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17.ルシャナ
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(まだ、うろうろしているみたい)
さらに聞き耳を立てていたのだが、なぜか少し緊張が解れた気がする。
(僕、なにやってるんだろう。ちょっとおとぎ話に出てくる盗賊みたい)
主が寝静まるのを待って、部屋に入り、見つからないように金品を奪って再び夜に紛れる。
(いやいや、無理だから)
しばらくすると、物音が完全に消えた。
(寝たのかな? ちょっとだけ覗いてみて、起きてそうならドアを締めればいいんだものね)
そっとドアを向こうへ押し、わずかな隙間を作る。
(明かりは、消えてる……音もしない)
足音を立てないように、ゆっくりと部屋に入る。いつ目覚めるかわからないので、ドアは開けたままにしておく。月明りが部屋の中を照らしてくれているので、ベッドがどこにあるのかすぐにわかった。
ルシャナの部屋と同じく、天蓋付きの巨大なベッドが真ん中に配置してある。
おそらくその中にマンフリートは寝ているのだろう。ベッド脇まで近づく。すると中央に人型の盛り上がりを見つける。
(いた、寝てるみたい。寝てる? でも起きないみたいだし、お酒とかで酔ってるのかも)
近づいて顔をみたいのに、ベッドが大きすぎてとてもではないが、表情までは見られない。
ここまで来て引き返すのはいやだ。すでに潜入しているという高揚感が、ルシャナを大胆にさせる。
ベッドの端にちょこんと座ってみる。ひずみで起きてしまうようなら逃げ出そうと思ったのだが、どうやらまだ気づかず寝ているようだ。
(ベッドも硬いし、少しくらい乗っても撓まないんじゃないかな)
四つん這いになり、そっと近づく。
(あ、見えた)
マンフリートの寝顔を初めてみた。
規則正しい寝息に安堵しながら、しばらく彼の寝顔を眺めていた。ヒゲが濃くて、上掛けをかけてはいるものの、上半身には何も身に着けていないので、彼の胸毛がしっかり見えている。
(触ったら、起きちゃうかな?)
さらに近づくが、マンフリートは起きる様子もない。胸毛をそっと摘まんでみる。それでも起きなかったので、指に巻き付けてみる。
(ああ、素敵。頬擦りしたいかも)
忍び込んでおいて、これでは完全に夜這いをしているのだが、当然本人にはまったくその気はないのだが、ただ相手が寝静まっているためか、どんどん行動が大胆になっていく。
今度は、彼の隣に横になって寝そべってみる。くっきりとした顔立ちで、もともとハンサムなのだろうが、不精ヒゲのせいで、端正な顔が隠れている。
(でも、すごくカッコいいと思う。僕もこんな風に強そうな見た目で白くなければ、兄様たちと一緒に、今頃は敵と戦っていたかもしれないんだよね)
精悍な顔立ちだとは思っていたが、こうしてじっくりと見る機会はそうないと思うので、間近で見られてラッキーだと思う。
(うふふっ。結構今、大胆なことしてるのかな? 起きちゃったらどうしよう? そしたら寝ぼけたふりをして、逃げちゃえばいいよね。それか、夢の中だって言い張るとか)
さすがに顔を触ったら起きるだろう。だから、ぐっと我慢してパーツを一つずつ見ていく。意外といったら失礼だが、肌が綺麗だと思う。見慣れてくると無精ひげもなかなかいけていると思う。
茶色の瞳は、本来ならば優しいのだろうが、体を重ねたあとで目を合わせるのは、まだ怖いというよりは戸惑いが強く、どういう顔をすればいいのか分からず、話しかけられることにすらびくついている。
(そろそろ、戻ったほうがいいよね)
来た時と同じように、足音を立てないように、こっそり部屋に戻り、ドアの鍵も閉めた。
(楽しかったかも! きっとマンフリート様は気づいていないよね。まさか寝たふりしていたってことも……ないか。ちゃんと寝息とか聞こえたし)
生まれて初めて大胆な行動に出たと思う。
まだ、心臓がドキドキしている。秘密を持つというのは案外楽しいことかもしれない。明日の朝食は、マンフリートとともに食べることになっているが、今のことを思い出して笑ってしまわないように、奥歯を噛み締めなければならない。
でも、ここ数日どんよりとした気分だったルシャナは、少しだけ明るくなった気がして、いつしか朝食が楽しみになっていた。
「……おはよう、ルシャナ」
