないんだ!」
「だからと言って、直接会える訳でもないだろう!さっさと部屋に戻れ。」
「ステラ様には会えなくても、クレア様に会えれば何か聞けるかもしれないでしょ!?今からエーリに行くから邪魔しな…」
「そんな所で何をしている?」
後ろからヴァン様の声が聞こえ、慌てて姿勢を正して彼に向かって頭を下げた。
「ヴァ、ヴァン様…!おはようございます。その…最近、ステラ様の手紙が来ないなと思いまして…。」
「あぁ…。恐らく2、3日留守にしていたせいだろう。俺も今帰った所だ。」
「そういえば…ヴァン様もしばらく留守にすると仰ってましたよね?ステラ様とご一緒だったんですか?」
「そうだ。それはそうと丁度良かった。全員、俺の部屋に来るように伝えてくれないか?留守にしていた件について、お前達に報告がある。」
「わ、わかりました!」
僕が幹部達の部屋に声をかけてまわると、ヴァン様の部屋に幹部の全員が集結した。
「おかえりなさいライガ…。」
「あぁ。ただいま。長い事留守にしていてわるかったな。仕事の方は大丈夫だったか?」
「はい…大丈夫です…。」
「そうか。ならば良かった。」
「ところで、全員集めて話をするだなんて珍しいですわね。一体なんですの?」
「ではまず、結論から話そう。今日から5日後、フィーとフランの2人には俺と一緒に人間の領土へ行ってもらう。」
「え…!?」
あまりに唐突な名指しに、僕とレム様は驚きを隠せなかった。彼の言葉に、ラギト様がすかさず反論する。
「なんで3人なの?僕とエレナは?」
僕も彼に続くように、異を唱えた。
「あの…レム様が同行するのは分かりますが、何故僕も同行するのでしょうか?それに…僕は人間の領土から追い出された身です。今更戻るなんて…。」
「まあ待て。順を追って説明する。」
そもそも彼が留守にしていたのは、ステラ様と共に悪魔の元へ行く為だった。以前タックさんから聞いていたが…ヴァン様の先祖が悪魔だという話は、どうやら本当らしい。
詳しい場所は話せないそうだが、彼がステラ様を連れて人間の領土へ向かったと言う。そこで、この間集まって決定した僕の提案を持ちかけたそうだが、断られてしまったらしい。しかし、彼の話はそれだけでは終わらなかった。
「え?ステラ様を連れ去ったのは…悪魔の仕業だったんですか?」
「どうやらそうらしい。」
「でもなんで?人間を連れ去るならわかるけど…ステラ様に危害を加えるメリットは何なの?」
「人間を根絶やしにする事が、悪魔界の悲願だ。そもそも、吸血鬼を生み出したのは人間の天敵を作る為だと聞いた事がある。ステラ様に危害を加えたいと言うよりは、結界の力を弱める事が彼等の目的だったようだ。」
人間と吸血鬼の衝突を望む悪魔にとって、吸血鬼を隔離する結界が邪魔だと判断したのだろう。その為にステラ様を本部から誘い出し、ピシシエーラの鍾乳洞の水底へ沈めた…というのがステラ様失踪の全容だ。
「では…私達は、人間と争う為に生まれたと…?」
「そんな…。」
「ライガはその話を聞いても、何とも思わなかったわけ?」
「俺がどうこう出来るような規模の問題では無い。」
「それは…そうですわね。」
「だがステラ様は、そんな悪魔達を許しておくつもりは無いらしい。1度は断られたが、今度は悪魔との交渉を実力行使で解決なさるおつもりだ。」
「実力行使…?」
話の冒頭で僕とレム様を人間の領土へ連れていくと言った理由について、ラギト様とリーシア様の2人にヴァン様が不在のレジデンスの留守を頼みたいのだそうだ。
レジデンスの幹部の他に、イムーブルの幹部と総務の数名と共に悪魔の元を襲撃すると言うのがステラ様の計画らしい。中々物騒な話ではあるが、これは吸血鬼にとって大きな問題であり、世界の在り方を変える大きな戦いなのだ。
翌日。ヴァン様の使いという名目でイムーブルを訪れた。
「やあフラン。待ってたよ。」
「すぐに紅茶を用意します。座って待っていてください。」
「え、いいよそんな…」
「まぁまぁ。せっかく来たんだから、ゆっくりお茶しながら話そうよ。」
