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会合
日が沈み暗くなっても真っ白なのがわかる建物。
俺は車1つない駐車場から『ハートフルメンタルクリニック』の看板を見上げた。
一太くんを見送ってからホテルに戻らずここに来て、少しの間クリニックの壁にもたれていた。
診療のために来た、というわけじゃない。受付はとうに終わっていて、クリニックにも駐車場にも人は誰もいない。
俺はここに、けじめをつけに来たのだ。
時計を見て7時を確認したとき、駐車場のアスファルトを踏む足音が聞こえた。
「おい」
想定通りの無遠慮な声がして、俺は壁から緩慢な動作で身を起こす。
「ホントにいるとは」
目の前に落ちた影を見上げると、顎をあげるようにして西野が笑っていた。
「いるに決まってるだろ。俺から来いって言ったんだ」
「会いたいだなんて、冗談かと思ってた」
八籐先生から届いたメールには一太くんの他に西野からもコンタクトがあったと触れられていた。
一太くんと会うことはすぐに決めたことだった。八籐先生に一太くんに会いたいので連絡を仲介してほしいとすぐにお願いした。それから俺は別のメール文を打っては消し打っては消しを繰り返し、ようやっと先生にメールを送ったのが昨日だ。
『西野と話をしたいので閉院後のクリニックを待ち合わせ場所に使わせていただけませんか』
そう送って、西野には自ら連絡した。パソコンに新しくLINEのアカウントを作って「1度話がしたい。18時以降で会える日はあるか」と送った。いたずらと思われる可能性はあったけど、あの西野が『杉崎久遠』というアカウント名に反応しないわけがなかった。想定通り即既読がついたのは言わずもがな、1分も経たないうちに『明日だ』と短い返答が来た。
それがすべて昨日の出来事だった。
「会いたいわけじゃない。話がしたいんだ」
「ま、どっちでもいい。まずは希望通り杉崎の話を聞こうか」
モザイクがかかっているとは言え明らかに自分だとわかる写真が連日ネットで騒がれているのに、西野がどうしてこんなに普通にしていられるのか不思議だ。LINEを送ったときも写真について何も言ってこなかった。
「記事に西野と俺の写真が出た」
「あぁ、そうだな」
「俺は事務所にもお前のことは詳しく伝えてないけど、お前はどうなんだ。マスコミから連絡が来たことは?」
西野は何か納得したように右の口角をあげて「いや?」と答えた。
「俺がマスコミに何か暴露してないか不安になって、会って確かめようとしたってわけか」
「それだけが理由じゃない」
俺は大きく息を吸った。
「お前から逃げてばかりじゃダメだと思ったんだよ」
一太くんに助けられて、それからずっとただ西野から逃げてるだけだった。一太くんと過ごすうちに身体から傷が消えて幸せで、でもそれだけじゃダメだとずっと思っていて。やっと、決心がついたのだ。
「お前にマスコミが気づいてないならそれで十分だ。俺はお前から受けた暴力を完全に水に流す。そして、お前と金輪際会わない。接触してきたら今までのことを全部含めて警察につきだす」
面と向かってここまで言ったのは初めてだった。
どこかで、一太くんとの関係が切れてしまったらまた西野を頼るしかないと思っている愚かで弱い自分が、消えていくのを感じた。
西野が逆上するのを予想して身構えていると、西野は何も言わずタバコを取り出して咥えた。火をつけて吸うまで待って、やっと西野は俺を見た。
「警察につきだされるのは困りもんだな。面倒だ」
全然困ってなさそうに煙を吐き出す。
「俺は杉崎とまた仲良くしたいと思ってるんだが」
1度も仲が良かったことなどない。
西野にとってあの関係が仲が良いということなら願い下げもいいとこだ。
