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偵察
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奈古組の事務所は東京と神奈川の境目にある雑居ビルに構えられている。それなりに歴史のある組だが、あまり稼ぎは芳しくないのがビルの風体に出ていた。
法が厳しくなったせいで、昔と比べたらどこも羽振りはよくない。だから闇バイトなどという新しいシノギを捻り出してくるわけだ。しかし強盗をやって得られるのは良くて100万、罪を被る下っ端はその100万のうち数万も手に入らない。強盗ついでに死者が出て足がつけば、無期懲役か死刑で人生は終わり。多くのヤクザや半グレにとって、仕事内容は給料と見合っていない。
ここがどんな学校や職場よりも劣悪だというのがわからない人間ばかりで、裏社会は構成されている。高額な時給のバイトを見て、まずおかしいと思えずに飛びつき人まで殺す。初瀬は犯罪者がのさばる環境に身を落としてから、救いようのない頭の持ち主を嫌というほど見てきた。その様を見せつけられて、『環境さえ違えば彼らも犯罪者にならずに済んだだろう』などという人権意識を抱けるほど初瀬の心に余裕はなかった。
(俺には殺してやることしかできない)
車内で奈古組事務所を眺めながら、初瀬はタバコの煙を吐いた。そろそろ出てくるかと思った矢先、建物から男が2人現れ事務所前の車に乗り込む。助手席と運転席に座ったのは若頭補佐の満井と舎弟の山崎だ。車内の時計は午前1時25分。初瀬はここ数日毎日奈古組へ偵察に来ているが、2人はほぼ同時刻に出てきて満井の自宅へと山崎が送迎するのがルーティンになっていた。
(家の前で待ち構えるか、出てきたところをさらうか。どちらにせよ──)
シミュレーションしながらタバコを灰皿に捨てた時、助手席の窓が叩かれた。反射的に背中に隠してあった拳銃に手を伸ばすと、窓を叩いたマスクの男がホールドアップの姿勢を取る。
「おっと、僕だよ僕。中入れて」
「……会沢さん。何しに来たんですか」
マスクを下げた会沢がにこやかに手を振って、仕方なくドアロックを外す。助手席に座ってきた会沢は、手にしていた缶コーヒーをドリンクホルダーに勝手に入れて「はい、差し入れ」と言った。
「暇だからって俺の尾行はやめてください」
「いやいや違うよ。ちょうど用があって近所にいたから、初瀬くんもいるかな~と思って来てみただけ。あ、ターゲットの追跡とかやるなら全然追っていいからね」
「いえ。もう今日は終わったので帰ります」
「なんだ、ラッキー。僕も帰るからこのまま乗せてって」
本当はしばらく車内で考え事をしたかったが、会沢がいてはまとまる考えもまとまらない。マンションまでの足が欲しくて乗ってきたんだろうと多少うんざりしながら、初瀬はエンジンをかけアクセルを踏んだ。
「で、そろそろ掃除すんの?」
「……もう少し計画練ったらやります」
「実は裁判に使えそうな証拠も集まってきてるんだよね。警察に届けたら結構いい線行くと思う。法の裁きを下す方がご家族も喜ぶんじゃない?初瀬くんが死体を積み上げるよりはね」
会沢がUSBをつまんで見せてくる。初瀬は横目で確認しただけで受け取りはせずに視線を戻した。ウインカーを出したところで信号が赤になり、ブレーキを踏む。カチカチという音だけが車内に響いたところで、初瀬は会沢に顔を向けた。
「あなたはどうしたいんですか、俺を。殺しに誘導したかと思えば、急に真人間のようなことを言う」
「僕は初瀬くんのことが好きなんだよ。だから無理してほしくない。積年の恨みがキミに無茶させそうだから」
法が厳しくなったせいで、昔と比べたらどこも羽振りはよくない。だから闇バイトなどという新しいシノギを捻り出してくるわけだ。しかし強盗をやって得られるのは良くて100万、罪を被る下っ端はその100万のうち数万も手に入らない。強盗ついでに死者が出て足がつけば、無期懲役か死刑で人生は終わり。多くのヤクザや半グレにとって、仕事内容は給料と見合っていない。
ここがどんな学校や職場よりも劣悪だというのがわからない人間ばかりで、裏社会は構成されている。高額な時給のバイトを見て、まずおかしいと思えずに飛びつき人まで殺す。初瀬は犯罪者がのさばる環境に身を落としてから、救いようのない頭の持ち主を嫌というほど見てきた。その様を見せつけられて、『環境さえ違えば彼らも犯罪者にならずに済んだだろう』などという人権意識を抱けるほど初瀬の心に余裕はなかった。
(俺には殺してやることしかできない)
車内で奈古組事務所を眺めながら、初瀬はタバコの煙を吐いた。そろそろ出てくるかと思った矢先、建物から男が2人現れ事務所前の車に乗り込む。助手席と運転席に座ったのは若頭補佐の満井と舎弟の山崎だ。車内の時計は午前1時25分。初瀬はここ数日毎日奈古組へ偵察に来ているが、2人はほぼ同時刻に出てきて満井の自宅へと山崎が送迎するのがルーティンになっていた。
(家の前で待ち構えるか、出てきたところをさらうか。どちらにせよ──)
シミュレーションしながらタバコを灰皿に捨てた時、助手席の窓が叩かれた。反射的に背中に隠してあった拳銃に手を伸ばすと、窓を叩いたマスクの男がホールドアップの姿勢を取る。
「おっと、僕だよ僕。中入れて」
「……会沢さん。何しに来たんですか」
マスクを下げた会沢がにこやかに手を振って、仕方なくドアロックを外す。助手席に座ってきた会沢は、手にしていた缶コーヒーをドリンクホルダーに勝手に入れて「はい、差し入れ」と言った。
「暇だからって俺の尾行はやめてください」
「いやいや違うよ。ちょうど用があって近所にいたから、初瀬くんもいるかな~と思って来てみただけ。あ、ターゲットの追跡とかやるなら全然追っていいからね」
「いえ。もう今日は終わったので帰ります」
「なんだ、ラッキー。僕も帰るからこのまま乗せてって」
本当はしばらく車内で考え事をしたかったが、会沢がいてはまとまる考えもまとまらない。マンションまでの足が欲しくて乗ってきたんだろうと多少うんざりしながら、初瀬はエンジンをかけアクセルを踏んだ。
「で、そろそろ掃除すんの?」
「……もう少し計画練ったらやります」
「実は裁判に使えそうな証拠も集まってきてるんだよね。警察に届けたら結構いい線行くと思う。法の裁きを下す方がご家族も喜ぶんじゃない?初瀬くんが死体を積み上げるよりはね」
会沢がUSBをつまんで見せてくる。初瀬は横目で確認しただけで受け取りはせずに視線を戻した。ウインカーを出したところで信号が赤になり、ブレーキを踏む。カチカチという音だけが車内に響いたところで、初瀬は会沢に顔を向けた。
「あなたはどうしたいんですか、俺を。殺しに誘導したかと思えば、急に真人間のようなことを言う」
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