そう言って隣に腰掛けたマンフリートは、まだ眠たそうだ。こざっぱりとした服ときっちりと剃られたヒゲが清々しい。
バウムガルデン領にやってきて四日目だ。
ここは陰気な王城とは違い、外はまだ暗いのだが、この部屋には煌々と明かりが灯っている。いつもこうなのだろうか、それとも今だけなのかはわからないが、少しだけ気分が上向きになる。
「……おはようございます、マンフリート様」
そういえば、いつのまにか敬称がなくなっていた。当然か。仮初とはいえ妻になったのだから、いつまでもルシャナ王子と呼んでいたら、周りに示しがつかないだろう。
「おはようございます、旦那様、奥様。本当は初日に食べてもらいたかったと嘆いている料理長の力作を、朝からですが、お楽しみください」
この数日ルシャナはずっと部屋で食事を取っていたので、普段マンフリートが使うという食堂に初めて連れられ、こうして夫婦揃って並んで座っているのだ。
リチャードは、誇らしげに眼鏡を指で押し上げ、さっそく給仕の者を部屋へ入れる。
十人は優に座れるであろうダイニングテーブルの上に、次々と料理が並べられていく。飾り切りや細工の施された具材。これはこの地方で出される伝統的な料理なのだが、なぜかすべてマンフリートの側にしか料理が並べられないのだ。
主人側から並べるのは礼儀なのだろうと思っていたら、これですべてだという。
でも料理をみると、どれも二つずつあるし、と首を傾げているとチャドラが白い大きな布をルシャナの首にかけた。まるで巨大なエプロンのようだ。しかし、大きすぎて手が出せない。どうしようと考えていると、料理長以下使用人がまるで野次馬のようにこちらを見ている。
するとリチャードはニヤリとし、料理長が鍋とお玉でドラの代わりなのか、大きな音を出す。
「え? なに?」
何が始まるのか、オロオロしていると、マンフリートは再び笑って、楽しんで、と一言だけ言う。
「一品目、じゃがいもの冷製スープ!」
リチャードが読み上げると、マンフリートはグラスに入ったスープを手に取り、スプーンで掬い、なんとルシャナの目の前に持ってきたのだ。
「口を開けて、ルシャナ」
「え?」
「ほら、はやく、みんなが見ているぞ」
わけもわからず、言われた通りに口を開けると、口の中にスープを流し込まれる。
すると、全員が大きな拍手したり、歓声を上げたりしているのだ。そして、その合間にもう一口入れられる。マンフリートは、自分の器を取り、サッと一口で飲む。
「二品目、蒸し鶏のキャベツ包みのアンチョビソース!」
マンフリートはフォークの上にのせた料理を、ルシャナの目の前に持ってくる。
「ほら、口を開けて」
再びわけもわからず、言われるままに口を開け、料理を食べさせられる。
「美味しい……」
ルシャナが思わず呟くと、料理長がさらにフライパンを叩き、喜びの雄叫びを上げる。それに続いて全員が拍手をする。
「三品目、鴨ロースハムのスライス、蜂蜜ソース掛け!」
次々とルシャナの口に料理が運ばれる。
一口サイズとはいえ、十八品目でギブアップしたのだが、食べ終わる頃には全員が歌を歌い、ルシャナを歓迎してくれて、うれしいのに、正直どういう態度を取ればよいのかわからなかった。
(僕は仮の花嫁なのに、いいのかな……とりあえず、マンフリート様の顔を潰さないように楽しそうに、妻らしく振舞わないと)
それから使用人一人ずつ挨拶と自己紹介と握手で三十分ほどかかったが、ルシャナはまったく苦ではなかった。これが本当の結婚だったら、どれだけ幸せなことか。
すべての人と挨拶を交わすと、最後の料理長がお疲れ様のデザートを持ってきてくれた。
「ルシャナ様、お口にあったようでうれしいです。これからは、この料理長になんなりと食べたいものをリクエストしてください」
「うれしいです。思いついたらリクエストしますね」
「はい、是非!」
皆が下がったところでようやく肩の荷が降りた。
「お疲れ様でした。ルシャナ様。これは我が領地に伝わる伝統行事なのですよ。使用人たちに花嫁を紹介するのが目的なのですが、初夜の翌日、花嫁の体調を慮って、花婿がすべてをお世話する、というのが慣わしなのです。いかがですか?」
初夜、と聞いてルシャナは途端に悲しくなった。みんなに受け入れられるような正当な花嫁ではない。それなのに、まるで本物の花嫁のように振舞ってしまい、あんな気のいい人たちを騙すのがしのびないのだ。
