反魂

四宮

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反魂

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「うっ・・」
背後に回った遠雷エンライわきから両手を差し出し、昂遠コウエンは足を持つ。
その態勢を保ちつつ、どうにかして持ち上げたは良いものの、生きている人間とは違いずっしりとした重みと独特な臭いに、遠雷の眉間に皺が寄った。
「おっ・・重い・・」
「大丈夫か?おい!あんまり揺らすな!」
「・・・ぐっ」
ヨロヨロとおぼつかない足取りで穴へと近づく遠雷の顔が赤くなったり青くなったりと忙しい。唇をグッと噛みながら何かに耐える遠雷を前にして、昂遠はギョッとしたような表情で亡骸と遠雷を交互に見た。

「おい。吐くなよ。吐くのなら他所へ行け」
「・・ぐぅ」
「一度寝かせるから、下ろしてくれ」
「大丈夫だ。続けよう・・」
遠雷の声に昂遠は苦い表情を隠せないでいる。青い顔をそのままに二名は黙々と遺体を持ち上げては穴へと寝かせていった。
すると段々慣れてきたのか、青白かったはずの遠雷の顔に色が戻り、それを前にして昂遠もまたホッと息を吐いたのである。

何名かの亡骸を穴へと埋めていくうちに、昂遠の視線がある場所へと向かった。
その視線に気づいた遠雷もまた同じ方向を見ようと顔を向けている。
よく見るとそれは少し前に見かけた女の亡骸であった。
「遠雷」
「何だ?」
「膝を立てたままのこの女性は・・どうする?横に寝かせるか?」
「骨を折るしかないだろう」
「・・・・・・」
重い溜息を何度も吐きながら、昂遠が女性に近づくと露に濡れた頬が目に留まった。

彼は女の首筋を通る蟻を手で払いながら、ポツリと呟いて遠雷を見た。
「・・・・襲われたのはもうこれで何人目になる?」
「まだ小屋にもいるぞ」
「・・・そうか」
ふと昂遠の頭上に影が差す。その影に「ん?」と彼が顔を上げれば、女性の足に近づく遠雷の背が見えた。
「目を閉じて顔を背けていろ・・俺がする」
「すまない」
返答を返す前に鈍い音が微かに聞こえ、その音に昂遠の眉が僅かに動いた。
「折ってしまったからな。俺が横抱きにして寝かせるよ」
「いいのか?」
「俺が折ってしまったんだ。穴に入って俺が寝かせないと・・」
「そう・・か。そうだな・・」
「よっと」
遠雷の声に昂遠が顔を上げれば、女を横抱きにした彼の肩が視界に入った。
白かったはずの衣は土と泥ですっかりと汚れてしまっている。

「待て」
「ん?」
「その女性を俺に預けてくれ。お前は穴に入った方が良い」
「あ・・」
「その方が寝かしやすいだろ?」
「確かに」
そう話して遠雷はまず先に女を昂遠に預けると、先に穴へと入った。
「いいか。渡すぞ」
「ああ。肘と膝が折れてるから気をつけて」

そうして、女を穴に寝かせて数分が経過した。
まだ他にもいるかもしれないと話す昂遠に従って遠雷も周囲に気を配りながら歩いて行く。
吹き抜ける風は何処か生温く水分を含んでいる。
二名の影だけが寂しく伸びた。
「ここまで運んで、肝心のお前の友の姿は無し、か」
「ああ・・・それにしても・・この亡骸は一体誰なんだろう?」
「ふむ・・・薬を買いに来た客・・・にしては軽装すぎるな。他に家があるのか・・?いや?この先の道に家なんてあったか・・」
「・・・・・・・・・・」
一瞬、遠雷の脳裏に『村が襲撃されたのでは?』という考えが頭を過った。

もし村が襲撃を受けたのであれば、家族の他に息絶えた民がいるというのも頷ける。だが、先程の話ではないが、もし本当にそのようなことが起これば、すぐに噂になったはずだ。
けれど通り過ぎた市場の様子は変わらなかったし、馬を預けた宿でもそんな話は耳に入ってこなかった。
『もしや、秘密裏に襲撃された?』
そんな事を考えながら足を進めて暫く、眼前に何かを見つけた遠雷は袖を伸ばし昂遠の動きを止めた。
「?」
「ちょっと見てくる」
「ああ。気をつけて」
少し離れた距離を歩く遠雷の背を黙って眺める。
遠雷は重なるように息絶えた小さな背を見つけると『嗚呼』と深いため息を吐きながら戻って来た。
首を振りながら歩く彼の表情は沈み、哀しさが滲み出ている。
昂遠は嫌な予感を感じながらも問いかけずにはいられなかった。

