36 / 51
偵察
奈古組の事務所は東京と神奈川の境目にある雑居ビルに構えられている。それなりに歴史のある組だが、あまり稼ぎは芳しくないのがビルの風体に出ていた。
法が厳しくなったせいで、昔と比べたらどこも羽振りはよくない。だから闇バイトなどという新しいシノギを捻り出してくるわけだ。しかし強盗をやって得られるのは良くて100万、罪を被る下っ端はその100万のうち数万も手に入らない。強盗ついでに死者が出て足がつけば、無期懲役か死刑で人生は終わり。多くのヤクザや半グレにとって、仕事内容は給料と見合っていない。
ここがどんな学校や職場よりも劣悪だというのがわからない人間ばかりで、裏社会は構成されている。高額な時給のバイトを見て、まずおかしいと思えずに飛びつき人まで殺す。初瀬は犯罪者がのさばる環境に身を落としてから、救いようのない頭の持ち主を嫌というほど見てきた。その様を見せつけられて、『環境さえ違えば彼らも犯罪者にならずに済んだだろう』などという人権意識を抱けるほど初瀬の心に余裕はなかった。
(俺には殺してやることしかできない)
車内で奈古組事務所を眺めながら、初瀬はタバコの煙を吐いた。そろそろ出てくるかと思った矢先、建物から男が2人現れ事務所前の車に乗り込む。助手席と運転席に座ったのは若頭補佐の満井と舎弟の山崎だ。車内の時計は午前1時25分。初瀬はここ数日毎日奈古組へ偵察に来ているが、2人はほぼ同時刻に出てきて満井の自宅へと山崎が送迎するのがルーティンになっていた。
(家の前で待ち構えるか、出てきたところをさらうか。どちらにせよ──)
シミュレーションしながらタバコを灰皿に捨てた時、助手席の窓が叩かれた。反射的に背中に隠してあった拳銃に手を伸ばすと、窓を叩いたマスクの男がホールドアップの姿勢を取る。
「おっと、僕だよ僕。中入れて」
「……会沢さん。何しに来たんですか」
マスクを下げた会沢がにこやかに手を振って、仕方なくドアロックを外す。助手席に座ってきた会沢は、手にしていた缶コーヒーをドリンクホルダーに勝手に入れて「はい、差し入れ」と言った。
「暇だからって俺の尾行はやめてください」
「いやいや違うよ。ちょうど用があって近所にいたから、初瀬くんもいるかな~と思って来てみただけ。あ、ターゲットの追跡とかやるなら全然追っていいからね」
「いえ。もう今日は終わったので帰ります」
「なんだ、ラッキー。僕も帰るからこのまま乗せてって」
本当はしばらく車内で考え事をしたかったが、会沢がいてはまとまる考えもまとまらない。マンションまでの足が欲しくて乗ってきたんだろうと多少うんざりしながら、初瀬はエンジンをかけアクセルを踏んだ。
「で、そろそろ掃除すんの?」
「……もう少し計画練ったらやります」
「実は裁判に使えそうな証拠も集まってきてるんだよね。警察に届けたら結構いい線行くと思う。法の裁きを下す方がご家族も喜ぶんじゃない?初瀬くんが死体を積み上げるよりはね」
会沢がUSBをつまんで見せてくる。初瀬は横目で確認しただけで受け取りはせずに視線を戻した。ウインカーを出したところで信号が赤になり、ブレーキを踏む。カチカチという音だけが車内に響いたところで、初瀬は会沢に顔を向けた。
「あなたはどうしたいんですか、俺を。殺しに誘導したかと思えば、急に真人間のようなことを言う」
「僕は初瀬くんのことが好きなんだよ。だから無理してほしくない。積年の恨みがキミに無茶させそうだから」
法が厳しくなったせいで、昔と比べたらどこも羽振りはよくない。だから闇バイトなどという新しいシノギを捻り出してくるわけだ。しかし強盗をやって得られるのは良くて100万、罪を被る下っ端はその100万のうち数万も手に入らない。強盗ついでに死者が出て足がつけば、無期懲役か死刑で人生は終わり。多くのヤクザや半グレにとって、仕事内容は給料と見合っていない。
ここがどんな学校や職場よりも劣悪だというのがわからない人間ばかりで、裏社会は構成されている。高額な時給のバイトを見て、まずおかしいと思えずに飛びつき人まで殺す。初瀬は犯罪者がのさばる環境に身を落としてから、救いようのない頭の持ち主を嫌というほど見てきた。その様を見せつけられて、『環境さえ違えば彼らも犯罪者にならずに済んだだろう』などという人権意識を抱けるほど初瀬の心に余裕はなかった。
(俺には殺してやることしかできない)
車内で奈古組事務所を眺めながら、初瀬はタバコの煙を吐いた。そろそろ出てくるかと思った矢先、建物から男が2人現れ事務所前の車に乗り込む。助手席と運転席に座ったのは若頭補佐の満井と舎弟の山崎だ。車内の時計は午前1時25分。初瀬はここ数日毎日奈古組へ偵察に来ているが、2人はほぼ同時刻に出てきて満井の自宅へと山崎が送迎するのがルーティンになっていた。
(家の前で待ち構えるか、出てきたところをさらうか。どちらにせよ──)
シミュレーションしながらタバコを灰皿に捨てた時、助手席の窓が叩かれた。反射的に背中に隠してあった拳銃に手を伸ばすと、窓を叩いたマスクの男がホールドアップの姿勢を取る。
「おっと、僕だよ僕。中入れて」
「……会沢さん。何しに来たんですか」
マスクを下げた会沢がにこやかに手を振って、仕方なくドアロックを外す。助手席に座ってきた会沢は、手にしていた缶コーヒーをドリンクホルダーに勝手に入れて「はい、差し入れ」と言った。
「暇だからって俺の尾行はやめてください」
「いやいや違うよ。ちょうど用があって近所にいたから、初瀬くんもいるかな~と思って来てみただけ。あ、ターゲットの追跡とかやるなら全然追っていいからね」
「いえ。もう今日は終わったので帰ります」
「なんだ、ラッキー。僕も帰るからこのまま乗せてって」
本当はしばらく車内で考え事をしたかったが、会沢がいてはまとまる考えもまとまらない。マンションまでの足が欲しくて乗ってきたんだろうと多少うんざりしながら、初瀬はエンジンをかけアクセルを踏んだ。
「で、そろそろ掃除すんの?」
「……もう少し計画練ったらやります」