ユーリさんの待つ応接室に通された僕は、半ば強引にソファーに座らされた。
「今日はヴァン様の使いで来たんだっけ?」
「うん。イムーブルの幹部に手伝って欲しい事があるからって。僕はレジデンスを代表して話をしに来ただけで、元はステラ様の頼みなんだ。」
「ステラ様の?…それは、あんまりゆっくり雑談しながら出来るような話じゃなさそうだね。」
「出来るだけ沢山の人手が欲しいらしいんだ。ツヴェルさんが戻って来てから詳しく話すけど、2人からみんなに伝えてくれる?」
「もちろん。僕とツーくんが噛み砕いて話した方が、みんなにも伝わりやすいだろうからね。」
「僕がどうかしましたか?」
食堂へお茶を入れに行ったツヴェルさんが、扉を開けて部屋に戻ってきた。
「おかえりツーくん。フランの話は、僕とツーくんの2人でみんなに伝えるねーって話をしてたんだよ。」
「なるほど。そうでしたか。」
彼は少々ぎこちない感じでティーポットにお湯を注ぎ、紅茶の入ったカップを僕の前に差し出した。
「どうぞ。」
「ありがとうツヴェルさん。」
「さっきチラッとフランから聞いたんだけど、ヴァン様のお話じゃなくてステラ様からの頼み事らしいよ。」
「え?そうなのですか?」
「うん。早速だけど本題に入るね。」
僕はヴァン様から聞いた話を、順を追って説明した。彼等は紅茶をすすりながら、黙って僕の話を聞いている。その表情は固く、事の重大さを感じ取っているようだった。
「…って事で、イムーブルの幹部にも手伝って欲しいそうだよ。」
「話はわかりました。レジデンスでラギト様とリーシア様が待機するのであれば、僕達も2人程残した方が良さそうですね。」
「そうだね。4日後となると…準備もあるだろうから、早くみんなに話さないと。」
「今いるメンバーには僕から話します。ユーリは留守のメンバーに手紙をお願いします。」
「うん。わかったよ。ごめんねフラン。せっかく来てくれたのにバタバタしちゃって。」
「ううん。僕の事は気にしないで。」
「僕達はここを離れますが…好きなだけゆっくりしていって下さい。部屋で休んで行っても構いませんよ。」
「ありがとう。じゃあ、せっかくいれてもらったから紅茶だけいただいて行こうかな。」
「じゃあフラン。また今度ね。」
静かになった部屋の中で、覚めた紅茶を口に運んだ。少々渋さの残る紅茶が、口の中に広がる。部屋の外の景色を眺めながら、慣れない手つきで用意してくれた彼の紅茶をゆっくりと味わうのだった。
「お。フランやん!久しぶりやなぁ。」
食堂へ向かう途中の廊下で、アレクさんと出会った。
「ほんと、久しぶりだね。いつ以来だったかな…?」
「せやなぁ…いつだったか思い出せへんくらい前っちゅーことは確かやな。」
「あはは。そうだね。」
「ん?ティーセットなんか持って何しとるん?」
「あぁ…これ?さっき、ユーリさんとツヴェルさんの2人と話をしててね。飲み終わったから片付けようと思って。」
「そんなん俺に任してくれればええねん!今のフランはお客様なんやから!」
「そうはいかないよ。ご馳走になったんだから、片付けくらいしないと。」
「いやいや!フランにそんな事させとったら、俺が怒ら…」
「あんた達そこで何してんのよ。」
廊下の真ん中でティーセットを乗せたトレイを奪い合っていると、ユイさんとユノさんが僕達の元へやってきた。
「え?いや…な、なんでもないで!」
「フランはどうしてここに?」
「僕はヴァン様の使いで来たんだ。話が済んだから、これから帰る所だよ。」
「この後、時間あるなら一緒にご飯食べない?」
「え?」
彼女の申し出に、僕は戸惑いを隠せなかった。
「姉様とアレクも一緒に。」
「あたし達も?」
「そらええなぁ!久しぶりに会ったんやし、ゆっくり話でもしよか!」
「あたしは別に構わないけど…。」
ユイさんは、なんだか申し訳なさそうに僕の方に視線を向けた。ユノさんが僕達を食事に誘う事は想定外だったようで、どうやら彼女も困惑しているらしい。
「僕も大丈夫だよ。」
