エテルノ・レガーメ2

りくあ

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第9章︰彼等の愛した世界

第104話

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イリスシティアでの用事を済ませ、馬車はサトラテールの南門前に停車した。大通りは人々の声で溢れ、平和な日常の風景が目の前に広がる。
今日は騎士団の仕事がなく、これからの予定は特にない。行く宛てもなく、通りの店を覗きながら街中を練り歩く。
時間を持て余した時は、街中の見回りを兼ねて散歩する事が多い。こうしていると、部屋でじっとしているよりも、いい気分転換になるのだ。

「おや?騎士様!お買い物ですか?」

店主と思われる男性が、商品を眺める僕に向かって声をかけてきた。

「あー…いえ、今日は見回りを。とはいっても…騎士の仕事ではなく、僕の独断ですが…。」
「へぇ~…流石、騎士様ですねぇ!お休みの日だって言うのに見回りですか?大したもんだぁ!」
「何かお困りの事があれば、何でも相談してください。皆さんの生活を守るのが、騎士の務めですから。」
「困り事かぁ。そうだな~…。あ、そういえば、昨日売れ残ったリンゴがあるんですよ。沢山あって食べきれないんで、よかったら貰ってくれませんかねぇ?」
「え、いいんですか?ありがとうございます。」

店主からリンゴが入った袋を受け取り、再び大通りを歩き出す。この辺りは人通りが多く、人目につきやすい事もあって悪事を企む者は少ない。
しかし、人が多い故に素性を隠して紛れ込み、悪さをする輩がいないとも限らない。通行人のふりをしながら、薄暗い路地の方に目を光らせる。
すると、ゴミ置き場の近くを走り去る、怪しげな人影を見つけた。ローブを身にまとい、腰の高さ程しかない背丈の子供を連れ歩く姿に、どこか違和感を感じる。
周りに混乱を招かぬよう、ゆっくりとした足取りで近くの路地に身を隠す。散財する荷物を避けながら、怪しい人物の元へ駆け出した。路地の先で佇む人影を見つけ、遠くの方から声をかける。

「そこのローブの人!待って!」

声が聞こえた事に驚いたのか、子供を抱え込み、その場から走り出した。怪しい人物との、逃走劇が始まる。
路地を歩き慣れている僕は、犯人の進行方向を予測して先回りをする。後ろばかりに気を取られた犯人は、僕が先回りした事に気付くのが遅れ、出会い頭に身体をぶつけあった。

「うわっ…!?」

後ろに強く突き飛ばされ、床に倒れ込む。身体の大きさと衝撃の強さから、彼が男である事がわかる。
腕の中で庇われた子供が彼の腕を離れ、身体を大きく揺すった。

「アレク…!大丈夫…ですか!?」
「…え?アレク?」

聞き覚えのある名前が耳に入り、剣を抜こうとした手を止める。倒れた拍子にローブの頭巾が脱げ、元イムーブル幹部の彼の顔が顕になった。

「俺は大丈…って、なんや!俺達の事を追いかけとったのはフランなん!?」
「え…?」

こちらを振り返る子供の顔にも見覚えがある。彼女は、元レジデンス幹部のフィーだ。なぜこの2人が路地を走り回っていたのか、僕はその理由を尋ねる。

「ヴェルが迷子に?」

どうやら、買い物をしている最中に彼女とはぐれてしまったらしい。

「この辺の路地で、それらしい女の子を見たって言われて探しとるんやけど…。」
「僕も探すの手伝うよ。二手に分かれた方が見つけやすいだろうからね。フィーは1人だと危ないから、アレクと一緒…」
「フラーン!」
「わ!?」

背後から、僕の名前を呼ぶ何かがぶつかった。ローブを身にまとった子供が、腰の辺りに手を回し、抱きついている。

「あ、ヴェル!どこに行っとったんや!心配したんやで!」
「だってー。フランが歩いてたから、声をかけようと思ったの。」
「え?じゃあ、僕を追いかけてたら迷子になったの?」
「迷子になってないもん!ちゃんと捕まえたんだから!」
「怖い人に攫われてなくて…良かったです。」
「ほんま無事で良かったわ~。ほんなら、そろそろ帰るで。」
「フランも一緒に帰ろう!」
「ダメやダメや。フランは城に戻らな。明日は仕事やろ?」
「まだ時間もあるし、顔を出すくらいは平気だよ。一緒に帰ろうかヴェル。」
「やったー!帰ろ帰ろ!」

ヴェルは元々、明るく活発な人間の女の子だった。
しかし、とある出来事をきっかけに、レジデンス幹部のルシュ様の身体の中で生活をする事になる。詳しくは聞いていないが、彼女は吸血鬼と人間が融合した姿…吸血鬼もどきと呼ばれる存在になった。
吸血鬼の領土でヴェルが外に出す事はなく、ほとんどの時間を身体の中で過ごしていた。その反動か、今では毎日のように外へ行く事をせがまれるらしい。
力が失われ、吸血鬼のルシュ様の存在は完全に消えてしまった。もちろん、吸血鬼もどきである僕も同じだ。

「…そういえば、なんでローブを着てたの?吸血鬼だって事を、隠す必要はもう無いはずでしょ?」
「それは…そうですけど…。」
「実は俺等、あんまり日差しに強くないんよ。個人差もあると思うんやけど、今日みたいに天気のいい日は頭痛くなるんよ。」
「オズモールが、ちょしゃにこうを避けろって行ってた!」
「ちょしゃ…?」
「直射日光です…。帽子をかぶったり、フードを来たりして対策しろと言われました…。」
「そっか…。吸血鬼でなくなった反動は、色々あるんだね。」
「せやなぁ。食事せなあかんっちゅうのも厄介やで。この間なんか、ヴェルが食事するの忘れて、部屋の前で倒れとったしなぁ。」
「それ、ハイト様も同じ事言ってたよ。」
「え!?フラン、エーリに行ったん!?なぁ、ユイはどうやった?元気そうやった?」

