インテリヤクザは子守りができない

タタミ

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交渉

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 会沢に頭を撃ち抜かれた男が、視界の端で何度か痙攣して動かなくなった。密室で処理するから印象に残らないだけで、会沢は初瀬よりもずっと簡単に人を殺す。大した理由もなく、堅気でも子どもでも殺す。全身の蛇は誰かを殺す度に増え続ける軌跡だ。皆木が会沢の蛇にならずに済んだのはただの偶然、よく言えばせめてもの救いだった。

「お前のせいで皆木は奈古組襲撃なんて馬鹿な真似したんだろ」
「なんだ。その言い草じゃトーマくん死んでないんだ?強運だな」

 この期に及んでヘラヘラと戯言を言う会沢の頭蓋に、初瀬は銃口を当て付けた。

「僕を殺したら、舎弟の報復で初瀬くんも殺されちゃうよ。トーマくんが危険を冒してでも守りたかった命なのに」
「さっさと聞いたことを話せ」
「トーマくんに無謀なことさせた理由?そりゃ飼い主が死んじゃった犬より、愛犬が死んじゃった飼い主の方が見たかったからだよ」

 そのふざけた口調に、初瀬は会沢の顔面を殴っていた。しかし会沢はホールドアップの姿勢を取るばかりで謝りもしない。

「冗談で言ってるわけじゃない。まぁメインではないけどね。僕はね、初瀬くんにまだ組にいてほしいんだよ。満井への復讐が終わったらウチ抜けて、あっさり自殺でもしそうに見えた。あながち間違ってないでしょ?この予想」

 初瀬は答えなかった。会沢に見透かされていることを認めたくなかった。

「トーマくんには自分の金を遺せばいいやって。金が詰まったスーツケースに遺書添えて、全部トーマくんに譲る気だったでしょ。それでキミたち2人は関係を美しく清算できたかもしれないけど、そんなの僕は嫌だった。僕には初瀬くんと2人で組を拡大していくビジョンがあった。トーマくんのことは嫌いじゃないけど、大事な初瀬くんが死ぬくらいなら彼を身代わりにしたかった。トーマくんまで死んじゃったら、初瀬くんはもう地獄ここでしか生きられないし」

 この男の執着がここまでのものだったと、初瀬は今初めて実感していた。妙な親切と妙な裏切りを繰り返すのは試し行動で、何をどうすれば反応しどこまでを許すのか見られていたに過ぎなかったのだ。会沢もまた例に漏れず機能不全家族の被害者であり、誰ともまともな人間関係を築けない。だとしても初瀬には殺し以外の救いを与えることはできないのだが。

「で、トーマくんが初瀬くんを助けたいって相談しに来た。あの子は初瀬くんがある日突然死ぬかもしれない恐怖に耐えられなくなってたよ。だから雨とアリバイの両立が可能な誕生会が決行日だろうと答え、満井の行動を教え、銃を与えた。彼のケータイにGPSつけてるでしょ?僕の部屋にいるトーマくんにわざわざ電話かけてきた時に気づいたよ。それなら運が良ければ死に目に鉢合わせられるかもと思って、ワクワクしちゃった。ま、これは自分のせいで死んだトーマくんを見て初瀬くんが傷ついたら可愛いってだけの話だけど」

 会沢は初瀬を見上げながら両腕を下げて、ベッドに手をついた。

「初瀬くんはトーマくんの気持ちを甘く見てた。トーマくんは、もう初瀬くん無しじゃ生きられない。何だってするよ、キミのためなら」

 初瀬のために人殺しになろうとした皆木が蘇ってくる。無事に逃げられているだろうかと気が散って、迷いが初瀬の胸中を支配していく。

「初瀬くんだってそうだろ」
「違う。俺は……。あいつと俺は──」
「違わないね。トーマくんと出会う前のキミなら、今の僕を問答無用で撃ち殺してた。他人の命も自分の命も軽んじるから、初瀬くんは兼城組の狂犬だったんだ」

 どうせ撃たないだろと言いたげに、会沢は銃口を指で撫でた。

「そんなキミが僕に最後通告までして殺害を引き延ばしてる。迷いがあるんだろう。自分がカエシで殺されたら、遺されるトーマくんがいる。奈古組とウチの舎弟から死ぬまで追われ続けて、惨殺されるリスクまで負わせてしまう。そりゃあ今の初瀬くんなら決断が鈍るだろうねえ」

 事実、初瀬の銃を持つ力は弱くなっていた。会沢を許すことはないが、1番の目的は会沢を殺すことではない。憂さ晴らしに引き金を引いて、皆木が危険に晒されるなら意味はない。

「僕は殺されるなら初瀬くんがいいから全然撃ってもいいけどさ。命と引き換えとなれば多少の無理も聞き入れてあげるよ。トーマくんが生き残った時点で僕の負けだしね」

 初瀬になら殺されてもいいなどと言っているが、会沢も死にたいわけじゃない。だから交渉を提案してきている。会沢を使えるとしたら、すべきことは何か。初瀬は怒りを鎮めて、冷静に迅速に思考を巡らせた。

「……言うことをひとつだけ聞け。聞くなら命は助ける。聞かないなら撃つ」

 1分にも満たない沈黙の後、初瀬は静かに言った。

「俺と皆木をここで殺せ」

 初瀬の言葉に会沢はわずかに目を大きくしたが、すぐにいつもの胡散臭い笑顔に戻る。

「トーマくん、愛されてて羨ましいなぁ。それじゃ、早速始めたほうがいいね」

 会沢は鼻歌交じりでベッドから飛び降りると、クローゼットを開けた。ビニールで覆われた先に、多数の薬品が隙間なく並べられていた。
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