「よっしゃ!それじゃあさっそく、食堂に行ってみよか。」
4人で協力して食事を作り、テーブルの上は料理を盛り付けた皿で埋め尽くされた。
「うまそ~!いただきま~す!」
アレクさんが待ちきれない様子で、料理に口をつけた。彼が美味しそうに頬張る様子を見て、僕も料理を口に運ぶ。
「誰も取ったりしないから、もう少し大人しく食べなさいよ。フランを見習いなさい。」
「えー!だって美味そうなんやもん。自分で準備した飯って、格別上手く感じるやろ?」
「確かにそうだね。」
「あんたはちょっと手伝っただけでしょ?」
「でも、アレクが作ったこのソース…美味しい。」
「せやろー?ほれ!ユイも食べてみ?」
そう言うと、彼はユイの口元へ料理を差し出した。
「じ、自分で食べるわよ!」
彼の手から食器を奪い取ると、勢いよく口の中へ放り込んだ。
「どや?美味しいやろ?」
「…ま、まあまあね。」
「本当は美味しいくせに~。何を照れとるん~?」
「…それ以上言ったら、あんたの喉に噛み付くわよ?」
「すんません…。」
一見棘があるような口振りだが、その表情はなぜだかとても柔らかく見えた。
「ちょっとアレク。口の周りにソースが付いてるじゃない。」
「え?ほんま?どこに…」
彼女は持っていたハンカチを、彼の口元に近付けた。手を伸ばし、口の端にたいたソースを丁寧に拭き取っていく。
「全く…あんたはいつまで経ってもお子様なんだから。」
「わ、悪かったって…。」
彼は目線を逸らし、頬を赤く染めた。その様子を見ていたユノさんが、ほんの少し笑っているように見えた。
彼等の微笑ましいやり取りに、僕もつられて笑顔を浮かべる。親しい友人達と食事を共にする事が出来る幸せを、改めて実感するのだった。
「なんだ?急に唸り出して。」
朝食を食べ終えて部屋に戻るフランに、俺は問いを投げかけた。
「最近、ステラ様からの手紙が来ないんだ。もしかして…!ステラ様の身に何か起きたんじゃ…!?」
「おい待て早まるな。」
奴は来た道を引き返そうと、身体を回転させた。踏み出そうとする足を止め、部屋の方向へ身体を向き直す。
「だって変だよ!一日くらい遅れる日はあったけど、もう3日も来てないんだ!」
「だからと言って、直接会える訳でもないだろう!さっさと部屋に戻れ。」
「ステラ様には会えなくても、クレア様に会えれば何か聞けるかもしれないでしょ!?今からエーリに行くから邪魔しな…」
「そんな所で何をしている?」
後ろからヴァン様の声が聞こえ、慌てて姿勢を正して彼に向かって頭を下げた。
「ヴァ、ヴァン様…!おはようございます。その…最近、ステラ様の手紙が来ないなと思いまして…。」
「あぁ…。恐らく2、3日留守にしていたせいだろう。俺も今帰った所だ。」
「そういえば…ヴァン様もしばらく留守にすると仰ってましたよね?ステラ様とご一緒だったんですか?」
「そうだ。それはそうと丁度良かった。全員、俺の部屋に来るように伝えてくれないか?留守にしていた件について、お前達に報告がある。」
「わ、わかりました!」
僕が幹部達の部屋に声をかけてまわると、ヴァン様の部屋に幹部の全員が集結した。
「おかえりなさいライガ…。」
「あぁ。ただいま。長い事留守にしていてわるかったな。仕事の方は大丈夫だったか?」
「はい…大丈夫です…。」
「そうか。ならば良かった。」
「ところで、全員集めて話をするだなんて珍しいですわね。一体なんですの?」
「ではまず、結論から話そう。今日から5日後、フィーとフランの2人には俺と一緒に人間の領土へ行ってもらう。」
「え…!?」
あまりに唐突な名指しに、僕とレム様は驚きを隠せなかった。彼の言葉に、ラギト様がすかさず反論する。
「なんで3人なの?僕とエレナは?」
僕も彼に続くように、異を唱えた。
「あの…レム様が同行するのは分かりますが、何故僕も同行するのでしょうか?それに…僕は人間の領土から追い出された身です。今更戻るなんて…。」
「まあ待て。順を追って説明する。」
