反魂

四宮

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反魂

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「・・・これは想像であって、正しいとは限らない。だが、お前の友かもしくはその関係者がこの宝典を盗んで持ち出したのだとしたら?蓮華教れんげきょうは宝典を取り戻そうと躍起やっきになるだろうな」
「・・・・・・・」
書物をぺらぺらと捲りながら遠雷が呟いている。
「・・・だとしたら、この不気味な惨劇さんげきも説明がつく。何故、人間だけが殺されていたのか?何故、金や食い物に手を付けなかったのか?何故、そのまま去ったのか?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「俺は最初、この状況を見た時、奇妙だと思った。この国は他とは違う。獣人が多く住む国だ。ここでは俺やお前の方がよそ者扱いされて当然だ。なのに、この村の周辺には何故か人間が多く住んでいる。この先にも道はあるから、きっとその先にも民家はあるんだろう。でも、刑部が来たような痕跡はない。他に誰かがここを通ればすぐに刑部に伝達が行くはずだ」
「・・でもそれは無かった」
昂遠の声に遠雷が指を組んで頷く。

「そうだ。だからおかしいんだ」
「・・・・・・・・・」
「小屋で薬を売っているのなら、それを買う客がいて当然だ。だが、俺たちが埋葬した全ての亡骸は軽装で、何かを盗られた痕跡こんせきは見当たらない。そこで気づいたのさ。もしかしたら、この小屋で殺されていた全ての人たちは皆、蓮華教れんげきょうの信者じゃないのかって」
「・・・・・・・・・・」
「もしそうなら、全ての事に説明がつく」
「・・・・説明・・・」
「ああ。恐らく、宝典を持ち去ったのは・・・」
遠雷は何かに気付いたように一瞬、目を見開くと急に黙ってしまった。
「・・・・・・・・・・」
昂遠も目を見開いたまま、グッと押し黙っている。
「・・・その・・り」
「じゃあ・・そのまま去った理由は・・」
遠雷と昂遠の声が重なる。遠雷は一度書物に視線を向けたが、すぐに昂遠を見た。

「・・・必要が無いからだ。奴らの目的は宝典の捜索であって金じゃない。邪魔なものを片付けてから、後でゆっくりとこの中を探せばいい。だから先に信者だけを襲ったんだ」
「・・・女性を辱めたのは?」
「・・・そればかりは何とも言えんな・・報復かもしれないし、単に欲が勝っただけかもしれん」
「・・・・・・・」
「ただ・・この宝典・・・」
「?」
「俺の想像が正しいのだとしたら・・・」
遠雷がある頁をジッと目で追っている。彼の長い睫毛まつげがふるりと揺れた。

「・・なんだ?」
「・・・馬鹿野郎が・・」
そう呟いて、急に遠雷が席を立った。
ガタンと勢いよく立ち上がったせいで椀が倒れ、酒が床に吸い込まれていく。
それに構うことなく、遠雷は宝典を手にしたまま外へ飛び出してしまった。
「おっ!おい!」
昂遠は慌てて遠雷の後を追い、外へと飛び出した。
「・・・っ」
途端に眩しい陽の光にさらされ、まばゆい光が飛び込んでくる。その眩しさに何度も瞬きを繰り返しながら、遠雷の元へと駆け寄った。

「おい・・え・・」
遠雷が急にしゃがみ込み、赤紫色の煙が噴き出す土を両手でガサガサと掘り出し始めた。
腰を降ろし、一心不乱に土をかきだすその背を見て呆気にとられた昂遠であったが、すぐに正気に戻ると慌てて遠雷の腕をグッと掴んだ。
「遠雷!」
「あぁ?」
「おま・・なにしっ!」
彼は昂遠の手をぶんと払うと、更に土を掘り続けている。
次第に赤紫色の煙が小さくなり、やがて青白い小さな腕が見えてきた。
「・・ひっ!」
「・・・居たぞ。おそらくこいつが、最後の子どもだ」
そう呟いて昂遠を見上げる遠雷の表情は笑っていない。
怒りを滲ませながら呟くその声には苛立ちが混じり、赤い眼球は熱を含んだように轟々と燃え続けている。

そう。その土の下にあったもの。それは、袈裟懸けに斬られ、息絶えた子どもの姿であった。ただ、他の亡骸と違うのは斬られた傷口を始め、眼球、鼻、耳、口といった全ての穴から黒い粒子が吹き出し、同時に赤紫色の煙が彼の全身を覆いつくしている点であろうか。
黒い粒子は彼の全身を守るように、ザワザワと絶えず動き回っている。
その姿は黒く小さな蟻に似ていた。

「・・うっ・・ぐっ・・ううっ・・」
その異様ともいえる姿を前にして、昂遠は口元を押さえると足早に去った。
少し離れた所から嘔吐する声と音だけが微かに響いてくる。
「・・・・こんな姿にしちまって・・嗚呼嗚呼・・」
遠雷は手についていた土を自身の服で拭うと、何とも言えないといった表情で見下ろした。
嗚呼嗚呼あーあーあーあー・・馬鹿野郎が・・」
遠雷は少し前に影の心臓部から抜き取った紙を取り出すとジッとそれを眺めていたが、首を横に振り、またその紙を懐に戻した。

「・・・・」
胃に残っていた全ての物を吐き出したのだろう。よろよろとおぼつかない足取りでこちらに向かって来る昂遠に向かって
「大丈夫か?」
と問いかけた。
「・・ああ。すまん・・」
昂遠はずっと口元を袖で隠している。彼の顔からは血の気が引いて青白い。
「・・まぁ、いきなりこんなものを見せられたんじゃ・・無理もないか」
「・・・・・・・」
そう話す遠雷の表情は変わらない。
砂鉄ほどの小さな黒い粒が子どもの身体を這い回る度に、腕や足がビクビクと動いている。
その様子を目の当たりにした昂遠は、背筋が凍りそうになるのをグッと押さえながら、遠雷に視線を向けた。

「その・・」
「ああ。間違いない。こいつは生きてる」
「・・・そんな・・・」
子どもに視線を向けながら、昂遠の唇がガクガクと震え始める。
全身からドッと冷汗が吹き出し、止まらない寒気をどうすることも出来ないまま、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「・・・・・・・」
「だが・・」
言いかけた遠雷の声が止まる。彼はそれ以上何も話そうとはせず、ただ重い息を吐き出した。
「・・・だが・・?」
「・・恐らく反魂の術を使ったんだろう。これに書いてある」
彼は自身が手にする宝典をポンと叩いた。その言葉に昂遠の眉間の皺が濃くなった。
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