「断る。お前と会うのはこれが最後だ」
深々とタバコを吸ってから、西野はアスファルトにタバコを落とす。無言で火を踏み潰すのを見届けた時には、俺の胸元に西野の手が伸びていた。
「ぐっ……!ッ……!」
胸ぐらを掴まれて、その勢いで壁に背中を打ち付けられた。一瞬呼吸ができなくなる。
「この、離せよ……!」
「お前こそ、大人しくしてろ。また痴話喧嘩を撮られるぞ」
平然を装って見えても西野は明らかに苛立っていた。
「お前と俺が寝てたのは事実だ。マスコミに垂れ込まなかったことに感謝はねえのか」
俺に向けられる表情は、次に来る暴力を予言していた。
数年前、初めて西野と寝たときのことがフラッシュバックして胃がうねる。
怯むな、怯むなよ。
「言いたきゃ言え……今から出版社に電話でもかけろ!」
自分を奮い立たせて西野に蹴りを入れた。
西野は舌打ちしながら俺の脚を掴んで駐車場に引きずり下ろすように投げた。アスファルトに倒れた俺を、ついでと言いたげに蹴りあげる。
「俺はお前と喧嘩したいわけじゃない。わかるだろ」
「わ、かんねえよ……!お前のことなんかわかりたくもない」
痛みをこらえて睨み上げれば、西野に再び胸ぐらを掴まれた。
殴られる。
そう感じた俺が西野の下でもがくのと、タクシーが急ブレーキで駐車場に止まるのが同時だった。
「なんだ?」
さすがの西野も動きを止めて訝しげにタクシーを見た。俺がタクシーのライトに目を細めると、バンッとドアが開き人が降りてきた。
というか、アレは。
「い、一太くん!?」
「久遠さん!」
一太くんが走ってきて、西野は眉を上げながら俺から離れた。
いきなりの登場に頭が混乱する俺の肩を支えた一太くんは、そのままそっと俺を立ち上がらせた。
「大丈夫ですか」
「う、うん。でも、なんでここに……」
一太くんは俺の問いには答えずに、
「王子様はどこにでも来るんだな」
呆れ顔の西野を睨みつけた。
俺は車1つない駐車場から『ハートフルメンタルクリニック』の看板を見上げた。
一太くんを見送ってからホテルに戻らずここに来て、少しの間クリニックの壁にもたれていた。
診療のために来た、というわけじゃない。受付はとうに終わっていて、クリニックにも駐車場にも人は誰もいない。
俺はここに、けじめをつけに来たのだ。
時計を見て7時を確認したとき、駐車場のアスファルトを踏む足音が聞こえた。
「おい」
想定通りの無遠慮な声がして、俺は壁から緩慢な動作で身を起こす。
「ホントにいるとは」
目の前に落ちた影を見上げると、顎をあげるようにして西野が笑っていた。
「いるに決まってるだろ。俺から来いって言ったんだ」
「会いたいだなんて、冗談かと思ってた」
八籐先生から届いたメールには一太くんの他に西野からもコンタクトがあったと触れられていた。
一太くんと会うことはすぐに決めたことだった。八籐先生に一太くんに会いたいので連絡を仲介してほしいとすぐにお願いした。それから俺は別のメール文を打っては消し打っては消しを繰り返し、ようやっと先生にメールを送ったのが昨日だ。
『西野と話をしたいので閉院後のクリニックを待ち合わせ場所に使わせていただけませんか』
そう送って、西野には自ら連絡した。パソコンに新しくLINEのアカウントを作って「1度話がしたい。18時以降で会える日はあるか」と送った。いたずらと思われる可能性はあったけど、あの西野が『杉崎久遠』というアカウント名に反応しないわけがなかった。想定通り即既読がついたのは言わずもがな、1分も経たないうちに『明日だ』と短い返答が来た。
それがすべて昨日の出来事だった。
「会いたいわけじゃない。話がしたいんだ」
「ま、どっちでもいい。まずは希望通り杉崎の話を聞こうか」