そもそも彼が留守にしていたのは、ステラ様と共に悪魔の元へ行く為だった。以前タックさんから聞いていたが…ヴァン様の先祖が悪魔だという話は、どうやら本当らしい。
詳しい場所は話せないそうだが、彼がステラ様を連れて人間の領土へ向かったと言う。そこで、この間集まって決定した僕の提案を持ちかけたそうだが、断られてしまったらしい。しかし、彼の話はそれだけでは終わらなかった。
「え?ステラ様を連れ去ったのは…悪魔の仕業だったんですか?」
「どうやらそうらしい。」
「でもなんで?人間を連れ去るならわかるけど…ステラ様に危害を加えるメリットは何なの?」
「人間を根絶やしにする事が、悪魔界の悲願だ。そもそも、吸血鬼を生み出したのは人間の天敵を作る為だと聞いた事がある。ステラ様に危害を加えたいと言うよりは、結界の力を弱める事が彼等の目的だったようだ。」
人間と吸血鬼の衝突を望む悪魔にとって、吸血鬼を隔離する結界が邪魔だと判断したのだろう。その為にステラ様を本部から誘い出し、ピシシエーラの鍾乳洞の水底へ沈めた…というのがステラ様失踪の全容だ。
「では…私達は、人間と争う為に生まれたと…?」
「そんな…。」
「ライガはその話を聞いても、何とも思わなかったわけ?」
「俺がどうこう出来るような規模の問題では無い。」
「それは…そうですわね。」
「だがステラ様は、そんな悪魔達を許しておくつもりは無いらしい。1度は断られたが、今度は悪魔との交渉を実力行使で解決なさるおつもりだ。」
「実力行使…?」
話の冒頭で僕とレム様を人間の領土へ連れていくと言った理由について、ラギト様とリーシア様の2人にヴァン様が不在のレジデンスの留守を頼みたいのだそうだ。
レジデンスの幹部の他に、イムーブルの幹部と総務の数名と共に悪魔の元を襲撃すると言うのがステラ様の計画らしい。中々物騒な話ではあるが、これは吸血鬼にとって大きな問題であり、世界の在り方を変える大きな戦いなのだ。
翌日。ヴァン様の使いという名目でイムーブルを訪れた。
「やあフラン。待ってたよ。」
「すぐに紅茶を用意します。座って待っていてください。」
「え、いいよそんな…」
「まぁまぁ。せっかく来たんだから、ゆっくりお茶しながら話そうよ。」
ユーリさんの待つ応接室に通された僕は、半ば強引にソファーに座らされた。
「今日はヴァン様の使いで来たんだっけ?」
「うん。イムーブルの幹部に手伝って欲しい事があるからって。僕はレジデンスを代表して話をしに来ただけで、元はステラ様の頼みなんだ。」
「ステラ様の?…それは、あんまりゆっくり雑談しながら出来るような話じゃなさそうだね。」
「出来るだけ沢山の人手が欲しいらしいんだ。ツヴェルさんが戻って来てから詳しく話すけど、2人からみんなに伝えてくれる?」
「もちろん。僕とツーくんが噛み砕いて話した方が、みんなにも伝わりやすいだろうからね。」
「僕がどうかしましたか?」
食堂へお茶を入れに行ったツヴェルさんが、扉を開けて部屋に戻ってきた。
「おかえりツーくん。フランの話は、僕とツーくんの2人でみんなに伝えるねーって話をしてたんだよ。」
「なるほど。そうでしたか。」
彼は少々ぎこちない感じでティーポットにお湯を注ぎ、紅茶の入ったカップを僕の前に差し出した。
「どうぞ。」
「ありがとうツヴェルさん。」
「さっきチラッとフランから聞いたんだけど、ヴァン様のお話じゃなくてステラ様からの頼み事らしいよ。」
「え?そうなのですか?」
「うん。早速だけど本題に入るね。」
僕はヴァン様から聞いた話を、順を追って説明した。彼等は紅茶をすすりながら、黙って僕の話を聞いている。その表情は固く、事の重大さを感じ取っているようだった。
「…って事で、イムーブルの幹部にも手伝って欲しいそうだよ。」
「話はわかりました。レジデンスでラギト様とリーシア様が待機するのであれば、僕達も2人程残した方が良さそうですね。」
「そうだね。4日後となると…準備もあるだろうから、早くみんなに話さないと。」
「今いるメンバーには僕から話します。ユーリは留守のメンバーに手紙をお願いします。」