「と、とても素敵な行事ですね。僕、もう部屋に戻りますね」
マンフリートは何か言いたそうにしていたのだが、ルシャナは気つかぬふりをして部屋に戻った。
さらに聞き耳を立てていたのだが、なぜか少し緊張が解れた気がする。
(僕、なにやってるんだろう。ちょっとおとぎ話に出てくる盗賊みたい)
主が寝静まるのを待って、部屋に入り、見つからないように金品を奪って再び夜に紛れる。
(いやいや、無理だから)
しばらくすると、物音が完全に消えた。
(寝たのかな? ちょっとだけ覗いてみて、起きてそうならドアを締めればいいんだものね)
そっとドアを向こうへ押し、わずかな隙間を作る。
(明かりは、消えてる……音もしない)
足音を立てないように、ゆっくりと部屋に入る。いつ目覚めるかわからないので、ドアは開けたままにしておく。月明りが部屋の中を照らしてくれているので、ベッドがどこにあるのかすぐにわかった。
ルシャナの部屋と同じく、天蓋付きの巨大なベッドが真ん中に配置してある。
おそらくその中にマンフリートは寝ているのだろう。ベッド脇まで近づく。すると中央に人型の盛り上がりを見つける。
(いた、寝てるみたい。寝てる? でも起きないみたいだし、お酒とかで酔ってるのかも)
近づいて顔をみたいのに、ベッドが大きすぎてとてもではないが、表情までは見られない。
ここまで来て引き返すのはいやだ。すでに潜入しているという高揚感が、ルシャナを大胆にさせる。
ベッドの端にちょこんと座ってみる。ひずみで起きてしまうようなら逃げ出そうと思ったのだが、どうやらまだ気づかず寝ているようだ。
(ベッドも硬いし、少しくらい乗っても撓まないんじゃないかな)
四つん這いになり、そっと近づく。
(あ、見えた)
マンフリートの寝顔を初めてみた。
規則正しい寝息に安堵しながら、しばらく彼の寝顔を眺めていた。ヒゲが濃くて、上掛けをかけてはいるものの、上半身には何も身に着けていないので、彼の胸毛がしっかり見えている。
(触ったら、起きちゃうかな?)
さらに近づくが、マンフリートは起きる様子もない。胸毛をそっと摘まんでみる。それでも起きなかったので、指に巻き付けてみる。
(ああ、素敵。頬擦りしたいかも)
忍び込んでおいて、これでは完全に夜這いをしているのだが、当然本人にはまったくその気はないのだが、ただ相手が寝静まっているためか、どんどん行動が大胆になっていく。
今度は、彼の隣に横になって寝そべってみる。くっきりとした顔立ちで、もともとハンサムなのだろうが、不精ヒゲのせいで、端正な顔が隠れている。
(でも、すごくカッコいいと思う。僕もこんな風に強そうな見た目で白くなければ、兄様たちと一緒に、今頃は敵と戦っていたかもしれないんだよね)
精悍な顔立ちだとは思っていたが、こうしてじっくりと見る機会はそうないと思うので、間近で見られてラッキーだと思う。
(うふふっ。結構今、大胆なことしてるのかな? 起きちゃったらどうしよう? そしたら寝ぼけたふりをして、逃げちゃえばいいよね。それか、夢の中だって言い張るとか)
さすがに顔を触ったら起きるだろう。だから、ぐっと我慢してパーツを一つずつ見ていく。意外といったら失礼だが、肌が綺麗だと思う。見慣れてくると無精ひげもなかなかいけていると思う。
茶色の瞳は、本来ならば優しいのだろうが、体を重ねたあとで目を合わせるのは、まだ怖いというよりは戸惑いが強く、どういう顔をすればいいのか分からず、話しかけられることにすらびくついている。
(そろそろ、戻ったほうがいいよね)
来た時と同じように、足音を立てないように、こっそり部屋に戻り、ドアの鍵も閉めた。
(楽しかったかも! きっとマンフリート様は気づいていないよね。まさか寝たふりしていたってことも……ないか。ちゃんと寝息とか聞こえたし)
生まれて初めて大胆な行動に出たと思う。
まだ、心臓がドキドキしている。秘密を持つというのは案外楽しいことかもしれない。明日の朝食は、マンフリートとともに食べることになっているが、今のことを思い出して笑ってしまわないように、奥歯を噛み締めなければならない。
でも、ここ数日どんよりとした気分だったルシャナは、少しだけ明るくなった気がして、いつしか朝食が楽しみになっていた。
「……おはよう、ルシャナ」
そう言って隣に腰掛けたマンフリートは、まだ眠たそうだ。こざっぱりとした服ときっちりと剃られたヒゲが清々しい。