「実は裁判に使えそうな証拠も集まってきてるんだよね。警察に届けたら結構いい線行くと思う。法の裁きを下す方がご家族も喜ぶんじゃない?初瀬くんが死体を積み上げるよりはね」
会沢がUSBをつまんで見せてくる。初瀬は横目で確認しただけで受け取りはせずに視線を戻した。ウインカーを出したところで信号が赤になり、ブレーキを踏む。カチカチという音だけが車内に響いたところで、初瀬は会沢に顔を向けた。
「あなたはどうしたいんですか、俺を。殺しに誘導したかと思えば、急に真人間のようなことを言う」
「僕は初瀬くんのことが好きなんだよ。だから無理してほしくない。積年の恨みがキミに無茶させそうだから」
あなたにおすすめの小説
バツイチ上司が、地味な僕を特別扱いしてくる
衣草 薫
BL
理性的でクールなバツイチ上司・桐原恒一は、過去の失敗から、もう誰も必要としないと決めて生きてきた。
男が好きだという事実を隠し、「期待しなければ傷つかない」と思い込んできた部下・葉山直。
すれ違いと誤解の果てに、直が職場を去ろうとしたとき、恒一は初めて“追いかける”ことを選ぶ。
選ばれないと信じてきた直と、逃げないと決めた恒一。
二人の距離が近づくことで、直は「ここにいていい」と思える場所を見つけていく。
元ノンケ上司×自己肯定感低め部下の社会人BL。※ハッピーエンド保証。
追放オメガ聖帝の幸せな結婚〜クールなスパダリ騎士に拾われて溺愛されるまで〜
あきたいぬ大好き(深凪雪花)
BL
ノルディーナ王国の聖帝サーナは、教皇のありもしない嘘のせいで聖宮から追放されてしまう。
行く当てがないサーナが国境に向かうと、そこで隣国ルミルカ王国の騎士であるムーシュと出会う。ムーシュから諸事情により偽装結婚を提案されて、サーナは期限付きの偽装結婚ならばよいと承諾し、一時的に保護してもらうことに。
異国暮らしに慣れていく中で、やがてムーシュから溺愛されるようになり……?
平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。
しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。
基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。
一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。
それでも宜しければどうぞ。
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
雪解けを待つ森で ―スヴェル森の鎮魂歌(レクイエム)―
なの
BL
百年に一度、森の魔物へ生贄を捧げる村。
その年の供物に選ばれたのは、誰にも必要とされなかった孤児のアシェルだった。
死を覚悟して踏み入れた森の奥で、彼は古の守護者である獣人・ヴァルと出会う。
かつて人に裏切られ、心を閉ざしたヴァル。
そして、孤独だったアシェル。
凍てつく森での暮らしは、二人の運命を少しずつ溶かしていく。
だが、古い呪いは再び動き出し、燃え盛る炎が森と二人を飲み込もうとしていた。
生贄の少年と孤独な獣が紡ぐ、絶望の果てにある再生と愛のファンタジー
【16+4話完結】虚な森の主と、世界から逃げた僕〜転生したら甘すぎる独占欲に囚われました〜
キノア9g
BL
「貴族の僕が異世界で出会ったのは、愛が重すぎる“森の主”でした。」
平凡なサラリーマンだった蓮は、気づけばひ弱で美しい貴族の青年として異世界に転生していた。しかし、待ち受けていたのは窮屈な貴族社会と、政略結婚という重すぎる現実。
そんな日常から逃げ出すように迷い込んだ「禁忌の森」で、蓮が出会ったのは──全てが虚ろで無感情な“森の主”ゼルフィードだった。
彼の周囲は生命を吸い尽くし、あらゆるものを枯らすという。だけど、蓮だけはなぜかゼルフィードの影響を受けない、唯一の存在。
「お前だけが、俺の世界に色をくれた」
蓮の存在が、ゼルフィードにとってかけがえのない「特異点」だと気づいた瞬間、無感情だった主の瞳に、激しいまでの独占欲と溺愛が宿る。
甘く、そしてどこまでも深い溺愛に包まれる、異世界ファンタジー
その首輪は、弟の牙でしか外せない。
ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。
第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。
初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。
「今すぐ部屋から出ろ!」
独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。
翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。
「俺以外に触らせるな」
そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。
弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。
本当にこのままでもいいのか。
ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。
その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。
どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。
リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24)
※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。
三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。