魔法学校へ行った事を知った彼は、一瞬にして表情が明るくなった。ユイの事を好いている彼にとって、彼女の事が気になって気になって仕方がないらしい。

「もちろん。元気が良すぎて、殴られそうにな…っと、とにかく元気だったよ。」
「ほんなら安心やわ~。」
「そんなに心配なら、手紙でも書けばいいのに。ユイなら忙しくても、返事を書いてくれると思うよ?」
「それは…そうなんやけど…。手紙書こーってなった途端、何書いてええか分からんくなるんよ…。あ、せや!フランが代わりに書いてくれへん!?出すんはこっちでやっ…」
「それじゃ意味無いでしょ?アレクの思った事を、そのまま書けばいいんだよ。出す前に、変じゃないか見るくらいならしてあげるから。」
「そ、それは恥ずかしいから堪忍…」
「ねぇ2人ともー!早く中入ろうよー!」

前を歩いているヴェルとフィーが、こちらに向かって手を振っている。

「っと…!もう着いたみたいやね。挨拶するんやったっけ?」
「うん。リーガルとシェリアくらいには、顔を出すつもりだよ。」
「せやね。本当は、ゆっくりしてってもらいたいところやけど…。騎士っちゅうのは、門限やらルールやら…色々厳しいんやろ?」
「自分でもよくやってると思うよ。」
「俺なら無理やな!」
「自信満々に言わないでよ。けど、アレクにはここが合ってると思うよ。」
「ま、弟妹が沢山おったから、子供の扱いは慣れとるしな!」

僕達が帰ってきたのはギルド“エテルノ・レガーメ”ではなく、とある孤児院だ。
元々あった建物を改築し、吸血鬼によって親を失った身寄りのない子供達を保護している施設である。
扉を開けるアレクに続き、ヴェルとフィー、僕も中に足を踏み入れる。

「ただいまやでー。」
「あ、やっと帰ってきた!一体どこまで行ってきたのー?」
「いやぁ~…ちょっとヴェルとはぐれ…」
「って、あれ?もしかして…フランくん!?」
「やぁイルム。久しぶりだね。」

僕達を出迎えたのは、受付担当のイルムだ。彼女はギルドの頃から受付をしていて、明るく気さくな僕の友人だ。

「なんでフランくんがここに?」
「あたしが見つけたの!一緒に帰ろーって言って連れて来たよ!」
「帰って来てくれたのは嬉しいけど…騎士団の方は大丈夫なの?」
「たまにはリーガルとシェリアに挨拶しないと…と思ってね。2人はどこにいるかな?」
「多分、院長室にいると思うよ。そしたら私が案内し…」

受付のカウンターから勢いよく飛び出した彼女は、机の角に足を引っ掛けた。バランスを崩し、僕に向かって倒れかける。

「おっと…!」

腕を広げ、彼女を受け止める。恐る恐る目を開けた彼女と、目が合う。

「大丈夫?」
「ご、ごめん…!私ったら、またドジ…」
「あー!イルム姉ちゃんが、フラン兄ちゃんと抱き合ってるー!」

近くの部屋から出てきた少年が、僕達に向かって指をさす。その隣には、頬を膨らませる少女の姿もあった。
彼等はこの孤児院で生活する子供達だ。

「だ、抱き合ってない!これは私が…」
「お姉ちゃんずるい!あたしもフランくんとぎゅーしたいのに!」
「だ、だから違うってー!」
「あはは。じゃあ、イルムお姉ちゃんの次は、あーちゃんとぎゅーしようかな。おいで。」
「わーい!」

その場に片膝をつき、少女を抱きしめる。
彼女達はみんな、親の愛に飢えている。ここへ来たからには、甘えられる大人が居るという幸せを感じさせてあげたい。毎回ここへ帰ってくると、僕はそんな気持ちになるのだ。

「フラン兄ちゃん!俺も俺も!」
「こらこら!フランは、院長に用があって来たんやで。あんまりわがまま言うたら…」
「いいよいいよ。まーくんもおいで。」
「やったー!フラン兄ちゃん大好きー!」

右腕で少女を、左腕で少年を抱え込む。こうしていると、僕の方も幸せな気持ちになれる。こんな時間が永遠に続けばいいのに…などと、叶いもしない夢を見たくなってしまう。

「そうだ。2人も一緒に、院長の所へ行こうか?」
「いいの?いくいく!」
「もー。…ごめんねフランくん。この子達の面倒までみてもらっちゃって…。」
「僕は騎士である前に、この子達の家族だからね。これくらいお易い御用だよ。」
「あたしもフランと行くー!」

僕達のやり取りを見ていたヴェルが、僕達の元に駆け寄ってくる。服の袖を掴む姿が、なんとも可愛らしくて愛おしく感じた。

「ヴェルとフィーは手洗いうがいや!外から帰ってきたら、する約束やで?」
「えー!やだやだー!」
「この間、風邪ひいて苦ーい薬飲んだのは、どこの誰やったかなー?」
「う…。わ、わかったよぉ…。」

悲しそうな表情を浮かべる彼女を見兼ね、頭を撫でる。

「近いうちに、また遊びに来るよ。今度は美味しいお菓子を持ってくるから、アレクの言う事…ちゃんと聞くんだよ?」
「わかった!約束ね!」

嬉しそうに駆けていく彼女を見送り、子供達を連れて院長室へと向かった。
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