インテリヤクザは子守りができない

タタミ

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想い

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 初瀬は自宅マンションのエレベーターで腕時計を見た。時刻は20時を過ぎたところで、本来深夜に帰宅する予定だったはずが何時間も早く帰って来ていた。なぜかと言えば、会沢の部屋に行ってしまった皆木の安否を確認するためだった。わざわざ予定を切り上げるほどのことか、と言ってくる自分もいたが、気になって仕事にならない事実からは逃れられない。

「はぁー……」

 思わず大きいため息を吐く。別に皆木のせいではない。己の心境の変化、そして奈古組事務所の偵察に加え、ついさっきまで暇を持て余した会沢の無駄な電話に付き合わされていたせいで心労が酷い。その無駄話のおかげで皆木は会沢の元を脱出できたようなので、必要な疲労ではあったが。

 ──ブブッ。

 スマホが震え、見ると会沢からLINEが来ている。『トーマくんのケータイ、返さなくていいんだっけ?あ、あとでハメ撮り送るね✌』というメッセージを開かずに確認して、舌打ちをしながら通知をオフにしたところでエレベーターが開いた。

「ハセさん、おかえり!結構早かったっすね」

 扉が開くと同時に、ホールで待ち構えていた皆木が誕生日のクラッカーでも鳴らしそうな勢いで現れる。元気な出迎えに初瀬は少し頬を緩めた。

「部屋で待ってろよ」
「いいじゃないっすか。若頭なんだから子分がお迎えくらいしても」

 皆木は初瀬が帰ってきたのがよほど嬉しいのか半ばスキップするように歩き、部屋の鍵を開けた。玄関に入ると夕飯のいい匂いがして、不意に懐かしく感傷的な気分になる。

「もう晩飯はあっため直すだけで食えますよ。鶏の照り焼き多めに作りました」

 皆木がにこやかに言い、初瀬の感傷が和らぐ。

「お前、会沢さんに薬盛られなかったか」
「オレは全然。ただ部屋にもうひとりいた男はヤバそうなの入れられてました。すぐに意識ぶっ飛んでて」

 会沢の部屋にいたのは会沢の傘下にいるチンピラで、売り物をくすねていたのが露呈し新薬の実験台に降格した男だ。皆木もあの場に長く留まれば、会沢が個人的に作った致死量不明の薬を血管に入れられていただろう。

「いくら暇でも会沢さんのとこには行くな。良くてヤク漬け、下手したら死ぬ。肝に銘じろ」
「あー……はい。心配かけちゃってすいません。正直、電話来て助かりました」

 初瀬は皆木にそれ以上強く言う気はなかった。とりあえず無事でよかったと思いながらリビングに入り、財布から数枚の札を抜いて皆木に差し出す。

「受け取れ」
「うわ、万札だ。なんすか急に」

 初瀬の脱いだジャケットをハンガーにかけていた皆木は、いきなり数万円を見せられて目を瞬いた。首を傾げても手は出さない。

「相手はちゃんと考えろ。せめてプロに頼め。会沢さんは絶対に駄目だ」
「え!?いやだから違うって!オレはやりたくてアイザワさんに会ったわけじゃなくて!急になんか、アイザワさんがそういう雰囲気にしてきただけで!」

 性欲なんて自分で処理しろと初瀬は言ってきたものの、皆木は初瀬と違って10代で元々売春をしていた男だ。自分とは限度や価値観が違うかと思って出した解決策だったが、皆木は全力で否定した。

「金だっていらないから!風俗も行かないんで」

 皆木は差し出された札を初瀬に押し返す。いまだ釈然としない顔をする初瀬に何か言いたげに頭を掻いてから、皆木は呟いた。

「……オレはハセさんにしか抱かれる気ねーもん」

 皆木の意思──初瀬への想いは初瀬の想像よりずっと強く、そして初瀬にはその感情の扱い方がわからない。

「いいのかよ、一生やれなくても」

 そんな試すようなことしか聞けない初瀬を、皆木は見返した。

「いいっすよ。……ハセさんがいてくれるなら」

 迷いのない宣言に、初瀬は胸のあたりが落ち着かなくなっていく。

「え、ハセさ──」

 気づけば皆木を引き寄せ、唇を重ねていた。自分でもなぜかは説明できない。今までは『皆木に求められたから』という言い訳があったが、今は初瀬の意思だけが初瀬を動かしていた。少しだけ食んで唇を離すと、顔を赤らめた皆木が固まっていて、初瀬と目が合った途端に叫ぶ。

「うっ、うわー!?なんすか今の!?なんで、うそ、告ってから一度もしてくれなかったのに!!」
「うるせえな。もうしねえよ」
「なんで!?もっとしてよ!!遠慮しないで!」

 皆木は食い下がったが、初瀬は無視をして踵を返し食卓についた。

(いや本当に何をしてんだ俺は)

 今の行動が自分でも消化しきれず、もう一度キスをしてしまったら取り返しがつかなくなる気がして、空気を壊すためにテーブルにあったトマトを勝手につまむ。

「あ!もう~!一緒に食べるって言ったのに!」

 文句の方向が切り替わった皆木は、そのまま文句を言いながら手際よく夕食を準備した。食卓に料理が並ぶ頃には、初瀬のせいで変な空気になったリビングも日常に戻っていた。

「うまいっすか、飯」
「ああ。もう俺より料理上手いだろ」
「へへ~将来はシェフにでもなろっかな。あ、そういや出血大サービスってなんですか。今日そういう張り紙あって──」

 殺したい相手を追うはずだった時間で、温かい料理を食べ、皆木と他愛のない会話を交わす。皆木の存在により初瀬の空虚は満たされて、同時に背後に広がる影が存在感を増していた。
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