バウムガルデン領にやってきて四日目だ。
ここは陰気な王城とは違い、外はまだ暗いのだが、この部屋には煌々と明かりが灯っている。いつもこうなのだろうか、それとも今だけなのかはわからないが、少しだけ気分が上向きになる。
「……おはようございます、マンフリート様」
そういえば、いつのまにか敬称がなくなっていた。当然か。仮初とはいえ妻になったのだから、いつまでもルシャナ王子と呼んでいたら、周りに示しがつかないだろう。
「おはようございます、旦那様、奥様。本当は初日に食べてもらいたかったと嘆いている料理長の力作を、朝からですが、お楽しみください」
この数日ルシャナはずっと部屋で食事を取っていたので、普段マンフリートが使うという食堂に初めて連れられ、こうして夫婦揃って並んで座っているのだ。
リチャードは、誇らしげに眼鏡を指で押し上げ、さっそく給仕の者を部屋へ入れる。
十人は優に座れるであろうダイニングテーブルの上に、次々と料理が並べられていく。飾り切りや細工の施された具材。これはこの地方で出される伝統的な料理なのだが、なぜかすべてマンフリートの側にしか料理が並べられないのだ。
主人側から並べるのは礼儀なのだろうと思っていたら、これですべてだという。
でも料理をみると、どれも二つずつあるし、と首を傾げているとチャドラが白い大きな布をルシャナの首にかけた。まるで巨大なエプロンのようだ。しかし、大きすぎて手が出せない。どうしようと考えていると、料理長以下使用人がまるで野次馬のようにこちらを見ている。
するとリチャードはニヤリとし、料理長が鍋とお玉でドラの代わりなのか、大きな音を出す。
「え? なに?」
何が始まるのか、オロオロしていると、マンフリートは再び笑って、楽しんで、と一言だけ言う。
「一品目、じゃがいもの冷製スープ!」
リチャードが読み上げると、マンフリートはグラスに入ったスープを手に取り、スプーンで掬い、なんとルシャナの目の前に持ってきたのだ。
「口を開けて、ルシャナ」
「え?」
「ほら、はやく、みんなが見ているぞ」
わけもわからず、言われた通りに口を開けると、口の中にスープを流し込まれる。
すると、全員が大きな拍手したり、歓声を上げたりしているのだ。そして、その合間にもう一口入れられる。マンフリートは、自分の器を取り、サッと一口で飲む。
「二品目、蒸し鶏のキャベツ包みのアンチョビソース!」
マンフリートはフォークの上にのせた料理を、ルシャナの目の前に持ってくる。
「ほら、口を開けて」
再びわけもわからず、言われるままに口を開け、料理を食べさせられる。
「美味しい……」
ルシャナが思わず呟くと、料理長がさらにフライパンを叩き、喜びの雄叫びを上げる。それに続いて全員が拍手をする。
「三品目、鴨ロースハムのスライス、蜂蜜ソース掛け!」
次々とルシャナの口に料理が運ばれる。
一口サイズとはいえ、十八品目でギブアップしたのだが、食べ終わる頃には全員が歌を歌い、ルシャナを歓迎してくれて、うれしいのに、正直どういう態度を取ればよいのかわからなかった。
(僕は仮の花嫁なのに、いいのかな……とりあえず、マンフリート様の顔を潰さないように楽しそうに、妻らしく振舞わないと)
それから使用人一人ずつ挨拶と自己紹介と握手で三十分ほどかかったが、ルシャナはまったく苦ではなかった。これが本当の結婚だったら、どれだけ幸せなことか。
すべての人と挨拶を交わすと、最後の料理長がお疲れ様のデザートを持ってきてくれた。
「ルシャナ様、お口にあったようでうれしいです。これからは、この料理長になんなりと食べたいものをリクエストしてください」
「うれしいです。思いついたらリクエストしますね」
「はい、是非!」
皆が下がったところでようやく肩の荷が降りた。
「お疲れ様でした。ルシャナ様。これは我が領地に伝わる伝統行事なのですよ。使用人たちに花嫁を紹介するのが目的なのですが、初夜の翌日、花嫁の体調を慮って、花婿がすべてをお世話する、というのが慣わしなのです。いかがですか?」
初夜、と聞いてルシャナは途端に悲しくなった。みんなに受け入れられるような正当な花嫁ではない。それなのに、まるで本物の花嫁のように振舞ってしまい、あんな気のいい人たちを騙すのがしのびないのだ。
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