「どうした?」
「・・・・二人の子どもが、見つかったよ」
「・・・・・・は・・・・」
遠雷の声に、顔を上げた昂遠の表情が苦痛に歪み、急に力が抜けたように膝から崩れ落ちた。「嗚呼・・」と呟いた声は枯れていて上手く聞き取ることが出来ない。
今まで数多くの亡骸を見てきたが、幼い子どもの姿ほど胸を突くものは無い。遠雷の眉間の皺が痛みを殺すように歪んでいる。
「連れて行ってくれ」
「昂・・」
「頼む・・」
「ああ・・」
眼下に眠る亡骸は小さく、足を見れば片方しか靴を履いていない。
腰を降ろして子の頭を優しく撫でていると何とも言えない感情が湧きあがってきた。

身長からしてそんなに大きくはない。歳は恐らく十から十五といった所だろう。
子ども達の表情は恐怖で凍り付き、この世のものとは思えない形相で息絶えている。
凶漢を前にして互いに庇い合いながら逝ったのだと思うと、昂遠の胸の奥が悲しみで一杯になっていった。
じわりと胸に熱いものがこみ上げてくる。息を止め、何とか抑えようとしても胸を突くこの痛みは止められそうもない。
「・・・痛かったな・・」
遠雷は子どもたちの瞼にそっと触れると、優しく撫でるように彼らの目を閉じた。
「・・・あと一人も、何処かに居るのだろうな」
そう呟く遠雷の表情は硬い。彼は呼吸を整えると、重い腰を持ち上げて昂遠が居た場所に視線を向けた。
昂遠は未だ憔悴したまま立ち上がれないでいる為、自分しか探せる者はいないのだからと彼は気合を入れる為に腕を何度も動かしている。
昼間だというのに人の声はおろか、鳥や虫の姿も見えないこの光景は不気味でしかなく、そんな場所に立っている現実にブルっと背筋を震わせると、本日何度目かの重い息を吐いた。

『早く見つけてやらなくては・・せめて一緒に埋めてやろう・・』
「・・・・・・ん?」
その時、五歩進んだ場所の土が不自然に盛り上がっている事に気付いた遠雷の足がふと止まった。
恐る恐る近づいてみれば、慌てて土を掘って埋めたような跡が残されているではないか。
「何だ?」
腰を降ろし土に手を伸ばそうとした遠雷は、その土から何やら禍々しいものが流れている事に気付き、慌ててその手を袖に隠した。
目を細めてみれば、今朝早くに市をうろついていた赤紫の煙によく似ている。そしてそれは盛り上がった土から湧き出るように空へと続いており、酷く薄気味が悪かった。
遠雷は最初、その様子をジッと眺めていたが、まずは昂遠の友を探さねばと場所を変えることにしたのだった。

「昂」
「・・・・・」
遠雷が昂遠の袖を持ち上げようとするものの、ぐにゃりと揺れるだけでなかなか力が入らない。
「行こう。お前の友もまだ見つかっていないんだ。シャキッとしろ。立て」
「・・・・・・・・・」
「雨が降る前に埋めてやらないと・・」
「ああ。分かってる。分かってるんだ」
「・・・・・・・」
昂遠の双眸は涙に濡れ、溢れた水滴は幾度も頬を伝っては顎へと落ちる。
遠雷はそんな彼を見る事無く、ただ黙って彼の腕を肩へと乗せた。

「歩け。まだ小屋にも残ってんだ」
「・・・小屋・・?」
「そうだ。男が一人。女が二人。既にもう亡くなってる」
「・・・そうか」
それっきり昂遠は何も話さなくなった。
冷たい風が二名の頬を撫でる中、彼らはゆっくりと小屋へ向かって歩き出した。
その背をジッと眺めるように盛った土からは絶えずシュウシュウと赤紫色の煙が噴き出している。
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