モザイクがかかっているとは言え明らかに自分だとわかる写真が連日ネットで騒がれているのに、西野がどうしてこんなに普通にしていられるのか不思議だ。LINEを送ったときも写真について何も言ってこなかった。
「記事に西野と俺の写真が出た」
「あぁ、そうだな」
「俺は事務所にもお前のことは詳しく伝えてないけど、お前はどうなんだ。マスコミから連絡が来たことは?」
西野は何か納得したように右の口角をあげて「いや?」と答えた。
「俺がマスコミに何か暴露してないか不安になって、会って確かめようとしたってわけか」
「それだけが理由じゃない」
俺は大きく息を吸った。
「お前から逃げてばかりじゃダメだと思ったんだよ」
一太くんに助けられて、それからずっとただ西野から逃げてるだけだった。一太くんと過ごすうちに身体から傷が消えて幸せで、でもそれだけじゃダメだとずっと思っていて。やっと、決心がついたのだ。
「お前にマスコミが気づいてないならそれで十分だ。俺はお前から受けた暴力を完全に水に流す。そして、お前と金輪際会わない。接触してきたら今までのことを全部含めて警察につきだす」
面と向かってここまで言ったのは初めてだった。
どこかで、一太くんとの関係が切れてしまったらまた西野を頼るしかないと思っている愚かで弱い自分が、消えていくのを感じた。
西野が逆上するのを予想して身構えていると、西野は何も言わずタバコを取り出して咥えた。火をつけて吸うまで待って、やっと西野は俺を見た。
「警察につきだされるのは困りもんだな。面倒だ」
全然困ってなさそうに煙を吐き出す。
「俺は杉崎とまた仲良くしたいと思ってるんだが」
1度も仲が良かったことなどない。
西野にとってあの関係が仲が良いということなら願い下げもいいとこだ。
「断る。お前と会うのはこれが最後だ」
深々とタバコを吸ってから、西野はアスファルトにタバコを落とす。無言で火を踏み潰すのを見届けた時には、俺の胸元に西野の手が伸びていた。
「ぐっ……!ッ……!」
胸ぐらを掴まれて、その勢いで壁に背中を打ち付けられた。一瞬呼吸ができなくなる。
「この、離せよ……!」
「お前こそ、大人しくしてろ。また痴話喧嘩を撮られるぞ」
平然を装って見えても西野は明らかに苛立っていた。
「お前と俺が寝てたのは事実だ。マスコミに垂れ込まなかったことに感謝はねえのか」
俺に向けられる表情は、次に来る暴力を予言していた。
数年前、初めて西野と寝たときのことがフラッシュバックして胃がうねる。
怯むな、怯むなよ。
「言いたきゃ言え……今から出版社に電話でもかけろ!」
自分を奮い立たせて西野に蹴りを入れた。
西野は舌打ちしながら俺の脚を掴んで駐車場に引きずり下ろすように投げた。アスファルトに倒れた俺を、ついでと言いたげに蹴りあげる。
「俺はお前と喧嘩したいわけじゃない。わかるだろ」
「わ、かんねえよ……!お前のことなんかわかりたくもない」
痛みをこらえて睨み上げれば、西野に再び胸ぐらを掴まれた。
殴られる。
そう感じた俺が西野の下でもがくのと、タクシーが急ブレーキで駐車場に止まるのが同時だった。
「なんだ?」
さすがの西野も動きを止めて訝しげにタクシーを見た。俺がタクシーのライトに目を細めると、バンッとドアが開き人が降りてきた。
というか、アレは。
「い、一太くん!?」
「久遠さん!」
一太くんが走ってきて、西野は眉を上げながら俺から離れた。
いきなりの登場に頭が混乱する俺の肩を支えた一太くんは、そのままそっと俺を立ち上がらせた。
「大丈夫ですか」
「う、うん。でも、なんでここに……」
一太くんは俺の問いには答えずに、
「王子様はどこにでも来るんだな」
呆れ顔の西野を睨みつけた。
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