「うん。わかったよ。ごめんねフラン。せっかく来てくれたのにバタバタしちゃって。」
「ううん。僕の事は気にしないで。」
「僕達はここを離れますが…好きなだけゆっくりしていって下さい。部屋で休んで行っても構いませんよ。」
「ありがとう。じゃあ、せっかくいれてもらったから紅茶だけいただいて行こうかな。」
「じゃあフラン。また今度ね。」
静かになった部屋の中で、覚めた紅茶を口に運んだ。少々渋さの残る紅茶が、口の中に広がる。部屋の外の景色を眺めながら、慣れない手つきで用意してくれた彼の紅茶をゆっくりと味わうのだった。
「お。フランやん!久しぶりやなぁ。」
食堂へ向かう途中の廊下で、アレクさんと出会った。
「ほんと、久しぶりだね。いつ以来だったかな…?」
「せやなぁ…いつだったか思い出せへんくらい前っちゅーことは確かやな。」
「あはは。そうだね。」
「ん?ティーセットなんか持って何しとるん?」
「あぁ…これ?さっき、ユーリさんとツヴェルさんの2人と話をしててね。飲み終わったから片付けようと思って。」
「そんなん俺に任してくれればええねん!今のフランはお客様なんやから!」
「そうはいかないよ。ご馳走になったんだから、片付けくらいしないと。」
「いやいや!フランにそんな事させとったら、俺が怒ら…」
「あんた達そこで何してんのよ。」
廊下の真ん中でティーセットを乗せたトレイを奪い合っていると、ユイさんとユノさんが僕達の元へやってきた。
「え?いや…な、なんでもないで!」
「フランはどうしてここに?」
「僕はヴァン様の使いで来たんだ。話が済んだから、これから帰る所だよ。」
「この後、時間あるなら一緒にご飯食べない?」
「え?」
彼女の申し出に、僕は戸惑いを隠せなかった。
「姉様とアレクも一緒に。」
「あたし達も?」
「そらええなぁ!久しぶりに会ったんやし、ゆっくり話でもしよか!」
「あたしは別に構わないけど…。」
ユイさんは、なんだか申し訳なさそうに僕の方に視線を向けた。ユノさんが僕達を食事に誘う事は想定外だったようで、どうやら彼女も困惑しているらしい。
「僕も大丈夫だよ。」
「よっしゃ!それじゃあさっそく、食堂に行ってみよか。」
4人で協力して食事を作り、テーブルの上は料理を盛り付けた皿で埋め尽くされた。
「うまそ~!いただきま~す!」
アレクさんが待ちきれない様子で、料理に口をつけた。彼が美味しそうに頬張る様子を見て、僕も料理を口に運ぶ。
「誰も取ったりしないから、もう少し大人しく食べなさいよ。フランを見習いなさい。」
「えー!だって美味そうなんやもん。自分で準備した飯って、格別上手く感じるやろ?」
「確かにそうだね。」
「あんたはちょっと手伝っただけでしょ?」
「でも、アレクが作ったこのソース…美味しい。」
「せやろー?ほれ!ユイも食べてみ?」
そう言うと、彼はユイの口元へ料理を差し出した。
「じ、自分で食べるわよ!」
彼の手から食器を奪い取ると、勢いよく口の中へ放り込んだ。
「どや?美味しいやろ?」
「…ま、まあまあね。」
「本当は美味しいくせに~。何を照れとるん~?」
「…それ以上言ったら、あんたの喉に噛み付くわよ?」
「すんません…。」
一見棘があるような口振りだが、その表情はなぜだかとても柔らかく見えた。
「ちょっとアレク。口の周りにソースが付いてるじゃない。」
「え?ほんま?どこに…」
彼女は持っていたハンカチを、彼の口元に近付けた。手を伸ばし、口の端にたいたソースを丁寧に拭き取っていく。
「全く…あんたはいつまで経ってもお子様なんだから。」
「わ、悪かったって…。」
彼は目線を逸らし、頬を赤く染めた。その様子を見ていたユノさんが、ほんの少し笑っているように見えた。
彼等の微笑ましいやり取りに、僕もつられて笑顔を浮かべる。親しい友人達と食事を共にする事が出来る幸せを、改めて実感するのだった。
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