魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ

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 ダンの問いに、ディタの表情が僅かに緩んだ。安心したような、自嘲のような顔をして肩をすくめる。

「……ちょっとした、遊び心だ。こっちのボロ勝ちが決定的じゃつまんねーだろ」

 ディタの答えに納得したわけではないだろうが、ダンはただ「そうか」と返した。

「至上様を封印して、どうする気だ」
「ユーリはロット国が欲しいらしい。至上様封印の混乱に乗じて、王家を潰すんだって。お前、ちゃんと亡命でもして逃げろよ」
「没落王族のことなどどうでもいい。お前のことを聞いている。こんなことをしてもお前に魔力が宿るわけでも、お前が魔界を支配できるわけでもない」
「能力とか権力とか、そんなものはどうでもいい。俺はただ……自由が欲しいだけだ」
「憐れなお前に自由を与えると言い、それと引き換えに手を汚させている者がいるということか」
「……」

 ディタが黙った。飄々とした空気が消え、ダンは確信を持って見据える。

「誰の指図で動いている」
「……そういう勘がいいところ、お兄ちゃんは嫌いだよ」

 ディタの表情に観念が見えた時、突如ダンめがけて氷の槍が飛んだ。ダンは当たる寸前で炎の壁を出し、槍を相殺する。爆発音と水蒸気が立ち込める中、怒声が響いた。

「くっそ、死んどけや! この下衆が……!」

 倒れていたはずのユーリが悪態をつきながら近づいてくる。手に新たな槍が握られているのを見て、容赦する気の失せたダンはユーリを殺そうと炎を出した。

「下衆はどっちだ、格下」

 殺気を感じる程度の能力はあるらしく、ユーリはダンに舌打ちをしてから「はっ」と笑った。

「待てや。殺し合いする前に教えたる。そのルカってやつ、助けたいなら1つだけ方法あんで」
「おい、ユーリやめろ」

 ディタが制止したが、そちらを見もせずに喋り続ける。

「絶縁枷は、致死量の生き血を浴びると解除される。もちろん誰の血でもええわけやない。生き血は、封印対象のことを最も愛している人間が捧げな効かん」

 言い切ったユーリに、ディタは小さく舌打ちをした。一方ダンは顔色を変えずに黙っている。

「王子サマならいけるかもなぁ、知らんけど。死ぬ気で血捧げる勇気がないなら帰り。至上が封印された以上大戦は避けられんし、国で戦争の準備でも始めたほうがええよ」
「……」

 ダンは黙ったまま、横たわるルカに視線を落とした。ダンが本気を出せば、この場でディタとユーリを戦闘不能に追い込むことは決して無理難題ではない。しかしその判断をこの沈黙の間にしなかったということは、ダンが違う判断を下そうとしているということだと感じさせた。

「俺たちの目的は果たされた。邪魔をしないならお前と戦うつもりはない。……バカなことは考えるな。ここに助けは来ない。今大量出血すれば、そのまま死ぬぞ」

 ディタの助言に、ダンはゆっくり顔を上げる。決意した両目がディタを見た。

「……よくわかった。今の条件は本当なんだな」
「!違う、迷信だ。絶縁枷の正式な解除方法なんてない。大体最も愛しているだなんて曖昧な基準、あてにする方がおかしい。お前ならわかるだろ」
「絶縁枷の解除方法など俺は聞いたことがない。迷信として暗に伝わっている方法しかないなら、それをやってみるしかない。お前にはわかるだろ」
「っおい、正気か? 至上は死んだって必ず生き返る。俺たちとは違う化け物だ。そんなやつに、お前が命をかける必要なんて──」
「こいつは化け物ではない」

 確信のある言葉で遮って、ディタとユーリに向かって手を向ける。

「……邪魔をするな」
「ぐっ……!」

 途端にふたりの身体は暴風に押され、雑兵をなぎ倒すように激突した。続けて火の矢が降り注ぎ、ディタはダンから距離を取らざるを得なくなる。
 ディタもユーリも雑兵も近づけない状況を作って、ダンはやっとルカの横に跪いた。

「ルカ。俺を見ろ。俺だけを」

 横たわったルカの瞳は開いているが、どこも見ていない。虚ろな、廃人の目だ。ダンは痛ましげに眉を寄せて、頬に触れた。冷たい。触れればいつもあった温もりは、もう名残すらない。

「……愛している」

 いつからか芽生え胸を支配していた想いを告げて、ダンは少しだけ笑った。初めての吐露だった。

「だから、早く戻ってこい。お前は俺だけのものだ」

 ダンはルカの乾いた唇にキスを落としてから、己の胸に剣を立てた。至上様だから救うのではない。打算的なことなど、もう考えていなかった。

「ダン! やめろ、ダン……!!」

 ディタが遠くから叫ぶ。しかし、必死の制止も弟には届かない。ダンに躊躇いはなく、そのまま深々と剣を突き刺した。
 溢れる血が、愛する人を赤く染めるのを見て、ダンはゆっくりと目を閉じた。
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